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第18話 月はそれを信じている

「……はい、時間を置いてかけ直します」


 霊戯さんは何度も頷いて応答しながら、徐々にスマホを耳から離していき、締めの文句を言い終わるとすぐに通話終了のボタンを押した。


「なあ羽馬にい、今言ってたことって」


 霊戯さんが電話している中、途中から無言でその内容を聞いているだけの俺達だったが、霊戯さんがスマホをテーブルに置くのを確認すると、透弥が話しかけた。


「言ってたとおりだよ。僕達が居た所へ向かう筈の警官達は、何があったか音信不通になり、その情報が探偵組合の事務局に伝えられたんだよ。本来ならそこから僕のところに連絡がくるんだけど、丁度僕が電話したから今言われた」


 霊戯さんは金色の髪に手を潜らせ、ガサガサと掻きながら言った。


「音信不通になったって言うのはつまり……」


「やられた……かもね」


 俺が最後まで言うつもりだったのに、透弥に途中から全て言われてしまった。彼はそんな俺に構うことも無く、エルミアに顔を向けた。


「これも『幻術』ってのの仕業か? それとも他に、お前みたいな殺傷能力の高い魔法の使い手がやったのか?」


 透弥はエルミアにそう聞いた。対するエルミアは「うーん」と声を出しながら少し考え込んだ後、


「幻術は、基本的に攻撃することはできないんですよ。ただ幻を見せたり、誰かの体をコピーしたりとか。……でも、凄く極めている人なら有り得るんです。目に見えない攻撃とかがあったりするので。幻術を極めるのは結構大変なことなので、恐らくそれは無いんじゃないかと思いますけど」


 透弥にそう回答した。でも、それは……


「エルミアさんの予想が正しければ、幻術師の他にも異世界人がいることになりますよね」


 咲喜さんは俺の心を読んだのかと思う程、俺の考えていたことをそっくりそのまま口から放った。


「異世界の住人が沢山いるのかぁ……」


 霊戯さんはそう呟くと口元を歪ませ、人によっては気味が悪いとも言われそうな笑顔を見せた。


「おもしろいじゃん」



*****



「……ああ、まあそんな感じだよ。ゲーマー仲間、みたいな」


 五人で話し合っていた時から少し時間が経った。俺とエルミアは霊戯さん達の家に泊まることになり、現在俺は母にその旨を伝えている。

 因みに、俺達がここに泊まるのは敵がやって来たときに対応できるからだ。それはそれで危険だが、殆ど戦闘能力の無い三人をここに置いておいて俺とエルミアが帰るってのも少し気が引ける。


『帰るときは気を付けないと――


「わざわざ言われなくたって分かってるよ」


 俺だって十六年間母と一緒に暮らしているんだ。これから何を言おうとしているかぐらい分かる。第一、帰路に注意ってのはもっと小さい子供に言うことだろ。

 俺は相手側の言葉を遮り、自分の言葉を詰め込んだ。


 そうして俺は通話を終了し、スマホをポケットに仕舞った。


「ご飯できましたよ」


 咲喜さんとエルミアが今晩の料理を作ってくれた。

 咲喜さんのすぐ後にエルミアも出てきた。その手には二つのお皿があり、その後は男性陣も協力して食事を運んだ。


 因みに、食事をするのは応接室のテーブルだが、そこに台所は無く、一階の奥にあるのでそこから運んでくる必要があった。


「「いただきます!」」


 テーブルに並んだのは白米にコロッケ、ブロッコリーに味噌汁だ。エルミアはやはりこの世界の食事に興味があるようで、目を輝かせて特にコロッケを見つめている。


「エルミアちゃん、コロッケは初めて?」


 あまりに露骨に興味を示しているエルミアに、霊戯さんが声をかけた。エルミアは霊戯さんの声に気付くと目線を移し、


「はい!」


 と元気良く答えた。その声からも気分が高まっているのがよく分かる。


「異世界にはどんな食べ物があるの? 肉も野菜もある?」


 霊戯さんの方は、異世界に興味津々だ。


「ありますよ。特に貴族は竜の肉なんかが調理されたものを出されたりとかしていますし、野菜だって種類も豊富で……」


 エルミアは故郷を思い出すように、顔を少し上に向けながら異世界の話を次々と並べていった。


「……竜の肉って美味いのか?」


 透弥はエルミアが話す中の「竜の肉」が気になったようで、次の質問を投げかけた。


「うーん、種類にもよりますけど、私はそこまで好きじゃないですね。固いし、それに辛い味付けのものばっかりなんですよ」


 エルミアは不満げにそう言うと、箸でコロッケを口に運んだ。サクッという音を立ててコロッケが歯を通過すると、エルミアは凄く美味しそうにモグモグと口を動かし始めた。


「美味しいっ!」


「エルミアちゃん、貴族なの?」


 コロッケを頬張るエルミアに、霊戯さんがそう聞いた。それを聞いたエルミアは、目を少し大きくして今口に入っている分のコロッケをゴクッと飲み込んだ。


「そ、そう……でしたよ。バレちゃいました?」


「そんな言い草だったからね」


 そう言う霊戯さんだけど、流石に現国王の直系とまでは見抜いていなさそうだ。


「で? お前はどんくらい偉かったんだよ。貴族って言っても色々あるんだろ?」


 透弥はそう言うとコップを手に取って水を飲んだ。


「こういうのは慎んだ方が良いとは思うんですが……その、私は……一国を治める王の娘なんです」


「おっ、王の娘……!? うっ、ゲホッゲホッ」


 流石の透弥も予想外の答えだったらしく、飲んでいた水を喉に詰まらせて咳き込んだ。そりゃそんなこと言われたら驚くのが普通だよな。

 勿論、霊戯さんや咲喜さんも大層驚いている様子で、エルミアに注目している。


「エルミアちゃんがそんな凄い人だとは」


 やっぱり見抜いてなかったな。

 品性はあっても、権威のありそうな態度はとっていない。

 だから、王の娘などとは思われなかったんだろう。


 その後は暫く、談笑しながら食事をしていた。

 それだけなら良かったのだが。俺はちょっとだけ気にしてしまっている。殺人をしてしまったことを。

 咲喜さんもそうだった。似た境遇だからだろうか、彼女の美顔の濁りに気付けた。


「……どうしました?」


 咲喜さんに不審がられた。

 俺はなんと返すべきか迷う。

 ここは素直に言うべきなのか。それとも隠して、後でこっそり話すべきなのか。


 迷った末、俺は前者を選んだ。


「咲喜さんが凄く辛そうな顔をしていたので」


 彼女は俺の思考を悟ったようだ。ハッとし、そしてまた辛そうな顔をする。


「姉ちゃん……」


「咲喜、僕らは責めることなんてしないよ。辛いのはよく分かるけど、それだけは……」


「ええ、それは……言われずとも。私が落ち込まないように敢えて楽しい雰囲気にしているのも、分かっています」


 俺は、そんな意図はなかった。

 もっと他人の気持ちを考えるべきだな。

 俺が一番咲喜さんのことを理解できるだろうに。いや、透弥や霊戯さんの方が安心の度合いが大きいか。

 しかし仮にそうだとしても、自分の振る舞いは誤っていたと認めよう。改善しなければ。


「あまり心配してくれなくて大丈夫です。一度寝れば、整理できるので」


 咲喜さんはそう言って、食器を片付けた。



*****



「……ん……」


 意識が戻ると、重い瞼を持ち上げて闇に閉ざされていた眼に光を与えた。そうだ、あの後寝たんだっけ……。

 俺達はあの後夕食を食べ終え、やがて就寝する時間になった。そして、いつ敵が現れてもいいようにと見張り役を交代しながら担当することに決めた。一回で一、二時間を朝まで繰り返す。


 で、今から俺の時間だ。俺の前に見張りを担当するのはエルミアだから、彼女に声をかけて寝させる。


「エルミアは……」


 布団の被さった上半身を起こし、部屋の中を見渡した。因みに、俺達は透弥と咲喜さんが共同で使用している部屋に寝させてもらっている。


「あ、泰斗君。今起こそうと思ってたの」


 その声は部屋の窓からしていた。エルミアは開いた窓の前に立ち、縁に手を置いて俺の方を見ている。


 俺はぐしゃぐしゃになって下半身に乗っかっている掛け布団を手で退け、それとは反対の手を使って体を完全に立たせた。そのとき、ふと枕元のスマホに映った時刻を見ると、交代する筈の時間を十分過ぎているのがわかった。


「エルミア、窓の外見て何してんだ? もう見張りの時間は終わっただろ?」


 俺はそう言いながら、彼女の横に立った。俺も彼女と同じように窓の縁に手を置くと、外から吹きつける夜風が冷たく感じた。


「色々と考え事しちゃって……。昨日や今日に起きた事だってそうだし、何より私は……元の世界に帰れるのかって、凄く心配なの」


 エルミアは遠くにある建物でも見るように、目を細めて窓の外を眺めている。その後に細い目のまま俺の方に顔を向け、


「私は……帰れるかな?」


 と一言。エルミアは手を窓の縁の上で滑らせ、俺の手に近付けた。夜風が彼女の紺色の髪を揺らし、悲哀に満ちた佇まいがより一層際立っている。


「帰れるかどうかは分からない……でも、俺はなんとしてでもエルミアを元の世界に帰す。約束だ」


 俺は無意識のうちに寄せられた彼女の手を握っていた。それに気付いた頃には、彼女がさっきよりも俺に近付いていた。


「泰斗君……ありがとう」


 彼女はそう言って微笑み、僅かに溜まった涙を散らした。月光をも凌駕するような輝きが、エルミアの目から発されている。


「エルミアは指切りって知ってるか?」


「指……切り?」


 その初々しい反応から察するに、異世界には所謂「指切りげんまん」の文化は無いようだ。


「俺達の世界にはさ、何かを約束するときのまじないみたいなのがあるんだよ。……って言っても、子供しかやんないんだけどさ」


 そうして俺は右手の小指だけを立て、彼女の前に出した。

 エルミアも察したようで、俺と同じ形を手で作る。


「『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます、指切った』って。声を合わせて」


「ちょっと物騒じゃない?」


 と、エルミアが眉をひそめた。言われてみれば、確かに怖いワードが並んでいる。


「あはは、まあ……それだけ固い約束ってことだよ」


「……じゃあ」


 エルミアは納得したようで、その小指を俺の小指に絡めた。そして俺達は、物騒ながらも楽しげな歌を共に唱える。


「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます、指切った」」


 幼過ぎるチョイスだったが、エルミアは満足したようで、安心した表情で「おやすみ」の挨拶を交わした。やがてスースーという呼吸が聞こえ、完全に眠ったのだと俺は悟った。


「約束は、守らないとな」


 俺は声に出して誓い、街を照らす月に覚悟する顔を見せた。

 第18話を読んでいただき、ありがとうございました!

 次回もお楽しみに!

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