第102話 探偵事務所の来客
八月一日、水曜日。
昨日、仲間である定多良二郎さんと緑山元康さんの遺体が発見された。
定多良さんは右肩から左脇腹にかけての線で真っ二つになっていて、身体の大部分が黒く焦げていた。ギリギリその人だとわかるくらいの、本当に凄惨で醜い有り様だった。
緑山さんの方は上半身と下半身が離れ離れで、そして焦げていた。こっちも同じく、酷い身体だった。
今際の際の表情や言葉は、生きている誰の記憶にも残っていない。恐ろしい敵と遭遇し、他人に何を託すこともできず死んでいった。
きっと苦しい死に方だった。俺達の真の目的とは関係無しに、犯人をぶちのめしてやりたいよ。
二人の死亡に最初に気付いたのは霊戯さんだった。
敵が訪れると予想される五箇所全てに警官が待ち伏せていて、もし来たらすぐに連絡するようにと言ってあった。
しかしどこからも連絡は来ず、定多良さんと緑山さんとペアは電話しても繋がらなかった。
それで死んでいるのではと森に行ってみたら……案の定、死体が転がっていたというわけだ。
遺体は回収され、その後は何事も無かった。
二人は例の異世界人に殺されたのだろう。ソイツは今どこで何をしているのか。
もう神奈川に入っているかもしれない。日本地図すら見たことがない奴だ。放っておいたら日本を一周する。
一般人への被害は今のところは確認されていないが、早く捕まえるべきだ。行方が完全に不明になる前に。
「これで六件か……」
霊戯さんは地図を貼ったホワイトボードを見ながら呟く。
どんな問題でも解決できる探偵も……今回ばかりはお手上げらしい。
そう、お手上げなんだ。罠を仕掛けても殺せないし、仲間は連絡してくれる前に殺されるし、ラメのアンテナ魔法という方法も思い付いたけどかなり近くでないと反応しないから、敵の位置がわからなければ使えないし。
どうしようもないんだ。せめて敵の目的が、何で預言者や他の団員の言葉を無視して俺達を殺しに来るのか、それが明らかになれば良いんだけどな……。
「どうすんだ? このままじゃ、バタバタ倒されて終わるぞ」
焦った様子で霊戯さんに問う透弥。荒っぽい彼も、人が死ぬのは嫌いだ。一気に二人も死んだことも影響しているだろう。
問われた霊戯さんは「うーん」と頭を掻き、答える。
「死ぬ覚悟でぶつかりに行ってみる? 誰か一人は、死ぬだろうけど」
「そんな作戦……認められませんよ! 昨日のと、大して変わらないじゃないですか」
咲喜さんが声を上げる。
普段の霊戯さんなら、こんな提案はしない。困り果てている証拠だ。
咲喜さんの意見に頷きながら、考える人のように再び悩み出す。
この中で一番頭の良い人がこれだから、全体の士気が下がっている。
俺も、エルミアも、ラメも、透弥と咲喜さんも、打開策を考えられずにいる。
ただ時間が過ぎていくだけ。インフルエンザで学校を休んだ日のようだ。
――プルルルル。
電話……携帯の音じゃない。固定電話だ。
固定電話とは……珍しい。警察からの連絡も、霊戯さんのスマホに来ることが殆どなのに。
もしかして依頼か? ここは一応探偵事務所。住み始めてから依頼の電話なんて来なかったが、ついに?
「はい、もしもし。依頼ですか? それとも迷惑なお電話?」
霊戯さんはさっきの暗い声を吹っ飛ばして、明るい声を出して尋ねる。
客と話す職業の大変な点だ。どんな事情があれど、暗い雰囲気にしてはいけない。
彼も長いこと探偵をやっているからか、慣れている様子だ。
「……はい、はい………………ほー。まあ取り敢えず、来てみてください。詳しいことはその時に」
相手の声が小さくて聞こえない。
やっぱり依頼だったようだが、内容を聞き取れない。
女の人っぽい? それくらいだな。
「……はい。お願いします」
受話器が置かれた。
依頼は受注されたのだろうか。
「久しぶりの依頼ですか?」
「うん。なんでも、他の探偵事務所に言っても聞き入れてもらえなかったらしくて……ここが最後の希望なんだってさ」
聞き入れないとは意地悪な探偵だな。
ウチの信用度の上昇の手助けをしてくれてありがとうってところだ。
しかし、こんな時に依頼か。面倒な事だったらどうしよう。やってられないぞ。
霊戯さんが承ったということは、可能な頼みなんだと思うけど。すぐに終わらせたい。
「まーた客が来んのか?」
透弥の機嫌が悪くなった。
そんなに人が嫌なのか? 引きこもりだった俺でも、そんな不機嫌にはならないのに。
「……? 誰か来るんですか?」
「私達に頼み事があるんだって」
エルミアはラメにそう教えていた。こうしてみると、二人は姉妹に見える。エルミアはお姉さんっぽいとこあるからな。あ、でも、咲喜さんと話しているときは妹っぽいか。
姉に世話を焼かれるエルミア……それもまた可愛い。
王族だし、異世界の方には姉妹や兄弟がいるのかもしれないな。
そう考えると、帰してやりたくなってきた。エルミアもきっと、家族には会いたい筈だ。
ラメは種族的に母や父が存在しないらしいけど、帰りたいは帰りたいだろう。
そのためにも、まずはどこかにいる異世界人を倒さないとだ。
先に依頼か。
何か仕事を任されたときに対応できるよう、心の準備をしておかなければ。
*****
客が入りました。
「霊戯探偵事務所は、こちらでよろしいですか?」
「ええ、よろしいですよ。僕が霊戯です!」
女性だ。
見た目からして、二十代半ば。
黒髪の……俺のタイプではない人。
しかし好みかどうかは論点ではない。どんな依頼なのか知りたい。他の探偵が受けないような困難な依頼とは何なのか。
「では中へ。……あ、エルミアちゃんとラメちゃんは上で待機!」
二人はここの探偵ではないからか。
俺も、だよな。俺は指示されてないけど……。
「あの……俺は?」
「泰斗君は一緒に話聞いてて」
「……了解」
何で俺だけ。
俺、探偵の経験なんて無いのに。
ほら、依頼主も困惑してるよ。こんな奴ホームページに載ってなかったのにって。
「すみません、この方は?」
「今回のようなことに詳しそうだったので」
俺が詳しいのはオタク的サブカルチャーのみだ。
そういう依頼なのか? 懐かしの漫画が読みたくて、みたいな。そんな事すら断るのか、他の事務所は。
「まずはお名前を」
「はい。……天原遼子と申します」
彼女は名を名乗り、礼をした。
その後霊戯さんに勧められ、椅子に座る。
「それじゃ早速。この三人に教えるのも兼ねて、依頼内容をもう一度詳しくお聞かせくださいな」
天原さんの依頼は、実に不気味なものだった。
「一昨日の夜のことです。私の家には、とても大切にしている人形があるのですが……ふと目を覚ますと、その人形が置いてある方から、変な物音がしたんです」
所謂ポルターガイストだ。
家の物が勝手に動いたり、音を立てたりする心霊的、オカルト的な現象。
よくテレビ番組なんかで特集されている。動画が公開されたりもするけど、正直俺は半信半疑。ヤラセじゃないかなーと思っている。
そんなポルターガイストが自宅で起こっていると、天原さんは言っている。
「何かなと思い、見てみても……異常はありませんでした。音も止まったんです。しかし、気の所為かと胸を撫で下ろして寝室に戻ると……また聞こえてきたんです。その繰り返しで、眠れずに一晩を過ごしました」
確かにそれは、探偵とか、あるいは除霊師に相談すべき出来事だ。
因みに、昨晩も同じ事が起こったそう。慣れたのか眠れたらしいけど、やっぱり怖かったそうだ。
ん?
ちょっと待て。俺はオカルトに詳しいと勘違いされているのか?
「た、霊戯さん? 俺オカルトには全然詳しくないですよ? 心霊系の番組を観始めても、三十分くらいで飽きるくらい!」
俺の必死な訴えは、ただ笑われるだけに終わった。
「いやいや、そういう意味で言ったんじゃないよ。僕達なら、普通は有り得ない事象を説明できるでしょ?」
「……あー」
つまり霊戯さんは、物音の正体が魔法か何かだと言いたいのか。
やっと意図を理解できた。忙しいこの時に心霊現象の調査なんてするのかと呆れかけたけど、そうか、異世界人の仕業じゃないのかって憶測したわけか。
それなら納得だ。でもそれが本当だった場合、犯人は今追っている異世界人なのか? 派手に人を斬るような奴が、物音でいたずら紛いのことをするかな。
「……? 何のことでしょうか?」
「ああいえ、こちらの話です。お気になさらず」
天原さんが不審に思い始めると、咲喜さんがすかさず気を逸らした。
流石抜け目のない咲喜さん。透弥なんて腕を組んで椅子を揺らしているだけだってのに。
「……それで、天原さんはその現象が霊によるものじゃないかと思い、各所に相談したんですよね。どうにか真相を突き止め、二度と起こらないようにしてほしいと」
「はい。ただ、除霊や占いって何となく相談しづらいといいますか……なので、探偵ならと」
霊戯さんは大きく頷き、「ふふふ」と笑った。
この人もこの人で相談しづらい部類に入るだろう。
違う探偵の所に無理矢理にでも話しに行った方がマシだったような気もする。
「ウチに辿り着くとは、幸運ですね! 任せてくださいよ、必ずや原因を見つけ出します」
機嫌が良くなった。
まるで餌を与えられた金魚のようだ。
久々に来た依頼だからって、そんなに舞い上がるか。
「よろしくお願いします」
「僕的にはその人形が怪しいんですが……持ってきてますか?」
「家に置いたままです」
「なら伺っても? 他にも色々考えられるので、ご自宅を調べたいんです」
ということで、俺達は天原さんの家へ行くことになった。
*****
出かける直前。
エルミアとラメは二階から降りてきた。
霊戯さんから事情を話され、同行することになったのだ。
異世界人の仕業というなら、この二人は連れて行かないといけない。
「本当に魔法や宝能なんですかねー? 違ったらどうするんですか?」
「その時はその時だよ。あと、レジギアと少しだけ話したい」
いつものようにパソコンを開き、レジギアと通話を開始する。
外で天原さんが待っているから、早く済まさないと。
客を待たせる店は口コミで批判される。
「どーもレジギア。用事があるんで手短にお願いしたいんだけどさ」
『どうした』
「教団の中で、例の異世界人を探し出して捕まえようって動きはない?」
『ある……。そうだな、伝えるべきだった。機動隊の、確か第四班が、その異世界人を捕らえようとしているそうだ』
それを聞くと、霊戯さんはニヤリと笑った。
ちょっと気味が悪い。だけど、これはもしかして。
今回も彼の予想通りか。
教団の団員や建物にも被害が出ているから、仲間といえど認められない。しかも勝手な行動をし、教団に不利益を与える恐れもある。だから異世界人を捕まえようということになっていて、ポルターガイストは団員の誰かの仕業である。
ここまでが予想。根拠は無いが、納得はできる。
そうなのかと聞くと、霊戯さんは肯定した。
「マジなのかもなぁ」
ポルターガイストを起こせる魔法で心当たりはあるかという霊戯さんの質問に、エルミアとラメはそれぞれこう答えた。
「無属性魔法の物体操作なら、物音を立てるくらい簡単にできます」
「小人が人形を動かしてるのかもです」
物体操作か、あるいは特殊な生物か。
そのどちらも違うかもしれないが、ひとまずその線で考えていこう。
これで異世界人が関係無かったら、霊戯さんの頭にタライを落とそう。
でも……なーんか引っ掛かるな。
仮に異世界人の仕業だったとしよう。人形を動かしたり住人に迷惑を掛けたりして、一体何をしようとしているのだろうか。
天原さんは教団とは無関係に思える。
もしかして、俺達をおびき寄せるため……?
いや、他の探偵が依頼を受けちゃうという危険が生じる方法だ。確実でないこのやり方は、しないだろう。
天原さんに個人的な感情がある人物の仕業とか?
どうだろうな。霊戯さんの意見も気になるところだけど。
「透弥と咲喜は留守番してて。全員は車に乗せられないから、行くのは僕と泰斗君とエルミアちゃんとラメちゃんだけだ」
俺達は透弥と咲喜さんに手を振り、天原さん宅へ向かった。
第102話を読んでいただき、ありがとうございました!
次回もお楽しみに!




