第23話 ショッピング
霊戯さんから伝えられたことは一つ。
明日、俺の家に来るということだった。
俺としては特段喜ばしいことでも無いが、これも作戦の内なのかもしれない。
彼と通話した後、俺達は家に帰り余った今日という時間を消化することにした。
余ったといっても、今は十時。あと十四時間あるわけだ。
俺がこれを提示されたならばゲームするかアニメを観るかして過ごすが、エルミアは同じことで満足できないだろう。
今は帰路についているところだが、俺はその事で頭を抱えている。
「なあエルミア、何かやりたいことないか?」
「やりたいこと?」
俺の質問にエルミアは首を傾げる。
「ほら、今日他にやること無いしさ、エルミアが何かしたいなら俺がそれに付き合おうと思って」
「ああ……そういうこと」
なんでも言ってくれと言わんばかりの大きな心でエルミアの回答を待つ。
「うーん、じゃあ」
少し溜めた後、彼女はこう言った。
「買い物に行きたいな」
「買い物?」
一瞬疑問に思ったが、ニートのジャージを着させられているその姿を見ると、エルミアがそう望むのも頷ける。
俺だって嫌だもんね、出会って間もない奴の服を着続けるのは。しかもエルミアは王族。落差は測定不能だ。
「じゃ、一旦帰ってからショッピングだな!」
「しょっぴんぐ?」
ハテナを付けて俺のその言葉を復唱するエルミア。
「"ショッピング"って言葉は異世界に無いんだな……」
俺にはどの英語なら異世界にあって、どの英語なら無いのかの基準が分からない。ショッピングぐらい伝わると思ったんだが。
異世界の本でも読まない限り、このやり取りは定期的に行われそうだ。
時間は進み、俺とエルミアは服屋の前に立っている。エルミアの要望は俺の予想した通り、服が買いたいというものだった。
金は俺が大会で稼いだばかりのを出すってことで。
「俺が払ってやるから、なんでも好きに買ってくれよ!」
なんでも、とは言ったものの、俺も男子である以上こんな物を着させたいという欲望は現在最高潮に達している。
例を挙げると、露出度の高いメイド服とか。
耳や尻尾がついても良いかもしれない。
その逆で、露出度が低い服も良い。色気と一概に言っても、露出度によっても違ったものになる。
パジャマなんかは露出度が低い方が良い……と俺は考える。
つまり何が言いたいかというと、俺は変態。
アイアム変態。
そんな俺には、エルミアにそういった物を着せるという役目がある。誰の為でもない、俺の為にだ。
「今までシリアスな出来事ばかりだったんだ……これぐらいはいいよな?」
「へ? 何か言った?」
思わず心中を口に出した俺に気が付いたエルミア。
「ああいや、何でもないよ」
俺としては一瞬で取り繕った言葉を返したわけだが、エルミアは興味の一欠片すら見せていない。
彼女は「そっか」と言うと、その紺色のしなやかな髪を揺らし、服屋の自動ドアへ進んでいく。
しかし、エルミアは自動ドアの前で足を止めて眼前のそれに指を差した。
「あの、泰斗君これどうやって開け――
エルミアが言いかけたところで、センサーは彼女を認識した。機械的な音を出しながら、ドアは左右へ分かれていく。
「わああっ! 開いたっ!」
オーバーな驚き方だが、これも仕方ない。
勝手に開く扉というと、バスに乗ったときぐらいしか目にしていないだろうし。
辺りの人々の視線が少しだけ集まった気がしたが、俺は頭に入れることを放棄して急ぐ彼女の背中を追った。
*****
店内に入ると、俺は早速エルミアに案内を始める。そこそこ広い店なので、品数にも困らなさそうだ。
だからこそ、俺は色々な物を彼女に着させたい。
取り敢えずは女性コーナーだ。右の方にスカート類のコーナーが見えたので、エルミアを連れてそこへ向かう。
「流石にスカートは異世界にもあったよな?」
「あったよ。私もよく着てたし」
スカートが存在しているというのは俺の予想通りか。まあ、それぐらいは無いと逆に困るような気もする。
しかし、そうなるとあんまり丈が短いものを薦めることはできないな。
こちらの意図が露呈してしまう。
「あ、これなんて良いんじゃない?」
俺がどう切り出そうか迷っていると、エルミアは一つ、商品の並ぶ棚から取り上げた。
エルミアの手にあるのはレースのスカート。
彩のない黒色だが、レースの模様のお陰か可憐さを感じられる。
丈は長いが、エルミアには似合うだろう。
「良いんじゃないか? 似合うと思うぞ」
「本当? じゃあこれを……あ、でもその前に上も見たいな……」
俺が差し出したカゴにそれを入れ、彼女はコーナー一つ一つにトントンと目を向けている。
その様子を傍らから見ていた俺は、目的とする場所を彼女に指で指し示した。
「ああ、あそこ」
エルミアはそう言うと、俺がついて来ていることを確認しながら示された場所へと足を動かしていく。
やはりショッピングというのは女性の何かを刺激するようで、エルミアが楽しんでいる様もまた、幼い子供を彷彿とさせる。
あんな惨劇を目の当たりにした俺達だが、喜楽すべき時はそのままに過ごすんだ。
だからこそこの時間に心を熱くさせているのかもしれない。
「ほら、エルミア。これならそのスカートに似合いそうだぞ」
俺が選び、彼女に渡したのは肩が透けているタイプのクリーム色の服だ。
さりげなく薦めたつもりだが、エルミアに何かを勘づかれたりしないだろうか。
「おおー、確かに。着てみようかな」
しなかった。
「試着室はあそこだぞ」
「うん、あっ、でもこれも着たいな……」
エルミアはまた一つ商品を手に取る。俺の意思が入り込む隙も無い勢いだ。
「じゃあ、試着してくるね」
一通り吟味したようで、エルミアは試着室に入った。いつの間にかカゴの中のスカートやら帽子やらが増えていたものだから、俺も困惑したが。
「ま、あれ全部は買わないだろ……」
俺の財布が痩せきって死ぬんじゃないかと思う程の量だったが、俺は独り言で自らを落ち着かせた。
エルミアを待つ間にと、俺はスマホを取り出した。例の奴等についての情報が出ていないか調べるためだ。
これは最近の日課になっている。成果を出せたことは初回に限るが。
「あれ……霊戯さんからメール」
どのタイミングか分からないが、霊戯さんからのメールが確認できた。
今度はどうしたのかとメールを開く。
「家に行くって言ったけど、近くに公園があるみたいだからそっち集合でお願い……」
霊戯さんの言うように、俺の家から歩きで行ける公園がある。俺は適当に「分かりました」とだけ返信し、メールを閉じた。
「直接俺の家に来ないって……それも敵に俺の家の情報を与えるかもしれないから……とか、そんな理由なのか?」
声に出しながら考えを巡らせているうちに、俺は元々情報集めをしようとしていた事も忘れていた。
そんな時、エルミアの声が耳に入ってきた。
「着れたよー」
その声と同時に、試着室のカーテンがシャっと開かれた。
その中に見えるのはこの世のものとも思えない姿。形容しようとしても、可愛い、美しいという語彙しか生まれない。
思わずそれを口に出してしまいそうな程、強い魔力がそこにある。魔力って、魔法で消費する魔力のことじゃなくて。
「す、すげー……似合ってるぞ、エルミア」
「ありがとう。凄く可愛いよ、これ」
エルミアはそう言って笑った。質素なジャージなんかとは程違いこの服装は、その笑顔とよくマッチしている。
俺が見てきた中で最上の輝きだ。
「雰囲気もサイズもバッチリ。この感じだと、他のやつも絶対着こなせるって」
「うん! 次はこれかな!」
その後も、エルミアは色々な組み合わせを試した。
例えば、現代風なデニム生地のズボンに大きめのシャツ。
花柄の白いワンピース。
灰色のパーカー。
短めのズボン。
ゲーマーっぽさのある黒いシャツなんかも着せてみた。
エルミアは、どれも言うまでもなく着こなしていた。まあ、俺の主観に過ぎないが。
何を着ても似合う人って、本当にいるんだなと実感した。
結局、購入したのはスカートとシャツ、そして下着と帽子。その後ソフトクリームを食べたりもしたが、出費は俺の貯金だけで済んだ。まだ全然残っている。
エルミアの喜んでいる顔を拝めたし、これぐらいは我慢しよう。
「そういえば……エルミア。霊戯さんから連絡が来てさ、明日は公園に集合だと」
「そっか、分かった」
ショッピングのお陰で時間が大分潰れた。それでもまだ正午過ぎだが。
回復しきっていない体を休ませるためだ、今日は早く寝よう。
*****
夜が明け、目を覚ました。
窓から見える外の明るさを確認する。まだ薄い空。寝坊してはいなさそうだ。
エルミアも俺とほぼ同時刻に目覚め、簡単な準備をして家を出た。
待ち合わせ場所である公園は、俺の足で徒歩十五分。朝の日を浴びる散歩にはちょうどいい。
が、その先で行われることを予想すると、散歩の域を遥かに超えたものばかりがその候補に挙がる。
「あっ、いた!」
エルミアが公園の隅っこの方を向いてそう言った。そこには、確かに三つの人影があった。
あちらも俺達の接近に気が付いたようで、こちらを見つめている。
俺としては割と早い時間に家を出たと思っていたんだが、まさか先に到着されていたとは。
おまけに車が見当たらないことから、バスなんかでここに来たんだと考えられる。
一体いつ家を出たんだ。
心の中で突っ込みつつも、俺はエルミアと共に彼らの居る所へと早足で向かった。
第23話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




