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第31話 後悔は増やさぬもの

 燃え尽きた死体に囲まれた俺は、中心に穴の空いた母さんを見ていた。

 もうそれしか見えない。もうそれしか感じない。そんな時間だった。


「泰斗君! 聞こえているかい?」


 霊戯さんはずっと俺に声を掛け続けていた。

 その声で、虚無になりかけていた俺の心は少し引き戻された。


「……霊戯さん」


 透弥や咲喜も一緒に居るかと勝手に思い込んでいたが、俺が少し首を回して視界に入ったのは霊戯さん一人だけだ。


「状況は……大体分かる。説明してくれる必要は無い」


「……はい」


 俺は生気のない声で返事をした。


 ――ドオオオォォォン。


 爆撃されたんじゃないかと疑う音が鳴り響いた。その音の方向に目を向けると、大量の火花が空に見えた。

 それ以降も、小さくなりはしたが同じような音が何度も聞こえてくる。

 エルミアがべべスと戦っているんだろう。

 彼女が負けてしまわないかと心配だ。

 恐らく幻術の効果で関係のない人達には見えも聞こえもしない。


「僕は例の幻術師の姿は見ていないけど、随分と勝つ自信があるみたいだね」


 霊戯さんは俺と同じ所を見ているようだったが、よく観察すると少し違った。彼の視線は左にずれている。


「僕には何も見えてないし、聞こえてないよ。わざと、泰斗君にだけ分かるようにしているんだ」


 べべスが俺にだけ幻術を掛けていないという事か。  本当は火花も音も無いのに幻術で騙しているという可能性もある。


「人の親を殺すだけに留まらず、不安を煽るようなことをして……意地の悪いやり方だ」


 霊戯さんは珍しく本気で怒っているようだった。俺の視線から予想したんだろうが、べべスが居るであろう所を見ながら手をグッと握りしめている。

 透弥と咲喜さんは親を殺され、その後に監禁されたという話をしていた。それは霊戯さんも知っているから、それと重なったのかもしれない。


「霊戯さん……俺はどうすればいいですか……」


 比較的長く言葉を発し続けて気付いたが、俺の声は震えている。それはもう、叱られて泣いたときや怪我をして泣いたときなんて比べ物にならない程に。

 それに気付いた時、何故か流れる涙の量が増えた。涙は頬を伝い、顎の辺りで集まり、大きな粒となって下に落ちる。


「泰斗君は戦えるのか……と聞くのも愚問か。泰斗君は強いもんね」


「俺が……強い?」


 流石に驚きを隠せなかった。その瞬間だけ、涙も止まった。


「……どこが……」


「突然『異世界から来た』と言う人に出会い、何故かも分からず血の飛び交う戦いに巻き込まれ。それでも挫けず、自分や……仲間の命まで考えてここまで来た。君は凄く強いよ」


 自分が強いなんて、思った事も無かった。

 きっと生まれた時から数えてもゼロだ。

 俺はエルミアを好きな気持ちや、仲間、大切な人を守りたいという気持ちで動いてきた。

 それは……強い。


「普通は逃げ出すよ。辛い思いをした人や……罪を犯した人はね。……こんな地獄を進みたくないと。きっとどこかに、苦しまずに幸せを築ける場所があると。そう思って逃げるんだ」


 まるでそんな人の姿を見たことがあるような言い方だ。


 俺が……強い。

 でも、強いからって何だ。

 強かったら、今この状況を打開できるのか。

 違う。これまで経験した苦しさ、辛さと比べていい問題じゃない。

 大切な人を失って……尚も自分の強さを信じて戦えと? そんなものは、俺の気持ちを理解していないから言える事だ。

 俺の気持ちは俺しか分からない。

 霊戯さんが何度言っても、俺を変える事はできない。


「貴方は何も分かってない」


 俺は思い切ってそう言った。

 言ってしまったら、俺の心を制御していた何かが壊れた。もう止まらない。


「……そうだ、分かってないんだ。俺のことを何にも!」


 感情の変化の大きさに耐えられず、俺は立ち上がった。


「母親を失った悲しみなんて……分かるわけがない! 霊戯さんは俺の気を理解しているつもりなのかもしれないけど!」


 語尾で一気に空気を吐き出す。その所為で呼吸が荒くなり、俺はハアハアと苦しげに息継ぎしながら激高し続ける。


「それで……強いからって! 戦えって!? 母さんが殺された怒りと悔しさを……力に変えろとでも言うのか!? ……俺は……」


 次に言おうとした事。口をその通りに動かそうと無意識の内に脳を働かせるだけで、その悲しみは俺が立っていられなくなる程に俺を攻撃した。


「母さんに……言えなかったんだ。言えないまま終わったんだ。ここまで育ててくれて『ありがとう』って……いつも大切にしてくれて『ありがとう』って……」


「……泰斗君……」


「確かに俺の母さんに対する思いが翻ったのはこの一日……イヤ、この数時間でだ。でも……それでも……俺は母さんに伝えたかったんだよ」


 言い切った時、俺はもう疲れ果てていた。

 怒りと後悔で口が止まらずに動き続けたからだ。結構反動が来るものらしい。

 目の辺りがあんまり濡れるものだから、俺は腕で擦った。


「……酷な事を言うけど、終わった事を後悔してもどうにもならない」


 そんな事は俺だって分かっている。

 こうやって叫び続けても、母さんが蘇るなんて事は絶対にない。神でもいない限りは。


「……でも。後悔を増やさない事はできる」


「増やさない……」


「君の今の気持ちは……僕には計り知れない。軽率な事を言ったのは謝るよ。ただ、泰斗君にこれ以上の後悔が被さる事は……君自身も避けたい筈だ」


 俺は霊戯さんの言う「悔しみ」が何を意味するのか、はっきりと分かった。

 さっきから炎やら爆発やらの音が絶え間なく耳に入ってくる。その所為で、エルミアとべべスの戦いを頭から排除できずにいた。

 俺の頭の内と外を彷徨うその意識が、霊戯さんの発言によって内側へ引っ張られたんだ。


「こうやって粘り強く言い続けるのも泰斗君の気持ちを理解していないからと言われたらそれまでだけど。僕はあの夜、君とエルミアちゃんの会話を聞いてしまったからね」


「え……?」


 俺は思わず顔を上げた。俺とエルミアが約束をして、指を交わしたあの場面。話の流れからしてそうだろう。

 聞かれた事の恥ずかしさなんてどうでもいいが、聞いていたと言うなら霊戯さんが必死に俺を説得するのも理解できる。


「君の母親への気持ちを無視するわけでは決してない。僕は、君にこれ以上後悔してほしくないんだ。だからこう言ってる」


 霊戯さんは俺の両肩を掴んで言った。

 霊戯さんの意思が、彼の腕から俺の中に流れ込むみたいだ。


「勿論強制はしない。ただ、僕は一人でも行ってくる。上手く使えるかは分からないけど、一応魔石も持ってきているんだ。……後は君が決める事だよ」


 霊戯さんはそう言うと、俺に背を向けた。

 全く怖がっていない……そういうわけでもないだろうが、今の俺にはそう見えた。


「……約束」


 そうだ、俺は約束したんだ。エルミアと。

 忘れていた訳じゃないが、そのために行動するべきだと気付かされた。

 エルミアが死んでしまったら、その約束も果たせずに終わる。

 霊戯さんが言っているように、約束を果たせなければそれは俺の中に後悔として永遠に残る事になる。


 悲しい。悔しい。……けど。

 俺が今すべき事は、ここで魂の無い母さんを眺めている事じゃない。

 立ち向かって、エルミアを救う事だ。


 俺にできるかは分からない。

 失敗する可能性の方が高いようにも思える。

 でも、きっとそうした方が良い。


 母さんだって天国で見ているだろう。

 彼女ならきっと、俺に立ち向かってほしいと言う。そんな気がする。

 こんな事を考えていると本格的にヒーローだけど、強い俺にはお似合いな称号だ。


 俺は折れていた膝を伸ばし、手から落ちていた剣をもう一度強く握り締めた。


「やってやるよ……俺が!」


 もう色々な感情が入り交じっておかしくなりそうだ。悲しみ、恐怖、後悔。それを突破するのは簡単な事じゃない。

 いくらエルミアとの約束があったって、母さんの死を無い物のように扱う事はできない。

 俺の中で二分した思いが勝手に喧嘩しているんだ。

 俺は何とか負の感情を引き下がらせながら、少し先を歩いている霊戯さんの下へ走った。すぐに追い付いたけど。


「お、来たね」


「はい……やっぱまだ頭ん中ぐしゃぐしゃですけど」


「それでいいさ」


 霊戯さんは幻術の所為でエルミアとべべスの正確な位置が分からないので、俺が案内しながら進んだ。

 どうやら数百メートルくらい離れた場所で戦っているらしく、逸る気持ちを抑えるのに一苦労だった。


 そして、エルミアとべべスが戦っている所の真下に着いた。戦いの響きが伝わってきて、気を抜くと倒れそうだ。

 霊戯さんは相変わらずそれを感じていないようだけど。


「霊戯さんも魔石を使えるんですか?」


「……やってみない事にはどうにも」


 霊戯さんが取り出したのは、エルミアが透弥に渡した青い魔石と、咲喜さんに渡した緑色の魔石。

 しかし、青い魔石の方は光っていなかった。

 魔力が残っていない証拠だ。


「その魔石で俺を上げてくれますか?」


「……うん」


 そもそも霊戯さんが俺と同様に魔石を使えないならこの作戦は実行不可能なんだけど。

 霊戯さんが幻術を食らっている以上これしか方法が無い。


「……じゃあ、いくよ。これで魔石を使ったら魔力も丁度無くなるだろうから、一緒に戦う事はできない」


「はい。……でも、エルミアもいるので。きっと大丈夫です」


 少し自信のある言い方をした。霊戯さんまで不安にさせるわけにはいかないからだ。

 彼のことだし、それも見抜かれていそうなものだけど。


 俺の頭上にべべスが居る事に気付いた。俺も霊戯さんも、まだ見つかっていない。……多分。


 暗黒の後ろ姿は、「恐ろしい」という言葉そのものだった。一つの動作でもミスすれば俺が殺されるんだから、感じる緊張は尋常じゃない量だ。


 俺の足がフワッと浮いた。霊戯さんも魔石を使えたわけだ。

 風は一気に強くなり、凄い速さで俺を上方向に吹っ飛ばす。

 俺は必死に耐えながら、すぐ斬れるようにと剣を左肩の上に置く。べべスの背後に到達したとき、間髪を容れずに剣を振るためだ。


 だが、そう簡単にはいかず。


「うおおっ!」


 べべスの首の辺りを狙って剣を振った。

 べべスはエルミアと戦っていたというのに、俺に気付いた瞬間振り返り、俺の剣を腕でガードした。


 その腕には、また闇の炎がある。

 普通、腕で受けたら切れるものなのに、服にすら傷一つ付いていない。


 足場があるわけでもなく剣を振った俺は、それ以上動くことができなかった。

 べべスは俺の腹を足で蹴ってきた。

 だが、予想よりは軽い。この一撃で殺すつもりではなかったようだ。


 俺は隣の建物の屋根に落ちた。

 エルミアはべべスと向かい合う位置にいる。


 エルミアは俺の登場に一瞬驚いた表情を見せたが、相手に集中している今、俺達は悠長に話していられない。

 それは彼女も同じ思いのようで、再びべべスに炎の手を向ける。


 俺もそれに便乗し、少し崩れた体勢を立て直して剣を構えた。

 第31話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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