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第29話 もう逃げはしない、死んでやる

「ウィンダだっけ? 君、何でその雷もっと使わないの? その方が簡単に殺せない?」


 霊戯は狂気を感じる笑みを見せているウィンダに尋ねた。これは尤もな疑問だ。

 多少の溜めが生じるものの、感電させるなどして殺すのが一番だろう。


「私は肉に拘りがあるんだよ」


「拘り?」


 問答しながらも、両者は全く気を抜いていない。いつでも殺しにかかれる体勢だ。


「雷打っ放すとさぁ……焦げるんだよ、どんだけ弱めにやっても。私は超生(ウルトラレア)が好きなんだ」


 ウィンダは熱々と喋り続けていて、口元から涎を垂らしている。それを手で拭いながらも、彼女の弁は止まらない。


「お前らも生で美味しく喰いたいんだ、命を戴く感謝の気持ちってヤツ? じゃあどこから喰おうかなぁ、やっぱ腕? それとも脚?」


「アイツ自分で止められなくなってるぞ」


「うん……やるなら今の内……っ!」


 ゆっくりと会話していた筈が、霊戯は突然力んだ声を上げた。何事かと彼の方へ視線を向けると、足を滑らせて今にも落ちそうな霊戯の姿が。

 屋根の上で動くなど経験の無い人には難しいことで、本人のうっかりや何かの拍子に足を滑らせても不自然ではない。


 手を引っ掛けて攀じ登れと心の中で言う透弥だったが、そんな技はそれこそ経験のある人でないと無理だ。

 霊戯は何もできず、屋根の下へと消えた。


 ――バンッ。


「羽馬にい!」


「いや……大丈夫、その位置なら丁度車のルーフだから」


 咲喜の言葉を受けて下を覗くと、確かに霊戯は車のルーフ部分に倒れていた。腰を打っているらしいが、大した怪我にはなっていなさそうに見えた。

 透弥は一安心し、再び目の前の敵に集中し始める。


「……透弥って、結構怖がってる?」


 突然の問い掛けにはっとした。まさかこのタイミングでそこを突かれるとは思っておらず、透弥は少し戸惑った後、それに答えた。


「……! 当たり前だろ。最初は羽馬にいが攫われた怒りやらでまだいけたが……あれを見て、戦おうとは思えねぇよ」


 透弥の言う「あれ」はウィンダによって大量に死人が出たあの日、あの光景のこと。

 あれは透弥の精神に相当なダメージを与えていた。未だ立ち直れていない程に。


「姉ちゃんも、泰斗も、エルミアも……皆んなが強過ぎんだよ。何で戦おうって気になれるんだよ……」


「それは……」


 透弥の目には、咲喜も泰斗もエルミアも、霊戯も、全員が歪んで見えていた。

 戦う気を無くした自分と比べたからだ。自分の命すら気にしていないような周りの行動と、死ぬ事を恐れている透弥自身の感情は、大きく乖離している。

 それがおかしくてならなかった。


 透弥は咲喜がすぐに答えられなかったのを好い事に、自分の考えをぶつける。


「人が沢山死んだんだ。これからも死ぬ。俺や姉ちゃんだって、死ぬときは普通に死ぬ。それを避けるのは……悪い事じゃないだろ?」


 このときの透弥は、咲喜や両親にしか見せたことのない、羞恥に阻まれていない悲痛な表情をしていた。

 他人には明かさない本音が表れた顔と言動には、流石の咲喜も動揺が表に出ていた。


「透弥……」


「……あ」


 二人が話していると、遂にウィンダが独り言を言い続ける時間が終わった。霊戯が下に居る事など全く気にしていない、というよりも気付いていないようで、再び咲喜と透弥を美味しそうに見つめている。


「また魔石を…………」


 先程と同様に魔石でウィンダに攻撃しようとする咲喜だったが、彼女は不安定な動きを見せた。目眩でも起きたようなふらっとした動作。そうして彼女はその場に座り込んだ。

 突然倒れた姉の姿に、透弥も驚く。


「姉ちゃん、どうしたんだよ急に!?」


「多分、魔石使い過ぎ……で、気力とか体力とかを使ったからだと……」


 意識はあり話すこともできるが、とても戦えそうな様子ではない。

 こうして、戦う意志の薄い透弥がただ一人動ける状態で残った。

 これは彼にとって危機的な状況だ。


(どうすれば……やるのか? 俺が? でも、下手な動きをしたら俺も死ぬ。……イヤ、俺が動かないと皆んな死ぬ。姉ちゃんも羽馬にいも皆んなだ)


 透弥がここで選択を間違えたり、何かをやろうとして失敗したりなどすると、三人は確実に死ぬ。全責任が透弥にあるのだ。

 増幅する緊張と恐怖に比例して、冷や汗がダラダラと垂れる。それを気にできる状況ではないが。

 ここで動くべきだという思い。

 死の恐怖を前にしては動けないという思い。

 二つの思いを行ったり来たりする透弥の手には、青い魔石が確かにある。


(これを使えば水が出る。姉ちゃんの様子からして簡単じゃねえだろうけど……)


「勝手にダウンしてるよ、ラッキー!」


 ウィンダは咲喜目掛けて飛び掛かろうとしえいる。まだ抵抗できそうな透弥ではなく、動けない咲喜を狙っている。


「……っ!」


 咲喜は息を引っ込ませた。その姿、様子は余計に透弥の心を締め付ける。


(俺は死にたくない、でも姉ちゃんが死ぬのはもっと……)


 透弥はその時、自分が何を恐れているかを自分で錯覚している事に気付いた。

 人の死を目の当たりにした時、透弥は大切な人――霊戯と咲喜、まだ浅くはあるが泰斗とエルミア。彼等が死に、自分のいるところから消えてしまう事をまず第一に恐れた。

 凄惨な光景を見たり思い出したりしていた影響で、その思いがいつの間にか「俺は死にたくない」という思いに掏り替わっていたと。


(俺は皆んなに死んでほしくねぇんだよ……そうだ。そうなんだよ。だったら……)


「俺がやってやるよ! 死んでやらあ!」


 葛藤の末、透弥が選んだのは立ち向かう事だった。魔石はその勇気と共鳴して光る。

 透弥はその魔石に強い思いを込め、全身全霊でそれを投げつけた。ウィンダに大量の水が降り掛かる。


「チッ、何だよ! うっざいなぁ!」


 ウィンダは突然の攻撃に怒り、飛び出した。

 ウィンダの手の平から電気が出てきた。それも、目に見える程のものだ。

 だが、その電気は体中を濡らしている水を通り、ウィンダを包んだ。


(水! アイツ自分の電気で……)


 透弥が狙ってやった事ではないが、結果的には一番のやり方だ。

 恐らくウィンダは、怒りを制御できないのだろう。電気で殺したくはないと主張していたのに、電気で透弥を殺そうとした。あるいは、その能力を行使しなければ勝てないと、瞬間的に察したのかもしれない。


「あ……がっ、ヤダ……か、み………………」


 体中に渡った電気は、ウィンダの外も内も蝕む。所々が黒く焦げ始めた。

 彼女は祈るように呟き、下へ落ちていく。ピクピクと微動するも、大きく動くことはない。

 ウィンダは反撃の一つすらできないまま、強い衝撃に身を落とした。


 ウィンダは丁度高く飛び上がった時に落下したため、その衝撃は三階建ての建物から落下したときくらいだ。

 打ち所によっては即死しても全く不自然ではなく、即死しなかった場合でも即座に悠々と体を動かすことはできないだろう。


 ウィンダは死んでいなかった。彼女が落下して地面に着く時、その体は地面とほぼ平行だった。

 とはいえ、無事で無傷なんてことはない。

 後頭部辺りから血を流しているのが見て分かる。他にも、右腕が有り得ない方向に曲がっていることから骨が折れていると分かる。

 やはり、先程のように溌剌とした動きを見せるのは難しいようだ。


「やった……」


 透弥は、先程の攻撃に今ある元気を全て消費した。一先ず危機は去ったと判断し、脱力してその場に座り込む。


「透弥……ありがとう」


 咲喜は透弥にそう言った。今まで透弥が咲喜から貰った「ありがとう」の中で、これが一番価値のある「ありがとう」だ。


「俺もやるときはやるってことだよ」


 透弥はわざと少し態度を大きくして言った。

 その理由は、自分で気付いた自分の本心を悟られたくない事に他ならない。


「イヤだ……まだ、死にたくないよ。ヤダ……ねぇ……なぁ……お願いっ、やめて……」


 ウィンダは誰に向けて言っているのか分からない言葉を何度も繰り返している。

 少なくとも、この場にいる誰かではない。

 誰も彼女に近付こうとしていない事から考えて、「やめて」と漏らすのはおかしいからだ。


「アイツ何言ってんだ?」


 透弥もそれが気になって仕方がない。

 声が届く範囲に話している相手が居るわけでもないのに、殺される事を拒み、殺さないでと切願している。


 ――ピッ。


 どこからか音がした。耳のすぐ横で鳴っていると錯覚する程によく聞こえる。

 だが、「どこで何が鳴っているの?」と聞かれても答える事はできない。

 しかし、この音によって何が招かれるのかは答えられる。爆発だ。


「この音は……」


「皆んな伏せろ!」


 霊戯は、彼にしては珍しく強い口調で二人に指示した。二人は言われた通り、頭を抑えて伏せた。


 その直後、ウィンダが仰向けになっている場所で何かが爆発した。大きな揺れがその周囲を襲う。屋根上に居る透弥と咲喜は、落ちないようにと耐えるのに必死だった。

 爆発そのものの威力は低かった。屋根にしがみついて凌ぐ事ができるくらいには。だが、発生した炎は信じられない程大きいものだった。

 猛る炎は円錐の形を作った。

 尋常でない勢いの炎は、青黒い住宅地をオレンジ色に魅せている。


「爆発っ!? アイツに爆弾が……!」


 倒した敵の体に仕掛けられていた小型の爆弾によって死にかけた事を思い返せば、ウィンダにも同様の仕掛けが施されていても不思議ではない。


 数分経つと、炎の勢いが衰えてきた。

 あれだけ大きな炎だったのがここまで小さくなっているのを見ると、それも一つの仕掛けなのではないかと思ってしまう。


 水の魔石の中に残っている魔力の全てを消費し、残っている火を消した。


「これで消えるもんなんだな」


 思いの外簡単に消火できた事に驚く透弥。

 だが、何が燃えたかも分からない燃え滓や炭が大量に散乱している。

 そこにはもうウィンダの姿は無い。


「やられたねー、こりゃ」


 その現場を見て、霊戯が頭を掻きながら言った。場の空気に似合わない呑気さだ。


「異世界人って事は、やっぱり体の構造も違うんでしょうね」


「ね、それをよく分かってるよ。しっかり調べてもらって、何が出るか……」


 燃えてしまっては、それが誰であったか分からなくなってしまう。分からないと、一連の事件を解決に導く物が出ない。

 折角の奮闘も、結果としては口惜しいものになってしまった。


「そうだ、あいつらは……」


「僕が行くよ。透弥と咲喜はここをお願い」


「じゃあ、さっきのメッセージの返信は来てないんですね?」


「うん」


 霊戯が二人に見せたスマホの画面、そこに泰斗からの新たなメッセージは無かった。

 情報を得るために隠れていた敵が現れ、襲いかかってきた事。

 そして四六時中スマホを持ち歩いていそうな泰斗から返信が来ていない事から、彼等も敵と戦っていると考えられる。

 霊戯はそこに向かうと言っているのだ。


 霊戯は透弥と咲喜が持っていた魔石を貰い、泰斗達の下へと車を走らせた。

 第29話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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