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異世界ヒロインが現世に召喚された話  作者: みたろう
第三章 エルーシャ姉妹編
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第120話 無秩序なるホムラ

 エルミアの目にまず入った光景は――人の体と小さな人形が、黒くなったそれが地面に倒れ、地面にも燃やされた跡が残っていた。

 誰の仕業かは考えずともわかる。その者は、エルミアのよく知る人物であり、死体から離れた場所に堂々と立っていた。

 こちらを睨んで、すぐ近くまで来るのを待っている。

 エルトラはエルミアを、確実に殺す気でいるのだ。


「天原さん……に、ユーラ……。また殺されてしまった……殺してしまったのね」


 心が痛んだ。

 自分の好きな、愛している姉のことだから。その人が無実の人間を殺めたという事実は、鋭い槍となる。

 しかも姉が殺人鬼と化してしまった原因はエルミア自身にあるのだ。震えずにはいられない。


 だが、エルーシャ家の証を胸に、エルミアは歩く。

 封印せねばならないその人を、倒すために。


 地を踏む音は次第に大きくなる。

 黒い所を越え、エルトラに近付くほど、暑さは増していく。

 エルミアは立ち止まり、おもむろに杖を取り出した。


「エルミア……遅かったじゃないの」


 対峙するエルトラは、同様に武器を構えてエルミアを挑発する。

 余裕の表情がそこにあった。いや、正確には、絶対に殺すという意思が出ているのだ。

 しかし彼女は、すぐに顔を変えた。怒りに染めた。エルミアへの恨みを、これでもかと放っている。


 彼女の憤怒の顔を、エルミアは知っていた。

 鮮明に思い出せる。彼女への想いが高まっている今だからこそ、他のどんなときよりも、過去の情景と現在の情景を重ねられる。

 かつて、幼かったエルミアを救ったエルトラは、また激しく怒っている。


「姉さんの怒った顔……久しぶりだよ。……でも、性質は真逆(・・)になっている……」


 死闘が間近に迫る中淡々と語るエルミア。対するエルトラは、ボルテージを上げていく。ある言葉に眉をピクリと動かしたのだ。


「『姉さん』……って呼んで、それで挽回できるとでも? 今更何を言ったって、既に決定しているの。あなたやエルーシャの人間は……死ななきゃならないって」


「…………死ななきゃ…………ならない……。私がどれだけ訴えても……?」


「当然。そもそも、あなたは神の敵でもあるしね。恨みを晴らすためにも、ここでたっぷりと殺す」


 紅蓮の瞳に見える殺意は、エルミアの方へ駆けた。

 エルミアは杖を握り、備える。

 ……が、エルトラは来ない。


「その前に! 捕らえたあなたの仲間を見せつけてあげるわ!」


 エルトラはその場で剣を大きく振る。

 剣の炎が木を微塵にし、その向こうを明らかにする。


「っ! 皆んな!」


 鎖で柱に縛られた仲間達がそこにいた。

 泰斗に、透弥に、咲喜に、霊戯に、ラメスティに、冬立。全員が自由を奪われている。


「エルミア! 来たんだな!」


 真っ先に声を上げたのは泰斗だった。

 彼はこちらに助けを求めるような視線を送りつつ、毅然とした態度をとっている。

 エルトラはそんな彼に苛立っていた。

 しかし泰斗はお構いなしに助言してくれる。


「ユーラが魔術を遺していったんだ! エルトラは毒の魔術で弱ってる! 効果が切れないうちに倒すんだ!」


「泰斗君……! 私に、助言してくれるの?」


 エルミアは思う。

 また、自分が嫌われたのではないかと。真夜中に勝手に家を飛び出すという、まるで見捨てるような行動に、エルトラから吹き込まれたであろう言葉の数々。実は泰斗もエルトラの味方していて、嘘をついているのではないかと。


(信じても……いいよね……)


 泰斗は信じろと心の中で叫んでいるのだろう。

 何故だか、そう確信できた。

 そして今注意しなければならないのは、どうであれ脅威の姉エルトラだ。


「わかった……よ。姉さん……容赦なんて、できないから」


 様々な不安を唾と共に飲み込んだ。


「神來魔術式、展開」


 火の魔法陣が足元に描かれた。

 エルーシャ王家の者のみが使うことのできる、火属性の三重術式魔術。その準備がこの魔法陣の展開だ。全身全霊で戦うことの証明でもある。

 魔法陣を展開すると、杖を構え直し、魔力を先端に注ぐ。


「先に仲間を殺してから、捕らえたエルミアを殺そうと思ってたんだけれど……何だか、そんなのどうでもよくなってきたわ」


 エルトラは紅一色の剣を突き出して言った。


「かかって来い、悪魔! 私に課せられた使命……ここで果たす!」


 まず動いたのはエルトラ。

 神速の脚がエルミアの背後を奪う。


「獄剣・黒煙」


 縦長の太陽のような剣が、振り下ろされる。

 即座の反応が光り、エルミアは横へ跳躍して回避した。


 獄剣の火炎は森を裂いて進んだ。木々を粉々にし、地を砕き、ただ力を持った炎が走った。その跡は幻獣が通ったようであり、真っ黒い新たな道だった。

 連続した轟音の嵐は耳を壊す。テロなどと周辺住民を騙すこともできない、常軌を逸したものである。


「一撃でこの威力……。六年前とは比べ物にならない程強くなっている!」


 元々エルトラは剣術に長けていたが、百戦錬磨のような、森林を割るような実力者ではなかった。剣術において一目置かれる存在ではあったものの、師匠に勝ててはいなかった。

 それがこの六年で、見違える程の成長をしている。当然、あのまま修行を続けても強くなるのは確実だが、野性的なのだ。他人から教わらず、独りで磨いた力を感じるのだ。


 エルミアは……それが嫌だった。

 突き放すような言動が彼女を傷つけ、脱獄に至らせたということが表れている。悪いのはこちら側であるだけに、見ていたくなかった。


「…………ごめん……なさい……」


 しかし覚悟はしていた。

 そんな姉と和解するためには、我慢が必要だと。

 攻防も同様に。


「フレイムクラスター!」


 三つの火球が合わさったオレンジ色の弾丸を、杖の先から放った。

 火よりも明るいエルトラの眼光が、フレイムクラスターを捉える。そしてエルトラは、その至近距離の攻撃でも動じずに剣を振るう。


 霧を払うように軽く、火球は真っ二つに斬られた。

 二つの火はエルトラの肩を掠めて飛び、後ろで地面と衝突して爆発した。


 エルトラはエルミアが次の行動を考える時間だけで、剣先を使う剣技を披露する。

 速い。少しの実戦経験しかないエルミアでは、対応し切れない。


「獄剣・火先」


 躱すことは不可能だと直感した。

 同時に気付くのは、この技は距離が近いときこそ真価を発揮し、高威力となるものだと。


「エルミアーッ! 避けろっ!」


 泰斗の叫びが葉を揺らす。

 どうにかしなければ即死なのは分かっている。

 助けようとしてくれることには感謝するべきだ。だが避けられない。


(胸をやられる!)


 スローモーションで剣が迫る。

 思考が加速する。どうすれば良いのか。

 打開の鍵は…………杖。それしかない。


 杖の尻は地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルを伝えた。

 火魔法によって入った亀裂でエルトラの下が砕ける。


「あなたも腕を上げたのね」


 エルミアを貫く予定だった「火先」の軌道がずれ、とげ状の火は彼女の腕の一部を刺して終わった。

 ちょっと火傷してしまったが、これくらいであれば今後に影響することはない。


 そしてさらに、地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルで追い打ちだ。砕かれて飛び上がってきた硬い土や岩の塊を蹴る。


 炎を帯びた大地の砲丸である。

 体勢が崩れているのと、食らったらしい毒によってエルトラは弱っている。経験値でも技量でも負けているエルミアだって、今なら勝てる。


 ――ドドドッ。


 エルトラは剣を持っていない方の腕で受けた。

 火魔法での操作と蹴りで勢いのついたものだ。骨の一つは折れていると判断してよい。

 だが、エルトラは倒れない。この程度では、復讐に燃える魔剣士を負かすことはできない。その体幹で今、耐えてみせた。


「……エルミア……やっぱりあなたじゃ、私に勝てない。馬鹿なあなたじゃ、ねえ!」


 エルトラが目を見開いたその瞬間、銃弾のような一撃がエルミアの手を襲った。


「……!? ううっ! これはっ」


 思わず杖を離してしまった。

 カランと音を立て、その杖は落ちる。


 予想もしていなかった方向だ。

 正面でも、エルトラの手の届く場所からでもない。

 もっと遠くから……狩人でも雇ったのかと疑いたくなる。遠距離の魔法だ。


「さっき『獄剣・火先』で作った窪みよ。あなたが地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルを発動させた時、私も同時に発動させて……あそこに溜めておいたの」


 エルトラの視線の先には、確かに地面を砕くことで出来た窪みがある。方向も位置も間違いない。

 上だった。知略という点でも、エルトラは上にいた。


「……そんな……ことが……」


 手から血が吹き出ている。

 不幸中の幸いか、風穴は空いていない。回復魔法で治療可能な傷だ。回復魔法をかける前に死ななければの話だが。


 絶望的である。

 きっと泰斗達も、エルミアに勝ち目は無いと思ったことだろう。

 全てがマイナスと受け取られる自分に嫌悪を向けるエルミア。この状況で、またそれだった。

 過去の自分がやったことが紐のように現在の自分と結ばれ、因果応報となる。全ては私の所為なのだと、エルミアは自己嫌悪に陥った。


 正に地獄。火に囲まれて力尽きる現在だ。

 痛みと辛みで脆くなっている隙を狙われて、命を失うのだ。そういう運命とまで考えてしまう。

 打開などできない。特大の隙を見せてしまったら、死ぬしか行き先はない。

 対話とか救うとか言ってたのが馬鹿みたいだ。その第一歩すらも、踏み出せていないといえよう。


(私は…………もう、駄目なんだ……)


 心音がうるさく鳴り響く。

 マグマのゴポゴポという鳴き声もまた、脳を刺激するようだ。

 地獄の番人が如く、エルトラは立つ。すぐ目の前に、復讐鬼の(つら)で。


 そこでエルミアは、ハッとなった。


(……いや……私が見ている光景は……)


 地獄のような所で生を捨てることになると。

 恐ろしい悪魔のような奴が見下ろしていると。

 誰かの心の声だ。それも、六年前の。


 六年前、見下ろした人だ。

 地獄の体験をさせてしまった人だ。


(姉さんも、こんな思いを……これよりもっと酷い……)


 姉さんと一緒じゃないかと。

 エルミアは気付いた。


(私はこれから、姉さんを救う。地獄からの脱出は、明るい未来を呼ぶ。……なら、私も……脱出しなければいけない)


 その時、決意は表れた。


地獄に立つ憤怒の柱ヘルファイア・ピラーズ!」


 石の柱が出現し、エルミアから無数の炎が出てきて柱を登っていく。完成した地獄の柱は、エルトラにも驚きの表情を浮かばせる程立派である。


 地獄は反撃の矢となる。


「なっ! 何よこの混合魔法は……! ストーンタワーと地獄を這い回る大蛇クローリング・イン・ヘルなの!?」


 見知らぬ魔法に圧倒され、エルミアへのトドメを止めてしまったエルトラは、一瞬にして不利な状況まで転がった。


 対ヴィラン戦でしか使用した経験が無く、エルミア自身も扱いに慣れていない技。それは強力であり、消費魔力量も多い。切り札の一つだ。


「……やっと……本性出したってことでいいのね? エルミア。私を殺すつもりなの……よく伝わったわ」


 エルトラは再び剣を構える。

 次なる攻撃に備えている。

 態度は変わらず。これでもまだまだ、エルトラには通用しないのかもしれない。


 しかし、関係無い。

 通用しないのなら、また新たな方法を探る。

 ただそれだけ。エルミアはエルトラより知略に優れてはいないようだが、エルミアなりの戦い方はある。


 そしてエルミアは首を振った。

 エルトラの言ったことは間違いだ。


 エルトラを殺すつもりではない。

 その逆だ。


 かつてエルミアを救ったエルトラは、殺す側……否、救われる側に回った。

 エルミアは今や、救う側。エルトラを救い出すのだ。


「違うよ、姉さん。私は……姉さんを救う!」

投稿遅れて申し訳ないです!

そして、第120話を読んでいただき、ありがとうございました!

次回もお楽しみに!


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