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異世界ヒロインが現世に召喚された話  作者: みたろう
第四章 愛の弾丸編
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第142話 その男、秋葉原にあり

 八月二十三日、木曜日。

 もう晩夏か。まだまだ暑いが、今日の風はピークと比べて大分落ち着いている。秋の訪れもそう遠くないというわけだ、感慨深いな。というのも俺とエルミアが運命的な邂逅をしたのは六月、春と夏の境目だった。それがあと数週もしないうちに秋へ突入するのだ。時の流れは速い。

 下手したらあの出会いから一年経っても、まだ俺はエルミアと一緒なんじゃないか。彼女を異世界に帰してやる約束をした以上、そうならない方が双方のためにも良いのだが。しかしあと十ヶ月のうちにエルミアとの永遠の別れを惜しむ日が来るとは、寂しくて考えたくないな。


 秋のあの独特な、哀愁を感じる空気のように寂しいことを考えながら、俺は秋葉原の街に入った。

 教団と繋がる財閥・平木野グループ。そこの御曹司と俺たちは手を組もうとしており、諸々の話し合いのための待ち合わせ場所として選んだのが、ここ秋葉原のカラオケなのだ。故に俺とエルミア、ラメと冬立さんは秋葉原にやって来たわけだが、しかし人が多い。


 そして何より、暑い。

 前言撤回だ。何が風が落ち着いている、だ。電車移動でそう勘違いしていただけだった。アスファルトや建物から放出される熱気に、人混み。信じられんほど暑い。


 こういうときは魔法に頼ろう。


「ラメ、水をくれ」


「はいどうぞです」


 空のペットボトルを掲げると、ラメの水魔法によってボトルは美味しい水で満たされた。


 ごくり、と喉に流す。うん、回復した。

 エルミアと冬立さんにもと魔法を使おうとしたラメだったが、必要無かった。エルミアはさっき駅の自販機で見つけて即座にお気に入りになったりんごジュースを、冬立さんはさっき熟れた動作で自販機から購入した缶のココアを飲んでいる。


 ……とても人間とは思えない所業をやってのけている女がいた気がしたのだが、俺の勘違いかな。まさか熱中症必至のこの暑さの中で、熱々のココアを飲む奴がいる筈がない。


「すごいねこの街。人がたくさんだし、あと暑いし……」


 事ある毎に炎を出すエルミアが暑い暑いと繰り返し言っている。まあ秋葉原に対する感嘆は、誰しも一度は経験することだ。特に俺みたいな人間には楽園のように映る。この暑ささえ無ければ。


「それになんか可愛いキャラクターがそこら中に!」


 秋葉原が楽園たる所以である。……今思ったんだけど、エルミアとラメを異世界から着てきた服に着替えさせれば、コスプレイヤーとして人気出るんじゃないか。

 駅前に立たせとけば写真の一つは撮られるだろう、コスプレの出来栄えが最高すぎる。何故かってそりゃあ本物のファンタジー美少女なんだもの。


「ま、現代日本の文化の象徴だからな」


「へぇ〜」


 前方の冬立さんから鋭い視線が向けられた。まるで「出鱈目なことを教え込むな」と叱るように。

 俺は間違ったことは言っていないけどな。外国人も見受けられる。しかし、あまり調子に乗るのは良くない。

 真剣に、真剣に。


「そういえば何でここで待ち合わせなんだろう?」


「メールのやり取り遡ったら書いてあったんだけど、平木野祈がアニメ好きだからここが良いとか何とか言ってた」


 秋葉原でメールと言うと、あれ(・・)が思い浮かんでしまう。真剣に、事に集中すると決めたのに。

 俺は溢れんばかりの衝動を抑え切れず、ちょうど目の前を通ったラジオ会館を見上げた。言うまでもなく、屋上にあれは無いし、建物にめり込んでもいない。


 唐突にビルを仰いだ俺に女子二人は困惑の色を見せたが、安心しろ。この行動に特に意味は無い。


 ……っと、真面目を取り戻せ、俺。



*****



 アプリの地図が示す現在地とメモした住所を照らし合わせ、目の前のカラオケ店が待ち合わせ場所であることを確認する。

 小さいビルの二階、耳にしたことはあるが入った経験は無い、おそらくカラオケ界では著名な方であろうチェーン店の秋葉原店がここだ。例の異世界人の目を盗んで密会するには、確かに丁度いい所かもしれない。


 入店。まるで世界が変わったように、取り巻く空気が快適な温度に移行した。足早に受付へ向かう。

 俺は、カラオケが好きだ。他人と行ったことはないけど。その所為か俺は、気付くと三人の一歩前にいた。


「すいません、『平木野』という名前で利用してる人に合流したいんですが」


 若い女性店員は手元のリストから「平木野」を探す。

 話しかける前の挙動がおどおどとしていたので働き始めて間もないのかと思ったが、その割には文字を追うスピードが速い。だのに店員は困り顔になった。


「ええっと……名前が無いのですが……」


 困り顔が俺にも移った気がする。

 「平木野」で登録してないのか。じゃあ……。


「『祈』は」


「ありません」


 どういうことだ。

 二人して困っていると、俺は冬立さんに軽く押し退けられた。彼女は平然と言う。


「『霊戯』という名前があるだろう。その人だ」


「あっはい、霊戯さんのお部屋ですね」


 店員の顔は快いものになった。すぐに部屋番号を伝えられ、手で案内された。


 示された方向へ進み出すと、冬立さんに言われた。


「あっちは私らとの協力を、財閥を支配する異世界人にバレてはならないんだ。そうでなくても、日本人なら知らない者はいない有名財閥の御曹司。本名を記入するのは不利益でしかない」


 納得するしかない解説をどうも。


 教えられた部屋の前に辿り着くと、冬立さんがドアノブに手を掛けた。

 中から聞こえる曲のタイトルは何だったろうかとずっと考えていたのだが、近くで耳を澄ませば一瞬でわかった。流石は人を秋葉原まで呼びつけるアニメ好きの御曹司、熱唱しているのは周知の大ヒット曲、残酷なアレだ。


 あっ、あああ。

 アニソンを楽しく歌っているのに、当たり前のようにドアを開けるとは。平木野祈には同情する。残酷なのは冬立さんの方だった。


 モニターの間近に大胆に座り、歌唱に夢中だったその男は、侵入者に気が付くと躊躇いもなく曲を止めた。約束の時間ぴったりだから、最後まで歌えない覚悟はしていたか。


 まず思うのは、平木野祈に羞恥心は無いということ。

 店員が来る度に顔を赤くする俺とは大違いだ。


 毛量は普通より幾らか少なく、オールバック。

 服装はジャケットにジーンズ……ファッションに疎いから、世間的にこれがどれほど好まれるコーデなのかは不明。でも格好良くはあるし、明らかに高価だ。鞄や靴も革製だし、素人目にも高級ブランド物なのはわかる。

 流石は名の知れた財閥の将来を担う男。生活レベルの差に驚いたが、予約曲にゼロ年代のキャラソンや電波ソングがあったお陰で救われた。これは親近感が湧く。


 服装や纏うオーラに対して、背と顔は若い。俺の何個か上くらいの年なんじゃないか。


 第一印象を話すのはこれくらいに留めておいて、俺は一応、謝罪をすることにした。


「あー、平木野祈さんですね? この人が理解無くて申し訳ないです、話すのは次の曲歌ってからでも……」


 言いながら親指で冬立さんを指し、ゆっくりと向かいの席へ移動する俺に、平木野祈は訝しげな表情を見せた。


 四人全員がソファーとテーブルの間に立ったのを確認すると、平木野祈は口を開いた。


「遠慮せず座ってくれて構わないんだが……」


 彼は首を傾げた。


「霊戯さんはどこだ?」


 いきなりそれか。無理もないが。

 俺は腰を下ろしつつ、どう説明すべきか考える。


「…………俺たちは、言うなれば彼の代理というか……」


「代理? そんなことは言ってなかったぞ」


 冬立さんに視線を送る。助けてもらおう。

 すると彼女は浅い溜め息を一つ吐き、平木野祈を直視した。そしておもむろに真実を告げる。


「霊戯は死んだ」


 きっぱりと言ってしまうやり方は避ける。

 これを前提に頭を回し、良い切り出しが思いつかなかったから冬立さんに援護を要請したのに、そうだ、この人はきっぱりと言う人だった。失念していた。


 彼の目は見開かれ、明らかな動揺を見せた。唇が震えはテーブルを一つ挟んでも確認できるほど大きく、文字通り開いた口が塞がらない状態である。

 気まずくなって俺は、右に座っている三人の方にも目を向けた。ラメが膝の上に握り拳を作り、浅く俯いていた。なるほど、やっぱり響いてるな。


「お……おい……」


 平木野祈は待ってくれと言うように手を出した。


「どういうことだ、霊戯さんが……? 黙らないでくれよ、何があったんだ?」


 平木野祈と霊戯さんの最後のメールは五日前。こっちの事情を認知できない彼にとっては、突然すぎる死だ。

 動揺するのも無理は無い。説明は冬立さんに任せよう。


「……言えない事情だ。殺されたわけではない。いきなりで悪いが飲み込んでくれ」


「…………わかった。……そうか……」


 コーラに漬けられた氷がカラン、と音を立てて溶けた。平木野祈は口を手で覆い、死因を考察でもしようというのか、悩むように唸った。


「私たちは霊戯の、探偵仲間……としようか」


「ああ、それなら聞いてるよ。左の二人は、異世界から来たんだろう?」


 エルミアとラメが順々に見られる。

 平木野祈は何かを言いかけて止め、「あっ」と声を漏らした。


「そういやあ名前を聞いてなかったな。礼儀ってことで俺から」


 彼は一度言葉を切り、軽く息を吸った。


「俺は平木野グループ現当主・平木野実(ひらきのみのる)の実子、(いのる)だ。二十歳になんのが来春なんで、親父の言葉を借りると『未熟者』だが、よろしく頼む」


 平木野祈の挨拶は、文字に起こすと初対面で年長者もいる場での言葉遣いとしては不適切に見える。だが、俺は傲慢とか偉ぶっているという印象は感じなかった。あくまで友好的に対等に付き合いたいという意思が口調に伴っていたのだ。太い声は明るく、不遜の色は一切無かった。


 続いて、隣の冬立が名乗る。


「私は冬立碧那(ふゆだちあおな)。こいつらの付添人だ」


 名乗り終わった彼女から目配せが来た。俺の番か。


「俺は朱海泰斗……うん、泰斗だ」


 前に倣って職業だの肩書きだのを付け加えたかったのだが、今更気付いた。俺には肩書きが無い。探偵事務所に居候しているだけで、探偵仲間でもなんでもない。


「私はエルミア・エルーシャといいます。エルリス魔法お……あ、いえ、なんでもありません」


 エルミアは弁えることを覚えた。出自と地位を伏せたのは、それがこっちの世界では意味を成さないと思ったからだろう。

 多分、平木野祈は異世界の国を認知していない。巨大国家のお姫様を名乗っても、困らせるだけだ。


「わ、私の名前はラメスティ……です。よろしくお願いします」


 ラメは控えめに礼をする。平木野祈は礼を返した。


 自己紹介が一通り終わると、平木野祈はコーラを飲み干し、それから五人分の飲み物を取りに行こうとする。


「俺行きますよ」


「誰が行こうと五人分は持てんだろう。二人で行こう」


 ということで、俺は平木野祈とドリンクバーへ向かった。



*****



 かなり奥に位置する部屋だったので、ドリンクバーまでの道のりは長かった。


「君……泰斗だったか。歳いくつだ?」


 静かで気まずい空間を変えるべく、なのか、他愛もない質問をされた。


「十七です」


「じゃ高二か高三か」


「諸事情により高校は行ってません」


「ん……そうなのか」


 会話は途切れた。だのに彼は、俺を蟻の巣の観察キットか何かだと勘違いしているのか、睨んでくる。言いたいことが残っているなら素直に話してほしいんだが。


「……どうしました?」


「いやな、霊戯さんが言ってたんだ。最初に喋りかけてくるやつは君とウマが合うだろう……って」


 言われ、俺は数分前のことを想起する。

 確かに俺は最初に言葉を発した。霊戯さんはそこまで予測していたのか。


「……要は俺もアニメとかラノベとか、陰キャ的サブカルチャーに明るいってことですよ。……ツンデレがお好みのようで」


 俺は笑いを含んだ目つきで睨み返してみた。

 すると、これは富豪の息子として正しい態度の変え方なのだろうか。ぱあっと明るい顔が目の前にあった。


 キャラソンの羅列から好みの属性を言い当てたんだ。

 俺のアニメ好きも証明されたということ。大変喜ばしそうだ。


「おお……! そうか、じゃあ…………いや、今は抑えよう」


 喜色満面から急転し、シリアスに顔を顰めた。

 彼の心配は、すぐに察した。十中八九、霊戯さんの件だろう。


「…………またも突然で悪いんだが。……霊戯さんが死んだってのは本当なんだよな?」


「嘘をつく理由が無いじゃないですか」


 声量を控えめにし、氷をコップに入れる。


「……にしては、冷めてるな。ああいや、責めるってんじゃなくて。……その、霊戯さんは君らのこと、すごく大事そうに話してたぞ」


 ボタンを押し、コーヒーがコップに溜まるまで沈黙を決め込む。

 別に、彼の発言を失礼とは思わない。彼の個人的な感情が含まれた言葉なのだと、俺はわかっていたから。


「…………霊戯さんの死と、あの黄色い痣が関係していると……そう思ってるんですよね?」


 平木野祈は目を見開いた。俺の考察は正解だ。


「メールの内容は全部読みました。あなたと霊戯さんのメールのやり取りは、五日前が最初で最後。わざわざ詮索するほど死を悼むとは、思えない。そしてあなたにも黄色い痣がある筈なのに……恋心を操られてはいない。ここに何か事情がある。加えて平木野グループはソイツに支配されている……」


 まだ充分に冷えていないアイスコーヒーを一口飲むと、俺はエルミアとラメの麦茶の用意を始める。


「霊戯さんはメールで、『少し縁の合った人が、黄色い星型の痣で操られていた』と言っていた。だから霊戯さんがその支配者の所為で死んだなら……もしそうなら、きちんと知っておきたい。そう思ってるんですよね? 祈さん」


 彼の拳が強く握られた。

 そして、首肯する。


「なんだ、ちゃんと探偵仲間じゃねえか……」


「そうかもしれませんね」


 俺は肩書きをゲットした。

第142話を読んでいただきありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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