第156話 開扉
食事のお誘いなんて言うと、かなり大袈裟な響きだ。
うん。それは認める。多分、普通にご飯を食べたいってだけだと思う。デートとかそういう意味合いは無い。
ただの外食に過ぎないイベントではあるが。エルミアとの外食は精神の回復魔法だ。火属性魔法に次ぐエルミアの得意魔法なのだ。
ということで、俺は割と近場のファミレスにやって来た。近場と言っても行きつけではなく、かなり歩いて、片手で数えられる回数しか来たことのない店だ。
わざわざこんな所を指定する辺り、やっぱり何らかの特別な意図を感じる。
デートとか告白みたいなイベントのフラグじゃないだろうな。いやまさか。そうでないのは、分かっている。俺が一番よく分かっている筈だ。
そうだ……精神の回復になるとはいえだ。今が緊迫した情勢であることに変わりはない。惚気ていい理由にはならない。
俺はただ、エルミアとご飯を食べるだけだ。
「……泰斗君?」
彼女が俺の顔を覗き込んでくるが、それは、そういう意図ではない。うん。
「ああ……ごめん。入ろう」
店の扉をくぐり、気持ちを切り替えた。
その時にふと思い出したことがある。
ここはチェーン店で、全国展開している人気チェーンである。立ち上げられてから十年経つか経たないかという新参にも関わらず、日本人の大体が知る有名チェーンとなった。
これが立ち上げられる時、平木野グループの出資があったらしい。
だからなんだって感じだけど。平木野グループについて調べている内に知った。
人気なだけあって中々綺麗な店だ。
全体的に暖色で秋の夜には合っている。
好印象だが、一つだけ変な物があった。
レジの隣に、明らかに店内の雰囲気にそぐわない人形が座っている。いや、可愛らしい見た目だし、それ自体は不気味でも何でもない。
ただ、ちょっと違和感がある。人形だけ後付けしたみたいな……下手なコラ画像みたいな。店長の趣味とか? こういう系の店でそういうのはあまりやらないか。
「何だろうね、あの人形」
エルミアもまた違和感を覚えたようだ。
変な感覚だな……。例えばあれが他の喫茶店とかに置いてあったら何も思わないのに。
まあいいや。雰囲気が壊れているわけじゃないし、こんなことでクレームつける客にはなりたくない。
俺たちは店員に促され、二人席に座った。
「結構人多いね」
「人気だからな」
時間的にピークなのもあって店内は賑わっている。
親子もいるし、カップルもいるし、友達同士で来てる高校生も……いる。
これをリア充の溜まり場だとか思う辺りが、俺が非リア充たる所以なのだろう。
だがしかし、今日の俺は少し違う。傍から見れば俺たちもカップルだ。傍から見れば。本物じゃないにしても、自信は持っていいだろう。
*****
食事を終え、俺たちは席を立った。
最初の頃はこっちの通貨が分からなかったエルミアだが、今では自分で会計できるようになっている。
教えた覚えがないので尋ねてみると、どうやら行ける範囲内の様々な店に出向いているらしい。いつの間に。
お陰でこっちのメジャーな料理は大体頭に入っているようだ。美食家だな。
「美味しかったね〜」
「な。距離的にそう頻繁には来れないけど……」
「また来たいな」
そんな会話をしつつ、店から出た。
俺は自分の目を疑った。
店から出た瞬間、視界に空が広がった。一面の夜空――上から下まで真っ黒。
眼下にはビル。道路を踏んだと思った足は、空中に投げ出されている。
踏みとどまることは最早叶わず、真っ逆さまに落ちた。
「ああああああっ!!」
空中? は?
俺はただ外に出ただけだ! 外は普通の街中だった!
なんで? こんな、高層ビルから、落ちてんの?
地上何十メートルって高さだ。絶対に、死ぬ。
「泰斗君掴まって!」
エルミアの声に反射的に反応し、もがくように腕を振った。何とか見上げると、彼女もまた落下していた。落下しながらも、俺の手を掴もうとしている。
その手が繋がった時、ビルの外壁から枝のように細い岩が生え、エルミアはそれを掴んだ。
ぶらん、と体が揺れる。
エルミアに片手だけで支えられた宙ぶらりん状態である。
「ひっ」
情けない声が漏れた。引きつっているのが自分にも聞こえる。
がすぐにもう一つの岩が現れ、俺の足場となった。エルミアも一つ目の岩に足を乗せている。
「……なんだよこれ、どこだよ」
ただ上空にワープしたのではない。全く知らない場所の、全く知らないビルにいる。俺たちが来たのは、上に見える、外と直接繋がったビルの扉。
気が付いたらあの扉から真っ逆さまだった。ファミレスの外側が空だった。
何も分からない。頭が追いついていない。
――遠くのビルの屋上が光った。
「っ!」
エルミアのファイアベールが張られた。ガキンという鈍い音を残して、銃弾が下へ落ちていく。
俺は悟った。
あの光が何なのか。
何をされているのか。
エルミアと目配せし、互いに頷き合った。
「何がなんだかさっぱりだけど……」
「敵襲だ」
チカッ、チカッ、と二度光った。
「申し訳ないけど……」
エルミアは岩の破片でガラス窓を破壊した。
弾丸が到達するより前にビル内へ侵入する。
弾丸は急旋回してこっちへ向かってくるが、ちょうど俺の足元に当たった。
「あっぶねぇ」
カイのホーミング弾。やっぱり精度は完璧じゃないな。
弾速も通常のそれより遅い。
屋内に入ったのは英断だ。正確に追尾するわけでない以上、遮蔽物や曲がり角が多いほど回避は楽になる。
だが一方でデメリットもある。カイ本体の位置を把握できなくなることと、弾丸の軌道が見えなくなることだ。回り込まれたら死角から撃たれることも有り得る。
まあ、一旦は正しい判断だ。外壁から飛び下りたり他の建物に飛び乗ったりすれば隙だらけになる。中に入るのが一番良かった。
とはいえ。このままじゃマズイ。
「エルミア! 一階だ!」
「うん!」
幸いエレベーターはすぐそこにあった。
閉ボタン連打。
「はぁ……」
いくらなんでも急すぎるだろ。
奇襲するにしても、もっと心臓に優しいやり方にしてくれ。それじゃあ奇襲とは言わないんだろうが。
カイがいるのはいい。対処はできる。問題なのは――。
「なんでワープしたんだ? 魔法?」
「魔法じゃない。お店の扉が魔道具じゃない限りはね」
「魔法じゃないならなんだよ……」
「宝能、かな」
宝能……異能力か。
位置関係からしてカイではないな。別の敵がいる。ファミレスの方に潜んでたか、こっち側のどこかに隠れてるか。
どちらにせよ敵は二人以上ということになる。二対二だけど、俺がまともな戦力になるかと言われると……。
「帰れるよね? これ」
「そこは心配いらない。目の前の敵に集中しよう」
「そうだね」
「ビルを出たら相手の死角に入って、別の建物の屋上にでも飛び上がろう。俺らの陣地を作るんだ」
逃げ回るから相手も追いかけてくる。カイは特性上、こちらが逃げない限りは距離を詰めてこない。
裏をかこうとして逆に追い込まれたら敗色濃厚。一度俺たちの陣地を構えて、対等に撃ち合える状況に変える。話はそこからだ。
エレベーターが開いた瞬間、俺たちは全速力で飛び出した。
「無理せず全力で!」
「ああ!」
ビルの玄関は閉まっていた。
飛んできた複数の弾丸が窓を割り、脱出口を開いてくれる。
「私に掴まって!」
言われるようにする。
二人の足下から高速で岩が生え、前方にぶっ飛ばされた。
なるほど、こういう移動手段もあるのか。
突然実践するなあ。俺見たことなかったんだけど。
でも一発で大きく移動し、あっという間にでかい道路の反対側だ。
道は丸見えで遮蔽物も無いからな……これで最も危険なゾーンを越えられた。
――バキュンッ。
向こうで銃声。いや、さっきと音が――。
俺が何かを言う前にエルミアが反応した。
いつも通りのファイアベールを張り、弾丸が到達する寸前で防ごうとする。
だが、弾丸はベールが張られるより先にエルミアの肩を掠めた。
「っ!」
致命傷には、なっていない。
「ハンドガンじゃない、ライフルだ」
銃種が変わったことで弾速が変化し、ハンドガンへの対応に慣れたエルミアの足をすくったんだ。
カイは前回も銃種をスイッチしていた。アイツの装甲に色んな装備が格納されてるって感じだろう。それぞれで射程も弾速も違うから、防御のタイミングを変えなければいけない。
「面倒だな。頭を使わされる」
「二棟先のビルに登ろう。回り込むよ!」
再び走り出した。
その間も幾多の弾丸に襲われ、障害物なりベールなりを使ってガードした。
「……なあ、なんか段々正確になってないか?」
「私も、そんな気がする」
次の弾丸が来た。
曲がり角を曲がり、壁と衝突させようとする。
弾丸は壁を避け、こちらに向かってきた。
「くっ」
エルミアの右腕に浅い傷ができた。
今までは、この方法で防げたのに。弾丸は壁を避けてエルミアへ向かった。
明らかにさっきまでとは精度が違う。一発撃つ度に、精度が上がっているんだ。
「……屋上に飛ぶ」
「オッケー」
俺はエルミアに掴まった。
岩と炎の噴射による加速で、エルミアとともに空中へ飛び上がった。
このビルは何階建てだろうか。十階くらいはありそうな屋上へ降り立った。
暗闇に包まれた街で、人の営みの明かりがぽつぽつと灯り、活気を保っている。
俺たちの真正面の光は、営みに反旗を翻すように黒く光っている。
その影は狙撃銃を構え――。
「ストーンクラフト」
発射された弾丸は、エルミアの生成した岩に行く手を阻まれた。
ここは屋上駐車場だ。階下には何層かの駐車場があり、その下はショッピングモールになっている。カイのいる建物も似たような施設だから、あまり派手な戦いはできないな。
屋上には遮蔽物に採用できる物が少ない。自動車は何台も置いてあるが、傷付けるのは憚られる。後は階段とエレベーターのある小部屋くらいだ。
一応エルミアが壁を作ってくれるけど、魔力は有限だし、頼りにするのも良くないだろう。
「ファイアベールの連発で魔力が削られてる。長期戦にはなりたくない」
だそうだ。
攻撃一つ防ぐのにイチイチ魔法を発動させられれば、魔力も足りなくなるだろう。
消耗がかさむ前に決着をつけたい。ただ撃ち合うだけでは長期戦になってしまうから、何らかの方法で出し抜くのが最善手だけど……。そんな手があるだろうか。
「そういえば、アレ持ってる?」
「持ってるよ」
こんなこともあろうかと、ピュアガンは携帯している。
純魔石の魔力は十分。カイがあのように姿を晒している内に致命的な一撃を与えたいところだ、が……。
「カイが……いない?」
いや、障害物に隠れたか!
気付いたのと同時に、銃弾が放物線に近い軌道で降ってきた。
ファイアベールとピュアガンの魔力でガード。
「向こうだけ攻撃し放題か。どういうチートだよ」
隠れられた以上、俺は反撃を食らわせられない。
火魔法なら障害物を消し去ることもできるだろうが、そのくらい向こうも想定済みだろう。魔力を浪費して終わる未来が見える。
「……爆破する?」
「やめとこう。別の策を考えて……」
なんか、あるか? 別の策なんて。
「エルミ……」
何者かのシルエットが高速で視界を横切った。
シルエットは色のある体へと変わり、エルミアを抱き抱えるように突き飛ばしている。
腕と頭が羽毛で覆われ、翼まで生えている。
鳥と人間のハイブリッド――獣人!
「エルミア!!」
「泰斗君! 私は平気だからそっちを」
言い終わる前に、鳥男は床を突き破ってエルミアを連れて行ってしまった。
あれが二人目の敵。扉を操る能力なんて使いそうもないけど。とにかく二人目の敵だ。
エルミアに任せて良いのだろうか。俺のいない間に、殺られるようなことがあったら……。
いや、彼女を信じよう。
俺は俺の役目を果たす。
カイの銃撃は脅威だ。鳥男に気を取られたエルミアが、カイに討ち取られるという展開も有り得る。
「殺さない言い訳は、無い!」
俺は、俺だけでカイを倒す。
そう決意した。
第156話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




