第119話 最期まで、共に
失った気を取り戻したのは、森の中だった。
俺はこの景色を覚えている。エルトラと出会った場所にいる。おびき寄せたとき、エルミアが知っている場所でないといけなかったからだろう。
手足が拘束されており、身動きが取れない。
だが口は動かせるし、特殊な魔法を掛けられた様子もない。掛けられたのは、確か……メモリアって魔術だったか。
長い夢を見ていたような気分だ。
実際は一時間か二時間ってところだろうが……情報量はとても脳に収まらない。
夢と違うのは、端から端まで鮮明に思い出せるということ。現実の記憶と同じだ。自分の記憶じゃないけど。
「これが……エルトラの、行動原理か……。六年前、家族に見限られた復讐のために……」
俺は困惑していた。
何故なら、彼女の記憶の中のエルミアが、自分の抱く印象とかけ離れていたからだ。お姉ちゃん大好きだったのは良かったのに、それ以降は……何だあれは。
エルトラはあれがエルミアの本性であると俺達に伝えようとしているのか。記憶を流して、それこそ洗脳するように。誰よりもエルミアを愛していた自分が意見を百八十度変えたのだから、奴等もそうなるだろうと見込んで。
できるなら、胸に手を当ててみたい。
どれだけ心臓がドクドクしてるか知りたいんだ。
俺はどっちなんだ。エルミアを嫌いになったわけはないよな? エルトラの思い通りになるわけは……。
「泰斗君も起きたのか」
そう言うのは霊戯さん。
俺と同様、拘束されている。
「霊戯さん……も、見ましたよね? エルトラの過去を」
「勿論見た……というか、見せられたね」
複雑な表情だ。
彼もまた、困惑しているのか。
「両サイド確認して。僕だけじゃない……皆んな魔術で記憶を流されたんだ」
彼の言葉を受け、交通マナーを習ったばかりの子供のように左右を見ると、透弥に咲喜さんにラメに冬立さんに、そして天原さん。気絶させられた人は全員捕まっている。ただ、ラメだけはまだ眠っている。
「ラメ……!」
「いや……恐らく、魔法が使えるのを警戒され、強めに打たれたのだろう。ドロケイでズルしてドロ全員復活させる男子のようなことをされ兼ねないからな」
冬立さんの冷静な考察に納得し、俺は取り敢えずの安心を得た。
しかし警戒しているという割には、警戒しているように見えない。拘束はされているものの、努力すれば外せそうだ。口の縛りが無いから協力も簡単だし。エルトラは居ないし。
「どうします……霊戯さん。脱出しますか?」
「できるの?」
「……分かりませんが、一人くらいなら……」
「様子見だ。どこかに隠れているのかもしれない」
鎖を破壊したところを攻撃されたら、折角の努力が台無しになっしまうからな。
エルトラは、エルミアが来るまでは俺達を殺さない。
それまで待機だ。できることを考えるだけだ。
「なあ……エルトラの記憶ってのは……本当に真実なんだろうな?」
珍しく落ち着いた態度で、透弥が疑問符を浮かべる。
「……どういう意味だ? それ」
「実際の出来事を見せてるようで……実は作り話だって可能性だよ……有り得なくはないだろ?」
エルミアへの嫌悪を募らせるために、偽りの記憶を真実のように脳内に流したってわけか。確かに、その可能性も無くはない。
だが、それは否定できる。
「透弥……もうちょっと賢くなった方がいいぞ」
「は!? なんだとっ!」
「あれが作り話だったとして……じゃあエルミアが嫌われるように俺達を操作する理由は何だ? そんなに彼女を陥れたいなら、その理由が入った記憶を使えばいい筈だ」
透弥だからとキツい言い方をしたが、透弥はエルミアに対して仲間意識とか、好きである気持ちを抱いているからよく考えずに発言できたんだ。
六年間の過去を見た後でも、エルミアの方を選んだからそう言える。
それは俺にとっても嬉しいことではある。俺はエルミアのことが好きだから。
だが、エルトラが正しいのかもしれない。エルミアはお前と仲直りしたがってたぞって彼女を説得しようとしても、それは猫を被っているだけだと反論されて終わりだ。その反論が正しいのかもしれないんだ。
エルミアを嫌いになりそうなわけじゃない。好きだからこそ、実際のところどうなのか、見極めたいんだ。
しかし、エルトラへの同情心が芽生えてきて……封印するという選択肢があって良かったと心から思う。
仲間を惨殺されたりもしたが、彼女の全てを責めることはできない。
「イヒヒ……皆んな目覚めたんだね」
嘲笑が耳を殴った。
この不気味な笑い声を放つ奴は、知っている中では一人……いや、一体しかいない。
「その声は……っユーラ!」
さっきまで俺に向いていた透弥の心の槍も、ソイツに向き直った。
「そういえば……天原さんは倒れる時、人形をがっしりと抱えていた。ラメみたく強く打たれていないのは……異世界人だと気付かれてないか、教団員だって知られてるかのどっちかだけど……」
「君バレないように、喋らないようにしてたよね。あからさまに。ってことは、この状況を見越してたわけだ」
注目されて俺と霊戯さんの推理攻撃を食らったユーラは、首をカタカタ動かして笑った。
「イヒヒッ、ご名答。……あ、ちなみに、ここで皆んな殺すつもりないからね?」
銀行の前で僕は詐欺師じゃありませんって言うくらい胡散臭い発言だ。
また、仮に殺さないとしても、エルトラを何とかしないなら殺すようなものだ。
「嘘つくんじゃねぇ! ここで殺さないで何の利益があるってんだお前に!」
捕まっているという事実に腹が立ってきたのか、透弥の口調が時を重ねるごとに強くなっていく。
「だってさぁ~。君たちを殺すか殺されるのを眺めるかしたら、僕一人でエルトラ倒せないもの。それに、アイツに任せるとしたらぁ~戦闘能力の高いエルトラを始末しときたいんでね」
「アイツ?」
って誰のことだ。仲間か?
「あの! 私にはさっぱり……この鎖も……私達、その……殺されてしまうんですか? あの怖い人に……」
先の出来事に恐怖を覚えて頬を震わせているのは天原さん。教団とも異世界とも関係が無かった筈の女性だ。
ユーラが操る人形を探す中で、偶然にも選ばれてしまった人形の持ち主。ただの一般人で、罪一つ無い人だ。
「殺されないよ……イヒヒ。それも、僕のお陰でだ」
「えっ? あなた……の?」
「そう、僕の」
直後、二人の胴体を一緒に縛っている鎖の中心に、紫色の球が発生した。ユーラの闇魔法が鎖を破壊し、人形と天原さんを拘束から解放したのだ。
「ユーラ! 君まさか天原さんだけ逃がす気!?」
「そうだよ、その通りさ! 君らいっつも僕のイロイロを当ててくるね……」
ユーラのやつ、天原さんだけは逃がして、俺達の拘束は解いてくれないつもりでいるのか!
エルトラを始末するとか言っておいて、少しの戦力も足さない気だ。どこまでも信用できない。
「そ、そんな…………皆さんも、助けないと!」
天原さんはユーラの行動に戸惑いを隠せずにいながらも、振り返って助けようとしてくれる。
が、ぴょんと跳躍からのぐいっと彼女の手を引っ張ったユーラによって、拘束の柱から離れてしまった。
「ま……待って!」
「天原遼子……僕はね、おんなじく人形を愛する人だけは、教団に無関係で『十二人の戦士』の疑いも無い人だけは普通に暮らしてほしいと思うんだ。ネ?」
そう言うとユーラは地面に向かって闇魔法を打ち、砂煙を起こした。
そこから先は分からず、もどかしいまま時間が過ぎていった。
*****
私は……人形に宿ったのは亡き彼の魂ではなく魔術師であると知った時、それは憤るべきことだと思った。
認識や思いを裏切られた、という理由ではない。「思いを裏切られる」ということを発生させる行いが、許せなかったのだ。
彼の作った人形でなくとも、きっと私は同じことを感じたのだろう。込められた思いの量に関係無く、どの人形も作り手の気持ちが入っているのは事実だ。それを踏みにじるような行為には、少なくとも……プラスの感情を抱くことはないだろう。
しかし、ユーラという魔術師にも、人形に対する愛情や信念はあるようだった。
悪事を働きながらも、私や彼への配慮はしていた。私には見当も付かない目標のために仕方なく人形を操っただけで、尊重の念は確かにあった。
ユーラと実際に対話し、実感を得た。ユーラは異世界から来た者で、その世界にも人形文化はあったそう。特徴からしてそれは、この世界の西洋のものに近い。
私は西洋で作られた人形作品に触れる機会があまりなかった。多くは彼の作品で。だからユーラの話を新鮮に感じ、同時に語る楽しさを知った。
製法から完成状態の細かな部分、それぞれの世界で有名な作品。ユーラは全てを知り尽くしていた。そして一つ一つを、非常に熱く説明するのだ。
それが嬉しかったから、ユーラを許すことができた。
金のために人形を作り続けた彼が、本気で愛するようになった結果のような。ユーラと語ったことを彼に話せば、笑ってくれるだろうと妄想した。
ユーラは……本物だ。
「ど……どこへ行くの?」
「エルトラを探す。……君は……」
ユーラは手を離して、地面に着地した。
そして振り向き、私に言葉をかける。
「安全な場所まで逃げるんだ。エルトラに見つからないうちに。……アンシンしてよ、僕がいれば死ぬことは無いだろうからさ」
私をじっと見るユーラ。
そんな彼を私は……膝をつき、ぎゅっと抱き締めた。
何故だろう。
何故私は、この魔術師を……抱き締めたのだろう。
分からない。霊戯さんらを信用するならば、ユーラは悪人なのに。
そして私は、一刻も早くこの場を去り、ユーラの言うように普通に生活しなければいけないのに。
私は……まるで留まることを宣言するように、彼を両腕で包んでしまった。
「この気持ちは……。そう、ここに宿る魂が成仏しないのなら、引き止めることが叶うのなら……私は、それが希望だと……心のどこかで思っている」
彼の魂を成仏させてあげたかった。
でも生きているユーラは、自分の下に居させたいと。
それが新たな希望。
「天原遼子! ……君の……所為だぞ……君自身の!」
「……?」
妙に怒った様子だ。
立腹の原因は……私。彼の意思に反する行動をしたから。しかしそれどころではないような、人形なのに汗が垂れて見えるこれは……?
「……!」
気付いたのは、影。
私とユーラに覆い被さるような影。
上に、前に、あの人が。
「まさか……人形魔術師だったとはね。エルミアの手先? それとも教団の? ……どっちでもいいけれどね」
ユーラを抱えたまま、ゆっくりと首を上へ動かす。
足に……胴に……腕に……顔に。
エルトラの姿が、すぐ目の前にあった。
「……!」
……あれ?
声が出ない。恐怖から?
出したくても、出せない。
それに……景色が、止まらない?
エルトラの顔のところで首は止めた筈なのに。
どんどん上に、空に、逆さの木に。
そして…………私の身体…………?
「……?」
視界は赤色に染まっていく。
熱と痛みが走る。
そして最後、ユーラを見た。
「よくもっ……! 僕は彼女を、立派なヤツだと真に思っていたんだぞっ!」
「知らないわよ……そんなこと」
「……イ……ヒヒッ、イヒヒッヒヒヒ…………」
「なにがおかし……」
「麻痺する毒の魔術! 僕の操るこの人形が壊れても……暫くは効果が持続する!」
「くっ……」
そんな会話が脳に流れた。
痛みばかりの脳に。私の死にゆく脳に。
そして私の身体と人形が炎上した時。
焦げた。
第119話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




