第17話 異世界の住人
遂に休載期間が終わりました。テストが終わったのでね。
投稿を再開しますが、作者みたろうは依然として遅筆なままです。進捗は殆どナシ。
まあ、そんな感じです。第十六話も楽しんでください!
暫くの間車に揺られ、俺達はまた探偵事務所に戻ってきた。因みに、俺の額の傷とエルミアの手首の負傷は、車内で咲喜さんがある程度手当てをしてくれた。
「じゃあ後は僕達の方でなんとかするんで。万が一何かあれば、すぐに連絡してくださいね」
「はい、霊戯さんの方もお気を付けて」
こうして加藤さんは自分の家に戻り、俺達とは別れた。これから探偵事務所で詳しく話し合い、今後のことを考える予定だ。
「泰斗君もエルミアちゃんも、ここに来るのは二回目になるのかな?」
霊戯さんは中に入るなり俺達に聞いた。
「あ、はい、そうですね……そこで透弥や咲喜さんとも出会いましたし」
俺は靴を脱いで揃えながら彼に返事をした。
「車に乗られたならカーナビも見られた……ってかそれでここまで来たんだろうし、住所とか知られちゃったよね」
霊戯さんは脱力したように椅子へ腰を下ろすと、その内容とは釣り合わない程に他人事のような感じでそう言った。
「どうせあいつらまた来るんだろ? どうすんだよ……」
透弥は腕を組んで唸り、目元をピクピクとさせている。
「敵の規模だって分からないですし、さっきみたいに毎回毎回戦うわけにもいかないですからね。羽馬兄さんが組合に報告して警察に動いてもらうぐらいしないと……」
苛立ちを見せる透弥とは反対に、咲喜さんは声の波で伝わる程の不安を抱えているようだ。
そんな咲喜さんが一つの意見を口にしたが、霊戯さんはそれに対し「イヤ」と否定した。
「どうも警察なんかじゃ対応しきれない問題な気がする……ってか、多分そうなんだよね」
「えっ? 羽馬兄さん、それはどういう……」
警察には対応しきれない……当然だ。エルミアや異世界のことが関わる事件、それはこの世界の人知を超えたことが起こりかねない。
「僕の偽物いたじゃん? あれ、見た目だけじゃなくて声まで僕に似せていて……というか、全く同じだったんだよ。しかも、一瞬で変身してた」
霊戯さんは奴等のやっていたことをそう説明した。見た目、声が一瞬で変化したなんて、やっぱりこの世界の人間ができることじゃない。
ただ謎ってだけの組織じゃない、そこにはエルミアと同じ異世界人も……!
「それは、変魔術の一種です」
今まで何か意見するでもなく黙々と話を聞いていたエルミアが、突然霊戯さんの話に口を挟んだ。
「「変魔術?」」
エルミアを除いた全員がその言葉に首を傾げた。「変魔術」ってどこかで聞いたような……エルミアからだっけ?
「数ある魔法の中でも変魔術に分類され、その中でも、"対象に本来とは違ったものを見せたり感じさせたりする"魔法……『幻術』を使ったのだと思います」
至って真面目な様子で淡々と説明するエルミアだったが、霊戯さんや透弥、咲喜さんは全く理解しているようには見えない。俺でさえもよく分からなかったし。
「エルミア、それじゃ多分皆んな分かんないと思うぞ。まず『魔法』と『異世界』について説明しないと」
俺は指先をピンと伸ばした手を左右に素早く振ってみせ、彼女に詳細な説明をするよう促した。
「えっ、そうなの!? 泰斗君はすぐに理解してくれてたから皆んなそうなのかと……」
エルミアはそれに対してあからさまに動揺していて、俺に、他の皆んなにと交互に視線を移動させている。様子を窺っているんだろうか。
まあでも、誰しもが俺みたいに「異世界」は「異世界」なのだと、「魔法」は「魔法」なのだとすぐに呑み込めるわけじゃない。
俺とエルミアとじゃその部分の捉え方が違ってしまっていたらしい。
「さっきも言ってたし、なんならやってたよな、魔法ってヤツ。『この世界』とか言ってたし……お前何者だ?」
透弥は鋭く光る目の先をエルミアに向け、怪訝に感じているであろう思念を圧のかかった声と共に送った。
エルミアはそれにプラスの感情が湧き出るはずもなく、一時の疑いを甘んじて受け止めているような顔をしている。
「透弥、そんな強い言い方……エルミアさんが可哀想よ」
咲喜さんがすかさずフォローするが、
「良いんですよ咲喜さん。透弥さんがそういう感情になってしまうのも当然です」
とエルミアは透弥を責めたり、ということはせずに咲喜さんを軽く説得した。
「まあエルミアちゃん、透弥に答えてやってくれ。そしたら落ち着くから」
霊戯さんは少し気を悪くしているエルミアに同情するような眼差しを向け、透弥への返答を催促させた。
「はい……私は、こことは別の世界……『異世界』の住人なんです。それが、突然こっちに来てしまって」
「異世界……って、ンなもん簡単に信じられるかよ」
透弥はエルミアの答えを聞いても尚、信用する気はないようで、態度は全く変わらない。こうなっては、俺もエルミアの手助けをしなければ。
「異世界ってのはあくまで俺の仮説なんだ。本当にあると証明されてるわけじゃない。……だから、疑うことは間違ってない」
「はあ? 仮説? それじゃ余計に――
「じゃあ、『魔法』をどうやって説明しようって言うんだ?」
透弥はそれを聞くなり前方へ首を突き出して前のめりになっていた体を後ろへ引っ込め、眉を微動させながら
「それは……」
と、一瞬で感情が冷えたことを確かに感じ取れる程に小さく言った。透弥は俺に反論する材料となる言葉を失ったようで、眼をキョロキョロと動かしながら黙っている。
これは決まっただろ! どうだエルミア、俺のナイスフォローは!
俺がエルミアの顔を確認してみると、俺と目が合った。実際に口に出して言ってはいないものの、金色に輝く瞳は温かで嬉しく思っているように感じられる。口元の弛み具合からも、やっぱりそのようだ。
「つまり、だ」
霊戯さんは人差し指を立てて全員の焦点を一点に集めた。
「今までの話をまとめると、エルミアちゃんはこことは別の世界……詳しく言えば、魔法なんかがある世界の住人だった。で、ある日突然こっちの世界にやって来てしまったと」
霊戯さんは話の流れと内容を把握し、丁寧に再確認させてくれた。
「はい、そうです」
エルミアも霊戯さんの説明に頷いた。
「で、エルミアちゃんの推測だと、僕達を襲った奴等には『幻術』を使うことのできる異世界人がいるんじゃないか……ってことで合ってるかな?」
「はい、それで合ってます。この推測も、絶対間違っていない筈です」
エルミアは霊戯さんに聞かれた以上に、自分の予想すらもキッパリそうだと言い切った。俺もエルミアの予想は正しいと思うけど、エルミア以外にも異世界人が現世に来てるって……そんなことがあるのか?
しかも、その人がエルミアを狙っているなんて。
「あの、一ついいでしょうか?」
咲喜さんが手を挙げた。
「エルミアさんや、他の異世界人さんは、どうして現世に来てしまったんでしょう? そのことは何も分かっていないんですか?」
「ごめんなさい、それは何も……」
エルミアが申し訳なさそうにそう答えた。
「俺達は、その原因を探るために来たんです。エルミアを狙っていた奴等のことが分かれば、何か掴めるんじゃないかと思って」
俺はここでようやく、何故こんなところにやって来たのかという全容を明らかにした。今までは「異世界」に関する情報は全て伏せていたからな。
「なるほどね……。これは、難しい問題だ。この事件を僕に依頼したお偉いさんくらいには言っとくべきかもしれないけど、科学的な証拠があるわけでもないし……」
霊戯さんは柄にもなく深い溜め息を吐き、肩をストンと下ろした。
「あのっ、私がその人の前で魔法を実演してみたら良いんじゃないですか? そうしたら相手も信じざるを得ないですし」
エルミアは肘を曲げ、自信ありげに胸をトンと握り拳で叩いてみせた。
「どっかから情報が漏れたりしないのか? もし一般人にこのことが知れたら、日本……果ては世界各国で大混乱が起こったりって可能性があるぞ」
透弥が危惧しているのは、エルミアや茶色い装束の奴等に関係の無い人達に、何かの拍子に情報が知れ渡ってしまうこと。「異世界」や、どこかにいる「魔法を使える人間」が確かなものになれば、それを求める人間が暴れだしたりで大変なことになりかねない。
「透弥、それは僕だって分かってるさ。争いの引き金になり得る情報だからね。……でも、僕達だけで組織に立ち向かおうなんて、無理な話だし」
霊戯さんはそう言うと俺達一人一人と順番に目を合わせていき、それが終わると壁際のタンスへ向かった。
霊戯さんはタンスの一番上の引き出しに手を掛け、そこから手を体の方へ引くと、僅かに擦れる音と共に引き出しが開いた。霊戯さんがその中に手を入れてゴソゴソと動かした後、一つの紙が出てきた。
「例のお偉いさんに連絡するよ。もう、そうする他ない」
スマホの画面と取り出した紙を交互に見ながら、霊戯さんは俺達に言った。
「良いのかよ……?」
「シッ、静かに」
霊戯さんは自身の口に人差し指を当て、同時にプルプルと音が鳴るスマホを耳に近付けた。
「もしもし、第三支部霊戯探偵事務所の霊戯ですが」
霊戯さんは言葉こそ丁寧になっているが、自分より上の立場にいる人と会話しているとは思えない声のトーンだ。故に、真剣さを感じさせない。
「……はい、依頼された件についてのお話がありまして」
「その件と同じ場所から通報が入ったと警察から……はい、なるほど」
同じ場所から通報……さっき加藤さんがやってくれたやつだな。
「……はい、あ……丁度今連絡が入った? 分かりました」
霊戯さんがそう言った後、何も話さない時間が少し続いた。しかし電話を切ったわけではなく、依然として通話は続いているようだ。
「連絡ってもしかして、私達が現場で派手にやっちゃったのが見つかったのかな?」
彼女は俺の耳元でそう尋ねてきた。
「さあ、どうだろう……」
耳元で美少女に囁かれるっていうのは鼓膜も心も震える。
俺は逃げるように返事をし、霊戯さんの方に意識を移した。
「……えっ、現場に向かった六人全ての無線機と繋がらなくなり……他の連絡手段を用いても同様の結果だったと……」
場に緊張が走った。霊戯さんの電話内容は、想像できなくもないが耳を疑う程の非常事態。
俺達はテレパシーでも習得したかのように、お互いで目を見合わせていた。
*****
「お前は少し殺し過ぎだ、ウィンダ。必要以上の虐殺は望まれることでもないしなァ。どころか、場合によっては行動しづらくなる」
鈍い声を発する男は、煙草を咥え、煙を吐いてはまた咥えて……と、同じ動作を繰り返しながらウィンダを叱った。
「ごめんなさい。気に障ると殺してしまうタチで」
ウィンダは少し俯いて謝罪の言葉を述べた。
頭部から生えた二つの耳が下に垂れ、落ち込む彼女の心を表している。
「単独行動が好きなら、尻尾を出すのは止めろよ。隠せ」




