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第28話 一匹狼

 2020年 6月14日 19時0分


 透弥は学校で溜まった疲れを癒すべく、二階の部屋の中、自分用の布団に寝転がっていた。

 毎日の学校生活だけでも苦しんでいた彼なのだから、突然巻き込まれた事件に戦闘、そして忘れることのできない惨い光景、それらが加わって起きる気さえしなくなっている。


 同室には霊戯と咲喜も居て、窓の近くに座ってカーテンの隙間から外を覗いている。透弥はまるで何かを監視するような二人の仕草を疑問に思い、横になった状態のまま彼等に聞いた。


「……何やってんだよ?」


「透弥、ちょっと来て」


 力の無い声でいる透弥に対し、咲喜の声は真剣そのものだ。透弥はその返答と態度で余計に何をしているのか気になり、二人と同様にカーテンの隙間に目を近付ける。


「透弥、あれ見える?」


「……ああ、猫か?」


 "あれ"と言われ、透弥はそれらしいものを必死に探す。視界に入ったものの中で唯一気に掛かったのは、向かいの家の屋根に居る猫らしき生き物だ。

 ただ、猫にしては少しサイズが大きい。


「立った!」


 蹲っているような影から三人とも本当に猫だと思っていたが、その直後、その生き物は立ち上がった。


 その場にいる全員が、あれはただの動物じゃないと悟った。耳や尻尾こそあるが、二足歩行を始めそうな佇まいを見ては普通だとスルーできない。

 しかも、それは服を着ている。例の茶色い装束だ。だが、以前警察によって発見された物よりも豪華な見た目をしている。


「間違いないですよ羽馬兄さん!」


「どうして……どこで失敗した?」


 霊戯はその影を見つめたまま静止する。

 透弥はいつもの推理タイムなのだと察し、そんな彼の姿を黙視し続けた。そこには推理の妨げにならないようにという配慮だけでなく、敵がすぐそこにいるという恐怖も混じっていた。


「幻術……個人差……盗聴器…………家の中……」


 透弥は声に出して並べられた言葉から自分なりに考察してみるも、霊戯が結論を出すまでの時間は僅か五秒。

 透弥が彼と同じ考えに至るには不十分過ぎる時間だった。


「フェイク!」


 霊戯がそう言うと、咲喜もハッとした。

 ただ、透弥はすぐに理解できない。


(まあ羽馬にいが言ってるんだし間違いない。俺は深く考えなくても良いな)


 透弥はそう思い、再び外を見る。

 すると、屋根の上の敵は片腕を上に伸ばしていた。丁度透弥がそれを見た瞬間、腕の近くにビリビリと電気のようなものが発生した。

 それを見て、透弥はあれが前に自分達を襲った犯人だと分かり、より一層恐怖心が大きくなる。


「二人とも、魔石を持って外へ! 僕はあのよく分からない銃を持って出るから!」


「な! 何だよそれ……戦うって言うのか!?」


「あの獣モドキはこの間のアレと同じ事をしようとしているように見える。アレはただ雷ってだけじゃなく、破壊力があった。透弥も見たでしょ? 今は余裕そうな感じだから、今の内に止めないと。逃げられるか分からないし、ここが壊れる」


 透弥は彼が余りに冷静でいる事に驚いた。対する透弥は冷静なんて事は全くなく、今の彼に反論できる程の余裕はない。


「透弥、気をしっかり!」


 咲喜は棚の上の魔石を取り、その片方を透弥に渡してそう言った。

 透弥は魔石をしっかりと受け取ったが、その言葉までは受け取れなかった。


「羽馬兄さん、何でスマホを?」


 一刻を争う中、スマホに手を伸ばす霊戯の行動を咲喜が指摘した。


「こうなったときのために、事前にメッセージを書いておいたんだよ。それを泰斗君に送る。見てくれるかは分からないけどね」


 霊戯はそれを数回のタップで済ませ、スマホをポケットに仕舞った。

 三人は同時に建物の外に出た。敵が上、自分が下という不利な位置関係は、やはり恐怖を煽ってくる。


 そして霊戯は、数メートル上にいる敵に銃口を向ける。そのときやっと相手がこちらの行動に気付き、今にも完成しそうだった大槍は一瞬にして消滅した。


「君、誰?」


「意外とビビってないんだ、スゴいね。私はサンダーウルフ……つっても分かんないか。まあ、そういう種族のウィンダだ。今からお前らを喰う」


 軽い自己紹介を済ませると、ウィンダは自身の唇を舐め、獲物を吟味するようにぎらりと目を光らせた。

 人間のような身体だが、その仕草は野生動物としか思えないもの。ウルフの名を冠にしている。


「僕らの家に仕掛けられていた盗聴器は、盗聴する必要があると思わせるための物だね? 実際は、君か君の仲間が幻術を使って家の中に隠れていた。そうして細かい会話とかからあっちの住所を知ったって事だ」


「すんげえ……全部当たってる」


 ウィンダはあっさり頷いた。先程まで全くと言っていい程に理解していなかった透弥だったが、丁寧に説明されてやっと理解できた。


「そうだよ、今までお前らは、リーダーの幻術がちょっと時間が経つと解けるものだって思ってたんだろ? それは、この特別なアイテムを使ったからなんだよ」


 ウィンダは白色と紫色のラインが入った小さな球をポイッと投げた。その球は空中で一度光を放ち、その光が消えると共に消滅した。


「自分で決めたものだけ、他のヤツからどう感じられるのかを変えられるんだ。その代わり、強い関わりを持ったヤツには効果が無くなるんだけどな。私が"カモフラージュ球"って名付けたんだよ」


 ウィンダは誇らしげに説明した後、紫色の光を放つ石を取り出した。それは、透弥と咲喜が持つ魔石によく似ている。


(あれも魔石なのか? 俺のとは若干見た目が違うけど)


 透弥と咲喜の持つ魔石は雫の形だが、ウィンダが持っている物は球体だった。

 普通、球体は可愛らしく、それでいて端整な印象を持たせるもの。

 しかし、ウィンダの持つそれは紫色の光の所為でおどろおどろしい印象を抱かせた。


「こっちはリーダーの魔力を入れた魔石だ。中の魔力が無くなるまで使えるんだよ。だから私はこれを使って、ずっとお前らの近くにいたってわけ」


「そうかい。全部分かって……良かったよ!」


 霊戯は強く声を出し、何の躊躇もなく銃の引き金を引いた。不意打ちである。

 終始銃口を向けていたものの、余りにいきなり過ぎる射撃に透弥は度肝を抜かれた。

 だが、ウィンダは銃弾が放たれ、体に到達するまでの僅かな時間の内に、足で屋根を蹴って霊戯目掛けて飛び出した。

 長く続いた会話からは予測できない射撃。ウィンダも多少驚いたりはした筈だ。にも関わらず、この速さでの反応というのは常人が超えることのできるものではない。

 的としていたウィンダが動いた影響で、銃弾はウィンダの右脚に掠っただけ。血は出ているものの、大きな傷はできなかった。


 予想外の動きに透弥は死を覚悟し、目を閉じて顔を腕で覆う。もう死ぬのだと、そういったマイナスな言葉で頭が埋め尽くされた。

 しかし、死なない。痛みもない。

 これはおかしいと目を開けると、ウィンダは屋根の上に逆戻りしていた。

 魔石を持った咲喜がその一人立っている事から、その魔石の力でこうなったのだというのは容易に考察できる。

 つまりは風でウィンダを吹っ飛ばしたという事だ。


「ってえええぇぇぇ! 何すんだよ、弾掠っただけでも痛いってんのに!」


 ウィンダは屋根の瓦に背中をくっ付けたまま怒号を上げた。相当な勢いで瓦に叩きつけられた筈が、彼女は生き生きとしている。


「オイオイ、どうすんだよこんな調子で勝てるわけが!」


「……でっ、でも……これしか……!」


 咲喜は親指と人差し指で魔石を持ち、空いている片方の手で反対の腕を掴んで念じるように唸る。

 まだ一度も魔石を使ったことのない透弥は、唸る程力を入れる必要がある事に内心驚いていた。


 風の刃。人の体も切り裂いてしまいそうな鋭い風が、ウィンダに向けて放たれた。

 風は透明だから、それが何回放たれたのかは正確には分からない。


 ウィンダは咲喜の努力の塊を物ともせず、横へ横へと華麗に避けていく。

 だが、咲喜はそれを読んでいたのか、ウィンダが避けて進む方向とは逆方向から攻撃を仕掛ける。

 流石のウィンダもこれは避け切れず、鋭い風に体を切られた。

 右腕の肩に近い部分と左脚の膝下辺り。深いとも浅いともいえない切り傷ができた。

 傷から出た血が、風に乗って赤い直線を空中に描く。


 そんな時、張り詰めた空気を破る声が聞こえてきた。


「凄い音がした気がするんですけど……」


 互いの行動に集中していた全員がその声が聞こえた所に視線を向けると、そこには隣人である加藤輪夏の姿が。

 ウィンダが使用したアイテムの影響でウィンダを認識できておらず、今ここで戦闘している事すら知らない彼女は、当然警戒などしていない。

 血気盛んで躊躇なく殺人をするウィンダを知らずにこの戦闘へ足を突っ込むのだから、誰がどう見ても彼女の命が危ない。


(さっきの球の所為で見えてないのか! あのままじゃアイツに殺される!)


 透弥はそう考えたが、時すでに遅し。

 飛行機にも勝る速さの物体が、透弥の視界を左から右へと通り過ぎていった。

 視界の半分を占める程の大きさだが、その形を目で追って確認する事は不可能。試みるだけ無駄な行為だ。


「安心しろぉ……後で喰ってやるから!」


 長く鋭い鉤爪は、柔らかい皮膚のある意味をも切り裂く。その先端は肉にまで到達し、溢れんばかりの血を体の外へ放り出した。

 ウィンダがそこへ飛び込んでいく時間は無いと言える程短かったのに比べ、輪夏の命が消え行くほんの数秒は透弥にとってとても長い時間だった。全員の動作を観察し、事細かに説明できるようになるくらいには。

 だが、今の彼はそれを平然と行える程強くはない。


「加藤さん!」


 咲喜は咄嗟に叫ぶが、ウィンダのいる場所へ寄る事は余りにも危険で、行動する事はできなかった。


 ウィンダは片手を振り上げた。戦闘が始まってからずっと、ウィンダがその鉤爪を使うときは胴から遠くない位置に置き、斜めに向けていたが、今はそうではない。

 明らかにおかしな動作だ。


(い、今までとは全く違う動き……何、するつもりだ?)


 咲喜は何かを察したのか、持っていた魔石を地面に叩きつけた。今までにない動作から攻撃するわけではないと透弥は思ったが、咲喜の考えはすぐには分からない。

 すると、魔石から強い風が、真上に向かって放たれた。その力は三人にかかっている重力を上回り、一瞬で三人は上昇した。

 ウィンダが手を勢い良く下ろし、地面に着けたのはその直後だった。


 風は消え、三人は屋根に足を着けた。魔石も共に上昇し、咲喜の手へ。


「……危なかったですね。私の推測は間違っていなかったみたいです」


「うん……そうみたいだね」


「……姉ちゃんがこうしなかったら……俺達死んでたのか?」


「多分死んでたね。あの様子だと空気が絶縁体として働いてるっぽいから、槍よりはマシだろうけど……威力も操れるわけだ」


 雷で大槍を作って放つ魔法は本来電気の通らない空気の中も通って進んでいたが、先程の攻撃はそうではなかった。故に、魔法の威力は本人の意のままに操れる、というのが二人が見つけ出した新たな情報だ。


 ウィンダは道を挟んで向かい側の家の上に登った。

 これでやっと、位置関係での有利不利はなくなった。だが、その力ではウィンダが圧倒的に有利である。

 ウィンダの目で光が反射し、その獰猛さが一筋の銀となって表れた。

 その目を歪ませるように笑うウィンダは、単に人を喰うことだけでなく、こうして戦うことにも喜びを感じているようだった。

 第28話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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