第2話 不揃いなステップ
「異世界……? えっと、その前にあなたは大丈夫なんでしょうか? どこかおかしなところは?」
彼女は多少なり困惑している様子だ。
「ああ、俺なら大丈夫! こんなに元気なのに脳震盪とか疑わないでよー」
俺はよくある主人公を気取る様に歯を見せて笑い、右手をグッと出す。
こう言っとけば無事なの証明出来るでしょ!
「ああそうだ、多分状況的に君が俺のこと助けてくれたんだよね? ありがとう!」
命の恩はデカい。俺は若干よろけながらも姿勢を整え、彼女に感謝の言葉を述べた。
「ふふっ、どういたしまして」
彼女は俺の言葉を聞いて喜色満面になり、同時に誇らしげな様子が口元から溢れ出ていた。
とても可愛らしい。まさにヒロインって感じの仕草だ。
「ええと、あなたはここに住んでる人ですよね?」
彼女は俺に問うと同時に、少し困窮した様な表情になった。俺は安心させるべく明るい声で頷いた。
これはあくまで予想だが、彼女は異世界転移モノに似たようなノリで現世に転移し、異世界に存在し得ない建築物、人間、景色に混乱しているのだろう。
トラックに撥ねられて死ぬよりはマシだろうが、彼女の表情から察するに状況は深刻だ。
「実は私、先程まで王都に居た筈なのに気が付いたらこんな訳の分からない場所に居て……どうにかして帰りたいんです」
――予想、的中。
彼女が若干涙ぐんでいるのが分かる。詳細を聞かずとも、辛いのが伝わってくる。
そして、予想が当たった事よりも気になる単語が一つあった。
「王都」。やはり異世界にはそういうものがあるらしい。
また、「王」と言う言葉で気付いた事だが彼女の服装は随分と豪勢で華やかな感じがする。
茶色で縁取られた黒い魔法帽にはそれぞれ赤、青、緑色で雫の様な形をした宝石が三つ吊り下げられている。
また、羽織っているローブは帽子と同じように黒を基調とした動きやすそうなもの。ローブの下には白と金色の服が見える。
ローブには純金製の鳥の様なバッジが付けられている。
もしかしたら異世界内では結構身分の高い人だったりするんじゃないのだろうか。
そんな事に気を取られていると、彼女からまた一つ質問が。
「あの……これは単なる転移魔法ではないと思うんです。今まで沢山の書物を読んできましたが、今ここにあるような文明なんて聞いた事が無い……あなたは……あ、そういえば名前がまだ……。お聞きしても?」
ここに来てやっと名前を聞かれた。
しかし、俺には異世界人の、それも結構凄そうな人に名乗る資格などあるのだろうか。
先程までの活気が溶けて出て行く。
朱海泰斗、十六歳。
中学に入った頃から今に至るまで引きこもり生活を続けた結果、最早他人とまともに会話するのもままならない超コミュ障人間へと成り果てた。
アニメやラノベに浸かりながらもゲームの腕を磨き、大会に出場する程の実力を手に入れた。
俺としてはこの生活を割と誇っているつもりだったが、周りからして見ればただの引きこもりオタク……もっと言えば将来性の無いニート。
これが俺のプロフィールだ。今プロフィールを語らずとも、名前を教え合って暫くの間行動を共にする、なんて事があればいつか話さなければならない日が来るかもしれない。
その時、彼女に失望されないだろうか。
凄く心配だ。
「……あ、私とした事が。こういう時は私の方から名乗るべきでした。すみません」
彼女の言葉で我に返った。
間も無くして彼女が名乗り始める。
「私は魔法王国国王の血を引く、魔法王国次代女王エルミア・エルーシャです」
被っていた帽子を取って胸の辺りに添え、俺に対して一礼した。
――二度目の予想、的中。
この少女は偉そうどころか、王家の血筋でしかも次代女王なのだそう。
しかもお辞儀の姿勢があまりにも端整だ。
さっきの俺のものとは比較対象にすらならない。
これで益々名乗りづらくなってしまった。
別世界とはいえ、そんな大層な人の前で名を名乗れるような人間じゃない。
「俺は王家の方の前で名乗れる様な人間じゃないですよ……はは」
態度を一変、低く出た。
すると彼女は顔を顰め、厳しい声で言ってきた。
「身分とか、そんなの関係ないですよ! 初対面でも名前を教え合えばお互い仲良くなれるでしょう? ……まあ、暫く名乗ってなかった私が言える事じゃないかもしれないですけど」
エルミアは、叱りながらもニコッと笑った。
俺は彼女の論に思わず頷いてしまった。
そうだ、何故今まであんなに悩んでいたのだろうか、簡単な事なのに。
「俺ってやっぱ、コミュニケーション能力皆無なんだな」
「えっ?」
なんとも馬鹿げた考えだ。自分とはいえ笑ってしまう。
「ああいや、何でもない。俺の名前は朱海泰斗……うーん、まあプロゲーマーかな!」
何とか自分の魅力を伝えようと「プロゲーマー」を名乗ったが、そもそも異世界にゲームなんて無いだろう。
折角の見せ場でイマイチ魅せられなかった。
「ぷろげーまー……って言うのはよく知らないけど、よろしくね泰斗君!」
――!?
いきなりタメ口になった。
先程までは丁寧な口調だったのがタメ口になると、何だか調子が狂うし堅実そうなイメージが崩れてしまう。
そして何より驚くべきは、「泰斗君」と言う呼び方だ。
俺が生きてきた十六年間、君付けで呼ばれたのはこれが初めてだ。
しかも相手は同年代かつ超、位が高い魔法使い美少女ときている。
気分が高揚し、心臓が激しく鼓動する。
俺は自分の顔から熱を感じた。所謂、赤面というやつだ。口元が緩む。
そんな中、エルミアは自分の間違いに気付いたらしく。
「あっ、ごめんなさい! つい……」
少し顔を赤らめながら、戸惑う様子で彼女はそう言った。
うん、これ絶対タメ口の方が可愛いな。
俺はそう考え、戸惑う彼女に一つ声を掛ける。
「この際、全部タメ口にしようぜ! エルミア的にも、ずっと敬語はやり辛いでしょ?」
そう言いながら、また右手をグッと前に出して彼女の気を緩めるべく笑顔を見せた。
「……! じゃ、じゃあ……友達……?」
「友達?」
「あっ、いや……友達はこういう風に話すって聞いたから」
もしかしてこの子も友達がいないのかな?
そんな根暗なタイプにも見えないし、きっと俺とはまた違う理由なんだろうけど。次代王女だから民とは会話する機会もない……とか?
「だな、友達だ!」
俺がそう言うと、エルミアは笑顔で「うん」と返した。
「ヨッシャーーー!!」
抑え込んでいた感情を解放し、声を上げて喜んだ。
「俺からもよろしくな、エルミア!」
俺はそう言って、何気なく右手を彼女の前に伸ばしてみる。
すると彼女もまた右手を伸ばし、泰斗の右手を優しく包み込む様に握った。
まさか、本当に握手してくれるとは。
雰囲気の流れで何となく右手を出したが、ちゃんと握手してくれるなんて。
今まで異性との交流が一切無かった俺にとっては非常に大きな事だ。
にしてもこの子は良い子だな。彼女の温かな手を握りながらそう思った。
俺の中のイメージでは、異世界の王族なんてものは金と権力を振り撒くものだったが、彼女は絶対にそんな人じゃない。
『初対面でも名前を教え合えばお互い仲良くなれるでしょう?』
この言葉には驚いた。
王族なんてどうせ「王族の命令だ、名乗れ」みたいな事言うんだろうな、なんて思っていたが、彼女はそうじゃなかった。
こんな面倒でどうしようもない男に対してあんな平和で優しく、廉潔な諭し方をするとは予想していなかった。
この子とならやって行ける気がする。これから一緒にいる時間がどれだけ続くかは別として。
異世界から現世に来てしまった、となると普通の人間の仕業でないのは容易に想像できる。
もしかしたら何かとんでもない事に巻き込まれているのかもしれない。
それでも、この子と……エルミアとなら。
人生の転機だ。次は絶対に間違えない。
俺は自分にそう誓い、先程とは違う引き締まった笑顔をエルミアに向けた。
第2話を読んで頂き有難う御座いました。連載開始記念という事で二日連続投稿です(本音を言うと、読者を離れさせたくなかったから)。
次回からは、基本的に三日に一回の頻度で投稿しようと思います。何らかの事情で投稿できない日があったらすみません。