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異世界ヒロインが現世に召喚された話  作者: みたろう
第四章 愛の弾丸編
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第130話 賢者同士のログ

 霊戯の指揮の下、追跡は開始した。

 開始前から把握しているのは逃走の方角と現場から三百メートル離れたある地点を通過したことのみ。霊戯や紅宮の推定では東京都外に出てはいないと思われるが、依然として広範囲の道路に張り込むことを要する捜査に霊戯は不安の感情を抱いていないようだった。


 やり方は至ってシンプルだ。

 三百メートル地点で確認できた進行方向の先の枝分かれしている全ての道に私服警官が立つ。車が通ったら場所と進行方向、ナンバーを記録する。その車のナンバーが映像のものと同一だったときは各員に伝達する。人員に余裕があれば、そのさらに先の道にも配置して記録、伝達を行う。これを繰り返すことで、行き先は少しずつ明らかになっていく。

 また、犯人は一日に最大で三回、被害者の世話のために移動する。往復になるから、同じ日に記録を付けられるのは合計で二~六回。始めのうちは予想される時間ごとに交代で張り込み、時間を特定することでそれに割く人員を削減する。これで警官を広く配置できるようになる。


 この作戦は完璧なものだった。

 まず、犯人が複数のルートを用意していると仮定しても、前回通らなかった道には継続して警官が配置されるため、採用された全てのルートに対応できる。

 もし犯人が別の車に乗っていたなら、ナンバーが何度も記録に残るため、それからはそのナンバーだけを記録すればよい。

 また、パトカー内で待機する役を用意しておくことで、犯人が高速に乗った際に追うことも可能にする。


 作戦の全容が知らされた。


「犯人の乗っている車が確定したならば、取り囲んで逮捕することも可能では? 何故、そうしないのでしょうか」


 一人の捜査員が尋ねる。


「透弥君と咲喜ちゃんは、最低限の食事等を与えられているとしても心身共に衰弱した状態にあるとされます。確かに、犯人の逮捕という意味ではあなたの言葉通り動くべきですが、留置所でカツ丼を差し出して『二人の居場所を吐け』とでもやっている間に肝心な二人が死亡してしまうリスクは大いにあります。なので、人命救助を優先するにはこうするしかないんです……残念ながら」


 霊戯の声色から不満が漏れ出ていた。

 人命救助より犯人の逮捕を優先したい者も中にはいたが、霊戯が被害者をとても大切にしていることは先程揉めた事で周知されていた。そのため、表立った反対は起こらなかった。


「犯人が自宅の地下室などに監禁している場合は、この方法では追跡が不可能ではないですか?」


 今度は別の捜査員が尋ねる。


「うーん、考えにくいですね。それだとほら……どちらかが見つかったら終わりでしょう? リスクの分散っていうんですか、まあ……可能性としては低いです。一旦やってみて駄目だったらまた練り直すということで」


 霊戯は眼中に無い考えだった、という風に驚きの表情を見せた。

 しかし、やはり拍手されて良い気になっているため軽快に玄関まで足を運んだ。


「作戦は明日から。あ、そうそう、僕は指揮役なので皆さんよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げると、霊戯はそのまま帰ってしまった。



*****



 それぞれの配置の設定が終わると、紅宮は草原に呼び出された。腕を組み、怒りで強張った顔をこれでもかと見せつけてくるその姿は、他人を叱るとき……否、他人に怒るときのものだ。

 彼が怒っている理由は明白である。紅宮自身も、霊戯とのやり取りでああいった行動をしては、後で呼び出されるだろうとは身構えていた。


 堂々と草原の前に立つと、彼は口を開いた。


「どうして今まで言わずにいた?」


 疑問を投げかけられているのだが、紅宮はすぐに話そうとはしなかった。だんまりで切り抜けられるならそれが最善だからだ。

 問われたことについて本当の答えを返す気は毛頭ないのである。筋が通った推理を心の内に隠したまま二ヶ月も過ごしていたと知られれば、草原が問うたように疑問を持たれるのは当然だ。しかしその疑問に対する回答、つまり「今まで言わずにいた理由」は、「他人に言ってはいけないから」なのだ。言える筈もない。


 だが、紅宮はこうした場面に至ったときのために、偽の理由を用意している。


「隅々まで計算し尽くされた犯行だということは、初期から勘づいていました。……計算され、幾つもの要素が複雑に絡み合っていると……一つ間違えるだけで真実には辿り着けなくなるのです。それを恐れた自信の足りぬ私の失敗です……申し訳ございません」


 スラスラと早口で謝罪の言葉を述べると、速やかに頭を下げた。誠意がこもっているようには感じられないだろうと自分で思う。


「お前、頭は良いんだから自信持てよ。あの探偵は生きてるって言ったがな、被害者は生死不明なんだ。いち早く発見し救助したいのに、ずっとそれができずにいた。間違ってるかもしれないとか、いちいち不安になってらんないのさ。そのせいで二ヶ月間が無駄になったんだぞ?」


「はい、仰る通りです。深く反省しております」


「……まあいい。明日から忙しくなるぞ、体力を養っておけ」


 紅宮は頭を上げ、去っていく草原の背中を見守った。


(まだ言えない。救助が完了するまでは)


 暗躍するかのような紅宮の心情に陽が連動し、彼と草原を影の境界が分けていた。



*****



 翌日、紅宮は草原と共に定位置へ移動することになっていた。


「この方法だが、何日かかるんだろうな」


「再び長い二ヶ月が重なることはないでしょう。かといって一週間で終わるような簡単なこととは――


「終わりますよ」


 紅宮の言葉を遮る声。ドアを開けて車に乗り込もうとしていた彼は、フィギュアスケーターも顔負けの回転速度で振り向いた。


「あ、すいません、びっくりさせちゃいました?」


「何の用です? 霊戯さん」


 驚かれたのが意外だった、と目を点にした霊戯はささっと車体の反対側に回り、当然のように乗り込んだ。


「おい! 勝手に乗るな!」


「許してくださいよ~。見学したくて」


 まるで修学旅行生かのようなテンションである。


「指揮する人間が、わざわざ現場まで?」


「本部で連絡を待つよりこっちの方がいいかなと」


 全く悪びれていない。追い出してもしがみついて無理矢理にでも同行しそうな様子だ。しかし不都合は生じないからと、紅宮は渋々隣に座った。


「ど、どうしてそんな嫌そうな顔を……」


「……宿題に取り組んでいる友達に平気で話し掛けて遊びに誘いそうなあなたを隣にして、嫌でない理由がありますか?」


「あはは……しないですよ、そんなこと」


 両者窓の外を眺め始めた頃、車が発進した。


 十分が経過した辺りで、遂に我慢ならなくなった霊戯は紅宮に輝いた視線を送った。

 先程紅宮が口にした印象がそのまま予言になってしまったようである。


「紅宮さん……でしたよね? 昨日は賢いなーって感心しちゃいましたよ。乗っ取りは困りますけど。……実は超秀才だったり?」


「しません」


 流れる景色に、まるで逃げ道を見出だすかのように目を向けて言った。


「えぇ……ひどい。仲良くしましょうよ」


「仲良くして得がありますか?」


「当然」


 霊戯はうんうんと頷く。

 よく真剣なことをしている最中に子供のように頷けるな、と紅宮は心の中で呆れに近い尊敬を覚えた。


「どこ大ですか? どこ大?」


「早稲田大学」


「学部は?」


「文学部」


「へえー。じゃ高校は?」


「……さっきから尋ねる意義が見えません」


 紅宮がこのままでは一生ノリに乗ってくれないと漸く気付いた霊戯は、鞄を抱えてジト目で今の不満な心情を送信した。

 受信者はまたも目を逸らす。この二人の合わなさが誰の目にも明らかな状況であった。


(最初の張り込みに付き合うだけなら向こうに問題は生じない。同行すれば私の考えが揺らぐとでも……? まさか、私は気に入られてしまったのか……? いや、初手であそこまで主張すれば目を付けられるのも当然か)


 不似合いな二人の失敗したキャッチボールを表現するかのように、速度を指すメーターの針が小刻みに揺れた。が、実際は霊戯に苛立った草原の足に力が入っているからである。


「考え事ですか?」


「……捜査の途中に『考え事ですか?』と聞くのもおかしな話では?」


「それは……確かに? でも僕、何ら心配してませんよ。紅宮さんも全く同じ推理をしていたのに、あまり自信がないんですか?」


 決して悪意が無さそうに嫌味を言う霊戯。紅宮の微かな吐息が窓を白くした。

 そして、少し遅れて草原が反応を示した。


「そういえば昨日、自信が足りなくて完成させた推理を誰にも言えなかったって俺に言ってたよな」


「あ、そうなんですね。なるほどなるほど……今まで誰にも、ね」


 霊戯は含みのある言い方で紅宮に笑いかけた。


「おいおい、あんま馬鹿にするんじゃねぇよ」


 すかさず草原が擁護した。


「はい。……でも、分からなくもないですよ。僕なんて一匹狼の探偵だから良いけど、紅宮は上下関係とか警察仲間とか色々ありますもんね」


「上下関係について私の上司に向かって話すのはどうかと思います」


「全くもって同意。訂正して謝罪申し上げます」


 運転席の背もたれに下げられた額がぶつかった。

 痛がりつつも彼は笑っている。笑っているのだ。紅宮にはそれが不思議でならなかった。仲良くなるためだったり、無垢な笑顔の好青年の演技だったりだとしても、過剰すぎやしないか、と。

 理由は分からない。現実に存在する探偵らしくはないが、一応探偵だ。殺人事件を扱う者だ。なのに何故ここまで元気なのか。紅宮がどれだけ考えようと、理由は分からない。


(……他にも話せば、何か分かるかもしれない)


 そう思った紅宮は、少し落ち着いたところで霊戯にある質問をした。


「霊戯さん…………人狼ゲームって……やったことはありますか?」


 数十秒前まで簡単な問答すらうんざりしていた紅宮が、いきなりそんな質問をした。そういったネタを求めていた霊戯だが、これには唖然として口をぽっかりと開けてしまった。


「……やったことは……ありますか?」


 もう一度、霊戯の顔面をギロリと睨むような角度で問うた。

 すると霊戯はプッと吹き出した。


「……ふっ……ふふふ……ごめんなさい、まさかノってくれるとは思いませんでしたよ」


「……仲良くしたかったのでは? ほら、質問しましたよ」


 笑いがひと段落した霊戯は、紅宮の顔面を凝視しながら答えた。


「……うーん、それが、詳しく覚えてなくて……。僕どっちかというとトランプとかウノの方が好きなので。ただ……」


 ほんの数秒だけ沈黙し、そして口角を上げた。


「いつか、やってたかもしれません」


 その笑みを目に収めた紅宮は、息を飲んだ。

 唐突にテンションを大幅に下げ、暗い声で続ける。


「人狼ゲームって……あれ、難しいんですよね。どの役職になろうと、ある程度の嘘は必要になる……特に人狼側では……」


「うんうん。バレちゃったらおしまいっていうのが緊張感与えて来ますよね。……好きなんですか?」


「いえ、経験はありません」


「なのに難しいって」


「印象ですよ。人がやるところを見たことは……あるので」


 物音一つ許さぬ静寂が訪れた。

 紅宮の発言を皮切りに、場が静まり返ったのだ。

 揺れと走行音だけが、二人を繋ぎ止めていた。


 しかし霊戯は、変わらず笑っていた。


「到着だ。二人とも降りろ」


 目的の張り込み場所にやって来た。

 車から降りると、紅宮は霊戯に近寄る。


「連絡先、くださいませんか?」


「えっ」


「親睦の証ですよ」


「…………いいですね」


 嬉しそうに笑うと、霊戯は小さなメモ用紙を取り出した。スラスラと携帯番号を書き、ちぎって差し出す。


「どうぞ」


「ありがとうございます。……これから、どうぞよろしく」


「こちらこそ」


 紅宮は体を後ろに向けて吐き捨てるように笑った。

第130話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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