第13話 炎幕
――バンッ、バンッ、バンッ!
透弥の叫び声が上がった直後、何かを強い力で叩くような音が三回聞こえた。敵に見つかって発砲されたのか!?
「泰斗さん、今の……」
咲喜さんが心苦しそうな目で憂慮の気持ちを俺に向けた。万が一、透弥が撃たれたなら敵は直ぐに中へ戻る……そうすると、この作戦事態が破綻してしまう。
何より、出会ったばかりとはいえ仲間が死ぬのは俺だって絶対に嫌だ。姉弟関係にある咲喜さんなら尚更だ。
「分からないけど……」
俺は濁した言葉をかけながら、視界に入る範囲のみでの状況を確認すべく後ろを向いた。
すると、こちらに近付いてくる人が……。
「上手くいったっぽいですよ!」
そう、透弥だ。
「透弥、無事だったのね!」
咲喜さんも嬉々としている。日光が当たる角度の関係で、彼女の目に一粒の涙が浮かんでいる事が分かった。
戦場で考えるには呑気過ぎるけど、所謂姉弟愛と言うものを強く感じた気がする。
「透弥……さっきの音は?」
「ああ、叫ぶだけじゃ物足りねぇと思ったから壁を叩いてやったんだよ。その方が奴等も危機感を覚えるだろ?」
最初の叫びで奴等が直ぐに駆けつければ相当危ないのに……わざわざそんな事までしてくれたのか。
「誰か居るのか!?」
透弥が元居た場所から、男の大声が聞こえてきた。透弥の陽動はかなり効果的だった事が窺える。これで時間を稼げれば、衝突すること無く二人を助けられるかもしれない。
「ありがとう、透弥!」
「勘違いすんなよ……俺はただ、羽馬にいを攫いやがったアイツらが憎くて、羽馬にいを取り戻したくてやっただけだからな!」
もう少し俺に好意的に接してほしいものだ。
せめて照れ隠しだったら良いが、表情の一つも変わっていない辺り本当にそう思っていなさそう。
そんなやり取りをしている内に、廃倉庫の裏側の出入り口に辿り着いた。正面の出入り口と比べて一回り小さく、人一人通れる程だ。
少し中を覗くと、すぐ傍に拘束されたエルミアと霊戯さんが居るだけで、見張りは居なかった。
「あっ! 羽馬兄さん!」
「んっ!」
口にも縄が着けられている。その所為でまともに喋れないのか。
「今取るぞ、二人共!」
透弥が飛びかかるように霊戯さんの縄から手を付けた。俺もエルミアの縄を解こうと、腰辺りの結び目を触った。
俺は縄の縛り方なんてよく知らないが、多分結構固い縛り方なんだろう。両腕を後ろで組まされ、胴ごと縛られている。
それだけでなく、両脚を膝のところで縛られているし、口も同じような状態だ。
二人を観察しても特に目立った外傷は無く、何か怪しい薬を投与されているわけでもなさそうだ。
……だが、
「これ全然ほどけねえぞ!」
透弥の言うように、縛り方が固過ぎてほどくことができない。そもそも複雑でどこを引っ張れば良いか分からないし、適当なところを全力で引っ張ってみても縄が全く動かない。
「んっ! んっ!」
エルミアが口をモゴモゴさせながら両足を動く限りでバタバタさせている。何か言いたいのか?
「どうしたんだエルミア?」
俺が尋ねるのと同時に、エルミアの両手から微量の火がボオッと出てきた。
……そうか、完全にとはいかないけど、魔力が少し回復していたのか。だから、縄を炙って脆くさせ、ちぎろうって魂胆だな。
「はっ? えっ、火……?」
「ちょっ、エルミアさん何それ……!?」
非力な少女だと思っていた人の手から突如火が出てきたら、そりゃあそうなるよな。
二人ともその光景に愕然としている様子だ。
「ああえっと、これは……その……なんて言うんだろうな……えっと、魔法?」
「はあ!? 魔法!?」
わけが分からないだろうな。エルミアの魔法は伏せておくつもりだったんだが、もうこうなったら事実をそのまま伝えるしか無い……変に嘘ついても後々面倒だし。
というか、今も面倒か。
「とっ、とにかく魔法なんだよ! 今は詳しく説明してる暇無いんだ」
「んな事で落ち着けるか!」
透弥が俺に向かって怒鳴り散らした。俺だってそれは分かってるんだけど……。
「後でちゃんと説明するから!」
俺は透弥と咲喜さんにそう言いながら、黒く焦げて脆くなっている縄に手を掛けた。
「あっつ! ……いけど、これならいける!」
さっきと比べて大分マシだ。少し力を入れればちぎれる。
――ブチッ。
「よしっ、いけた! ……後は、これで!」
ここで魔力を使い果たしてしまっては、敵に襲われたときに戦えなくなってしまう。俺の力でできるか分からないが、剣を取り出して縄を斬ってみる事にした。
――サクッ。
ちょっと力が要るけど、思ったよりは簡単に斬れた。なんとなく爽快な音だ。
同様に脚、顔の順で縄を斬って見事、エルミアは行動の自由を取り戻した。
「はあ……ありがとう、 やっと動けるよ……」
縄を着けられた状態だと息苦しかったのか、まだ少し息が荒い。
そして次は霊戯さんだ。俺は霊戯さんの目の前に立ち、エルミアの時と同様に縄を斬ろうとした。
「っ……」
霊戯さんが耳で拾うのもやっとの小さい声を漏らした。目元も若干震えた気がしたけど……霊戯さんは意外と刃物とか怖いのか?
「待て、俺がやる」
「えっ? あっ、ああ」
透弥が剣に手を伸ばしてきたので、流れるままに手を離し、彼に任せた。大切な人は自分で助けたい……みたいなやつか?
――サッ、サッ、サッ。
剣の振り方か腕力の問題か分からないが、透弥は俺よりも軽々と縄を斬った。さっきも足が速かったし、身体能力は高いようだ。俺とタイマンしたら確実に俺が負けるだろうな。
「羽馬にい……大丈夫か?」
「ああ……助かったよ皆んな」
霊戯さんも息を整えながらゆっくりとその場で立ち上がった。これで二人とも身動き取れるようになったわけだし、後は見つからないように脱出するのみだ。
「こっちにもいなかったぞ!」
――!
屋外からの声だ。誰の声なのかは言わずもがな、例の茶色い装束の男。
「僕達の動きがバレるのも時間の問題らしい」
「そっ、そんな……! どうにかバレずにここから出られないの、羽馬兄さん?」
霊戯さんの言うとおり、外に誰もいないと分かったならここに戻ってくるか中を調べるだろう。両方の出入り口から入ってくるつもりなのだとしたら、俺達は尚更危うい状況にある。
「……そうだね、もし敵に僕達の動きがバレたなら、一方向から無策に攻め入るなんてことはしない。少なくとも……両側に戦力を分散して挟み撃ちにするだろうね。それなら、文字通り袋の鼠だ」
霊戯さんは、薄らとした笑みを浮かべながらも淡々と意見を口にした。霊戯さんの言った事を要約すると、俺達が中にいることがバレたら一巻の終わりという事だ。
「えっ、じゃあ……どうするの?」
エルミアが不安げに言った。
「あ? そんなのさっさと逃げおおせるか戦うかぐらいしかね――
「きっと中だ! 敵は既に侵入している!」
勘付かれた……位置までバッチリ当てられているし……どうする。
「二手に分かれて挟み撃ちにするぞ!」
霊戯さんが予測していた通りの動きだ。そうなると、俺達が固まってどちらかの出入り口から出ようとすると必ず分かれた二グループの内一つと衝突することになる。
「っ! オイどうする羽馬にい! 交戦すんのか!?」
「それしかないかなあ、多分」
霊戯さんはそう言って、大きい方の出入り口に身体を向けた。
「ねえ君、さっきの火出すやつってもう一回できる?」
霊戯さんは向こうを向いたまま、右手の人差し指を立ててエルミアに問うた。
「あ、はい……一人の顔面を焼くぐらいなら」
エルミアはそう答えた。それで一人倒せたとして、残り三人は魔法無しで戦わないといけないのか……。
というか、炎魔法が避けられたら敵は四人のままだし。
「お、おお……結構エグいこと言うんだね。……でも、それなら大丈夫。切り抜けられるよ」
自信ありげに言う霊戯さんだったが、一体どうするつもりなんだ? 俺には考えつかないような策があるんだろうか。
「君と咲喜は裏口で、僕と透弥とそっちの君はあそこで敵を迎え撃つ」
そう言って、霊戯さんは大きい出入り口を指差した。
「そんな……女二人じゃ無理がありますよ羽馬兄さん!」
「いやいやいや、できる」
霊戯さんは片手を俺達の前に出し、否定的な意見にストップをかけるようにした。
そして彼は、にやっと口元を緩めて
「こう言っているのにはちゃんとした理由があるんだよ。よく聞いて」
と言い、俺達に「あること」を伝えた。
*****
泰斗と霊戯と透弥、そしてエルミアと咲喜のグループに分かれて、それぞれ正面入口と裏口の外からは死角になる壁際で待機していた。
裏口では、エルミアがすぐに魔法を出せるよう左手を開き、右手を壁にくっつけている。そして咲喜はその後ろで来る戦闘に心を震わせている。
――ザッ。
エルミアと咲喜は確かにその音を認識していた。彼女らは敵が中へ入ろうとしているのだと察した。
エルミアは振り返って咲喜にコクっと首を上下させて攻撃開始の合図をする。
(大丈夫……霊戯さんが言っていたことを思い出して!)
『皆んなが入ってきた裏口は人一人通れるくらいの大きさだったでしょ? ということは、敵が二人入ってくるにしても一人ずつだ』
霊戯の言葉を信じ、エルミアは足を踏み切ってバッと敵の前に飛び出した。
その左手が燃え盛る。
『対象が一人だけなら、火の攻撃が分散してダメージが減ることはないし、場の狭さから避けるのも難しい。……だから、死角から飛び出せば確実に一人殺れる』
彼女の手に溜まった炎は相手の顔へ放たれ、灼熱が作る戦いの幕が上がった。
第13話を読んでいただき、ありがとうございました! 次回もお楽しみに!




