表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ヒロインが現世に召喚された話  作者: みたろう
第四章 愛の弾丸編
133/157

第133話 悪い兆候

 調査に向かうのは俺とエルミアと霊戯さんのみ。透弥と咲喜さんは留守番だ。この二人……特に咲喜さんって一応探偵なんだよな? 俺とエルミアが役割を奪っちゃってないか。エルミアでないと魔法の痕跡なんかを判別できないから、仕方ないんだけども。


「紅宮さん…………一体どうしたんだ……」


 思わず呟いてしまう。

 透弥と咲喜さんが同行する必要が無いように、俺も居なくたって問題は無い。なのに、まるでエルミアのスキルの発動条件に「泰斗が場に出ている」と書かれているかのように同行させられている。

 と、いうのは霊戯さんとエルミアが思うこと。どうやら俺の主目的は、調査ではなく紅宮さんとの密会であるようだ。

 何か渡されるのだろうか。それとも、何か話すのだろうか。どちらにせよ、メッセージ内で明かすとか、電話で話して、必要なら待ち合わせるとか、できた筈だ。つまりこれは、早急に、そして直接やり取りしたい、非常に重要度が高い案件といえる。


 なんだか嫌な予感がする。

 頭の奥がピリピリして、胸がざわつくんだ。俺にも分かるようになってきた。


 ――また、何かが起こる。


 恐らく予感は当たるのだろう。

 ならせめて心の準備だ。そして、他人の心にも気を配ろう。同じ失敗を、何度も繰り返さないように。


「何か言った?」


「あ、いや……」


 危ない危ない。エルミアに聞かれていた。

 隠し事は隠さないとな。


「今の所、異変は感じないか?」


「うん……罠とかも無さそう」


 真夏には似合わない、冷ややかな空気が流れている。

 それは、恐怖や警戒の気からそうなっているのではない。異世界人が関与しているという、その気配を全く感じ取れないのだ。

 この現場、普通すぎる。普通の殺人現場だ。いや、殺人現場は普通じゃないが。ここで人の命が失われたという事実が感情を冷却しているだけということだ。


「あっ。紅宮さん。どうも」


 俺達の存在に気付いた紅宮さんは、軽く一礼して立ち入り禁止テープの内側から出てきた。


「どうも。最後に顔を合わせたのは一ヶ月前ですか」


 そういえばそうだったな。


「紅宮さん、連絡ありがとうございます」


 俺は彼と視線を繋げて言った。

 あのメッセージに同意したことの表示だ。

 彼はお返しの合図などは送らなかった。俺もやらない方が良かったか。霊戯さんには勘付かれそうだしな。


「僕も久し振りでーす!」


 遠くからパタパタと走ってくる男がいた。

 古島誠慈(ふるしませいじ)。彼もまた、俺達の仲間の警察官だ。こっちも一ヶ月くらい会っていなかった。


「おお、古島さんもお元気そうで何より」


「木坂さんもいらっしゃってますよ」


「じゃ、僕はそっちに挨拶してきます。二人は先に中入ってて」


 俺達は紅宮さんと古島さんの案内で、事件現場である家宅に入った。


 中は暗くて不気味だった。

 靴棚の汚れだったり、キッチンに見える洗い終わった皿だったり、保存された生活の証が、不気味さをより一層引き立てている。

 しかし、寝室に入ると、少し怯えが治まった。よくドラマに登場する、死体を象った紐。それに、傍らの謎の番号。多分俺にある感覚は、暗い夜道を帰るときに知り合いが多いほど怖くなくなるのと同じだ。


「……緑山さんと定多良さんのことは……その……残念でしたね」


 何とも言い難い心の吐き所を探すかのように、斜め下へ首を傾けて古島さんは言った。

 二週間前だ。その二人が亡くなったのは。俺は世間話の一つもしたことがなかったが、同職の仲間であり、先の戦いで水沢さんを失った古島さんとしては、思うところがあるのだろう。


 ただし、紅宮さんは違った。


「口を慎んでください、古島さん。その加害者となったのが誰か、お忘れですか?」


 紅宮さんは死んだ仲間への悲しみより、エルミアとその姉の面子を庇うことを優先した。

 エルミアと彼女の胸元で光る封印石に気付いた古島さんは、顔を引き攣らせて頭を下げた。


「すみません! 事情をよく考えずにこんなことを!」


「い、いいんですよ……。姉さんが二人の命を奪ったのは事実なんですから」


 エルミアは失言を聞き入れた。

 確かに、洗脳があったとはいえ、エルトラは人命を奪った。心を改めたから許されるというものではない。

 古島さんに他意は無かっただろう。古島さんだから。

 しかし、俺は咎めなかった。紅宮さんが気を遣って言ってくれただけで十分だ。それに、もし俺とエルミアの関係が薄ければ、似たような失言をしたと思う。あの時(・・・)だって、ラメを許さなかったかもしれない。


 人間は相手との関係性によって態度を変える生き物なのだ。と、漫画の年長者キャラのように真理を説いてみる。


 そういうわけで俺は、エルミアの方に少し寄りつつ、無言を貫いた。


「殺されたのは……確か寝室でしたよね?」


「はい。こちらです」


 エルミアはすぐに部屋を調べ始めた。


「物を触らないようにだけお願いしますね!」


 と、古島さんの注意が入ると、エルミアがビクッと震えた。既にどこかしらに触れていそうだ。まあ、多分少しくらいなら問題無いだろう。

 待っているだけというのも嫌だから、俺も適当に隅っこや家具の隙間なんかを調べてみる。


「意外とこういう所に証拠品が落ちてたり……な」


 ここでいう証拠品とは、異世界で売られているアイテムとか、教団のものらしき物品などのことだ。

 被害者女性は教団とは全く関係の無い人物だとわかっている。その女性の家に、まさか正体が知れてしまうような物品を置いておくとは思えない。収納の中には絶対に入れないだろうし。だから、あるとすれば落とし物だが、ありそうな気配は無い。


「紅宮さん」


 ベッド付近を調べていたエルミアが声を掛けた。

 指をさした先はシーツの端であり、よく見ると血が付着している。


「ここ血が着いてますよね。女性の死因って?」


 そういえば、詳しい死因は聞いていなかった。

 

「死因は激しい性交で首が絞まったことによる窒息死です。それ以外に外傷は、左腕と右脚の打撲、局部からの出血」


「想像するだけでも痛々しい……全く可哀想なことですよ」


 古島さんは悲痛な表情を見せた。キョロキョロしているのも、その気を紛らわすためか。


 俺はというと、やっぱり許す気にはならない。でも、加害者の男を完全に悪とすることもできない。男は捕まった後に目を覚ましたという。まるで、それまで誰かに操られていたように。操られていた奴に全ての罪を負わせようとは考えられない。


「……なるほど」


 エルミアはどう感じたのだろう。

 彼女はこの中で唯一の女性だ。ちょっと怖がられていたりしないだろうか。流石にしないか。

 取り敢えず、良く思ってはいないだろう。異世界を生きてきたら俺達ともまた考え方や価値観が違うだろうが、どちらにせよ性暴力は罪の筈だ。


 ところで、死因と外傷が判明したということは、異世界人が事件に直接関わっていないことが確定したということだ。

 とすると男が魔術か何かを掛けられていた線が濃厚か。証拠品も無いから、捜査は困難になりそうだ。


「……他の部屋もいいですか?」


「ええ、勿論」


「あ、そっちは被害者の御両親の部屋なのでナシでお願いします」


 両親がいるのか。余計に胸が痛むな。


 と、心を暗くさせていると、案内役の紅宮さんが外に行ってしまった。

 案内は古島さんだけか。いくら彼でもそれは平気だろうが。俺も着いて行こう。


「お待たせー」


「わっ」


 霊戯さんが薄暗い廊下から登場した。

 突然の襲来に声を出して驚いた。


「木坂さんは元気でしたか?」


「うん、色々起きまくりでしんどそうだったけど」


 逆にしんどくならない方が心配になる。

 次々に起こる事件。教団からの刺客。自分が殺されるかもという恐怖も常に隣にいる。常人なら倒れてもおかしくない。

 俺はエルミアやラメが癒しになってくれるから倒れずに頑張れてるけどな。


「……あ、そういえば、入り口近くで紅宮さんが突っ立ってたけど何してるんだろ?」


 俺は一瞬で察した。

 さては俺が来るのを待ってるな。

 いつ、どこで二人きりの状況を作れば良いのか分からないでいたが、あっちから用意してくれたらしい。


 あとは俺がバレずに抜け出すだけだ。


 霊戯さんとエルミアが合流したので、その隙にこっそり後退する。

 バレても死ぬわけじゃないのに、異様に心臓が揺れて冷や汗が出る。安心しろ、何とか誤魔化せばいいんだから。


 場所も影響してそうだ。

 もうちょっと楽しい所なら気が落ち着いた。

 殺人事件現場で、警察官も何人もいる。建物内は薄暗くて息が詰まる。

 そんな環境だから、親しい人達の目から逃れて外に出るだけのミッションに緊張しているんだ。


「……っ……はぁ……」


 安堵の溜め息。ミッションクリア。

 辺りを見回すと、外れた位置に紅宮さんが突っ立っていた。


「ごめんなさい、ちょっと遅れました」


「いえ、鉢合わせないように霊戯さんが戻るのを待ったのは良い判断です」


 因みにそんな判断はしていない。

 単に俺が鈍かっただけだ。言わないけど。


「……バレないうちに終わらせましょう。何の用ですか?」


 気持ちを切り替え、真面目に。

 かなり深刻な問題だということは鈍くても分かる。


「…………あなたはこの事件、黒幕はどのような形で関わっていると思いますか?」


 質問を質問で返された。

 警察からそんなことを聞かれると、正しいか、相手の求める回答をしなければと焦ってしまう。

 いきなり何なんだ、この質問は。


 黒幕がどのような形で……か。

 黒幕、即ち異世界人。

 ううん。被害者の傷にも死因にもそれらしきものは無かった。その他の痕跡も、今のところは見つかっていない。

 そして、加害者は操られていたようだった。謎の痣らしきものもある。


 ということは……。


「黒幕は一度、男に何らかの術をかけ、自分がそれ以外に何もしなくていいように、女性を殺すように仕向けた……?」


 紅宮さんの顔色を窺う。


「……そうですね。前半部分に関しては、やはりそうでしょう」


 後半は違うのか。


「しかし、女性を殺すように仕向けたということはないと思われます。もしそうならば、凶器でも渡して殺させればもっと簡単に済むのですから」


 なるほど。確かに、殺したいだけなら性暴力なんてさせる必要は無い。そもそも、女性は教団とは関係無いんだった。


「じゃあ、かけた術というのは?」


「……朱海さんは鏡奈家の事件をご存知ですね?」


 ドキリと心臓が鳴った。

 まさか昨日聞いた話が今日に出てくるとは。週末に町中でクラスメイトとばったり会ったような感覚だ。


「知ってます……けど、もしかして何か関係が?」


「鏡奈夫婦が殺害された原因は、婦人の浮気にあるとされています」


 婦人というのはつまり、透弥と咲喜さんの母親。鏡奈舞さんだ。彼女が浮気して、浮気相手の逆上で殺人と誘拐が発生したと聞いている。


「ところが婦人は、浮気相手との交際期間の前後、その様子を全く見せなかったようなのです。……似ていませんか(・・・・・・・)? 今回の事件と、五年前の事件」


 二つの事件の共通点。

 舞さんも今回の男も、「ある期間を過ぎると、恋愛の相手に興味を示さなくなった」。それがいえる。

 つまり、五年前の事件にも、異世界人は関与していたというのか?


「もしかして、五年前の事件にも異世界人が……?」


「その可能性は高いと言えます」


「でも舞さんには黄色い星型の痣って無かったんですよね?」


 その痣が術の印になってるっぽい。

 だが、舞さんにそれは無かった。両事件の黒幕が同一人物だという確定的な証拠は存在しない筈だ。


 しかし、次の紅宮さんの一言で、俺の考えは覆った。


「舞さんの遺体には、滅多刺しにされて皮膚の表面を確認できない箇所がありました」


 黄色い星型の痣が記録に残らなかったのは、そこが滅多刺しにされていたから。こんな繋がり方をするのか。

 紅宮さんの話の展開が上手い所為か、俺は黒幕が同一人物であると確信することしかできなくなった。


「黒幕は……同一人物……!」


「そう仮定すると、かけた術の特性も自ずと判明します。……ずばり、『恋心の操作』」


 人に人を好きにさせる呪い。そういう魔術か、もしくは宝能。少なくとも五年前から暗躍している、教団の一員。透弥と咲喜さんとも因縁がある相手!


「ソイツの目的が知れないですけど、ぶっ倒してやりたくなってきました!」


 紅宮さんは静かに頷いた。


「……俺への用って、この話ですか? だったら、隠さずに皆んなにも……」


「勿論、これから共有しますよ。……あなたへの用は、別にあります」


 そう言うと彼は、調査中の家の方に向いた。

 どういうわけか、鋭い視線を送っている。

 俺は戸惑った。先に教団の話をしたから、じゃあ用って何なんだと予想ができなくなる。頼み事なら俺より霊戯さんにした方が確実だし。俺は戦っても強いわけじゃないし。


「朱海さん……よく聞いてください」


「……は、はい」


 次に目に入った彼の顔には、悲しみと悔しさが張り付いていた。まるで周囲に広がる空間から、俺と彼の居る一点だけ切り離されたような、不思議なイメージを感じた。彼に注目していると、時間の流れが遅くなったような気がした。


 紅宮さんが自分の眉間と両側の口角を押さえると、表れていた感情が消えた。

 そして、俺は告げられる。


霊戯羽馬に気を付けろ(・・・・・・・・・・)あれから目を離すな(・・・・・・・・・)


 えっ。


「現時点では、意味が解らないでしょう……が、私の忠告を……どうか守ってほしい」


 唖然として、紅宮さんの姿もよく認識できなかった。


「…………さあ、先程の話……皆に伝えに行きましょう」


 どうやら俺の嫌な予感は本当に当たったらしい。

 彼の忠告、全く意味が解らない。それとも、解ってはいけないのだろうか。何も考えず、守るべきなのか。


 悪い兆候。もう始まっている。

 俺が助けないと駄目なんだ。俺がやらないと。


 やらないと……どこかが壊れる。

第133話を読んでいただき、ありがとうございました!

そろそろ僕が一番書きたかったところに辿り着きます。

次回もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ