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第21話 不器用な二人

 家の前に足を着けたが、注意を取り払うにはまだ早い。何故なら、これから親の目を掻い潜ってエルミアを部屋まで移動させなければならないからだ。

 風の魔石は咲喜さんが持っているから、この前のように二階から中に入るというわけにもいかない。


 俺はエルミアに「ここで待っててくれ」と指示し、鍵を回してドアを開けた。

 解錠するときの音は意外にも大きい。母はそれを聞きつけてか、壁際にリュックを下ろす俺の元へやって来た。


「泰斗、おかえり」


「あ……ああ」


 おかえりの挨拶はいいとして、このままここで立ち話をするとなると都合が悪い。


「泰斗、ゲーマー仲間……って言ってたけど、本当なの?」


 俺と通話したときの話だ。流石にバレバレだったか? バレたところで家を追放されるわけでもないし……と適当な嘘を吐いたからな。

 とはいえ、警察なんかがあんなに大きく動いているとなると、隠した方が良いのかもしれない。


「本当だよ。一週間ぐらい前……か? 知り合ったんだ」


「……泰斗はつい一週間前にネットの友達はいないって言ってた」


 俺の渾身の嘘はその一言によっていとも簡単に破られた。思い返せば確かに、そんな事も言っていたような気がする。

 嘘がバレるというのは何よりも不味い。何故なら、何か隠しているのだと気付かれてしまうから。


「でも俺は確かにそいつの家に泊まったぞ! 他に俺が泊まれる場所なんて無いだろ」


 自分で聞いてもイマイチ頭に入り込まない言い逃れ。それでも、その場しのぎには十分だろう……と、思う。


「とにかく、俺はまた部屋でゲームするからあっち行ってろよ!」


 俺はそう言って母さんをリビングに押し戻した。母さんだって全く納得がいかないという表情だったが、もう説得するのも面倒だ。

 何より、親と話すのはストレスが溜まる。


 俺は会話している間に閉まったドアを少しだけ押して開け、エルミアを手でヒョイヒョイと中へ招いた。


「ごめんな、毎回コソコソするしかなくて」


「家に居させてもらってるんだし、そんな事で文句言わないよ」


 エルミアは玄関を潜ると、両手を合わせて上方向にグーっと体を伸ばした。俺もやりたくなったので、彼女の後ろで同じ事をしてみる。


「はあ……」


 溜まった疲れが少し抜けた気分だ。その所為か自然と変な声が出た。この三日間、戦いまくってグロい思いをして……それが我が家に帰ることで、何となく心が落ち着く。

 エルミアに関しては「我が家」ではないから少し心配が残るが。


 声をかけようかと思ったが、ここで話すと危ないので、俺の部屋に入ってからと勝手に決定した。


「ああ、愛しき俺のマイルーム! そして、俺のゲーミングチェア!」


 俺はそう叫び、テーブルに向かうゲーミングチェアに後ろから抱き着いた。引きこもり兼ゲーマーの俺にとってのゲーミングチェアは恋人も同然。

 だから、これは俺流の愛情表現だ。


「泰斗君、椅子に顔スリスリさせるのはちょっと気持ち悪い……」


 荷物と共に床に座るエルミアは、ゲーミングチェアと戯れる俺を気持ち悪がっていた。

 それも、冗談とかではなく本気の目で。


「イヤイヤ、俺だって流石に普段からこんな事しないって! その、即興ネタ的な……ね?」


 即興ネタという方向で弁解したが、エルミアは尚も俺に気持ち悪さを感じているらしい。


「……じゃあ、まあそういうことで」


 と、エルミアはあっさりと水に流した。俺的にはそっちの方が助かる。俺の言う事自体信じていないわけでは無さそうだし、俺が普段からゲーミングチェアを可愛がっている事はバレなさそうだ。


「ところでさ、泰斗君。さっき透弥さんが言ってたことだけど……」


 "一応"おふざけムードだったのが、がらっと変わった。


「霊戯さんはああやって言ってくれてたけど、やっぱり透弥さんの言う通りだよ。これ以上関係の無い人達を危険に晒したくなくて……」


「でも、約束しただろ! エルミアを元の世界に返すって。そのためには、今までと同じようにやっていくしか無いんだ」


「それは私も分かってるの。……分かってる……でも、ほら……もっと他に、やり方があるんじゃないかって」


 エルミアは手元にあったペットボトルを何度も撫でながら、ちょっとずつちょっとずつ話した。


「それは、あいつら(・・・・)と戦わずにってことか? ……だったら無理だ。俺達が避けて通ったとしても、必ず狙ってやって来る。俺だって人が死ぬのは嫌だし、殺すのも嫌だけど……こうなってしまった以上、仕方無いんだ」


 俺はエルミアの近くに座り込み、彼女にそう言った。カッコつけてるみたいな台詞だが、実際俺の言う通りだと思う。

 三日前のあの日から、俺達の未来は決まっていたんだ。


「……やっぱり、そうだよね……」


 エルミアは小さな声でそう言うと、口元を固くして唾を飲み込んだ。


「ごめんね、泰斗君がああやって約束してくれたのに、こんな事言っちゃって」


「良いんだよ。そう思う事は決して悪いことじゃないし」


 俺はその一言を言い終えると、組んだ両膝に両手をそれぞれ押し付け、パンと良い感じの音を鳴らした。

 俺はその後立ち上がり、エルミアにこう言った。


「エルミア、俺に戦い方を教えてくれ」



*****



 エルミアは明らかに戸惑っていたが、少し経つと俺の突然の申し出を認めてくれた。

 俺が彼女に戦い方を教えてくれ、なんて言ったのは、今の俺に十分な戦闘力がないと思っているからだ。

 仮に武器があったとしても使い方が上手くなければ意味が無いし、俺は特段賢いわけでもない。


「という事で、エルミア師匠! 俺が強くなるにはどうすればいいですか!」


 俺はエルミアの前に正座して教えを乞うた。


「強くなるには……えーと、戦い方だよね、まずは」


「はい!」


 エルミアは俺の返事を聞くと、一つ保険をかけた。


「先に言っておくけど……私、教えるの下手だからね? 特に魔法以外だと」


 申し訳なさそうに眉を下げるエルミアに、俺は


「いいよ、教えてもらえるだけで十分」


 と答えて笑った。


「じゃあ外行こっか」


 エルミアはドアノブに手を掛け、俺を部屋の外に出るよう軽く催促した。


「部屋の中じゃ駄目なのか?」


「流石にここじゃ狭いかなって」


 俺はそう言われて、部屋全体に目を向けた。すると確かに、ただでさえ狭い部屋に物品が散りばめられている。

 日常的な活動範囲が狭いからか自分では大して気にしていなかったけど、この部屋で戦いの演習をするのは無理がある。

 それは引きこもりで腐敗した俺の頭でも理解できた。


 外に出ると、日が照っていた。だが、そんな血気盛んな太陽とは違い、人はそれ程多くはない。

 ここらは普段もそうなのだ。都内とはいえ、特に栄えている地域と比べるとその違いは歴然だ。


「取り敢えず、私に一発与えてみてよ! ……こういうのって、結構よくあるやり方じゃないかな?」


 エルミアは俺の前に堂々と立っている。


「いいのか? 俺はそんなに力が強くないと思うけど、それでも痛いだろ」


 エルミアのやり方に異議を唱えたが、彼女にはそれを変えようって気は無いようだ。


「私だってただ攻撃を受けるわけじゃないよ。避けるから!」


「……そういうことなら、エルミアも俺にかかって来ていいぞ。じゃないと不公平だ」


 俺は輝く太陽を背に、そうやって無駄にカッコつけた。


「じゃあ、それで……!」


 エルミアはそれを了承すると、俺を前に構えた。

 俺はエルミアがこちらに向かってくる前に飛び出した。先手必勝だ。

 魔法は魔力不足で使わないだろうから、真っ向から勝負を仕掛けても問題無い筈だ。


 ――と、思っていた俺だったが、その考えはいとも簡単に破り裂かれた。

 俺は握り拳を作って走り出し、ある程度エルミアの動きも見ながら優しいパンチを繰り出すつもりだった。


「え……あれ?」


 俺が踏み出した足は何かに引っ掛かり、俺は勢いそのままで斜め前に身体が落ちていった。

 何に引っ掛かったのかと足元を見ると、そこにはエルミアの足が。


 その後は何が起こったのか全く分からず、気付けば俺は仰向けになって地面に倒れ、エルミアが俺を見下ろしていた。


「泰斗君、大丈夫? いきなり来たものだからそのまま転がしちゃったんだけど……」


 男を軽々と転がすエルミア、恐るべし。俺のことを心配しているってことは相当な余裕があるということだ。

 エルミアは意外と格闘家タイプなのかもしれない。


「ああ、全然平気だ。もう一回!」


 俺は手を支えにして立ち上がり、エルミアにお願いした。


「いいけど、無理はしないでね?」


「分かってるよ」


 焦らなくていい、じっくりだ。エルミアの動きを終始観察すること……それを何よりも優先させる。

 今まで散々ゲームでやってきたんだ。それが現実になったってだけで、できない事は無い。


 エルミアが右足を一歩前に出し、俺の方へ向かってくる。

 俺はそれを見て、同じように右足を出し、エルミアとは反対に動く。

 そうして隙ができたら、一気に詰める。


 エルミアの腕が至近距離へ。


「今だっ!」


 俺は伸ばされた彼女の腕をガシッと掴み、それとは反対の手で彼女に襲いかかった。


 ――!


 腕ばかりに集中していて、脚が疎かになっていた。俺はそれに気付くとすぐにエルミアから離れ、下からの攻撃をギリギリで回避した。


「あっぶね……」


 俺は安堵し、胸を撫で下ろした。だが、そんな一瞬の油断で勝敗が決まろうとしていた。

 俺がエルミアの急接近に意識を移した頃、俺の腕は既に掌握されていて。抵抗もしないうちに、俺の身体は再び転がった。


「はい、また私の勝ち」

 第21話を読んでいただき、ありがとうございました!

 ところで、ふと読書と自分のイメージが違うんじゃないかと思ったのでここで言います。

 エルミアの髪は紺色だと描写しましたが、それは結構黒に近い……というかほぼ黒みたいな色のことを言っています。


 以上! 次回もお楽しみに!

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