第104話 スピリチュアル・ドール②
人形が笑っている。
不可解、そして不愉快。
この上なく不気味な笑い声が、俺に向けられている。
「人形を操る……何だ!? 魔術か、秘術か!? こっち来るなよ……」
小物のように弱々しい声で語りかけ、ポケットに仕込んでおいた純魔石を取り出す。
純魔石には魔力が満ちている。純魔石の魔力を放って使うと、波動的な攻撃や物体の操作ができる。
物体操作の方は試しても上手く行かなかったけど、波動はヴィランとの戦いでも活躍した。その時は相手の体を吹っ飛ばすだけだったが、より高圧に、より速く放てば、銃にも勝る兵器となる。
「少しでも動いたら……この純魔石で風穴を空ける!」
親指と人差し指で純魔石を持ち、人形に向ける。
天原さんが大切にしている、彼氏の形見である人形を破壊するのは心苦しいが、死ぬわけにはいかない。
弁償なんてできない品だ。でも命の危機なら、壊してでも敵の動きを止めるしかない。
「イヒッ、ヒヒヒ……イヒヒ……」
人形は元よりポーカーフェイス。笑顔ではない。
それなのに、弄ぶような不気味な笑みが、そこにある気がする。
完全に笑われている。俺はすぐにでもコイツを殺せるというのに、コイツは笑っている。
レジギアは、教団機動隊の第四班がどこかにいる異世界人を探していると言っていた。この人形を操っている奴は機動隊員なのだろうか。
そう考えるべきだな。しかし、疑問がある。天原遼子は教団とは無関係だ。何故彼女の人形を操った?
「笑うことしか……できないのか? 喋れるなら喋ってみろ」
喋らない。
依然として笑ったまま。
何か目的があるんなら、俺に構ってないで遂行しろよって話だ。
夜のミッションだから毎夜動き出すんだろう。
「そんなに喋ってほしいぃ?」
喋った。確かに喋ったぞ。
「そんなに喋ってほしいぃ?」って言ったんだ?それも、男の子の声だ。
やっぱり口は開閉していなかったけど、喋ったのには違いない。
テレパシーの類かもしれない。脳内に直接語りかけられているのかもしれない。
どういうタイプなのかは問題じゃない。とにかく喋れるなら、尋問するだけ。
今は俺が優位に立っている……筈だ。
「最初っから喋れよな。お前、教団の者か?」
機動隊という言葉は使わない。
この言葉は、レジギアの口から聞いたもの。迂闊に使用しては、その繋がりがバレる。
レジギアは言わばスパイだ。スパイの存在は隠さなければならない。
「イヒヒッ」
「その気味の悪い笑い方はやめろっ!」
「話聞きたいならぁ……捕まえてゴランよ~……」
人形はくるりと後ろを向き、玄関に向かって走り出した。
ドタドタとうるさい足音だ。それに気味が悪い。煽り運転手みたいでムカつくし……!
「イヒヒッ、僕はキーを持ってるのさ!」
なんと、人形は鍵を隠し持っていた。
どうやって入手したんだか知らないが、鍵を開けて出ていってしまった。もしかして、最近の物音って、鍵や他の物を集めるときの音だったのか?
俺は慌てて追いかける。すると、階段から霊戯さんが現れた。
「泰斗君……僕も聞いたよ、さっきの音と今の声!」
霊戯さんも人形を追いかける気でいるらしい。
天原さん起きてるかな? 大切な人形が鬼ごっこしている姿を見られたら、色々と面倒なことになる。
そうだ、エルミアに伝えておこう。
「エルミア! 天原さん起きてるか!?」
「まだ起きてない!」
「どうやら人形は誰かが操ってるみたいなんだ! 追いかけるから、天原さんに気付かれないように見張っててくれ!」
エルミアは頷いた。
彼女に頼めば安心だ。
天原さんのことは完全に任せ、俺と霊戯さんは外に出た。
*****
一方その頃。
「……泰斗さんお待た……せ……あれ? だれ……泰斗さんは……? 置いてかないでって言ったのに……」
ラメは自分が取り残されたことを、トイレの前の廊下で察していた。
寝室に行けば、きっとエルミアが居る。そこまでは少しの頑張りで辿り着けるのだが、目の前に立っている筈の泰斗の姿がどこにもないことと、取り残されたという事実が、彼女を悲しませた。
「……ううっ、ひどい……」
ここが霊戯か冬立の家で、普段通り生活していたなら良かったものを、初めての場所で暗い廊下の中、孤独になってしまったら、幼い彼女は耐えられない。
とにかく寝室へ。ラメは何滴か涙を流しながら、壁に手をついて進んだ。
*****
ここら辺の道は覚えていない。
アイツが数日の間に逃走経路を確保していたなら、俺はアイツを捕まえられない。
すぐに追いかけたからアイツの姿は見失っていない。
今のうちだ。訳の分からない所に入られる前に、ガシッと首を掴んでやる。
「待て人形!」
俺と霊戯さんで追いかける。
霊戯さん、意外と走るのが速い。
本気で徒競走したら俺は確実に負けるだろう。
「イヒヒヒヒヒヒヒ」
またその嫌な笑い声だ。
だが、もう笑えなくなる。
俺のこの純魔石は、こんな使い方だってできるんだ。
「食らえっ!」
俺は純魔石を投げた。ちょうど、あの人形の頭上に到達するように。
野球の経験は皆無だけど俺は、ゲームで「偏差撃ち」という技術を身に付けたんだ。偏差撃ちとは、移動している他プレイヤーの動く先を撃つこと。
つまりこの朱海泰斗に飛び道具を持たせたら、相当な速さで動かれない限りは命中させられるってわけだ。
弾丸と魔石では感覚が異なっているが、それでも狙える。
「イヒヒッ、どこ狙ってんのさぁ~。僕を倒そうってのぉ? 持ち主が悲しむよぉ~」
調子に乗ってるな?
確かに、壊しでもしたら天原さんが悲しむ。
しかし俺は壊すつもりじゃない。
叩き付けるんだよ。
波動の魔力が頭上から降り、人形は圧力によって道路に叩き付けられた。透明で巨大な錘を上から落とされたような感じだ。
魔力は止まらない。コイツはもう動けない。下手したら、圧力でバキバキに砕けてしまうな。
「おおー」
霊戯さんが感嘆している。俺の勝ちだ。
「イヒヒッ、やるじゃん…………でも、僕が魔法使えないって思ってる時点でねぇ……」
「……何だって?」
人形が操られているのはわかる。
喋っているのは、多分人形を通して話せるからだ。
話せるなら、魔法も?
「危ないっ! 泰斗君!」
霊戯さんに助けられた。
空の方を見ると、紫色の球体が浮いていて……俺目掛けて飛んできた。
間一髪、避けた。霊戯さんに言われなければ、俺は今頃あの闇属性っぽい魔法で行動不能にさせられていただろう。
「……人形は……どこへ?」
「ここだぁっ!」
今度は顔面に人形が飛んできた。
避けられず、額に殴られたような痛みが生じた。
痛い。熱を持っている。人形が鉄製とかじゃなくて良かった。
「大丈夫?」
「はい……あ、中に戻っていく!」
外に逃げた癖に、家の中に入っていった。
窓でも破壊して、そこから逃げる気か?
そうじゃないのなら、捕まることを望んでいるようなものだ。
まあいいや、何でもいい。追うんだ。
*****
さっき施錠しなかったから、人形は軽々とドアを開けて中に入った。
器用な人形だ。やっぱり、人が操っているとしか考えられない。
「さあ、そろそろ追い詰め――
「泰斗さぁぁん!」
玄関から上がった瞬間、ラメに泣き付かれた。
髪が白い所為で本物のお化けが現れたかと思ったよ。
ラメなら、驚くこともなかった。
けど何で泣いてるんだ?
「あっ! そうだ! トイレ待ってたんだった!」
「忘れてたんですか……!? そんなぁ、ひどい……」
泣かないでくれ、お願いだから。泣かれると、罪悪感がやばい。
俺は「ごめんごめん」と謝りながらラメの背中をさすった。
これに関しては俺が悪い。でも俺だって、ポルガイが始まって大変だったし怖かったんだ。許してくれ。
「た……泰斗君! 早くしないと、人形が逃げるよ!」
霊戯さんが後ろから言う。
そうだな。ラメには申し訳ないけど、早いとこアイツを捕まえないと、天原さんに何をするか。
「後でいっぱい殴ってくれていいから、ちょっと離してくれな!」
二階に上がったところは見えなかった。恐らくまだこの階に居る。
俺は汚れた靴下を脱いでその場に置き、リビングに向かった。
「台所だな! 追い詰めたぞ!」
人形は台所の奥で逃げ場を無くしている。
最大のチャンス。ここは建物の中だから、あまり魔法を使うこともしないだろう。
「全然追い詰められてないよぉ? 台の上からどこへだって逃げれるもの、イヒヒッ」
煽るような口調。
イラッとするけど、今度こそ終わりだ。
ああ、今日の俺って冴えてる。一瞬でコイツを身動き取れなくする方法を、この五秒で考えてしまった。
「果たしてそれはどうかな?」
「イヒッ、なにさ」
台所にはカーペットが敷かれている。
そして人形はカーペットの上に立っている。
では、このカーペットを勢い良く引いたら、どうなるだろう。
「テーブルクロス引きならぬ、カーペット引きだ!」
カーペット引きは失敗した。
しかしこの場合、失敗は即ち成功。
人形は軽い。喋っても歩いても、所詮は人形だ。
カーペットが引かれ、体勢が崩れたところで、引いたカーペットを被せる!
――ガバッ。
「キャッチィ!」
モゾモゾと兎みたいに動いてる。
俺の手柄だな。人形は捕まえてやったぜ。
*****
人形の要求で、天原さんは寝かせたままにし、エルミアに見張っていてもらうことになった。
そして、霊戯さんにあることを注意するようにと言われた。
「レジギアとの通話で得た情報は一切話に出すな」というのが、その注意すべきこと。
教団内に仲間がいる、と悟られてしまえば最後。外部と通信できそうな情報班は調べられ、レジギアの行為がバレたら二度と協力はできなくなってしまう。
だから絶対に。例えば機動隊の第何班だとか、そういった言葉は口にしてはいけない。
「約束通り、話を聞かせてもらうぞ」
「いーよ。僕の負けだから」
やけに潔いな。
必死の抵抗をして来ないとは、教団の悪さを嫌という程体感した人間にとっては驚くべきことだ。
それとも、別勢力だったり? それはないか。
洗脳されているという事実もある。元は善人ってパターンかもな。
「人形が喋ってる……」
ラメは単純に、その事実に驚いている。
異世界では人形を操る奴なんてそこら中に存在してそうなものだけど、そうでもないらしい。
残念ながら、彼女の予想である「小人の仕業」ではなかった。
「そうだよ喋ってるよ。イヒヒッ、可愛いでしょ?」
ラメは目を細め、否定の念を放っている。
動いていなければ、可愛くはあった。しかし人間みたいに会話できる人形は不気味だ。変な笑い方だし。
「やめてよー。ほら、このクリクリお目目に……触り心地の良い髪の毛に……きっとモデルでもいたんだろうなってくらいツヤツヤ・ツルツルの肌に……三百六十度回転する関節に……人形の雰囲気を壊さない服に……見た目だけじゃなく、軽ぅーい持ちやすさも考えられている。僕も人形作ることあるけどね、この作者は中々凄い。愛も感じるよ」
自分について語る姿もまた、奇妙で不気味。
コイツもコイツで人形に対する愛があるらしい。
そして作者への賞賛。天原さんが熱弁を聞いたら、きっと彼氏への想いを爆発させることだろう。
「君も人形が好きなんだね?」
「そうさ、大好きさ。人形も、作者もね。……でもだからこそ、昼の間は動けないでいるんだ」
「……どういう関係だ? それは」
「だって、作者が天原遼子に贈ったモノだよ? そしね僕は、プレゼントを利用しているワケ。利用していることがバレたら、天原遼子は悲しむでしょ? 彼女が悲しむことは、作者の気持ちを踏み躙ることだ」
作者への敬いの感情に阻まれて、思うように活動できてないってことか。
それこそ、バレたら預言者にでも罰を与えられそうだよ。神や預言者からの制裁すら恐れないような信念があるわけだ。
強い信念だけは、コイツの褒めるべきところだろう。
……さっきからコイツ、コイツって……名前を教えてもらっていなかった。
いつまでも代名詞で話すのは無理だ。
「……まあ、それはわかったよ。お前にも信念があるんだな。ところで名前教えてくれないか? なんて呼べばいいのかもわからないし」
「それもそーだね。イヒヒ、いいでしょう。僕の名前を教えるよ……僕の名前はユーラ」
ユーラと、彼は名乗った。
姓は無いっぽい。ユーラは下の名前だろう。
「だけど、この人形くんは違うよ」
「その子にも名前があるの?」
名乗った名前は人形を操っている奴のもののようだ。
人形には別の名前がある。持ち主の許可無しに付けるのはどうかと思うけど。
霊戯さんは彼に尋ねた。
「トロデロポームくん」
「……え? は?」
思わず声が漏れた。
トロデロポーム……それが人形に付けられた名前。
ユーラかトロデロポームか、どっちで呼ぶべきか。百人中百人の回答が一致するだろう。
ユーラ。コイツはユーラだ。大切な人形に変な名前付けやがって。
「イヒヒッ」
ユーラはまた不気味な笑い声を出した。
第104話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




