第112話 姉同士
エルトラは勝ち誇ったポーズで拍手した。
「大当たりよ、大当たり」
グググとパジャマを脱ぎ捨てると、その下から豪華で威厳のある服が現れた。よく見ると、胸のところに何かを毟り取った跡がある。エルミアはちょうどあそこにバッジをつけているが、同じ物の跡だろうか。
「よくそこまで推理したものね……まあ、バレることは大きな問題じゃないわ。判断材料は集まったしね」
圧のある笑顔を保っているエルトラは、棚を開けて剣を取り出した。隠していたようだ。
俺は慎重に動く。エルトラの腕は本物だ。言動は慎重でないと、死ぬ。
目で追うだけだ。いち早く皆んなにこのことを伝えたいが、走り出すのが得策とはいえない。それに、俺達の声は聞こえている。
「エルミアを……どこへやった!」
「さぁね」
とぼけた態度に、俺の眉が歪んだ。
勝手に上がり込んで正体を隠していた奴が、全く知らないわけがないだろう。
語勢を強め、重ねて問う。
「とぼけるなよ……もう一度聞く! エルミアをどこへやった!」
「だから知らないわよ……逃げたか、単独で私を殺しに行ったんじゃない? 私はアイツが居なくなったのを見て、潜入したのよ」
エルトラの調子に変化は無い。
問い詰められたとき、真実を秘める言い方ではない。
本当なのか。エルミアが夜、誰にも気付かれないうちに、出ていったなんて。
有り得ない話ではない。あの状態なら。
「……ところで、どうするの? 戦うのかしら? 私が剣を一振りするだけで建物が全焼する、絶体絶命の状況だけれど」
エルトラが一歩前に出て、俺は一歩後ろに下がる。
その繰り返しで、戦場は徐々に移っていく。やがてリビングに到達するんだ。
その後、どうする? エルトラの言う通り、俺達は圧倒的に不利だ。まともに戦えるのはラメだけ。ユーラも手を貸してくれるかどうか怪しい。
何で家出しちゃったんだよエルミア! ラメの時で学ばなかったか、他の皆んながどれだけ苦しむかを!
エルミアに文句を言うのはまた今度だ。彼女が落ち着いて、この件が解決してからでいい。
考えろ、エルトラに勝つ方法を。封印の魔水晶無しで彼女を殺さずに倒す方法を!
「おい泰斗! お前部屋に行くとか言って何で風呂の方に…………って、お前は!」
振り向くと、そこには激怒の表情で指をさす透弥がいた。二番目に事態に気付くのが透弥かよ。
「あら、あなたも来たの」
エルトラは尚も動じない。
対する透弥は焦りに焦っている。
焦るのが最も悪い。できるだけ焦らずに、だ。
「透弥……すぐに皆んなに伝えろ。どうやらすぐには襲ってこないみたいだからな」
「あ……ああ!」
大声を出さずにやれという考えは伝わった。
透弥はリビングに顔を出し、全員にエルトラの侵入を簡潔に伝えた。そして冷静になってもらう。廊下に出てくるのは冷静な行動ではない。
俺も冷静になれている。息は荒いが。
エルミアが死んでいないということが何よりも精神を安定させてくれている。誰よりも強いエルミアがいるなら、希望はある。
「エルトラ! いつの間に……ここに!」
リビングが戦場になると、霊戯さんが言った。
彼と一緒にエルトラと交戦したラメは、ビクビクと震えながらも冬立さんの前に出る。
人形を抱える天原さんを守るのは、咲喜さんだ。
「おはよう、エルミアの手下ども」
水の弾丸が三発飛んだ。
「そんなこともできるのね」
エルトラから笑顔が消えると同時に、まだクリスタルに変えられていない水が空中で蒸発した。ラメお得意の攻撃が一瞬にして無になったのだ。
「そ……そんなっ……」
ラメは驚き、為す術が無いことに絶望した。
「火と熱、かなり精密に操作できるのよ。だからほら、水は蒸発したのに家具は燃えていない」
ラメにできる攻撃は水のみだ。その水が出した瞬間に消されてしまうのなら、ラメに戦闘はできない。
ユーラはどうだ。目の前にエルトラが立っているというのに、腕の一本も動かさないか。人形を通して魔法を使えるのは実証済みだ。戦える筈なんだ。しかも、ユーラの存在はエルトラに知られていない。
「皆んな黙っちゃって……何か喋ったらどうなの?」
余裕を見せて、殺意は見せない。
そんなエルトラの催促に最初に乗ったのは、俺だ。
「そっちこそ……早く剣を振ったらどうなんだ? 俺達を殺すために、ここに来たんだろ!」
「いいえ。さっき言ったじゃない……判断材料を集めるために潜入したの」
「何の判断だ!」
「……『あなた達がエルミアに洗脳されているのかどうか』……その判断のために」
当然のように放たれた一つの単語が、水に垂らした墨のように、俺達の間に広がった。
「洗脳」という単語は、ここ最近で飽きるほど聞いたし、考えた。相手している教団の団員が皆、洗脳されていることを知ったからだ。
それはエルトラも例外ではない。エルトラもまた、自覚無しに洗脳されている。そんな奴が、エルミアの洗脳とか言い出したんだ。聴覚を疑いたくなる。
「洗脳だと? 馬鹿なこと言いやがって……洗脳されてんのはお前の――
「エルミアちゃんが僕らを洗脳しているって、どうしてそう思ったのかな? 判断材料って?」
霊戯さんは歯を出して怒る透弥の言葉を遮り、判断材料について尋ねた。彼の方は、少し高圧的ではあるが平静を保っている。
「今のあなた達の言動こそ証拠よ。……洗脳を受けている者にどう説明しようと無駄だから、これ以上のことは話さない」
まともであり、まともじゃない奴だ。
唯一の正解が、彼女の口から飛び出した。
しかしエルミアに洗脳されているなんて、よくもそんなことが言えたもんだ。いくら仲が悪くても、姉妹は姉妹。立派な家族だ。悪いとは感じないのだろうか。
「そしてね……考えたの。洗脳しているエルミアが死ねば、あなた達は解放され……悪しき思想も消えて、教団に楯突くこともしなくなるんじゃないかって。それが一番楽だし……試してみる価値はあるわよね?」
「いいや、無い」
暑さによるものか緊張によるものか分からない汗を手で拭い、断言してやった。
エルトラは小さく反応し、俺を見つめる。
「そういえばあなた、エルミアの隣の男じゃない。ここに潜入した理由、実はもう一つあるの。手下を全員捕まえて、別で捕まえたエルミアの目の前で順番に殺していく……その計画のため」
ここで何故すぐに俺達を襲わないのかの理由が明かされた。
そもそも、殺すつもりではなかったからだ。一旦殺さずに捕まえるつもりだったから、悠長に会話している。
だが結局殺害するのには違いない。エルミアさえ死ねば、という話はどこに行ったんだ。
「エルミアちゃんだけを殺すんじゃなかったの? 残酷な計画を実行したいがために、それはやめた?」
「ええ、やめた」
エルトラは髪を掻き上げ、気持ちを切り替えた。
「じゃあ一人ずつ」
持っている剣を光らせ、熟練のハンターのような鋭い眼差しをまず、俺に向けた。
蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。何か一つでも貢献できないかと考える。
その時、咲喜さんが声を上げた。
「妹がそんなに不好きですか!」
狼のような息を吐くエルトラの口が、咲喜さんの方に向く。
「妹がそんなに憎らしいですか? 姉妹なんでしょう、家族なんでしょう!?」
「姉妹? 家族? 阿呆みたいに叫んで……。私ね、もうエルミアとは姉妹でも家族でもないの。関係を絶った赤の他人なら、憎悪を抱いたって問題は無い」
「関係を絶とうと、『関係があった事実』は決して消えません。あなたは確かにエルミアさんと姉妹であり、家族だった……なのにどうして、妹にそんな酷い仕打ちをしようと画策できるんですかっ!!」
「知ったような口を利いて……!」
二人のボルテージが、まるで噴火するときの活火山の中のマグマのように、飛躍的に上がるのが感じ取れた。
横にメーターがあるかのように、その怒りの感情の上がり具合がよく分かる。
ニュースで取り上げられてもおかしくない温度の変化が起こっている。
「ね、姉ちゃんそこら辺にしとけよ! どんだけキレようとコイツには聞こえねえ!」
「それでも私は……黙っておけないのよ、透弥」
恐らくそのやり取りを見たエルトラは、何故咲喜さんが知ったような口を利くのかを察しただろう。
「なるほど……その人の姉なのね。だから私に。でも、前提が違うわ。平和に生きてきたあなた達には到底分かり得ないのよ、私とエルミアの関係なんて」
怒りよりも呆れが、表面の態度を侵食している。
エルトラは怒りつつ、呆れている。
「過去に何があったか、そんな話はしていません。私が言いたいのはつまり、姉が下の子を傷付けてはいけないということ! 私は、姉や兄は、妹や弟に慕われなければならない存在だと思っています。それが実の妹であるエルミアさんをゴミのように扱っているのが……許せない!」
今まで見たことのない、咲喜さんが本気で憤り、責めている姿だ。
透弥を叱るときもこんな顔はしない。それはきっと、どれだけ叱っても、弟の気持ちを踏みにじりたくはないと心に留めていたからだろう。
そして咲喜さんと透弥の兄ともいえる霊戯さんは、複雑な表情で彼女とエルトラの言い合いを見ている。
「私だってね、エルミアにゴミのように扱われたのよ。だから過去は重要。その過去があったから、私はエルミアに復讐する! 妹であったことは認めるけれど、姉の意義を説かれる筋合いはない!」
「ゴミのように扱われた……? そんなの、あなたの勝手な勘違いですよ。エルミアさんはあなたとの仲を元に戻したいと願っている……過去のことで叩かれて、苦しんでいる……そして、あなたを家族じゃないなんて思ってはいない……姉なら、それを知りなさい!!」
咲喜さんは長時間地獄にでも居たかのように、息を荒らげて思いをぶつけた。最後の思いが外に出た後、何秒間かの静寂が訪れた。
「…………はぁ……ようやく理解した」
エルトラが疲れた様子で上を見上げて言ったものだから、俺は改心したのかと思った。
だが、それは間違いだった。
「……いや、理解はしていたのよ、最初から。……喋れなくすれば、無駄な議論はしなくていいって」
静寂の崩壊を超える速さで、エルトラは動いた。
次に視認できたときには既に、咲喜さんの真後ろで剣の柄を彼女の首に添えていた。
咲喜さんが打たれた音は無に等しかった。
死んでいないと分かっていても、そこにある恐怖の程度は人間が感じられる限界ギリギリだ。
「っ! 姉ち――
間もなく透弥も倒された。
今エルトラに一番近い位置にいるのは、俺だ。
「咲喜! 透弥!」
霊戯さんが走り出す。俺が動くより先に、走り出したんだ。俺が動くより先に。
ということは、エルトラに一番近い人物が、霊戯さんになったということだ。
走り出して振り返ると、枯れた稲の葉のように倒れている霊戯さんが確認できた。
「……霊戯……さ……」
何が起こっているのかすらあまり把握できていない天原さんは、人形を抱えたまま倒された。
ユーラは未だ手の一つも動かさない。確実に操作の魔術は発動しているのに、ただの人形のフリをしていやがる。
「泰斗!」
次々に倒されていく仲間を無視して部屋の方へ駆ける俺に、冬立さんは最後の呼び掛けを行った。
返事をしていては、俺のやりたいことが達成できなくなってしまう。申し訳ないが、時間稼ぎのために冬立さんとラメには犠牲になってもらうしかない。
俺は心の中で謝り、足を止めることはしなかった。
ラメが作った水の音が聞こえたが、一回聞こえただけで終わった。
俺は寝室に入り、やりたかったことを達成した。
「まさか逃げるとは予想してなかったわ。洗脳されているとはいえ、昨日のあなたはとても勇敢で賢かったから期待していたのに……まあ、楽に越したことはないけれどね」
これから俺は、首を打たれて倒れる。
そんなことを悟る前に倒されたら、どれだけ楽だっただろうか。
だが俺は、自分でも驚くほど冷静を保てている。倒された後の楽を選んだ自分を自賛しようじゃないか。
「あら、両手を上げて……降参と言いたいの? ……何だか凄く呆れた」
尋常じゃない苦しみが首に生じる。
視界が水で濡れた風呂のドアのようになり、倒れて横になる。
意識が消え行く最中に、エルトラの声が耳に入った。
「気を失っている間に、魔術メモリアで知るといいわ。あの腐れ女のエルミアが……どれだけクズなのかを……」
意識はそこで無くなった。
第112話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




