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第20話 交わらず

 俺の視界に入っている限りでは、さっきの大槍を免れたのは俺とエルミア、透弥に咲喜さんに霊戯さん。

 それ以外の、警察の人達はどれが誰か分からない程に砕け散っている。


 俺達はエルミアの機転により助かったが、この光景を前に生きた心地はしない。自分達も死んでいるんじゃないかと錯覚してしまう。


「イヤだ……こんな、急に……」


 透弥は同じ台詞を繰り返し言い続け、頭を抱えて地面を睨んでいる。咲喜さんが彼を宥めようと寄り添っているが、透弥は依然として曇ったままだ。


「あっ……泰斗君、あの人はまだ……」


 あの人とは誰のことかと思ったが、立ち上がったエルミアの向かう先にまだ身体が損傷していないように見える人が居るのが分かった。

 赤黒く焦げ付いたような痕があるが、生きている可能性はある。

 だが、その人の傍らへ寄るエルミアに


「もう死んでる」


 と言う声。霊戯さんだ。


「見た目こそ無事に見えなくもないけど、電撃傷(でんげきしょう)がある。つまり、感電したんだ」


 霊戯さんはエルミアに伝えると同時に、俺にも横目でアピールしている。


「あの赤黒い痕がそれですか?」


「そう。表に出てるのは少しの傷だけど、身体の内側は比にならないくらいにボロボロになってるんだよ。だから、もう助からない」


 霊戯さんの高めな声も、そんな事を語られると暗くて低い声に脳が変換してしまう。だが、その方が内容は頭に入る。

 感電してるって事はつまり、さっきのアレは電気の塊ということだ。


「そんな……じゃあ、ここの人達皆んな……」


 救命しようという理由で立ったエルミアだったが、霊戯さんが話をしてからは無気力に立ち尽くしている。

 俺も見たくは無いが、死体で溢れる街道を見渡す。霊戯さんの話を踏まえた上でそんな事をしても、生きている見込みのある人など一人も見当たらない。


 ――ダンッ!


 何枚か壁を挟んだ向こう側から、大きな物音が聞こえた。そこらで発生する生活音なんかじゃない、それよりも強く、鈍い音だ。


「今の音は……」


「決まってるだろ、敵だ! こっちに来て……俺達も早く逃げないと殺される!」


 会話に参加できていなかった透弥が、そう言った。いつも不機嫌とはいえ活気がある彼だったが、今ばかりはそうではなかった。

 当然だ、目の前であんな一気に人が死んだのだから。寧ろそのリアクションの方が正しいとも言える。


「透弥さん、魔石……持ってますよね?」


「あ、ああ……」


 エルミアに言われて透弥は魔石を手渡した。

 魔石を手に持ったエルミアは、俺達の車が停まっているのとは逆方向に向きを変え、魔石に入った魔力を解放した。


 水でできた小さな球。重力に逆らって宙に浮かぶそれは一瞬で作られ、斜め上に飛んでいった。

 水の球は建物をいくつか通り越した辺りで曲線を描きながら斜め下へ進み始めた。

 その後は建物に遮られてどうなったかは見えないが、恐らくその辺に落ちたんだろう。


「あれで惹き付けるんですか?」


 咲喜さんがエルミアにそう尋ねた。そんな簡単に居場所を騙せる程、敵は馬鹿じゃないと思うけどな。


「そう……なんですけど、上手くいくかどうか」


 曖昧な返事をしながら向こうの様子を見ているエルミア。これで失敗したら手詰まりだと全員が理解している中でのソレは、より強い不安を誘う。


 ――ダンッ……ダン…………タン…………。


 例の音は、最初こそ強く響いたものの、段々と遠くなっていく。移動する音が、水の球の着地したであろう位置に向かっているのが耳で分かった。

 即ち、即興の作戦は成功したという事だ。


「今、あっちにいる……。早く逃げよう! じゃないとこっちにも来ちまう!」


 透弥はこの場からの逃走を急ごうとするが、そうしてしまったら、ここはどうするんだ?

 こんな現場を放っておくのはどうしても躊躇いが生じる。


「こんなに人が死んでるのに、それを放置して俺達は逃げるのか?」


「当たり前だろ! 自分の命が最優先だ。それに、今逃げないと敵を惹き付けた意味が無くなる!」


「でっ、でも!」


 死ぬ可能性が高まるのはわかる。惹き付けた意味が無くなるのもわかる。

 透弥の意見は勿論理解しているんだけど、こんなのを放置するなんて正気の沙汰じゃないだろう。何体か数えている内に嘔吐しそうな亡骸の数々は、どうやって回収するというんだ。後でか? それは本当に正しい行いなのか?


「二人とも落ち着いて。そんな言い合いしてたら、それこそ敵に見つかっちゃうでしょ?」


「そうですよ、こんなところで喧嘩していたら危ないです」


 霊戯さんだけでなく、咲喜さんも俺と透弥の言い争いに意見した。


「別に逃げたって良いんじゃない? どうせまた無くなるんだし」


 霊戯さんの言う事も理解できる。でも、やっぱり簡単に受け入れられるような話ではない、と俺は思う。


「泰斗君、気持ちは分かるけどさ。透弥さんの言うとおり、私達が生きて抜け出す事の方が今は大切だと思う」


 エルミアは俺のジャージの袖を引っ張りながらそう言い、俺を連れ出した。

 その後、彼女だけが少し前に出て周囲の安全を確認した。オーケーの合図をすると、俺達も彼女の後に続いて車まで向かった。

 俺は完全に受け入れたわけじゃ無かったが、ここまで皆んなの意見が合致しているならこれ以上言い争うのも野暮だ。


「大丈夫、上手くやるよ」


 車内で霊戯さんがそう言った。俺とは違ってえらく余裕そうだが、どう上手くやるんだろうな。


「二人は、今日は一旦帰らないといけないんだよね?」


 霊戯さんは少し間を置いて俺とエルミアに確認をとった。


「はい、母が今日は絶対帰れって言うから」


「良いお母さんじゃんか」


 愚痴っぽい俺の言い草に対しする霊戯さんの返しは明るい。俺は「親」を大して尊敬していないし、それ程関心も無い。

 だから、どうしても親の話になるとこういう態度になるんだ。


「このまま家まで送るよ。バスに乗るのも面倒だろうし」


「えっ、いいんですか?」


 なんと、このまま車で送ると霊戯さんは宣言した。バス代が浮くし、ありがたい。


「私と泰斗君の方でもできるだけのことはしてみます。もし何か分かったら、霊戯さん達に連絡します」


「そうしてくれるとありがたいよ。流石の僕でも、こればっかりは手に余るから」


 こんなやり取りをしていたところに、透弥が意見を示した。


「俺はもうこの事に関わりたくねえ。またさっきみたいな思いをするぐらいだったら死んだ方がマシだ」


 透弥はそう言って車の窓に頭を張り付けた。

 彼の顔が窓にうっすらと映り、本物とその像とが睨み合う構図ができあがっている。しかし、彼の呼吸は心情に影響されてか速くなり、窓が白く曇って像は見えなくなった。


「透弥、そんな事言ったって……一度関わってしまったものはもう仕方が無いじゃない」


「じゃあその関わりを持たせたのは誰だよ!」


 分かりやすい怒りを見せる透弥に体を寄せた咲喜さんだったが、彼の怒号にビクッとして引き下がった。


「それは……俺とエルミアだ」


「ああ、そうだよ! お前らが来なかったら羽馬にいが連れ去られる事も無ければ、あんなに人が死ぬことも無かった! 全部お前らの所為なんだよ……」


 それは単なる怒りだけじゃない、悲嘆の声だった。透弥の言葉を聞いていると、心が痛くなる。

 透弥の言うように、俺がここに来たからこうなってしまったんだ。当然、透弥は何も悪くない。それは咲喜さんや霊戯さんも同じ。


 心の中の暗がりが広がり、俺の首が下へと傾いていく。上目で確認したが、エルミアも俺と同じ動作をしていた。


「透弥は……なんでそんなに怒るの?」


「は!? 羽馬にいなら分かるだろ! こいつらが俺達のところへ来たせいで、色んなことが悪い方向に進んでる! 何度も言わせないでくれよ、こいつらの所為で俺達は損をしているんだ!」


 霊戯さんの思わぬ質問に、透弥の論が加速した。だけど、その内容はさっきと全く変わらないもの。


「透弥の気持ちだって理解できるけど、その怒り故か今の透弥は考えが短絡的過ぎる。僕達とあいつらを結び付けたのは確かにこの二人だけど、それより悪い奴等がいるでしょ?」


「誰が一番悪いかじゃない! ……俺が言ってるのは……つまり、泰斗とエルミアが俺達と関わらなければ、俺達が巻き込まれる事も無かったって……! そういうことだよ!」


 環境音の全てが掻き消される程の叫びだ。霊戯さんが何か助け舟を出してくれる様子だったが、それも今の透弥を前にして砕け散った。

 霊戯さんはタバコを吸うように息を吸い、細かな息を吐いた。溜め息とも少し違う。


「……泰斗君とエルミアちゃんが来なくたって、僕達が巻き込まれるのは必然だったと思うよ」


「はあ!?」


 激しい言い合いから退いたと思われた霊戯さんだったが、それは間違いだったようだ。彼はバックミラーにチラッと目をやり、鏡越しに透弥を見つめながら続きを語った。


「僕が最初にあの現場へ行ったとき、そこの警官は既に偽物だった。これを考慮すると、現場で見つかった茶色い装束っていうのも……なんなら人が死んだのだって泰斗君とエルミアちゃんを誘い込む罠だ。だからどう足掻いたって僕等は、形は違えど巻き込まれる未来だった。だから、ここで二人を責める必要は無いの」


 透弥はそれを聞くなり勢いが落ちた。

 俺が重くなった首を上げてバックミラーを見ると、霊戯さんと目が合った。「どうだ」と言わんばかりのドヤ顔だ。


「透弥がこれ以上この事に関わりたくないって言うなら部屋に閉じ篭もるか遠くへ行くかすれば良いよ。どっちも嫌ならそこのお姉ちゃんに頭撫でてもらいな」


「ああ、俺の好きにさせてもらうよ」


 透弥は霊戯さんによって抑え込まれた怒りを吐き捨てるかのように大きな溜め息を吐きながら、背もたれに頭をつけた。



*****



 やっと着いた。渋滞も無く進んだためそれ程時間は経っていない筈なのに、変に長く感じていた。

 車のドアを開けると、重くなった空気も外に流れ出ていくようだ。


「じゃあ三人共、また今度!」


 俺とエルミアはそうしてあの三人と別れ、一日ぶりに家へと帰ってきた。

 第20話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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