第157話 銃と翼
かなり乱暴に引き離された。
いたた……背中が……。
こんなことなら恥ずかしがらずにローブ着て外出するんだった。
人目とか気にしてる場合じゃなかったっ。
「……まあ言っても仕方ないよね」
泰斗君をあまり一人にはしたくない。私に懸かってる。
私は速攻で泰斗君のもとに復帰する。それまで頑張って、泰斗君!
この獣人は私が仕留める。
「出会い頭から手荒ですまないな。エルミア殿下……と、呼べばよいのかな? 人間の常識に疎いもので」
「どう呼んでもいいですよ。今日限りの関係ですから」
「フッ、好戦的でいいな」
鳥の獣人はそう言って口端を上げた。その笑みは余裕……とは違う、闘志のようなものから来ている。死ぬまで諦めそうにないオーラだ。
獣人とか戦闘民族にはこういうタイプが多いと聞いたことがある。私も戦ったことがあるけど、噂通りのタフさを持ち合わせていた。
この人からも同じものを感じる。
「……おっと、名乗るのを忘れていた。私はトンドル。ルカファル族の戦士だが、殿下は我らの一族を知っているかな?」
「ルカファルという名前には覚えがないですね。……ただ、侮れないのは分かる」
右足を引き、魔力を高める。両手に魔力を集めておいて、火球も二つ、浮遊させておく。
私が戦闘態勢に入ったのを見て、トンドルもまた獣らしい獰猛な気配を纏った。
鉤爪を剥き、腰を低く保つ。翼がウズウズと微振動を始める。
「その言葉、村に残した子供たちも喜んでいることでしょう」
風を切る音。
トンドルが猛スピードで肉薄した。
咄嗟に腕で受け、鋭利な爪を、文字通り目の前で止めた。
もう一方の手で火炎放射。トンドルが飛び退く。
危なかった、少しでも遅れれば目を失っていた。でも今ので分かった。やっぱり侮れない。
攻撃の手を止めたら――狩られる!
次々に火球を飛ばしていく。一つ、二つ、三つ!
逃げ回るトンドルに追随し、反撃は許さない。
「流石は、魔法の達人!」
翼が黄色い光に変わり、刃となってコンクリートの柱を切断した。砕けた破片と塵から、トンドルの鋭い眼光が垣間見える。
直後、コンクリート片が私の方へ飛来した。
「っ!」
身をねじって半分を避け、半分を火の中に突っ込ませた。
気付けばトンドルは眼前に現れ、輝く翼を私めがけて振り下ろそうとしている。
足から炎を噴射して後方に飛び、それを回避する。
「フレイムクラスター!」
四つの火球が融合した巨大な火炎がトンドルを襲った。
が、彼は煙から脱出して元気な姿を現した。
見たところ少し火傷しているものの、ダメージを与えた感じはない。
「ふぅ……」
侮れないとは言ったけど、想定の倍強かった。
お互いに睨み合い、一時的に場が落ち着いた。
「己の戦闘スタイルを守りながら、私の動き全てに対応してくる。……強いとは聞いていたが、これほどとは」
「そちらこそ、私の特性がよく分かってる」
トンドルは常に私と距離を取っている。近付く時は短時間で高威力の攻撃だけを繰り出して、すぐに離れる。
私、というか火魔法の使い手を意識した戦い方だ。射程内で止まったら焼かれることをちゃんと知っている。
「少人数の部族は大変なんだ。周辺に生息する魔物を狩り、迷い込んだ冒険者に敵対されれば追い払う。その過程で生きる力は自然とついてくるし、対処できる敵も増えるのさ」
「なるほど……。獣人の村を燃やそうなんて野蛮な人もいたんですね」
「ああ、いたよ。だがッ!」
来る。
私は縮小したファイアベールで鉤爪を防御した。
「殿下が我々にしているのも同じこと……それは侵略! 私はメイア様の下僕となった。そして、神を崇める信徒でもある。殿下が我々に牙を剥くのなら、私は殿下の命を狩らなければならない」
鉤爪とベールの力は拮抗している。
でも、このベールは火魔法の一つ。当然火で構成された防護壁。破ろうとすれば、ベールは敵を焼く。
トンドルはそこも理解している筈。後ろに飛び退いて、また追いかけっこが始まる。なら私は、布石を打つ。
「ふっ!」
トンドルの飛び退いた先には――。
「地獄を這い回る大蛇」
「なっ!」
トンドルの着地点に集積した炎は、駐車場の地面に亀裂を入れながら火山のようにその全てを噴出した。
やっ……た?
――ビュンッ。
やってない! 間一髪で躱していた!
「エルミア殿下ァ! まさかこのような大技を受けられるとは、光栄ッ!」
私の背後に回り込んだトンドルは、左腕の大部分を火傷していた。羽毛のほとんどが抜け落ち、惨い皮と肉を晒している。
即座に振り向き、二つの魔法で迎え撃った。左手にファイアベール、右手に業火の砲。カウンターで、近距離・高火力の一撃をぶつける!
「……甘いですよ、殿下」
「?」
トンドルの攻撃をガードしようとしたその時。
背中に、被弾した。
三発。重い打撃。……何かが飛んできた。
それに、被弾した部分が、熱い。……火?
「ぐっ」
辛うじて、ファイアベールだけは発動を維持した。
斜め下方向へ受け流すような形になり、手の代わりに右足を少し切られた。
鮮血が散り、私は体勢を崩した。
「……い、一体何が……?」
後ろからの被弾。最初はカイだと思った。
でも違う。銃にしては威力が低いし、泰斗君がやられたんだとしたら早すぎる。
カイじゃない、トンドルの攻撃だった。
どうやって?
「……あ」
足元に、コンクリート片が転がっていた。
私がさっき地獄を這い回る大蛇で破壊した地面の破片。だから熱を持っていたんだ。
あの時の破片が飛んできたんだ。
正体は分かったけど、奇妙な物が破片に付着していた。
黄色い羽――トンドルの羽。
「ルカファル族の固有能力。羽がついた物を飛ばす。感触はいかがかな?」
「いいですね」
種族固有の能力か。それも、中々強力。
恐らく、対象はコンクリート片のような小さい物に限られる。
そしてコンクリート片は幾らでも手に入るし、羽もほぼ無限。発動は任意のタイミングだろうから、トラップのように散りばめることもできる。
不明なのは、魔力による能力かどうかだけど……。どちらにせよ厄介だ。
私の火魔法の性質は二つ――「燃焼」と「爆発」。
「燃焼」については上手に対処されている。本気でやればその対処をも上回れるだろうけど、フィールドと連戦の可能性を考えると、できればやりたくない。
「爆発」については、羽能力の弾数を増やすことになる。弾に囲まれて避けられない、みたいな状況も有り得る。
爆発は使わない。魔力の効率も悪いし。
燃焼は使う。不利益は無い。
そして、この二つに加えて……分が悪いし、はしたない感覚もあるけど……。
「んん? ……面白い」
トンドルはニヤリと笑う。
私は立ち上がり、靴を脱ぎ、拳を握った。
ふーっと息を吐き、トンドルと向き合う。
「ステゴロとは」
火を放つのではなく、火を纏う。
先手必勝。
火を纏わせた拳にてトンドルを殴る。
彼は片腕で受け、私のお腹を蹴ろうとする。
私は足からの噴射で跳ね、そのままトンドルの顔面を蹴りつけた。
「ぐはっ」
弾かれたトンドルは鉤爪を自動車の窓に刺し、割った。
羽付きのガラスが向かってきた。腰を落とし、四足歩行になって躱し、起こした体でトンドルの至近距離まで詰める。
拳打。拳打。拳打。
トンドルと殴り合う。
拳と拳がぶつかる度にあっちの皮を焼いているのに、トンドルはこの勝負を止めない。
脚でなぎ払ってきた。
回避した隙を狙われる。
「ファイアベール!」
頭上で鉤爪を止めた。
「火炎放射」
トンドルは横へ飛び退き、私と一度距離を取った。
「魔法の技能も然ることながら、体術もできるとは」
「一応鍛えてますから」
ただし、私は獣人に比肩する身体能力があるとまでは思っていない。
私の体術は魔法ありきだ。噴射による急加速と、ファイアベール、この二つを使ってやっと殴り合いが成立している。
向こうは魔力を消費していない。また、トンドルの気力や体力は計り知れない。ステゴロを続けていれば、先に倒れるのは私の方だ。
能力を使わせないことに固執しても仕方ない。
次は――。
「おや」
「え」
階段を駆け下りる音が駐車場内に響いた。
音の方向を見ると、走って階段を下る泰斗君の姿があった。
逃げ? いや、意味がある。
何のために……。
「隙あり!」
「っ!」
「晴れ間の双翼!」
輝く翼の技!
間一髪で回避に成功した。しかし、私たちの足元はバキバキと割れ、下層に落ちた。
「……ステージが変わったな」
「……」
戦況に変化はない。私たちは依然、拮抗したままだ。
打開策を考えなければいけない。
打開策……打開策……!
*****
数分前。
カイは物陰に身を隠し、泰斗を確実に射殺することに決めた。
――ドンッ。
破壊音が夜空に広がった。
(トンドルがエルミアを引き離した。朱海泰斗一人では、俺の弾を捌き切ることはできない)
真上に向けてトリガーを引く。
間髪を入れずにもう一度引く。
その繰り返し。
こうしているだけで泰斗は死ぬ。追尾対象から泰斗が除外されたら、対象をエルミアへ再設定する。
簡単な仕事だ。
カイは眼帯に触れ、泰斗に撃たれた時のことを回想する。
(……あんな形で出し抜かれるなんて。異世界人たる俺が、現世人の魔石で。射手たる俺が、射手に。この上ない屈辱だ!)
思い出すだけで怒りが溢れてくる。
だが、それはすぐに静まった。
狡いと言われようといい。泰斗は必ず死ぬのだ。
愛するメイアに、神に、貢献できる。このことを無視できるほどの流儀はカイには無かった。
(さあ、そろそろ……)
泰斗が追尾対象に指定できなくなる瞬間が訪れる。
訪れる。
もうじき来る。
(……来ない……?)
その瞬間は来なかった。
そして、弾の軌道が明らかな変化を見せた。下へ進むようになったのだ。
泰斗が屋上で動くから多少の変化はあったが、大きな変化は生じなかった。だのに急変した。泰斗が移動を始めた証拠である。
(軌道が下に! 奴め、下降しているのか! 俺を直接殺る気か? そんな無謀な――)
カイの宝能「鬼一矢」は強力だ。
一度視認した相手ならば、死角に入られようと関係無く弾を追尾させることができる。
また、一発ずつ追尾精度が上昇し、終いには確実に相手の急所を撃ち抜く凶弾へと相成る。
能力の応用により、離れていても、相手の大まかな位置を把握することもできる。だがあくまで大まかな位置だ。相手の思考や行動を読むには、目視で確認するのが望ましい。
だからカイは、顔を出した。
「な」
カイの首に風穴が空いた。
*****
俺は超特急で階段を駆け下りていた。
ボロボロの上着を手に持って。
途中でエルミアと鳥男が戦っているのが見えたが、止むを得ずスルーした。
「速く! 速く!」
緊迫感を演出するために、速く!
三階の文字を横目で見、視線を戻すと、下から上がってくる人とぶつかる寸前だった。
「あっ、すいません。あ、駐車場行くなら気を付けて!」
「え、え?」
困惑していたが、立ち止まって説明している暇は無かった。あの人は駐車場まで行くんだろうか。保護はエルミアに任せるしかない。
何はともあれ、一階まで下りてきた。
もう大丈夫だろう。俺は走ってビルから出た。
「作戦成功」
案の定カイは物陰から顔を出していた。
カイは自分だけ死角から攻撃できることを利用し、ずっと姿を隠していた。どうにかして顔を出させないことには、俺はアイツを倒すことはおろか、一発撃つこともできない。
ではどうするのか。力技では不可能だ。こういうのは相手の裏をかいて突破するものだ。
魔石の特徴として、間接的に触れていれば魔力を操作することができる。この性質を利用し、魔石を嵌めて作られた杖は異世界では一般的だとエルミアに教えてもらった。
俺の純魔石ももちろん同じ性質を持つ。だから俺は上着を脱ぎ、長い毛を作った。片端に魔石を括り付けて屋上の岩に嵌め込んでおき、もう片端を俺が持って下りてきた。
俺と魔石は繋がっている。
そして、魔石は顔を出したカイの真正面にある。
カイは首から大量の血を流し、まさに倒れるところだ。
お前は恐らく、弾丸の軌道で俺の位置を読んでいたんだろう。とすれば、もし俺が大きく居場所を変えることがあったら、お前は気付く。
そして動揺するだろう。「下まで移動して直接自分を殺しに来るような無謀な作戦は有り得ない。何か裏がある」と。
動揺して、俺の動向を見るために顔を出すだろう。
考え自体は当たっているが、動揺した時点で終わりなのだ。
お前は異世界人ながら現世現代の銃器ばかり使っている。別にそれは悪いことじゃないし、俺も男子として、銃は好きだ。
だが、それ故にお前は、俺の銃が「ピュアガン」だってことを意識できていなかったんじゃないか?
「朱海……泰斗ッ……!!」
血塗れのカイはバタリと倒れ、夜の闇と同化した。
「さぁ、エルミアに加勢しよう」
俺は踵を返して上階の駐車場へ向かった。
第157話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




