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第19話 波動と衝動と鳴動と

「……ん……」


 瞼の隙間から、暖かな光が眼に侵入してくるのが分かる。もう朝か。

 布団に後頭部をくっつけたまま、左に右にと頭を振ると、エルミアも透弥も咲喜さんもまだ眠っているのが見えた。引きこもり生活で培った早起きスキルが発動しているらしい。


「バーーン!!」


 豪快ながらも爽やかな声が部屋中に響き渡った。それと同時にドアが開き、その向こうには霊戯さんが居た。

 彼はつかつかと中に入ってきて、


「はい、皆んな起きる! もう朝だよ子供たちぃ!」


 と再び大声を出した。既に起きている俺にとっては凄くうるさい。凄く。


「霊戯さん、こんな朝から一体何があったって言うんですか……」


 俺は眠気と疲労感で重くなっている体をゆっくりと起こしながら霊戯さんに聞いた。その間に、他の皆んなも徐々に目を覚ましている。


「なんだ、泰斗君はもう起きてたのか」


「……はい……」


 眠気で声が出にくい影響からか、受け答えも適当になっていた。


「こんな朝って言うけど、もう九時だよ?」


「えっ、そうなんですか!」


 俺より先に反応したのは咲喜さんだった。昨日までサラサラとして美しかった薄いピンク色の髪が滅茶苦茶になっている。


「まあそれはいいんだよ、皆んな疲れてるだろうし。僕が言いたい事は他にあってね……」


 霊戯さんがメインの話を始める頃には、全員が起き上がって、霊戯さんの周りに集まっていた。


「さっきまた電話したんだよ、昨日と同じ内容をね。でも、イマイチ信用を得られなくて弾かれちゃったよ」


 霊戯さんは一番近くにあった俺の布団を両手で弄りながら話した。続けて「行っても意味無い」と言い、エルミアが直接魔法を見せる作戦も否定された。


「じゃあどうするってんだよ! 俺達だけで解決しろって言うのか?」


「流石に無理ですよそんなの……」


 透弥と咲喜さんは口々にそう言ったが、霊戯さんは「まあまあ」と抑え込んだ。


「それだけじゃないんだよ。これは言わなくても分かるだろうけど、例の現場に居た筈の刑事も連絡が取れなくなっているらしくてさ、今日は捜査本部総出で現場に行くそうだよ」


 現場に行ったって、もうかなりの時間が経っているし、きっと何も見つからない。でも、そこに警察がいるのなら……


「じゃあ、その人達に私の魔法を見せれば!」


「そう、そういうこと」


 霊戯さんはエルミアに向かって手を出し、指をパチンと鳴らした。


「そうと決まれば! 皆んなで行くよ。元々僕は来いと言われてたしね」


 霊戯さんは立ち上がり、ドアの縁を手でガッと掴んで言った。俺達はその後朝食を摂り、外出のための準備を整えた。


「昨日あんなに動いたのに、今日も遠いとこ行かされんのかよ……」


「俺なんて一昨日も戦ったんだからな。それよかマシだと思えば楽になるんじゃないか?」


 俺は不満を零す透弥にそう言った。そうだ、俺は二日連続であんなヤバい奴等と戦ったんだぞ? ちょっとは休ませてほしいな。


「透弥さんに咲喜さん、これ受け取ってください」


 エルミアは透弥と咲喜さんに手を出させ、それぞれ青い魔石と緑色の魔石を渡していた。確か青が水属性で緑が風属性だったっけ?


「これは、中に溜まった魔力を使って水や風を出す事のできる魔石です。今はほんの少ししか入ってないですが、私の魔力がもっと回復したら補充できます」


 透弥は親指と人差し指で青い魔石を持ち、不思議そうに目を細めて眺めている。一方の咲喜さんは水を掬うような手で緑色の魔石を持ち、目をパチパチさせて見つめている。


「でも、どうやって使うんですか? これ」


「うーんなんでしょう、こう……中の魔力で何かを作るような……そんな感じに……」


 エルミアは両手を前に出し、目を瞑って説明したような事を表してみているようだったが、いまいち伝わってこない。


「よく分かんねえけど、つまりこれである程度戦えるって言いたいんだろ?」


「はい、そうです! 使い方次第では何でもできますから」


 何でもできる……って、俺の剣も赤い魔石を取り付けているからそうなのか? もう壊れたけど。でも、赤い魔石は残っている。


「エルミア、俺に渡してくれた赤い魔石も剣を通して色々できるのか?」


 俺は好戦的な男じゃないが、興味本位で彼女に聞いてみた。


「うん。まあ、練習が要るけど……三人とも、頑張れば凄く強くなれると思う!」


 エルミアはそんな言葉を使って俺達を軽く鼓舞した。


「ところで咲喜さん。昨日のこと……整理できましたか?」


 咲喜さんは人を殺したことで、かなり暗くなってしまっていた。

 悪く言いたいわけじゃないが、今日もそんな調子だと、心配になってこっちが困る。

 俺はもう整理できてるからな。咲喜さんにもそうしてもらいたい。


 咲喜さんは「はい」と頷いた。


「みんな行くよー!」


 そんな時だ。霊戯さんが軽快な声で俺達を呼んだ。



*****



「あ~、眠いなぁ~。なんでこんな時に限ってお仕事任されるんだか……馬鹿な私には分かりませえええぇぇぇん!!」


 ハンバーグが置かれたテーブルを前に、椅子にもたれかかって広いレストラン店内の空気を揺るがすような大声を出しているのは、ウィンダだ。フードを被って耳を隠し、尻尾はスカートの中にしまい込んでいる。

 彼女の声は店内に居た全員の鼓膜に到達し、突如狂ったように声を荒らげた彼女に注目が集まった。


「……あの人、こんな時間から酔っ払ってるのかな?」


「でも、大人じゃなさそうだぞ?」


「普通の会話ならいいけど、あんな大声は出さないでほしいよ、まったく」


 場は騒然としていたが、意識の半分が眠気により失われている今のウィンダにはその声は届いていなかった。


「すみません、お客様」


 一人の女性店員がウィンダの席に行き、彼女に声をかけた。


「……は? 何?」


 ウィンダは意識の外から投げられた言葉に反応したが、一筋の興味すら無い様子だった。彼女は一応話しかけられたからと、椅子から背中を離した。


「店内で大声を出すと他のお客様の迷惑になりますので、お控えください」


 店員は誰の目にも悪く映るウィンダの態度を跳ね除けるように、丁寧な口調でウィンダに注意喚起するも、ウィンダは悪びれも無く溜め息を吐き、フォークを手に持った。


「これ食べて出てけば文句無いんでしょ? 今日は機嫌悪いんだからそれ以上グチグチ言うなよ」


 ウィンダは店員には目も向けずに目の前のハンバーグを食べ始めた。店員はその行動の奇天烈さに酷く困惑し、彼女にかける言葉も見つからず唖然としている。


「はい、ご馳走様。お金はちゃんと払うから安心してよ」


 ほんの数分でハンバーグを全て喉に通したウィンダは、ポケットに手を突っ込んで席から立ち上がり、会計を済ませた。


 ――ギィィ。


 出入り口の重い扉を開けて店を出たウィンダは、昨日やったようにポケットの中の球を握った。


「何だっけ班長が言ってた事。確か"目標"が行きそうな場所を潰せって感じだったか……?」


「ンなの分かんねぇよぉぉぉーーー!!」


 眉を寄せて思考を巡らせるウィンダ。だが、彼女の頭脳では考え出すことはできず、そんな彼女には叫ぶという選択肢しかない。

 彼女はその後両手を出し、レストランの屋根に目を向けた。次に、壁までそう距離の無い位置から壁に向かって走り出すと、地面を踏みつけて勢い良く斜め上方向へ飛び上がった。


 彼女の鋭い鉤爪が屋根の僅かな凸凹を捉え、ウィンダは屋根の上に足を着けた。


「適当に探してればいつか見つかるっしょ!」


 彼女はそう言ってニヤつき、牙を剥き出しにした。そうして自分を元気づけると、ウィンダは四足獣を思わせる四足歩行の体勢になり、両手両足を使って駆け出した。



*****



 現場は未だ騒然としている。一連の事件を担当している捜査本部の人達が沢山いるからだ。

 それに加えて俺達五人も居るんだから、相当な人数だ。

 本来、俺やエルミア、透弥なんかは未成年であるからという理由でこんな場所には居られない。霊戯さんのお陰だ。


「ここを探しても、通信が途絶えた最後の地点を探しても、何も見つからないなんて……。やはり泰斗さんとエルミアさんが言うように、彼らの仲間の仕業なのでしょうか」


 咲喜さんの言うように、例の廃倉庫近くや警官達が襲われたと思われる場所を探しても、何も見つからず。もう遅かったんだ。


「そうなんだろうね。完全に敵の思うツボだよこれじゃあ」


 そんな会話をしていると、刑事達がこちらにやって来た。


「それで霊戯さん、見せたいものがあるとの事でしたが」


「ああ、そうそう。この子なんですけどね」


 霊戯さんの伸ばす手の先には一人の美少女――そう、エルミアだ。


「ん? エルミアちゃん、どうしたの?」


 霊戯さんが疑問符を浮かべるのも当然だ、エルミアは全く無関係な空を見上げている。まるでそこに何かあるように。


「エルミア、あっちに何かあるのか?」


 俺がエルミアの顔を覗くと、予想とはかけ離れた曇り顔だった。あまりに流れから外れているエルミアの行動、表情に困惑したが、その理由はその後すぐに分かった。


「魔力の波……。あそこに、集まっていく。大きい魔法が放たれるときの前兆……」


 俺達がそれ(・・)に気付いたのは、既に完成された後だった。空に浮かぶ大きな槍。雷のような黄金……というか、雷そのものにも見える。


「咲喜さん、魔石を!」


「えっ」


 エルミアからの突然の呼びかけに咲喜さんは少し焦ったが、言われたとおり緑色の魔石を取り出した。

 何をするかと思えばエルミアは咲喜さんの手から魔石を取り、俺達に


「皆んな固まって!」


 と指示した。


「オイ、何なんだよあれは――


 前にエルミア、後ろに俺達。その形を作ったとき、空中の大きな槍は一直線の軌道で落ちてきた。それと同時にエルミアが持つ魔石から風が放たれ、黄金と透明の力が交差する。


 大きな衝撃によって無意識に腕が動き、俺の目に覆い被さる。


 俺達は風に飛ばされ、槍が直撃する事は無かった。……が、少し前まで一緒に居た警察の人達は……


「なんだ、一体……?」


 イヤ……なんだよ、これ。あまりに残酷なその光景は、本来荒れる筈の心を鎮める程に強烈だった。

 そう、俺の目に映ったのは、それぞれが孤立した腕に……脚に……頭に……その全てが頭にこびり付く。


「いっ、いやあああぁぁぁ!!」


「オイ……何で、こんな……うっ、オエェェェ」



*****



 深紅に染まった市街地の一角を上から覗くのは、溢れ出る愉悦に耳を伸ばすウィンダだ。彼女がその現場を眺め始めて既に数分が経っている。


「よぉーーっしぃ! 全員、死んだーー! あでも、目標は流石に死んでないよね。凄く強いって聞いてるし、なんか対策して生きてる筈」


「そうと決まれば、ジャーーンプッ!」


 屋根を蹴りつけ、宙を舞うように回転しながら地面に着地したウィンダが向かうのは、塵の舞う現場だった。

 第19話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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