第22話 思い通りにはならない
俺は勘違いしていたんだ。
エルミアは毎回魔法を使って戦うからと、体術に関しては全く想像していなかった。
まさかこんなに強いとは。いや、俺が弱過ぎるだけなのか。ずっと引きこもっていたからな。
「二連敗、か……」
「でも泰斗君、二回目の方が明らかに動きが良くなってたよ?」
座り込んで空を見上げる俺に、エルミアは膝を曲げてそう言った。
「俺の場合、一回目が酷過ぎるんだけどな」
俺は両手の汚れを払いながら立ち上がり、ほんの数分の出来事で舞い戻ってきた疲れを息として体外に出した。
エルミアが手加減してくれたからか痛みは少ないが、一気に体力が無くなった感じ。
「そんな事言わずに。どうやったらいいか、何となく分かったでしょ?」
「ああ、相手を観察することだな。俺はゲームで散々やってたから、それを思い出したよ」
「ゲーム? そんなゲームがあるの?」
俺の言った単語に興味を示すエルミア。本当ならゲームだって一緒にやりたいと俺も思うけど、現状そんな暇は無さそうだ。
「そうそう、この間見せたパソコンなんかを使って遊ぶんだ」
「へえー」
俺達はいつの間にか脱線してしまった会話をしながら、家の中へ戻っていった。
*****
エルミアに完敗したあの日から二日経った。
二日間何も無かったので、エルミアの魔力も回復している。
霊戯さんとは情報交換をし合っていたが、特に進展はナシ。透弥の様子も変わっていないと報告され、俺もどうしようかと思っている。
だが、そんな悩みなんて無かったように見える程、俺はウキウキと腕を振っている。
その理由は簡単。今日、エルミアと魔力ありきのバトルをする予定なのだ。
ただ、そうとなると前回のように道のど真ん中ではできない。俺達はそう思い、家から離れた場所にある橋の下に来ている。
「よーし! エルミア先生の授業その二!」
俺は意気揚々として、剣を空に掲げた。エルミアお手製の剣、第二号だ。
「先生ってそんな大袈裟な」
「そうか? 実際、エルミアって魔法も体術もできるし……スペック最高の先生だろ」
俺の言葉を前に腰を低くするエルミアを褒め尽くした後、俺は足元の土を踏みしめ、赤い光を携えた剣を前に構えた。
赤い光の源は火の魔石。エルミアに剣と併せて魔力を注入してもらったんだ。
その構えを見て、エルミアもフーっと息を吐いて体勢を整えた。彼女はそれを十分に終えると口を開き、
「そんなこと言って……泰斗君が焼けちゃっても知らないからね!」
と一言。これ以上無い程洒落にならない脅しだ。
まあ、その発言無しにしても火球が俺に直撃しないかととても不安だけど。
俺はエルミアのことだから間違えて俺を殺すなんてことはない筈だと自分に言い聞かせ、剣を握る手に力を込めた。
今回のルールも簡単だ。決められた時間の中で、俺がエルミアに当たる寸前まで剣を近付けること。
それが勝利条件。できなければエルミアの勝ちということになる。
勿論、エルミアの出す火は俺に当たらないよう、彼女が調整してくれる。
「まずは俺も炎出したいよな……」
それができたからといってこの勝負の優劣が変わるわけじゃない。でも、気分的にやってみたいんだよな。
俺は勝手も分からないまま、それっぽく目を閉じて意識を集中させた。
「……出ない」
閉じた目を開くも、炎を纏った剣を操る俺の脳内ビジョンはそこに映らなかった。
「泰斗君、余所見してちゃ駄目だよ!」
――え?
そうだ、勝負はもう始まっていたんだった!
俺が突っ立っている間に、一つの火球が迫って来ていた。
「うおっ!」
脅威は既に眼前に。最適な行動を選ぶ間も無く、俺はそれを剣でガード。
火球は俺に当たらず、散った。だが、その熱気と衝撃だけは俺を襲ってくる。
「……手加減してもこれかよ……」
今は無事だったからよかった……というか俺が負けても無事なのはほぼ確定しているんだが。
流石に怖いよなぁ。
どうやら俺を輝かせる演出を用意する暇は無いらしい。
今も、エルミアの前に新たな火球がいくつか作り出されている。
あれを全部避けるか防ぐかしないといけないのか……。
俺は迫る不安を押し切って走り出した。火は動いても、エルミアは動かない。
なら、火球の動きを第一に観察するべきだ。
早速一つ目が俺の方へ向かってきた。
そこまで速くもないし、これならただ避けるだけで良いな。
タイミングを見計らい、土を蹴るようにして体全体を大きく横に動かす。これで良し。
……と思いきや。
あろう事か俺に避けられた火球は地面に激突せず、その寸前で軌道を変えて再び俺の方へ。
「うわっ、嘘だろ!」
俺は斜線を描くように剣を振り、迫り来る火球を滅した。
「まだ二つも!」
天井に掠っていてもおかしくないような高さから、二つの火球が飛んできている。
次から次へと忙しいな……。
俺はその二つを順番に、リズム良く斬った。
魔法があるだけで、前回とは比べ物にならない程エルミアの攻略難易度は上がっている。
俺も既に疲れ始めているし。
「泰斗君ー! あと一分半だよ、頑張って!」
俺がテンションダウンしているのを察したからか、少し離れた所で俺を鼓舞している。
ちょっとピョンピョン跳ねているのがかわいい。
……そんな事を考えている場合じゃないな。勝負に専念しよう。
エルミアが火球をけしかけてきていない今のうちだ。俺は警戒を解かないまま、エルミアの方へ正面から向かっていった。
だが、エルミアの魔法が発動するのは一瞬。
俺の行く手を阻むように、今までとは一段大きな火球が現れた。
流石に剣じゃ歯が立たないとも思ったが、この距離じゃ避けられない。
「うおおっ、斬れ!」
大声を上げることで自らを奮い立たせ、大物を真っ二つにするべく剣を振り下ろした。
すると、意外にもその炎は一振で消滅した。
いや、まあ今までで一番熱かったんだけど。
生じた煙が晴れると、その先にはエルミアの姿が。
「時間切れ」
彼女はたった一言、そう告げた。
いつの間にそんな時間が……? 最初から負ける可能性も大いにあったから驚きも悔しさも少ないが、何となく物足りない感じだ。
「エルミア、これ異世界だとどのくらいのレベルなんだ?」
俺が何にも勝って気になるのがそれ。当然今のエルミアは手加減していたワケだけど、それでも貧弱な俺には苦しかった。
このエルミアの戦闘力。これが異世界となると、どんな評価を受けるのか……。
「うーん、上級の中の……どこら辺だろう?」
「上級なのは確定なんだな。因みにそれってどのくらい強いんだ? 意外とありふれてる?」
俺が聞くとエルミアは一瞬考え、
「うーん。確か、中級の魔法使いは全魔法使いの中の五割ぐらいだったと思う。上級は一、二割だから少ない方かな」
と回答。
「まあ何にせよ、俺が弱いことに変わりはないよな」
俺は剣先で地面を突き、尻を着けた。土で汚れるだろうけど、気にしない、気にしない。
激しい動きを止めたからか、水の流れる音が浸みるように耳へ入ってくる。
刺激を感じさせないその音は、どこか落ち着くものがある。高まっていた気分が静まっていく。
「ねえ、泰斗君」
その声が俺の耳に入ったと同時に、剣の柄は彼女に奪われた。
エルミアはその剣を俺に見せつけるようにして握ると、
「魔石を上手く使うには、何かを作るようなイメージを持つ事が大事なんだよ」
と言った。この前も同じようなことを言っていたのを覚えている。
「エルミア、それ前も言ってたよな。魔法使いの間では一般的な考え方なのか?」
「うん、皆んな初めはそうやって魔法を修得するんだよ」
次の瞬間、猛る炎がその剣をオレンジ色で包み込んだ。それは正しく、俺が思い描いていた剣の姿。
エルミアはそれを一瞬で成したのだ。
「すげー、一発で」
俺は無意識に感嘆の声を発していた。
魔法、というか魔石初心者の俺に言わせてみれば、これだけでも賞賛するに足りる。
彼女は炎の衣を消滅させると、剣先を下に向けて俺に剣を差し出した。
「魔法で何かを作るイメージと、炎出すぞって意識を強く持てば、泰斗君だってすぐにできるようになるよ」
俺は差し出されたそれを受け取り、エルミアと同じポーズをとる。
炎出すぞ。炎出すぞ。
そう心の中で唱えながら、俺は炎を纏った剣を手に、勇猛果敢に敵の懐へ飛び込む様を想像する。
如何にも厨二病な妄想だが、エルミアが言うような強い意識を持つためならこれが適切だ。
そして、何かを作るようなイメージ。
そうだな、エルミアがやったように……。
イヤ、それじゃつまらないか。折角だし、炎を龍の形にして剣に巻き付かせるとか、なんなら剣が火を吐いたり。
……そうだ、これでいこう。
エルミアの言う二つの品を取り揃えた俺は、剣をより一層強く握る。
力んで手先が震える程だ。この強い意識があれば俺にだって。
「どうだっ!」
その意識を一気に魔石へ送り込んだつもりだったが、変化の一つも無い。
これといった手応えも無い。
「ま、まあ……もう一回」
気を取り直して、再度挑む。
今度は……そうだな、俺が英雄になっていて、剣を空に掲げて炎をドーンと上に。
燃え盛る太陽と俺の炎とが交差して勝るものの無いような光を……。
さあ、次こそは!
そんな思いは、一瞬にして砕けた。
相も変わらず俺の目の先にある魔石はただ光を放っているだけで、味方してくれる様子は微塵も無かった。
こういうものは最初、力を上手く制御できずに暴発するとか、お決まりの展開が訪れるんじゃないのか?
それすらも無いとは、俺は予想以上に才能の神から嫌われているようだ。
俺も、苦を顔に出すしか無かった。
――プルルルルルル。
俺のポケットがその高音と共に揺れた。親からの電話だろうか。
すぐさま取スマホをり出して画面を覗くと、そこには「霊戯さん」の文字が。
吉報か、それとも凶報か。はたまた両方か。
よくある「良い報せと悪い報せ、どっちから先に聞きたい?」という質問をされているような絶妙な気分になりながらも、俺は通話を開始した。
第22話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




