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異世界ヒロインが現世に召喚された話  作者: みたろう
第三章 エルーシャ姉妹編
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第123話 Lasting Love①

 頬に涙を残したままのエルトラは、鎖を消滅させて俺達の拘束を解いてくれた。きつく締められていたからまだお腹が苦しいが、解決したんだ。どうだっていい。


「お世話になったこいつも拾ってと」


 絡まったセロテープと一緒になって転がっている純魔石を拾った。テープに土が付着していて汚い。そういえば魔力の加減をあまり考えていなかったけど、エルトラの手の骨が折れてたりしないだろうか。


「エルトラ……エルミアも、早く手当てしてやらないと」


 特にエルミアは重傷だ。出血多量で死ねるその状態から回復させないといけない。


「私は、このくらい……それよりもエルミアよ。ごめんなさい……私のっ……所為で……」


 エルトラは罪の意識を瞳に浮かべ、倒れる寸前のエルミアを担いだ。焼けている所から離れ、俺達を拘束していた辺りにエルミアを寝かせる。


「エルトラ、六年も流浪してたんだろ? 回復魔法使えないのか?」


「その分野は全く……。ど、どうすれば……このままじゃ……!」


 俺とエルトラは横たわっているエルミアの隣に座り、探偵モノのドラマの終わり際の被害者の家族のように、心配と好意を向ける。

 エルミアの意識はある。エルトラとの戦いや対話で体力と気力を使い果たしてしまったが、それでも言葉を聞くくらいはできるようだ。


「慌てるな。今起きた」


 その冬立さんの声に、並外れた反応速度で振り向いた。


「…………ラメ!」


 そこには冬立さんと、それにラメが。

 ずっと気絶させられていたラメだ。彼女は回復魔法を習得している。短時間で完璧に、とはいかないが、エルミアの命を救える。


「起きたばかりで訳が分からないだろうが、お願いだ。エルミアとエルトラを治療してやれ」


 と命令されながらラメは小走りでやって来た。

 困惑度マックスの表情だ。それも当然。エルトラの過去を見てきたと思ったら、いつの間にか戦いが終わっていて、いつの間にか姉妹の仲が元に戻っている。後で詳しく説明してやらねば。


「あれ? 何で皆んな仲良さそうに……え? エルトラさんあんな可哀想にされて…………エルミアさん?」


 やっぱりこんがらがっている。


「色々思うことあるだろうけど後だ! とにかく頼む!」


「は……はい!」


 ラメはエルミアの身体に手をかざすと、緑の光を出しながら治療を始めた。その間に俺とエルトラは霊戯さんなどから借りた布で血を拭き取り、治っていない場所の止血をした。

 エルミアは出せないのか出さないようにしているのか声を発さず、エルトラと俺とラメを順番に見ていた。回復魔法をかけられているとはいえ痛みは感じる筈なのに、それはそれは安心した様子だった。これが異常に可愛く思えてしまうのは、俺も安心しているからか?


 そんなことを考えて十分。

 取り敢えずの手当ては完了した。


「……はぁ……はぁ……ラメちゃん……姉さん……泰斗君も、ありがとう」


 感謝されるのは気分が良い。特に、好きな人からのものは。姉さんも嬉しそうだ。

 しかし、ラメだけは苦い反応をした。


「エルミアさん! お姉さんにあんなことをしたんだから……感謝より先に、謝罪しないと!」


 至って真剣にラメは言う。

 一瞬どうしたんだと思ったが、ラメの認識は皆んなとズレていることに気付いた。エルミアとエルトラが仲直りしたの、知らないんだ。


「ちょっと落ち着け。お前が気失っている間に、二人は色々と話して、それで仲直りできたんだ。謝罪は勿論、互いを認め合って……」


「えっ? そうなんですか?」


 純粋が故にエルミアに怒り、純粋が故に一つの説明で考えを改める。悪いことじゃ決してない。

 だが、今のラメの台詞から、許し合ったとはいえ客観的に見て悪い行いをしたという自責の念がエルミアの中でまた起き上がってしまっただろう。


「エルミア……もう気にしなくていいのよ」


「……うん」


 エルミアは小さく頷いた後、ぶんぶんと首を振った。


「うん! 姉さん! ラメちゃん。姉さんのこともお願い」


「了解です!」


 ラメは片手で元気良く了解ポーズをすると、エルトラに手をかざした。


 その時、エルミアが突然立ち上がった。


「エルミア! まだ治ってないんだから、立っては危ないわ!」


「だ、大丈夫だよ少しくらい。姉さんの剣……取りに行こうと思って」


 そう言うと彼女は制止する暇も無く向こうへ歩いて行ってしまった。良い姉妹だなあ。


「……あの子の危なっかしさ、分かるでしょ?」


「そりゃもう」


 風に吹かれた店の前の旗のようによろよろと歩くエルミアを見ながら、俺は言った。今までも危なっかしいことばっかりだったな、思い返すと。


「……それにしても凄かったわね、さっきの魔力弾。狙いも正確だったし……」


 申し訳なさに心臓を刺された。


「ごめんなさい、それは。ゲームで鍛えてるんで」


「…………ゲーム?」


 何だこの親戚と会ったときのような雰囲気は。

 いやいや、親戚とか馬鹿なことを。エルミアとはそういう関係じゃないだろ。


「……まあいいや。あと、謝らないで。謝りたいのはこっちの方だから……皆んなにも」


 そう言うとエルトラは、まるで突然海底にワープしたかのように顔色を変え、立ち上がった。そして皆んなの方へ向き直る。一度咲喜さんと気まずそうに目を合わせると、深く頭を下げた。


「頭を下げて、それで解消されるようなことではないと思うけれど……ごめんなさい」


 それから焼け焦げた天原さんの亡骸へも頭を下げる。

 しかし、エルトラを責める者はいない。彼女は警察の定多良さんや緑山さん、そして天原さんを殺した。許せない所はある。でも不思議と恨む気は起きない。


「姉さん…………」


「エルミアっ……私、罪の無い人まで巻き込んで、命を奪ってしまって……」


 悲痛に染まったエルトラはまた抱きしめられた。

 エルミアは彼女の耳元で言う。


「許されることではないよ。だから……償うんだよ、これから」


 何かが肩に当たったなと思ったら、治療を終えたラメだった。子供がやるような、単純なボディタッチではない。どうしたんだと囁くことも憚られた。


 エルトラははっきりと肯定し、エルミアから離れた。

 その決意の姿勢のまま見下ろすのは、エルミアの手に握られた血塗れの剣。家に居た時はまだ汚れておらず周囲の物も映っていたのに、今はその光の一切が消えている。エルトラの表情も、ここからでは窺えない。


 これも「後悔」なのだろうか。

 彼女は全てが敵に見えていたし、預言者の洗脳を受けているから、悔いても仕方がないような気もするが。しかし、多くの殺人をしてきたのは事実だ。実際に見てきた。だから後悔が増えてしまったのも仕方がない。増やさぬ努力は必要だ。

 後悔を増やさないこと。エルミアの言った償いもそうだ。罪の意識、償い、他者への情。それによって後悔は訪れなくなるのだろう。


 俺も最近、後悔が殆ど増えていない。

 もっと早い時期にエルミアに寄り添ってあげていればと思うくらいだ。

 霊戯さんから教わったことだが、効果アリらしい。


「……なぁ、お前……」


 透弥は腕を組んでエルトラを睨んだ。


「洗脳、解けたんだな?」


 頭に電気が流れたようだった。

 どうした俺。そんなちょっと話せば分かるようなことに何故気付いていなかったんだ。

 神を打倒しようとしているという疑惑のあるエルミアや皆んなを攻撃しないのは、間違いなく、洗脳が解けているからじゃないか。


「……本当だ? ほんの数分前まで、あなた達のこと、憎くてしょうがなかったのに………………洗脳?」


 その単語を呟くと、エルトラは酷く動揺した。

 洗脳されていたという事実さえ、被害者であるエルトラは知らなかったのだ。まあ知ってたらそれは洗脳ではないだろうし。衝撃なわけだ。


「預言者に何かされたんだよ、姉さん。召喚された時……預言者に会ったんだよね? 心当たりは無い?」


 エルトラは額に手を添えて停止した。

 何秒かして、恐らく心当たりは無いのだろうというマイナスな様子でエルミアを見た。


「ま、もし心当たりがあるなら……真実はとっくに知られてそうなものだしね。無理に思い出そうとしても手がかりは見つからないさ」


 霊戯さんは笑いながらフォローした。

 しかしエルトラはそのフォローに反応しない。首を下に傾けて、さっきよりも考え込んでいる。


「……もしかして…………いや、もしかしない!」


 バッと顔を上げると、どうしたのと尋ねる間も無く発言した。


「魔力よ!」


 一瞬、辺りが静まり返った。

 とんでもない発見をしたのだろう。でも魔力だけでは伝わらない。魔力が関係している……洗脳魔術か?


「姉さん……魔力って?」


「洗脳されている側……つまり私は、何らかの方法で気付けないほど僅かずつ魔力を吸い取られ、その吸い取った魔力が思考を操作していたのよ!」


 エルトラは興奮してエルミアの肩を揺すっている。

 揺すられている方は、完全にポカン状態だ。洗脳が解けた人から話を聞いたことがなかったから、突拍子もない意見に感じられてしまうのである。


「今まで教団と戦ってきたんでしょ? 魔力が尽きて人格が変わったような人……いなかったの?」


 そう尋ねられ、エルミアは少し考える動作をした後にハッと驚いた。


「鞭使いのシャーレに『樹王』のヴィラン……どちらも、魔力が無くなると途端に諦観するようになってた!」


 そこで俺も思い出す。

 鞭使いのシャーレは、死んだ相方を治すために回復魔法を繰り返し発動し、魔力を使い果たした。すると神なんてどうでもよくなった、と態度を一変させたんだ。

 ヴィランの方は直接見たわけではないが、エルミアとの戦いで魔力を失うと、シャーレと同様に神への関心を喪失したらしい。

 これは、もしや本当に魔力が関係しているのかもしれない。


「あ……私も! 私もウトゥトゥという男と戦ったんですが……彼もまた、魔力を無くすと全てを諦めていました」


 咲喜さんからの新たな例により、エルトラの仮説は濃いものとなった。

 百パーセント正しいとはまだ言い切れないが、洗脳対象者の魔力がキーであることは間違いないといえる。


 もう昼になるからか、目の前がちょっとだけ明るくなった気がした。


「でもさ……」


 と霊戯さんが口を開く。


「魔力って、使い果たしたとしても完全にゼロではないんでしょ? 少しだけ残っているって前話してた。ということは、エルトラの仮説で考えるならば、今でも……預言者はエルトラを操ることができるのかもしれない」


 場の緊張が伝わる。

 つまり、預言者がその気になればエルトラが暴走することも有り得るわけだ。今は落ち着いているが、ほんの僅かでも魔力が残存しているなら、それを吸い取られて利用される可能性はある。


「じ……じゃあ私……また、エルミアを……」


 生暖かくて気持ち悪い風が吹いた。


 直後、俺は目撃した。

 エルトラがビキビキと手首を動かしながら、剣に手を伸ばす瞬間を。


「エルミア! 剣から手を離せっ!」


 純魔石の弾丸、発射。

 咄嗟の指示でも、エルミアは受け取ってくれた。

 彼女ごと吹っ飛ばすことはなく、剣だけが向こうの地面に刺さった。


 しかし脅威は迫り来る。

 エルトラを吹っ飛ばした方がまだ良かったか。失敗した!


「姉さんっ!」


 餌を食うライオンのように飛びかかり、仰向けになったエルミアに至近距離で上から炎を浴びせようとする。


「こ……今度こそラメが!」


 滝のような水が現れ、横からエルトラに直撃した。

 次の瞬間には水はクリスタルに変わっていて、エルトラの腕は固定されていた。


「ぐっ……蒸発させられない!」


「それは水じゃないからな」


 俺とラメはエルトラに近付く。

 冷静に、冷静にだ。想定はできていた。

 それにエルトラを殺す必要は無い。元々、こうするつもりだったんだ。


「エルミア、封印だ。封印石……持ってるんだよな?」


「封印!? 折角あそこまで、戻れたのに……」


 悲しみの涙が目の脇を通って落ちる。

 計画というのは、実行してみるとそう上手くいかないものらしい。仲直りしてから封印するのは決定していた計画なのに、実際に仲直りしたら離れ離れになるのが嫌になる。

 エルミアの胸の痛みが伝わってくるよ。ついさっきまであんなに優しかった人が、猛獣のように殺意に駆られている。封印せざるを得ない状況になってしまっているんだ。


 ラメがクリスタルを消すと、エルトラは跳んで後退した。


「神の……ために、エルミア……!」


 エルミアの方も、体勢を整える。


「けど、どうしてだ!? 何でこんなタイミングで預言者は洗脳を強めたんだ!?」


「ユーラだよ、きっと。預言者に報告して……最終手段って感じかな」


 霊戯さんの回答、納得だ。

 そしてさっきの考察も正しいと証明された。


「姉さん…………」


「エルミア! 勘違いしないで……私が意識を乗っ取られてるのは……半分だけよ!」


 両手で頭を抱え、死にそうなくらいに荒く呼吸し、大量の汗を垂らしながら、エルトラは言う。

 炎も出さないでいる。魔力がほんのちょっとだからなのか、それとも別の理由があるのか、エルトラは完全に操られてはいないようだ。


「自分の意思があるんだね……! 頑張って、負けないで!」


「無理よ」


 希望に声を高くするエルミアを、再び打ちのめした。

 自分で否定している。


「今っ……は、ギリギリ意識を保てているけれど……魔力が復活してきたら、手に負えなくなってしまう……どれだけ頑張ろうと、絶対に!」


 既に手に負えない状態だ。

 この説明をするのも途切れ途切れで、崩れる崖の際という感じだ。


「そんな……」


「……だからお願い。私を封印して。……大丈夫よ。きっとまた……二人で笑い合えるから。……ね?」


 辛さに顔を歪めながらも、口と目だけは妹を思う気持ちで笑わせた。

 その姿に涙を流したエルミアは、彼女の目の前でしゃがみ込む。その手には、封印石。


「二度と会えないなんてことはない?」


「ないに決まってるじゃない。いつかは分からないけれど……きっと。あんまり寂しいようなら、石に向かってお話してくれたっていいのよ?」


「………………うん」


 封印石がエルトラの胸に触れた。

 すると石は輝き出し、二人の空間を白く染めた。


「姉さん……大好きだよ」


「私もよ、エルミア」


「また会う日まで、洗脳を解けるようになるまで……さようなら」


「…………さようなら」


 エルトラがキラキラしたいくつもの光の玉になって封印石に吸収される時、彼女は最後にどんな顔をしていたのか、眩い光の所為で見ることはできなかった。

 しかし、赤くなった封印石を胸に抱くエルミアの様子から、想像はできた。誰にだって可能な、簡単な想像だ。


 皆んな、黙っている。

 その悲しい光景に、口を出すことはできない。

 ただ見守るだけだった。


 でもエルミアは違った。

 エルミアだけは笑っていた。涙まみれで。

 赤い輝きと共に、笑顔で、立ち上がった。

第123話を読んでいただき、ありがとうございました!

あと1話(2話になる可能性も)で第三章は完結となります。次回もお楽しみに。

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