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異世界ヒロインが現世に召喚された話  作者: みたろう
第四章 愛の弾丸編
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第146話 開宴

 祈と約束を交わしてから一週間。八月も末の末、三十日の木曜日。俺は不安を胸に、レム睡眠から解き放たれた。目覚めだけは良い朝だ。

 この前は寝坊してエルミアに叱られたけど、今日はエルミアもラメも隣にいる。携帯のアラームが鳴り、二人が時を同じくして覚醒した。


 三人揃ってリビングに出、夜のパーティーに備えて朝食の準備を始める。とはいっても、俺に調理はできない。やるのは食器を出すくらいで、咲喜さんから教わった現代の料理法に従い、エルミアが主に調理を担当した。

 これは今日に限った話じゃない。もう一週間以上、透弥と咲喜さんは姿を現してくれない。となれば普段は彼女がこなしていた家事も、俺たちでどうにか片付けなければいけないわけだ。俺も掃除やゴミ出しはちゃんとやっている。


「早めのゴミ出し行ってくるよ」


「あ、お願いー」


 卵の黄身を炒めているエルミアに言われた。決して文句があるわけじゃないけど、エルミアが作るのは簡単な料理が多い。スクランブルエッグも、かかる手間と時間は少ない。これが咲喜さんだと、朝食ではあまり差が出ないけど、夕飯では凝ったものが何皿も作られる。エルミアの味を堪能しつつも、俺は咲喜さんに早く回復してほしいと切に願っている。

 とはいえ、エルミアだって負けていない。そうそう、家事を分担し、「お願い」なんて言われるのは、夫婦みたいだ。とても気持ち悪い想像なのは自覚してるけど、正直これは、良い。


 ……ダメだダメだ、俺はエルミアを元いた場所に帰す約束を背負っているんだ。それにこうして家事に追われる朝を過ごしているのは、霊戯さんと咲喜さんが居なくなったからであり、それを忘れて恍惚とするのは不謹慎が過ぎるというもの。非モテ男特有の穢れた思考はゴミと一緒に捨てなければ。


 家に戻ると、スクランブルエッグは完成していた。他の皿もそろそろ出来上がる。

 ラメと一緒にニュースを見て待つ。


『……いやあ、緊張しましたねあのシーンは、流石に』


『でも最近はドラマの出演もうなぎ登りで、この前もキスシーンをやられていましたよね?』


『まあそうなんですけど、シチュエーションがいちいち過激なんですよねこの作品、もちろん良い意味で。西田監督の指導も細かくて、期待通りに演技できなかったらどうしようって』


『私も緊張しっぱなしでした』


 先日公開された映画「全ての星を、君に」が大好評で、賞も取れる勢いらしい。主演の俳優ら二人がインタビューを受けている。

 ラブロマンスとして前例の無い展開、愛の在り方への新解釈、そしてそれを表現する熱い演技と演出が、苦悩の多いこのご時世の若者の心に刺さった……と番組のコメンテーターは評していた。映画に詳しくない俺としては説明されてもいまいち興味が湧かないが、しかし凄いのは伝わった。


 ……そういえば監督の西田覚……って、どこかで炎上してたような。思想が強すぎるとかで……。まあ作品の内容については文句なしに面白いんだろう。でも観る暇ないなあ。


「かっこいいな、齋藤連斗。俺なんか足元にも及ばない……」


 映画の善し悪しなんて到底評することのできない俺には、紹介されて注目するのは演者のかっこよさだけなのである。

 齋藤連斗は超有名アイドル事務所Jに所属している、人気急増中の売れっ子若手アイドル兼俳優。どうして俺はこんなにイケメンじゃないのか。


 そんな嘆きを軽く口にしたところ、エルミアとラメから謎の注目を受けた。何か言いたげなのに何も言わないのが不気味だ。

 ……俺が間違ったことを言ったから、なのか。感性とは人それぞれ。猫を可愛がる人がいれば、犬を愛撫する人もいる。だから俺も、見る人によっては……。いやでも俺がかっこいいということはない。美少女に好かれることは、ああ無念かな、有り得ないのだ。

 とすると齋藤連斗は、二人の目にはあまりイケメンには映らないのか。住む世界が違えばイケメンの水準も違う、ってことかな。


「……ん……ああ、そういえば、二人は映画観たことないよな?」


 頷かれる。


「映画って確か、跳ねる種を食べながら観るんだよね?」


「ええっ、それじゃあ集中できなくないですか」


 無知とは恐ろしい。


 朝食の時間になる。

 途中まではいつも通り、エルミアお手製の朝食を慎んで楽しんでいたのだが、いつも通りではないことが発生した。


「……!?」


 階段を下る足音を聞き、戦慄する。全身の注意がそちらに向いたため、思わず箸を取り落としてしまう。

 冬立さんは仕事の関係もあり、現在は自宅に居る。ここには居ない。現在二階におり、ここへ来る人間は、居ない筈なのだ。……それは早くも常識のように定着してしまった日常、透弥と咲喜さんの引きこもりがそうさせた、間違った認識だった。


 透弥と咲喜さんは、現れた。このところ姿を見ていなかったのだ。俺たちは目を見張り、しかし大きく声を上げるのは二人に害を及ぼすとし、驚きつつも落ち着いた態度で迎えた。


「透弥! 咲喜さん!」


 不覚にも、目が潤んだ。

 俺は床の箸を放ったまま数歩近付き、まさか抱擁するわけにはいかないが、両手を広げる。それは殆ど無意識に行ったことで、俺はそんな自分にも戸惑った。


 しかし、二人の様子は喜べるものではなかった。

 一言で表現するなら、壊れている。部屋の外に出られた分、前よりか回復はしているのだろうが、あの転換点以前の明るさは、欠片も残っていない。

 毎日食事は摂っていたから、身体の健康は保たれている。対して心はというと、胸中に抱えた悲嘆や葛藤が、堤防が切れた川の水のように、無気力な動作と雰囲気として表に出てきていた。

 目は虚ろだし、手は支えが無くなったようにぶらぶらとしているし、髪は乱れ、まともな会話ができそうな感じがしない。


 俺は言葉を失った。


「…………咲喜さん……どうして……」


 見張った目をそのまま、心配の色を宿し、エルミアが問う。何故に咲喜さんにだけ声をかけたのか一瞬わからなかったが、エルミアの言っていたこと――もとい透弥の言っていたことを思い出した。

 透弥は咲喜さんのやることならやるのだそうだ。二人の性格も鑑みれば、咲喜さんが透弥を連れてきた、と考えるのが自然か。


「…………エルミアさん……それに、ラメさんも、泰斗さんも…………心配をかけて本当にすみませんでした」


 人と話すことがなかったからか、深々と頭を下げて謝罪する咲喜さんの声は、ひどく掠れていた。聞き取れはする。

 頭を上げた彼女の瞳は涙で溢れそうで、透弥は彼女の後ろにくっついたまま俯き、何も言わない。


「……ずっとこのままでは、いけないと思ったんです。皆んなが前を向いているのに、私たちだけ立ち止まったままだなんて……そんなことじゃ、私が私を許せません」


 俺は、そしてエルミアもラメも、そんな彼女を許しただろう。自分で自分を許せない……か。そう言われると、反論には困るな。

 前を向くことは大切だ。今後に備え、一緒に戦ってくれる仲間は多い方がいい。ただ、心の傷はまだ癒えていないみたいじゃないか。そんな二人は頼れない。


「……ありがとうございます、咲喜さん。……でも俺たちは、苦しみを払拭できていない二人を、無理に戦わせたりなんてできません」


「泰斗君の言う通り……咲喜さんも透弥も、まだ……」


 エルミアの言葉の途中で、咲喜さんは首を縦に振った。思いもよらない肯定にびっくりする。


「わかっています。……羽馬兄さんのことも、両親のことも……気持ちの整理はついていません。……ただ、皆んなに、前を向こうとしていることくらい、伝えたくて……期待外れに思われるかもしれませんが、それで顔を出しただけなんです……」


 咲喜さんはそう言うと重ねて詫び、子どもを連れる親のように透弥の背中を支え、自室に戻ろうとした。彼女の体に隠れて透弥の顔が窺えなかったのだが、それが見えるようになる。目が赤い。目の下も、強く擦ったのか同様に赤かった。

 去り際に、透弥は横目を使って俺を睨んだ。が、その眼差しには、怒りの類いの感情はこもっていないように感じられた。森羅万象、特に俺の創る万象に憤怒を撒き散らすあいつのことだ。慣れたせいで俺は、あいつがどんな思いを抱いているのかまで、識別できるようになったのかもしれない。


 ……透弥はウザい奴だ。些細なことでキレるし、シスコンだし、なんか俺に当たりが強いし。四六時中不機嫌を貫いているような奴だ。ムカつく。

 ……でも、途方に暮れて口も開かない、怒りもしない透弥っていうのは、もっとずっとムカつくな。


「透弥」


 階段を一段上った足がぴたりと止まる。別に、そっちが無視しても俺は言うつもりだったけど、耳を傾けてくれたことには密かに喜んだ。……その自覚をしつつ、俺は言った。


「待ってるからな」


 透弥の代わりに咲喜さんからお辞儀をもらう。それ以上の対話は無理だった。


 俺は箸を拾い、綺麗に洗ってから食卓に戻った。



*****



 家を発ったのは、日が落ち始めた夕方である。冬立さんと合流したから、これから紅宮さんの車に乗せてもらって決戦の場であるパーティー会場へ向かう。玄関先に出ると、彼は目の前で待っていた。


「どうもです、紅宮さん」


 彼は一礼し、助手席に冬立さんを促した。俺は女子二人と並んで後部座席に座る。その間紅宮さんの何とも言えない視線を受け続けたが、俺もコレに関しては少々疑問を抱いている。

 というのも、俺たちの格好はザ・社交というか、余所行きというか、無駄にキメてるというか……つまりタキシードとドレスを着ている。


「……やっぱり普通の服で良くないですか?」


「怪しまれたらどうする。できるだけ周囲に溶け込んでいた方が作戦の成功率は上がるだろう」


 冬立さんの反論は一秒と置かずに返ってきた。それもその筈、服装を考えたのはこの人なのだから。いや確かに彼女の言い分も一理あるけど、あなたはラメが悪い大人にジロジロ見られていいって言うんですか。

 心の中でさらに反論する。エルミアとラメは、実際に可愛く仕上がっているのだ。俺的にも文句は無い。だが俺は、どう見ても似合っていない。学生服すらまともに着てないやつがタキシードなんて高尚な物を着たものだから、整えば整うほど不格好さが増すという異常事態が発生している。


「言うほど似合ってなくもないと思うよ?」


「これが? 嘘つけって、三百六十度どの角度からどう目を凝らしても背伸びしてるキモい男子だろ……」


「だ、だからそんなに酷くないって……」


「ラメも……泰斗さんは似合ってると思います」


 ドレス少女らの言葉が本音かそれとも励ましか、判断に苦しむな。まあどちらにせよ、冬立さんの言う通りメイア暗殺のためには適した装備だ。我儘は抑えよう。


 まもなく車が発進し、カーナビが淡々と喋り始めた。目的地であるパーティー会場は都内、と思いきやギリギリ浦安に属する地域にあるらしい。高音のネズミの住処(すみか)が付近にある。ま、東京だろうが千葉だろうがそう遠くない距離だ、すぐに着く。

 俺は荷物の確認と点検をし、余った時間はエルミアとラメを交えて適当に談笑して過ごした。談笑といっても以前よりは笑いが少なかったが。仕方ないし俺も同じ気分だった……色々あったし、これからも色々あるからな。

 ちなみに紅宮さんと冬立さんは意外と気が合うらしい。知識レベルがほぼ同等なのが会話を加速させていた……意外だ。



*****



「では、何かあれば逃げて来てください。すぐに出します」


 俺は無言で頷き、駐車場で紅宮さんと別れた。


「あいつ、案外話せるな」


 真っ直ぐ前を向いて一切顔を動かさず、冬立さんは言った。二人とも積極的に会話するタイプではないから俺としても驚きだ。

 それはさておき、遂にパーティー会場の前に来てしまった。時刻は十八時。開宴前でも賑やかな喧騒は出来上がっており、中々に分厚い扉越しでも耳に入ってくる。


「入るぞ」


 取っ手に手を掛けた冬立さんは瞳だけでこっちを向き、俺たちを順に見た。


 それと同時だっただろう、スマホが震えたのは。何事かと思って取り出すと、着信元は祈だった。彼は今会場の裏で待機している筈だが、緊急で伝えることがあっても突然離席してはメイアに疑われかねない。そういう理由あっての電話というわけだ。


「先、入っててください」


 簡単に言い残し、俺は念のため物陰に隠れた。


「もしもし、祈だな?」


『ああ、急に掛けてすまない。……もう来てるか?』


「ちょうど入るとこだった」


『そうか……よし。作戦開始の前に少し話そう』


 どうやら深刻な問題ではないみたいだ。俺は壁にもたれて安堵の溜め息をついた。なんとなくスマホを持つ手を入れ替えると、祈が切り出した。


『ちなみにコンディションは問題ないか?』


「ん……多分、少なくとも俺は。エルミアとラメも魔力は満杯だから反撃されても戦えるぞ」


『ならいい。俺は聞いてないし見てもないんだが、メイアの(しもべ)が潜んでるかもしれない……その場合、メイアの暗殺に成功してもそいつらが襲いかかってくる。念頭に置いておいてくれ』


 一瞬胸がざわついた気がした。もしそうなったら、会場の一般人は避けて攻撃されるだろうが、俺たちは被害を抑えつつ異世界人と戦わなければならなくなる。

 想定自体は前からしていた。だが祈から言われると、現実になる気がしてならない。


 ……いや、大丈夫だ。皆んなで力を合わせれば負けない。これまでそうだったんだから。


「わかった」


『んじゃあそういうことで。それと、毒針を撃ち込むタイミングは俺が合図するからな』


「ああ。お互い頑張ろう」


 次の彼の言葉は、一層力が篭って芯が太くなったような、特別な響きのするものだった。


『これは俺の因縁の戦いだ。気張るぞ』


 こちらを鼓舞すると同時に、己を奮い立たせているのだろう。俺は肯定の返事をし、実際に頷いた。メイアは祈の一族を貶めただけでなく、透弥と咲喜さんの母親を操った犯人であり、鏡奈一家と霊戯さんを間接的に破滅させた犯人なのだ。俺にも恨む理由はある。


「ところで気になったんだけどさ」


『うん?』


「なんか声が篭ってないか?」


『あー、トイレの個室に居るからだな。他の場所だとメイアに盗み聞きされる恐れがあるだろう』


 確かに。謎は解けたので、もう話すべきことはない。


「……じゃあな、また後で」


『ああ』


 場内へ入ると、パーティーが始まる直前だった。明らかに高級な物を身につけた人が大量で、若いのにビジネスマンオーラが凄い男とか、華やかで余裕と風格のある女性とか、数人の部下を侍らせたどこかの社長っぽい人とかが遅れて入った俺に注目した。

 しかし視線に疑念は感じない。覚束無いが一企業のトップの御曹司であり、将来に伸び代のある若人……みたいな感じにきっとなっている。タキシードのお陰だ。


 エルミアを発見して、先に入った三人の座る円卓に行く。

 着席した後は祈からの情報を伝え、用意された飲み物を飲んだ。オレンジジュースだけど普通のやつより酸味が強い気がする。質の良いメーカーのやつだろうか。


 それから十分ほど経って、奥の扉が開かれた。人々の注目が一斉に集まり、泰然と歩み現れたピンク髪の女がマイクを持った。


「皆様ごきげんよう。今回パーティーを主催しました、射手愛と申します。今日は私の招待に応じ、お越しいただいて感謝致します。不束なところもあるでしょうが、このパーティーで思い思いの夜を過ごしていただければと思っておりますわ」


 甲高く透き通った声が特徴的だ。そして後ろに祈が立っている。

 こいつがメイア・エロース……!


 俺はエルミアに、ラメに、冬立さんにそれぞれ一瞥し、今夜倒す相手を改めて見つめた。


「それでは……これよりパーティーを開宴します!」


 喝采の中、メイアの笑みには不敵な心を感じる。俺はごくりと息を飲み、奴を睨んだ。

第146話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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