第149話 シーサイド逃亡劇②
渋滞に巻き込まれた。まずいぞ。
技量的にホーミング弾を防げはするが、魔力には限りがある。無尽蔵に撃たれ続けたらジリ貧だ。
一刻も早く車の群れを抜けてスピードに差をつけなくては陥落する。
……と冷静に考える頭はあるのに、俺は焦燥を禁じえなかった。
「なんで渋滞!? 高速に乗る人たちで捌けないんですか……!?」
紅宮さんが横目を使って答えた。
「現在時刻は十九時半を過ぎない辺り……帰宅する人が多い時間です。それに重大なのが、ここにはランドがありますから……」
そういえばここ浦安か……なるほど納得。
要は一番まずい時間と場所ってわけだな。
「来るよ!」
エルミアの警告。打開策を思案しようとしたんだが、俺の役割はそれではない。百メートルかそこら離れている敵に精密に攻撃を通せるのは俺とエルミアだけだ。
陣形……狭い車内での陣形だが、全員が自身の役割を全うしなければこの状況を突破することはできない。
「ラメは変わらず防御を頼む」
「はい!」
ラメも一応攻撃に回ることはできる。水魔法とクリスタルの合わせ技で弾数重視の射撃ができる。
しかしラメは貴重なヒーラーだ。さっきみたいに被弾したとき、回復魔法の応急処置がないと危険だからな。敢えて魔力を消費させるべきではない。
そしてこの危機的状況をどう解決するかということについては、冬立さんと紅宮さんに任せよう。俺はつい自分で考えようとしがちだが……二人の方が知識も知力も上を行っている。適材適所ってことで。
「さてと、新兵器の出番だな」
持参したお手製の兵器を取り出す。
サバゲー用のピストル。ただし改造を施している。
銃口に純魔石を嵌められるようにしたんだ……エルミアの協力で一部を切断、彫刻して。
純魔石のままじゃ持ちにくいからな。何故に拳銃かというとかっこいいからとしか答えられないが、持ちやすく撃ちやすくなるのは本当だ。
これが俺の新兵器。
純魔石の銃………………名付けて「ピュアガン」!
「記念すべきピュアガンの第一発目……文字通り祝砲だ!」
俺に合わせてエルミアも魔法を発動する。
今回のは初めてお目にかかる火魔法だった。
「神來魔術式展開…………不死鳥の嘴」
夜空に見える敵の影めがけて射られたのは、無属性の波動弾と、鋭く尖った炎の塊。
エルミアが放ったやばそうな魔法は、普通の銃の弾速に比肩する俺の波動弾を容易く追い越し、技名が叫ばれたと同時に遠くが爆発した。
俺の弾は近くの空中で消えた。多分、あちらが撃った弾丸と衝突したのだろう。サイズをかなり大きく設定しておいた効果だな。
にしてもフェニックスの威力たるや……えげつない。ホーミング野郎死んだんじゃないか。
煙が風に流されて、破壊の跡が見えるようになる。
……するとあろうことか、ホーミング野郎と思しき影がむくりと立った。
「生きてんのかよ……!」
直後にファイアベールが張られ、飛んできた銃弾は弾かれた。
「一撃で仕留めるのは無謀すぎたかな……」
まあ、当たりさえすれば確実に死ぬだろうな。
ホーミング野郎もエルミアの攻撃が来そうだということは察知しただろうから、フェニックスの異次元の速度でも避けられてしまったのだろう。
けどインパクトは与えた。
「この調子なら押し切れる……!」
エルミアはそう言って目に光を灯し、火球を手の上に作った。
彼女の言葉に頷いてから、俺もピュアガンで狙いを定める。
「この渋滞からはどのくらいで抜け出せますか!」
照準を定めながら敵の動きも確認。さらに並行して、紅宮さんへ質問を投げた。
彼の表情を窺うことはできないが、この中では顔を曇らせている方ではないだろう。そう推測できる、僅かな焦りが滲みつつも落ち着き払った声で、
「あと三……いえ五分ほどで、一度混雑している道を外れることはできます。逃走ルートの方針によっては、そちらに向かいます」
五分間。この五分間守り切れば……!
いや待て。紅宮さんの意見を理解しろ。
五分で向かえる方向には、追跡を逃れる手段も道も無いかもしれないんだ。
冷や汗を拭い、考える。
だが不要な時間だった。
冬立さんがこう言ったのだ。
「つまり五分の間に、私と紅宮で逃走ルートを見出すということだろう。お前らは渋滞のことは忘れて、攻防に専念しろ」
「はい!」
ありがたい言葉に感謝しよう。
俺はとにかく戦えばいいんだな。
確かに、前方への注意をやめれば、エルミアもいるのに大敗を喫することはない。
「やってやろうじゃねえか」
*****
泰斗の波動弾が空を切る音。
エルミアの炎が爆ぜる音。
私の真後ろで神経を尖らせるラメの吐息の音。
周囲の車のエンジン音。
街から聞こえる雑踏の音。
……邪魔だな。
頭を回すには、やはり音はいらない。
勉強中に音楽を聴くのは間違っていると、どこかの講演で学生に注意喚起しておくべきではないのか。
まあいい。
なにせタイムリミットは五分しかないからな。
下らないことを考えてはいられない。
「冬立さんはどう思われますか? ここから脱出する方法はあるのでしょうか……?」
紅宮はハンドルを弱く握りつつ私に問う。
冷静沈着で物事に動じない人間……それは私の好む人間に違いない。紅宮もそういうタイプの人間であるようだが、流石に汗を垂らしている。
抱いて当然の感情だ。私も同じ気持ちでいる。
まず、目的地は私らのホームタウン。紅宮は家が離れているが、誰かの家にさえ行ければ良い。
安全が確保されているのならホテルでも構わない。
とすればやはり高速に乗るというのが最善である。……というのは、あくまで渋滞が起きていない場合の「最善」だ。
泰斗は焦りすぎて失念していそうだが、高速だってまともに進めない状態の筈だ。どの道を選ぼうが結局抜け出すことはできない。
紅宮の言った「混雑していない道」も、その場しのぎに過ぎない。
電車を使おうにも、駅に車を置く間、敵が待ってくれるわけがない。
子供らには希望を持たせたが、正直に言うとこれは、八方塞がりというやつだ。
「無いだろう、考えうる限りは。……わかっていて訊くのはやめてくれ」
腕と脚をそれぞれ組む。
紅宮の頭なら、私のこの結論もとうに導き出している。
だから二人して頭を抱えているのだ。
「どうすべき…………か……」
眉間と口角の斜め下を、指で押さえている。
意図の知れない動作だ。
「なんだそれは」
「……表情の平静を保つポーズです。困るとこれをする癖がついてしまいましてね…………顔だけでも取り繕えば、精神もそれに引っ張られて、少しは冷静になれるだろうという。効果を実感したためしはありませんが」
つまり意味の無い動作か。
いや、本人は実感が無いと言うが、私にはそれは有益に思える。
ルーティーンというのは心を落ち着かせるものだ。行き詰まったときに決まってすることがある……それだけで、精神の安定に繋がる。
しかし、顔を取り繕って精神を安定させる……か。
別に、単なる癖なら好きにやればいい。
文句を言う筋合いは無いし、実利があるならやらせるべきだ。
私が引っかかったのは、「似ている」ということだ。
霊戯が遺したビデオメッセージ。
あれの一部を考察すると、霊戯は、罪悪感に押し潰されそうな精神を安定させるために、いつも笑っていたのだということになる。
……似ている。
霊戯とはまるで似つかない男だと思っていたが、紅宮……お前は実は、霊戯と同じなのか?
……やめておこう。
今はそれどころではない。
最早、この浦安に存在する道路を使う時点で間違っているような気さえする。
どの方向に進み、どういうルートを通り、どこへ行くとしても、その全てのパターンが何らかの理由で候補から排除されてしまう。
まさか車を捨てて走るわけにもいかない。
また、幻魔石で姿を隠すことは可能だ。だが車を隠しても渋滞のど真ん中なのだから位置は丸わかりだし、私たちが遠くへ逃げられるほど幻魔石の魔力は長持ちしない。
ならばどうする?
川や海が近いが、飛び込んだところで溺れて死ぬだけだしな……。
……ん?
「……待て」
本当に溺れて死ぬだけか?
水に飛び込めば、溺れるのは当たり前だ。
しかし……水でなくすることができるなら?
大分暗くなってきたが、一瞬だけ街が昼間の光を取り戻したような感覚を覚えた。
「なあ……ラメ」
「は、はい?」
「もしも。もしも水を道路の形に、数キロメートル分クリスタルにしろと言ったらできるか?」
ラメは想像しづらい値に驚愕を隠し切れずにいるが、少し俯いて考え、
「頑張れば……できると思います」
と言って力強く頷いてくれた。
ラメの体は労るようにしたいんだが、今日ばかりは仕方がない。
ラメの勇気を信じよう。
「お前ら聞け! 打開策を思いついた!」
全員が私に注目し、その目を見開いた。
*****
命令通り撃ち合いに専念していた俺は、冬立さんの声に振り返った。
「本当ですか……!」
紅宮さんも愕然としている。
「ああ。……これより海を渡る!」
……は?
冬立さん?
俺には、理解できないんだけど……?
「う、海を渡る……? って言ったんですか?」
「ああそうだ。海を渡って追跡を逃れる」
待ってくれ、意味がわからない。
確かに陸の道は難しいのかもしれない。
でも海って。だからって海って。
一体どういうことなんだ?
「……なるほど」
一足先に理解を示したのは紅宮さんだ。
俺とエルミアは顔を見合わせて困惑する。
ラメの方も見てみると、彼女はなんか覚悟を決めた顔をしている。
「どういうことなんですか!? 説明してください!」
冬立さんは振り向いて言う。
「簡単な話だ。ラメの力で海面をクリスタルにして、海に逃げ道を作る」
驚いて、思わず穴の空いた左手に力を込めそうになる。
彼女の妙案は、緊迫の空気漂う車内にショックを走らせるに充分なインパクトを持っていた。
説明を受ければ理解は容易かった。
ラメのクリスタル化の能力を使えば、海面を道に変えることも訳無い。
だが、一つ問題がある。
指摘したのはエルミアだった。
「でも相当な面積をクリスタル化させることになります。時間も! ラメちゃんの体力が持つかどうか……」
不安げな視線をラメに送る。
単純に、ラメが倒れてしまわないかという心配もある。
しかしそれ以上に問題なのは、海を渡る途中にラメが限界を迎え、道が途切れてしまうことだ。
そうなったら最後、俺たちは東京湾で立ち往生か、最悪落ちて死ぬ。
「ラメ……やれるのか?」
ラメを想って、なるべく期待を隠すように問う。
変に強制させて失敗したらいけない。
問われたラメは、意外にも力強く頷いた。
「やれます。ラメに任せてください」
これは、信じるしかなさそうだ。
元々これ以外に方法は無いってことだしな。
ラメの宣言を聞き入れた紅宮さんは、ハンドルを強く握り直すとこちらに向き直り、
「これから渋滞を抜け、海に直行します。飛ばすので掴まっていてください」
と指示を飛ばした。
そうは言われましても、ホーミング野郎は来ますよ。
これは……今日最後の腕の見せどころかなあ。
「行きます」
直後、車が急加速した。
側を走る車を追い越し追い越し、絶対に道路交通法に違反しているであろう過激な走りをみせていく。
「アクション映画かよっ……」
あれ、紅宮さんって警察だったよね?
この期に及んで気にすることじゃねえか! ヨシ!
「常識的に考えて照準を合わせられるわけないって環境であればあるほど、俺の腕が光るからな!」
掴まれという命令を無視して後方を向くと、凄まじい揺れで酔いそうになる。いや酔う前に頭を打って死にそうになる。
しかし、ホーミング弾は構わず追ってくる。
やるしかない。
「息合わせるぞエルミア! 弾丸を落とせ!」
エルミアの火球が放たれる。
数え切れない。二十ぐらい飛んでるのか?
しかもある方向へ飛んでいくんじゃなく、虫みたいに舞っている!
敵も本気を出したのか、さっきより近い。
聞こえる銃声は、間を置かずに連射してきている。
「お前の相手は俺だ」
空中で何度も爆発が起こる。
光り、火の粉が散り、夜の街を照らす。
そんな爆発の隙間を縫うように、俺の波動弾が進む。
波動弾はそこら辺の外壁やアンテナに当たって、ホーミング野郎には当たらない。
というか、炎がそこら中を舞っているから見えない。
ヤツは撃った弾丸をことごとく火球に邪魔されてはいるものの、全く怯む気配は無い。寧ろ、今仕留めなければおしまいだとでも言わんばかりの気迫でどんどん距離を詰めてくる。
「もう二十秒もすれば海です! 準備を!」
揺れに必死に耐えていたラメが体を起こした。
それとほぼ同時に……ホーミング野郎が叫んだ。
「メイア様の受けた屈辱ッ! 直属の下僕であるこのカイが晴らす!!」
ホーミング野郎の名前はカイ。
そのカイの体は、メカメカしい機械のような装甲に覆われていたが、変形して…………。
変形!?
鎧が変形して、マシンガンのようなものが露出した。
まさかあれ一発ずつ追尾するのか?
「マジかよっ!」
死ぬ――――わけはないけどさ。
「カイ……お前は俺をナメきっているんじゃないか? 俺の弾は一直線にしか飛ばないから、撃たれることなんてないって……」
最大限のドヤ顔をしてやる。
「専売特許は取らせねーよ」
そう言って、ピュアガンの波動弾を発射。
カイは余裕綽々といった態度で躱したが……俺は弾を曲げられる。
ピュアガンはあくまで持ち手だ。本物の弾丸は使わない。
純魔石の魔力は自由に操れるから、ホーミング弾のように、いやそれよりも精密に、動かせるんだよ。
カイの横を通り過ぎた波動弾はくるりと向きを変えて彼をロックオンし、片目を貫いた。
「んがあっ!!」
マシンガンを取り落とし、屋根の上に倒れ伏した。
トドメを刺そうかと思ったが、俺は躊躇った。
……レジギアから聞いてしまったからだ。教団員は皆、洗脳されていると。
何の罪も無かったのに、突然召喚され、操られ……そんなやつの命を奪ってもいいのだろうか。俺はそう躊躇った。
「……」
エルミアも魔法を撃つ姿勢をやめた。
この場で殺す必要は無いという判断かもしれないけど。
「ラメ! 水流で車を持ち上げろ!」
冬立さんが叫んだ。
ラメは下に向かって両手を広げ、地面と車体の間に水流を発生させた。
「うおおっ」
浮かんだ。すご。
車はそのまま、海に突っ込もうとしている。
やばいやばいやばい! 落ちるっ!
そう思った瞬間、海面がクリスタルになり、車はクリスタルの上へ着地した。
ドガン、と衝撃音が鳴る。
「アトラクションかよ……」
例のランドにでも入った気分だ。
ラメは車の速度に合わせて、前方に道を作り続け、通過した後のクリスタルは消していった。
「……あ、なんか来てる」
エルミアが呟いた。
見ると、鳥……? 鳥なのか? いや人間?
鳥と人間の中間みたいなシルエットの奴が、海岸から俺らを追おうとしている。敵か。
「あれは気にしなくていいだろう。撃ち落とされるのが目に見えているから追ってはこない」
同意。よかったー。
いや、よくはない。人がたくさん死んだし……。
でも取り敢えず逃走は成功。
これにてパーティーは終了だ。
第149話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




