第12話 救出作戦
「駄目だ、居ない……」
建物内のどこを探しても、エルミアと偽霊戯さんの姿は無かった。
おまけに霊戯さんの車も無くなっていて、恐らくエルミアはそれで攫われたのだろうと察した。
すぐに殺されてないだけまだマシ……とは思えない。早く助けないと、結果は同じだ。
「どうすんだお前! 敵のアジトの心当たりとかねぇのかよ!」
透弥が壁を殴打しながら俺を睨みつけた。敵のアジトか……。
霊戯さんが事件現場に入って行きそこで入れ替わったとするなら、事件現場の中が敵のアジトとだとも考えられる。
「心当たりなんて無いけど……事件現場とか?」
「他に予想つかねぇならそこに行くぞ!」
透弥は威勢良く言うが、ここからは車で二十分かかる。俺達が自由に乗れる車はここに無いし、歩いて行くにも無理がある……というか最悪の事態が発生するのなら間に合わないだろう。
「行くって、どうやって行くんだよ!」
「それなら、一つ案があります」
咲喜さんが手を挙げた。俺と透弥は掲げられた一点に目を向ける。
「隣の家の加藤さんに頼むのはどうですか? もしかしたら車を出してくれるかも」
加藤さん? ああ、そう言えば隣の家の標識に「加藤」って書いてあったような気がする。
しかしご近所付き合い的なものがあっても、流石にこんな危険なことに協力してもらうのは無理なんじゃないか?
「俺が聞いてくる!」
透弥は玄関先から隣の家まで走り出した。俺は透弥より少し後ろに居たから、肩が掠ってちょっと痛かった。
そんな痛みを感じている間に透弥は加藤さん宅に辿り着いていて、インターホンを三回連打した。加藤さん迷惑だろうな。
透弥がインターホンに向かって
「緊急事態で、ちょっと車で連れてってほしいんだよ!」
と、子供の悪戯のような言い方で頼み込んでいる。それよりも詳細な内容が必要だろ。
「どうしたの? 一体」
徐々に開くドアに付き添うように、中から声が出てきた。声の主は、淡い茶髪の若い容姿をした女性だった。
彼女が加藤さんか。
「ああもう本当に、説明してる時間も惜しいんだけど……! 羽馬にいがヤバい奴等に捕まってるんだよ! あと、もう一人女が」
透弥の左足は地面を幾度となく踏みつけていて、相当な焦りとイラつきが感じられる。彼の声も平常でなく、不安を抱えているのはすぐに分かる。
それは俺も同じことで、表には出していない……つもりだが、エルミアと本物の霊戯さんが今頃どうなっているかと思うと怖くて堪らない。
「えっ……霊戯さんが!? ……でも、そんなの危険過ぎるわよ」
と、加藤さんは透弥に対し否定的だった。
「お願いだよ! 本当に!」
透弥は右手で壁を強く叩き、更に強く懇願した。
その様子を眺めていた咲喜さんが、二人のそばに向かう。俺はなんとなく、咲喜さんに着いて行く。
「加藤さん……お願いします。こうやって願うことしかできないけど……覚悟してるんです」
咲喜さんも、結局それしか言いようが無いみたいだ。俺もそれに乗り、加藤さんに強い眼差しを向けた。
「……じゃあ、あんまり危ないことはしちゃ駄目よ?」
「それは、了承って事ですか?」
「はい、本当は嫌ですけど」
と、嫌々ながらも加藤さんは車を出す事を許可してくれた。車で向かえるなら、本当にあの事件現場が敵のアジトだとして、偽霊戯さんが到着するのと数分か十分程度の差しかない筈。
「ところで場所は?」
加藤さんが俺達に尋ねた。
「は? 俺は知らないぞ、姉ちゃん知らねぇのか?」
「わ、私も知らない……」
そして加藤さんも含めた三人が俺に注目し、俺の回答を求めた。
「俺は……多分、今スマホで調べれば分かると思います」
元々、ニュースを見つけてここまで来たんだ。もう一度調べれば、場所を把握できる。
「分かった。じゃあ……あ、えっと」
加藤さんの言葉がつっかえている。そういえば名前教えてなかったな……。
「朱海泰斗です」
「泰斗君ね、覚えたわ。私は加藤輪夏よ。取り敢えず助手席に乗って」
加藤さんは玄関近くに停まっている銀色の軽自動車の左側のドアを開け、「さあ乗って」と言う風に手で煽った。
全員が乗り込んだ事を確認すると、加藤さんは即座にエンジンをかけて車を出した。
車内には緊張が張り詰め、全員がその空気感を静かに噛み締めていた。車を運転している加藤さん以外の三人は微動だにしない。
『三百メートル先、右折して下さい』
検索した住所をカーナビに入力したため、最短距離が表示され、それに沿って進めている。
これなら偽霊戯さんの車に追いつける可能性もあるし、カーナビ万歳って感じだ。
「……なあ」
透弥が突然話しかけてきた。俺はそれに対応して斜め後ろに首を回した。
「今向かってる場所に、本当に二人が捕まってるとして、どうやって取り返すんだ?」
……確かに、奴等はほぼ確実に昨日みたいな銃だったり、あるいは他の強力な装備を持っているだろう。エルミアの魔力も大して回復していないしと思うし……まあ、良くても一人殺せるくらいか。
俺の持っているアレも役に立つか分からないが、一応二人には説明しておいた方が後々面倒なことにはならないよな。
家を出た時からずっと背負っていたリュックサックを左腕から順に抜いて肩から降ろした。
そしてファスナーを開け、剣の柄を右手で握って中からゆっくり取り出した。車の天井が低いため上に掲げるようなことはできなかったのだが、これ見よがしに左手を剣の先端にスっと添えた。
「わっ……」
「うお、何だよそれ!」
透弥の大きな声に、俺の隣でハンドルを回していた加藤さんも反応し、俺にちらっと目を向けた。
「えっ、ちょっと……剣!? 危ないでしょ!」
ああ、まあこんなリアクションされて当然だな、これは……。そもそも日本にこのタイプの剣ってあまり無さそうだし。
刃物なんて出したままだと落ち着かないので、俺はすぐにリュックサックの中へ剣を戻した。
「ごめんなさい、でもこれを使ったりなんて危ないことは絶対にしないですから。ただ持ってるだけですよ」
こう言っておけば加藤さんに変な心配をかけることも無いだろう。だが、実際はこの剣を使わないなんて事は考えていない。
あの茶色い装束の奴等が束になっているのなら、殺しでもしないと霊戯さんとエルミアを取り返す事はできない。
俺は加藤さんに気付かれない程度に、透弥と咲喜さんとアイコンタクトをとった。俺の意思は二人に伝わった……と、思う。
「着いたら警察を呼ぶわ。変なことしちゃ駄目よ?」
加藤さんは念入りに俺達を危険な目に合わせないようにしている。
だが、警察を呼ぶのは良い案だ。流石に警察が到着するまで待て、とはいかないが今回は現場から離れるわけでもないから前回のように証拠が無くて信用できませんってこともないだろう。
*****
「あ……」
例のカフェが右に見えた。今になって思い返すと、偽霊戯さんが態々ここの駐車場まで車を持ってきていたのはできるだけ現場に近付かせたくなかったからなのかもしれない。
その考え方でいくと、やっぱりあのテープの先に捕らえられている線が濃くなるな。
「ここで降りましょう、あんまり近い場所に停めるのは危険ですし」
後部座席から咲喜さんが言った。
「そうね、そうしましょう」
加藤さんも咲喜さんの提案に賛成し、右折してカフェの駐車場に車を停めて俺達は車を降りた。
「じゃあ、警察に連絡してみるからちょっと待っててね」
加藤さんはバッグからスマホを取り出し、ピッピッと番号を入力し始めた。
だけど、警察なんて到着するまでどれ程の時間がかかるか分からない。その間に殺されでもしたらどうするんだ。
……だから、待ってられない。
加藤さんが電話に集中して俺達から目を逸らしている今がチャンス!
透弥と咲喜さんも俺が言わんとすることは理解しているようで、俺が静かにコクっと頷くと二人も同様にコクっと頷いた。
そっと片足を後ろに下げ、俺がもう片方の足と一緒に身体を反対方向に向けたのを合図に、三人はその場を抜け出すために走り出した。
流石に足音で察知されると思ったが、電話の向こうの音か加藤さん自身の声で掻き消され、すぐに俺達が消えたことに気付くことはなかった。
「オイ、あそこで合ってるんだな!?」
透弥が指で差した先には、確かに立ち入り禁止のテープが張られている。間違いない。
「ああ、合ってる」
全速力で走っている所為で、口を動かすと舌を噛んでしまいそうだ。
そして俺達はテープの下を潜り抜け、何事も無く潜入は完了した。
ここに居た筈の警官は居なくなっており、予想通りあの警官も偽物だったことが分かった。
仮に本物なら、夕方に近い今現場を離れることはしないと思うし。
「中に入れましたが……どこに行けばいいんだろう?」
咲喜さんが疑問を訴えた。彼女がそんな疑問を抱くのは当然で、テープの内側には建物が幾つもあってどこに敵が居るか分からない。
なんなら今の俺達自体が誘い込まれている可能性だってあるんだ。
「あれはどうだ? それっぽいぞ」
透弥の言う「あれ」は、刑事ドラマによく登場するような、如何にもな廃倉庫だ。確かに雰囲気で言えばあの廃倉庫が一番有り得そうだ。
「……行ってみるか?」
「静かに行きましょう」
息を殺し、足音が立たないようゆっくりと廃倉庫へと進んだ。正面の出入り口は無防備にも開いた状態で、ちらっと中を覗いてみた。
――!!
俺の目に映ったのは、奥の方で柱に縄で縛り付けられたエルミアと霊戯さんの姿……そして、警官の姿をした三人の男と霊戯さんと何ら変わりのない容姿の男が一人だ。
「どうだ? 何かあるか?」
透弥が覗き見する俺の後ろから囁くように聞いた。ああ、あったぞ。
「エルミアと霊戯さんが捕まってる」
二人とも俺の報告を聞くなり目をかっと見開いて、俺と同様に中を覗き見た。
「……どうするんです? 正面突破は無理そうですよ」
咲喜さんの言うとおりだ。銃を出されたら勝ち目が無い。
なら、だ。
「奥にも出入り口があります。こっちに敵を惹きつけて、その隙に向こうから助ければ……」
思い付きの作戦だが、意外と良いんじゃないか?
「……俺がやる」
――えっ。
「お前と姉ちゃんは向こうに走れ。俺が叫ぶ」
「そ……そんなこと、透弥が……!」
咲喜さんが止めにかかるが、透弥の覚悟は決まっているようだ。
*****
俺と咲喜さんは建物の外周に沿って走り出した。透弥は留まったまま。
そして透弥は、猛獣を思わせるような叫び声を上げた。
「うおおおおおぉぉぉぉ!!」
第12話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




