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異世界ヒロインが現世に召喚された話  作者: みたろう
第四章 愛の弾丸編
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第151話 珍客のいる夜①

 紅宮さんとの話が終わると、やることが一段落した気がして肩が軽くなった。

 身投げでもするかのようにソファに飛び込んだ。このまま沈んでいきそうだ。


 ちなみに、さっきエルミアが座っていた側に頭を置いたのは言うまでもない。

 別にこれくらいなら許されるだろ。ていうか裁きを下す人間はいないんだ。

 匂いはあんまりしないけど、温もりが若干残っている。一応俺も今日の功労者だし、負傷もした。報酬を貰って悪いことはない。


 適当に時間を潰していたら風呂組が帰ってきた。

 ソファから起き上がり、両腕を伸ばす。

 やっぱり疲れが溜まってるな。もう一度寝転びたい衝動に駆られる。

 俺は悪しき衝動を振り切り、風呂へ向かった。



*****



 鏡っていうのは、人間の真の姿を映す。

 己の本性と向き合うこと……それが鏡と向き合うということ。

 俺は今、本当の自分を見ている。


 ポエミーなセリフは置いといて。

 俺には考えるべきことがある。

 自分と向き合うというのも、あながち間違いじゃない。向き合って考えることがある。


 それは、俺は罪なき人を殺してもいいのだろうか、ということだ。


 濡れた髪をかきあげて鏡の俺の目を見る。


 ホーミング弾の使い手・カイを出し抜いたあの時、俺は彼を殺すことができた。

 カイは完全に油断していた。心臓でも、脳でも、あるいは他の急所でも……どこでも狙い撃ちできた。

 なのに俺は躊躇した。片目だけを潰すに留まった。


 あの場で殺害する必要性は無かった。逃げに徹する局面だったからだ。殺すのは再戦時でも良かった。

 だが、あの場で殺害するメリットは大いにあった。

 そもそも東京湾への逃亡も成功するか疑わしかったんだ。カイが奮起してさらに撃ってきていたら、海に飛び込む瞬間に命中して全員溺れる可能性もあった。

 再び戦って勝てば大丈夫とはいっても、勝つ保証は無い。負けるかもしれない。

 俺が殺しを躊躇したせいで、誰かが死ぬかもしれない。


 同じことが続いたら、いつかはその時が訪れるだろう。

 俺の尻拭いをする形で大切な仲間を失う時だ。

 エルミアか、ラメか、それとも皆んななのか……。


 相手が洗脳されているとか、関係無い筈だ。

 多分エルミアもそう言う。

 正しいこととは思えないけど……。

 そうするしかないんだ。それはわかってる。

 わかってるつもりなのに。

 戦う前から、覚悟はしていた筈なのに。


 俺の良心……という言い方は違うのか。倫理観的なやつが邪魔している。

 どうしてなんだ。エルミアもラメも、こんなことで悩んでないのに。

 俺だけ敵を殺せないんじゃ、情けない。


 レジギアに聞かされたからってなんだ。

 以前は気にせず殺していただろう。やることは何も変わらないだろう。

 俺がどんな思いを抱いていようと、かつて俺に殺された奴もこれから殺される奴も、死に際の感覚は変わらない。


 既に俺は、本来は善人だった人間を殺している。

 この期に及んで止めるのか?

 もうやるしかないだろ。降りかかる火の粉は払う。

 そういう割り切った覚悟を持たなければならない。


 ……でも……やっぱり…………。


 気付けば、シャワーを出しっぱなしにしていた。

 水を止めて、再度自分自身を見つめ直す。


 一人で悩み続けても終わらない。


「悩みは相談、だな」


 俺の視界には、花火の光景が映っていた。



*****



 髪を乾かしてリビングに戻ると、そこに目当ての人物の姿は無くなっていた。

 エルミアに相談しようと思ったんだけど、もう寝たんだろうか。トイレは電気点いてないし。


 冬立さんが半目で読書をしていたので尋ねてみたら、案の定エルミアは寝室に行ったらしい。

 三十分も経っていないんだが、まあラメもあの様子だったからな。疲れを癒すにはなるだけ早く寝た方が良い。

 エルミアの方は目に見えて眠そうでもなかったとはいえ、眠くはあった筈だ。ラメを寝かせて、自分もそのまま寝たかもしれない。


 それを起こすのはちょっと気が引けるな。

 お悩み相談はいつでもできる。今日である必要は無い。

 明日にすることにして、俺もさっさと寝よう。疲れた。


 と、彼女らの後を追おうとした時、あることに気付いた。


「あれ?」


 紅宮さんがいない。

 まだ仕事の連絡とかしてるのかな。

 でもさっきくつろいでたし、仕事は完遂してそうだ。


 俺とあの話をした後……。

 そういえば俺、透弥と咲喜さんのことを「半ば放置状態」と説明した。放置……紅宮さんがそれを許すのだろうか。

 訳は伝えた筈だが、二人の容態を聞いて、紅宮さんが何もしないとも思えない。

 何かしらのアクションを起こすなら、タイミングはうちに泊まる今夜のみである。


「……紅宮さんってどこに行ったかわかりますか?」


 続けて冬立さんに尋ねる。


「ああ、霊戯の部屋を貸した。そこでくつろいでるだろう」


 二階だ。行こう。

 いや待て。行くべきなのか?

 何故行くのか。行かなければいけない気がしたからだ。

 どうしてそんな気がしたのだろう。


 紅宮さんのことは信用している。

 透弥と咲喜さんに対してアクションを起こすといっても、それは彼らのためになることだ。傷つけるようなことは絶対にしない人だ。

 対話を試みるのかもしれない。でも五年前からの知り合いと話すわけで、しかも紅宮さんは霊戯さんという人間を理解しているわけで、俺なんかよりずっと効果のある話ができると思う。


 止める理由は無い。なのに何故。

 俺の意向に反しているからだろうか。

 強いて口を開かせるのは悪いから、見守って、彼らが安心と信頼をもって打ち明けられる環境を作り、打ち明けてくれるまで待とうという、俺の意向に。

 自分の考えが正しいと言う気はない。

 より正しいことをできそうな紅宮さんを止める資格は、俺にはない。


 紅宮さんの意向を聞きたいから向かう、ということなんだろうか。

 それなら疑問は浮かばない。咄嗟に考えたこととして納得がいく。

 でも違う気がする。紅宮さんが上にいると聞いて即座に向かおうとした俺は、そんなことは思っていなかった気がする。


 そもそも、彼らを励ますのが俺でなくてはならない、というわけじゃない。

 俺が必ずしも介入しなければならない理由は皆無だ。誰が励ましてもいい。

 それが紅宮さんでも構わない。寧ろ彼であるべきだ。寄り添えるのは彼なのだ。


 もし彼らが拒めば、紅宮さんは退く筈だ。

 だから、紅宮さんが何をしようと、悪い結果にはならない。絶対に。

 俺は何もしなくていい。彼がなんとかしてくれる。

 彼らのために何一つしてやれないという自責の念だって感じない。

 俺にはなんの心配も、悔いもない。


 じゃあどうして……。

 スッキリしない。もどかしくて、頭を掻いた。

 そんな俺の様子を見兼ねてか、読書に耽っていた冬立さんが顔を上げていた。


「いきなり立ち尽くしてどうした」


 彼女の表情は心做しか暗い。

 心配してくれているのだろうか。

 まあ、正常な人間なら心配にもなるか。傍から見たら急に棒立ちになって頭を掻きむしり出したんだから。

 それに冬立さんとも打ち解けてきた。俺の情緒が割と変動しやすいことくらい分かっているのだろう。


 にしても、冬立さんって意外とこういう気遣いするよな。

 俺の中の一つの疑念が、また一歩確信に近付いた。

 冬立さんはツンデレ。じゃないにしても、そっち系の気質持ちである……という疑念である。

 ちなみに、言うまでもなく、サーをアラしてるツンデレに萌えの情動は抱かないからな。


「いや、その……」


 上手い言葉が出てこない。

 心配してくれるのは嬉しい。

 けど、どう言ったらいいんだろうか……。

 俺自身、何でこうも長く悩んでいるのか、いまいち分かっていない。


「……私がお前を気遣うのがそんなにおかしいか?」


 恨めしい声音を使われ、さらに睨まれた。

 言い淀んだ理由は、そういうんじゃないんだけど。

 まあ彼女の言うように俺は立ち尽くしたままだし、そう受け取られるのもしょうがない。


「そういうわけじゃないんですけど……」


 やんわりと訂正しようとすると、冬立さんはあまり似合わない微笑でフッと息を吐いた。


「私は一応、お前に弱音を聞いてもらった身だ。恩と言うべきか知らんが、まあ、お前が苦しんでいるようなら力にはなるつもりだ」


 なるほど、恩か。あるいは俺に感化されて人の悩みを聞こうと思ったのかもしれない。


「だから話してみろ。遠慮はいらん」


 笑いが漏れた。

 すぐに「面白かったわけじゃないですよ」と訂正した。

 しなければまた「私が似合わないことするから笑ったのか」って言われるからな。

 それは良いとして、こう言われたら、包み隠さず言おうという気になれた。言わないのも失礼な気がした。


 ので、俺は立ち尽くしていた間に考えたことを、頭から尻まで話してみた。


「なるほどな。別に、行くべきだと思ったなら行けばいいと思うが。お前なら迷惑がられることもない」


 冬立さんの意見も分かる。

 行っても迷惑にはならなさそうだ。もし三人だけで話がしたいという意向であれば、即帰ればいい。

 やっぱり行こうかな。いやでも、なんかもどかしい。俺がそこへ行く理由を知りたい。


「そうですよね。……でも、俺が何を求めて、何をやろうとしているのか分からないままじゃ……話すことも話せない気がして……」


 そう言うと冬立さんは、「それもそうだ」と頷いた。


「だが、理由は簡単だ」


「えっ」


 そんなすぐに?


「要は、お前は見守りたい(・・・・・)んだろう。別に口を出したいわけではないが、しかし見守りたい。あいつらの変化をいち早く知りたい。そういう感情だろう」


 冬立さんは、まるでそれが当然の摂理であるかのように言い切った。

 俺の話を聞いて速攻で答えを導き出せるわけがない。出鱈目ではないんだろうけど、正解からは程遠い筈だ。

 そう思う頭とは裏腹に、俺の心は納得していた。腑に落ちていた。溜飲が下がった、とも言うんだろうか。


「……そう……っぽいです」


 そうか、見守る……か。

 俺は見守りたかったのか。確かにそんな気がする。


 こうして、もどかしさはあっさりと消えた。

 二階に上がってみたが、紅宮さんはアクションを起こしていなかった。あんなに悩んだのに意味無かったし。



*****



 翌朝。

 祈のことについて話し合った。


 祈は恐らく殺されてはいないが、危険な状況だ。

 もしかしたら俺たちと繋がっていることがバレたかもしれない。というか百パーセントバレているだろう。

 まあ、メイア視点では一応祈を下僕にしている状態ではあるから、メイアが相当自分の能力を過信していれば、あるいは祈を敵視することはないかもしれない。

 何にせよ危険なことには変わりない。祈も怖い筈だ。


 助け出したいが、それには問題が二つある。

 一つは、居所が分からないこと。

 もう一つは、助けに向かったら今度こそ繋がりが露呈するということだ。

 居所については、警察の協力も得つつ、俺たちの方でも捜索する。

 二つ目の問題は、後でまた考える。それこそ、居場所によってもやり方は変わってくるしな。


 話し合いが終わると、紅宮さんは帰ると言った。見送ろうとしたら、エルミアも着いて来てほしいと言われた。昨日の現場をちょっと検査してもらいたいらしい……罠の恐れとかかな。

 ということで紅宮さんとエルミアは行ってしまった。お悩み相談お願いしようとしてたのに……。


 リビングに残ったのは俺、ラメ、冬立さんだ。

 さて何をしようか。俺一人では祈の捜索はできない。

 探知魔法を持つラメを連れ回すのも非効率だし非情だ。彼女には昨晩の疲労が残っている。

 なら、俺もひとまずは休むとするか。休みつつニュースでも確認するような方針で。

 そう考えつつ麦茶を一飲みし、ソファに腰を下ろすと、ラメが寄ってきた。


「泰斗さん、すみません。昨日は治療をしないままで……すぐ治します」


 そう言って包帯グルグル巻きの手を取ろうとする。

 俺は慌てて手をどけた。


「いやいや、無理すんなって、今日一日は休んどけ。俺は平気だから」


 一晩寝ただけじゃ完全回復には程遠い。

 ラメの顔には、まだ疲労の色が濃い。

 回復魔法を使うのにも体力は消費する。おまけに魔力も減る。魔力が尽きたらぶっ倒れるんだ、一回でも使わせるのは負担になる。

 俺も怪我はなるべく早く治したいけど、ラメに申し訳ない気分だ。痛いし不便だけど我慢はできる。なら我慢しよう。


 ラメが困り顔を見せる中、別の場所から声がかかった。


「その通りだ、逸るほどではない。心配なら、今から病院に行けばいい」


「あ……そうですね。それでお願いします」


 冬立さんに頷く。

 病院行って手当てしてもらって、ラメが復活したら治してもらおう。

 だからお前は休んでおけと……。そういう気遣いのつもりだったんだが、ラメは食い下がった。


「いや……治させてください」


 ぐいっと手を引かれ、握られた。

 暖かな光が広がり、手の痛みが引いていく。治癒している感覚だ。

 光に釣られた目を上げると、幼い姿には似つかわしくない、勇んだ顔。いつになく格好良い感じのするラメの顔だ。

 どうしてそこまで執着するのかわからない。ラメは要領も聞き分けも良い子だ。普段なら、俺や冬立さんが諭せば、素直に聞く。

 なのにどうして、体力が落ちている今、無理に治そうとしてくれるのか。わからない。

 わからないけど…………嬉しいことなのは確かだ。


 治療の時間は短かった。

 やっぱり、傷はそれほど深くなかったみたいだ。

 魔法の光が消失したところで、俺はラメを直視した。

 怒られると思ったのか不安そうにしている。


 こういうときって頭撫でたりするといいのかな。

 いや、俺が? やめとこう。嫌がられるリスクがあることはやめよう。仮にラメからの拒絶が無くとも、冬立さんからロリコン認定されそうなことはやめよう。

 笑顔だけで行こう。


「ありがとな」


 怒るわけないのに。

 もしこれで怒ろうものなら、冬立さんから薄情認定されるだろう。


 割と近い距離で向かい合っていたラメは、俺の言葉を聞くと、みるみるうちに顔を赤くしていく。

 蒸気みたいなのが頭頂から立ち上っている。上気して蒸気か……。


 いや待て、なんで上気?

 全力の笑顔を作ったのは認めるけど、そんな「キュンッ」ってなる感じだったか?

 恋愛フラグ的なやつか? 実はラメは俺のことを……?

 っと落ち着け俺。そんなわけないだろ。いや、なくもないかもしれなくもないけどさ。俺はそういう思い上がりはしないって誓ってるんだぞ。

 慎みをもって自惚れず、常に優しく普段通りに。それが真摯な紳士たる心構えだろ? そうだろ世のリア充共。


 というわけでラメの異状は意に介さずソファに横になる。

 冬立さんは何故だか、呆れ顔で肩をすくめていたのだった。

第151話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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