第101話 よく似た二人
あれから一日後……七月三十一日。
森が爆発し不自然に焼ける事件は、最初のものを含めて五件確認されている。
どれも通報内容や現場の様子は同じ。警察の中でも、同一犯であるという推測がされているそう。
俺もそう思う。森を狙うテロリストなんて数少ないだろう。チームであったとしても、森を燃やす意図がわからない。
レジギアの報告もある。これは異世界人の仕業であるとして捜査するべきだろう。
当然、俺達と協力している警官以外には伝えないし、一般人には絶対に漏らさない。
どうやら俺達を殺そうとしているらしいので、なるべく早く足取りを掴んで、やられる前にやりたいが……。
「最初の点は、足立区の北東部。そして次に通報が入った火事は…………足立区の南西部。その次は文京区で」
霊戯さんが地図の事件現場の位置に印を付け、通報があった順に指している。
この会議が行われているのは俺達の家だが、パソコンの何人か集まって通話できるアプリを利用し、警察の人達も参加している。
レジギアとビデオ通話したことから、じゃあいつものやつもビデオ通話でいいんじゃね、となり、この形での会議が開かれた。
「残りの二件がここ」
一日で五件。区は平気で跨いでいる。
召喚された直後に飛び出したという話だった。現世のことなんて知らない筈の異世界人が、かなりの距離を移動している。
交通手段は無く、十分に休める場所も無い。体力も減るだろうに、よくこんなに動けたな。
これは何キロ進んだんだ? 十七キロくらいかな。
……あれ?
ちょっと待て。点と点を結ぶとほぼ直線になるから、その直線の長さで距離を測ったんだけど……。
直線になるぞ。真っ直ぐに進んでいるぞ、この異世界人は。
「これは……真っ直ぐに進行していますね」
紅宮さんが驚いた様子で言った。
やっぱりそうだ。彼が言うなら、間違った読み取りではない。
「ジグザグに、道なりに進んでは、点で直線を作るのは難しい……。障害物とかを無視して、真っ直ぐに進行してるということでしょうね」
霊戯さんはそう言うと、赤いマジックペンでピーっと線を引いた。
五つ全ての点を通っているわけではない。若干ずれた直線だ。
「……ちょっとバラバラってしてはいますが。ほぼ直線ですね」
さっき霊戯さんが言ったように、道なりに進んで直線を描くのは難しい。
地図なんて持っていないだろうし、前回の森と次の森を直線で結べる位置にある森を燃やすには、並外れた記憶力と感覚が必要になる。これは有り得ない。
ということはやっぱり、障害物は無視して進んでいるのだろう。ずれはするものの、ほぼ真っ直ぐになる。
屋根の上もお構いなしに歩いているのか。俺もちょっとだけやったけど、あれは罪悪感が湧く。目的のためなら何でもってスタンスなのかもしれない。
「真っ直ぐで、進行方向が北東から南西ということは、次に狙われるとするなら……?」
「それは調査済みです。考えられるのは四箇所。大穴でもう一箇所ありますが……こちらは可能性が低いです」
顎に手を当てる古島さんに、作成した資料を見せる木坂さん。
以前なら、ここで答えるのは水沢さんだったなと勝手な想像をする。
水沢さんが死んでから三週間ほど経った。古島さんはもう、普通の顔に戻っている。ラメに強く当たった時はどうしようかと思ったが、今は全然大丈夫そうだ。
「うーん、例の五件、筋からはあまり離れていないし、その大穴はないだろうとして……可能性が高いのは、AかCか……」
よく理科の実験結果をグラフにするとき、直線を描くけど少し点がずれている……あれが起きている。
しかし、直線から離れすぎることはない。今までの五件も、大きくて二百か三百メートル。
その大穴というのは、一キロも離れている。どれくらい進んだら森を燃やすのかということが不明だが、流石に大穴が燃やされることは考えられない。
「エルミアさんは罠の魔法を使えましたよね? どこが狙われるのか分からないのなら、いっそ全てに罠を仕掛けては?」
木坂さんの提案は、割と良いんじゃないかと思ったんだけど、霊戯さんは却下した。
「いいえ、それはできません。罠を仕掛けるより先に敵が来てしまいます」
「では我々が二、三人のグループに分かれ、五箇所で構えるというのは!」
「いやいや、それも駄目ですって。まともに戦えるの、エルミアちゃんとラメちゃんだけなんですよ?」
それが問題だ。
爆発音を鳴らしながらアジトの中を飛ぶような奴を、俺達がどうやって迎え撃つのか。逆に殺されるのがオチだ。
エルミアとラメなら少しは戦えるだろうが、二箇所しか守れない。残りのどこかに行かれたらどうしようもなくなる。
次の次に狙われそうな森に罠を仕掛ける方が、現実的だし効果的だろう。
「じゃあ先を見て、さらに次の森に罠を仕掛けましょう」
しかし霊戯さんは首を横に振った。
「ワナワナって……それだけで殺せはしないですよ、皆さん。そんなことをしたら、僕達の動向が露呈してしまいます」
「私も同意見……やはり確実に殺すか捕らえるか。一番良いのは、エルミアさんとラメスティさんが戦い、警察の隊が戦場を包囲することでしょう」
霊戯さんと紅宮さんの賢い組は、賢かった。
捜査本部長の家に罠を仕掛けた時、ヴィランに回避されたのを思い出した。
確実でないやり方はできない。こちらの動向……つまり、殺そうとしていることがバレてしまう。
なるほど。
「うーむ……」
唸る木坂さん。
「実はですね。警察も、次に狙われる場所は予想していて……どうやら今日、その四箇所に部隊を置くらしいのです」
そして話す木坂さん。
非常に不味いのではないか?
警察の部隊なら、異世界人を止められるかもしれないけど……それこそ確実ではない。
エルミアが一人その隊に混じるのも不自然だし、許可されないだろう。
「そ、そうなんだ……。だったら…………現場に赴いている人達に指示して、それらしい者を見つけたら連絡させれば……」
「既に指示は出しています。木坂さんを通して」
一瞬狼狽えた後的確な案を出す霊戯さんに、言われずとも察して行動している紅宮さん。
賢い組は違うな。やる前に教えてくれよって毎回文句を言いたくなるけど。
そして、ここからは俺にも考えつくことだ。
俺達はいつでも出られるように準備しておいて、連絡が入ったら即出動。まだ近くにいるであろう異世界人を見つけ出し、戦う。
警察の方に犠牲は出そうだが、現状ではこの作戦くらいしか良い作戦が無い。
「なら、議論の必要も無いですね」
霊戯さんはニコニコで頷く。
「あ、それと、大穴は……」
最も敵が来る可能性の低い「大穴」には部隊が置かれていないので、この会議にも参加している定多良二郎さんと緑山元康さんが行くことになった。
*****
東京都世田谷区のとある森にて。
「もうかなりの時間が経ちましたが……一向に来る気配はありませんね」
「一キロも外れている所には、どんなまぐれが起こっても来ないですよ」
定多良と緑山は、疲れた顔で談笑していた。
自分は敵と遭遇しないだろうという予想が確信に変わり、気が抜けているのだ。
それに、ずっと森の中、立っていたのだから……疲れて楽しい話をしたくなるのも当然だ。
「ここで一旦連絡を……」
「お、おい……ちょっと。あちらから歩いてくる、あの女……」
定多良は緑山の後方を指して言った。
遊園地のジェットコースターが途中で停止したところを目撃したような、そんな表情。
不思議に思った緑山は、振り返った。
まだその女は遠くにいる。
だが、特徴はわかる。
紺色の長髪に、戦いに慣れていそうな物腰。
二人が知る人物の中でその特徴が当て嵌まるのは、一人だけ。
「エルミア? 来たんでしょうか……全く、そんな知らせはありませんが」
緑山は携帯を確認するが、連絡は無し。
予告せずに来るだろうか。
エルミアにはあの霊戯がついている。霊戯なら、何かしら予告してくる筈なのだ。
なのにそれが無い。しかし、あの女はエルミアにしか見えない。
「別人かもしれない。声を掛けてみよう」
定多良はそう言うと、女の方を向いた。
緑山も同じように立つ。
二人がエルミアだと思っている女は、エルミアではない。
先程、自分達が待っていた敵――エルトラだ。
「……? あなた達、どうかしたの? 私随分と警戒されているみたいだけれど……そんなに危険そう?」
傭兵のような立ち振る舞いの二人を見たエルトラは、不思議がった。
エルトラの中では、剣を持ちながら歩くのは全く非常識なことではない。寧ろ常識であり、護身のためには必須であると考えている。
定多良と緑山は、目の前の女が「エルミアではない」と気付いた。
要因は剣。エルミアは剣を持たない。
そしてよく見ると、瞳の色が違う。エルミアは金色だが、エルトラは赤色だ。
エルミアではない誰かと知った二人は、慎重に、殺されないように話す。
「……いえ、剣を持っていたのでつい……」
「剣? 普通じゃない?」
定多良は「いいえ」と首で示す。
エルトラはふうんと一言、特に気にはしなかった。
「まあいいわ。……そうだ、折角だから……聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと? 質問にもよるが……言ってみてください」
定多良は質問を許した。
エルトラは早速質問をする。だが、彼女も馬鹿ではない。この二人が敵ではないかと疑っている。
「教団って知ってる?」
二人は僅かに眉を動かした。
しかしすぐに気付く。探られていると。
「教団」とだけ言われ、素直に答えてしまえば、それは「教団」が何教団なのか知っている、関係者だとバレてしまう。
「いえ……知りません。何ですか、教団とは?」
「知らないならいいの。じゃあ次の質問ね」
(まだあるのか!)
緑山は心の中で思った。
エルトラのしたい質問は二つあった。
何故かというと、エルトラは教団であると同時に、第三勢力でもあるからだ。
「私と同じ紺色の髪の異世界人を探しているんだけれど……知らない?」
エルトラは髪の毛を指でさしながら聞く。
彼女はまだ探りを入れている。
(エルミアのことか……! しかし、何故エルミアだけを?)
緑山は疑問に思った。
エルミアのことだけを聞く意図がわからなかったからだ。
この世界の人間に聞くなら、泰斗や霊戯について尋ねた方がよっぽどマシな筈。
なのに何故エルミアだけを、と。
「……どうして黙っているの? 答えてよ。せめてイエスかノーか言ったらどうなの?」
定多良と緑山はどう答えるべきか頭を回していたのだが、エルトラは待つことなどできない。
五秒程経って我慢できなくなり、イライラしながら詰め寄った。
二人は恐怖した。
この女、普通ではない、と。
「答えろ。さもなくばお前らの首を斬り、跡形も無くなるまで骨肉を焼く!!」
刃と眼がギラリと光り、その圧倒的恐怖感を味わって屈した。
「わ……わ、わかった! エルミアのことは何でも話します! だから、命だけは!」
「僕も……エルミアについて知っていることは全て!」
王の前でひれ伏す民のように、定多良と緑山はひょろひょろの声を出しながら命乞いをした。
エルトラはその二人の姿には、もう興味が無かった。
良いことを聞けたので、満足なのだ。
「では改めて、二つ質問があるの。答えてね」
二人は膝をついたまま、動かない。
「あなた達今……どうして『エルミア』という名前を言えたの? 身体的特徴を一つ明かしただけなのに」
(しまった! 言ってしまった!)
二人は、頭の上でエルトラがどんな顔で睨んでいるのか……想像することもできなかった。
頭を上げた時点で死。そんな予感がした。
死という炎が、迫っている。
「ち……違います! 僕達は最近、火の被害が多発しているので犯人を探しているんです! その犯人がエルミアとされ、聞き込みで特徴を知っていたんです! 紺色の髪の異世界人が放火して回っているとのことだったので!」
緑山の機転が二人の命を…………救わなかった。
弁解のために少しだけ顔を上げた緑山は、エルトラの鬼の面を視界に入れてしまった。
人殺しを厭わない、非情で残酷な顔。
恐ろしくて震え上がる顔。
その顔は、脳裏に焼き付いて消えなくなった。
「私がエルミアかもしれないのにね? 紺色髪という特徴だけでは分からないのにね? エルミアではないと判断したということは……あなたは嘘をついていて、本当はもっと知っているんじゃないの?」
定多良と緑山は、ついに完全に動きを止めた。
震えることすらままならない。恐怖だけで死にそうになっている。
すぐそこに地獄が見えている。
「嘘をつくということは……エルミアの仲間なんじゃないの?」
剣を振る音が、二人をさらに恐怖させた。
「……は、吐かないぞ……」
「え? なんて?」
「吐かない。エルミアの情報は……決して!」
「私もだ。どうせ死ぬならぁ……っ仲間の勝利を祈り、敵に貢献することなく死ぬ!」
定多良二郎。
緑山元康。
彼ら二人の最期は、弱く、そして強かった。
「あらそう。さようなら」
二人の視界の中の、エルトラの像がぼやける。
陽炎でゆらゆらとシルエットが揺れ、剣先がどこにあるのか、明確な位置がわからなかった。
気付いた時にはぼやけなくなっていて、その代わりに視界は真っ赤に染まっていた。
エルトラは無残な死体を見ることなく、その先に歩みを進めた。
「エルミア……私よ。もう知っているの? 私がこっちに来たって」
剣を振り、血を払う。
「私を殺せるものなら……殺してみなさいよ。きっと返り討ちにして、地獄の底に突き落としてやるから」
鬼は小さく笑った。
*****
おかしい。
警察のどの隊からも、定多良さんと緑山さんのペアからも、連絡が来ない。
途絶えているのとは違う。だが、来なければおかしい時間だ。
敵の移動速度からして……もう予想される地点のどこかには訪れている筈なんだ。
「ね、ねえ泰斗君」
「はい?」
霊戯さんが真剣な顔で話しかけてきた。
悪いニュース番組が始まる予感しかしない。
「定多良さんと緑山さんが……死んだかもしれない」
全く、とんでもなく悪いニュースだ。
死んだって……嘘だろ?
……嘘なわけはない。やられた。名も姿も知らない異世界人に……やられた。




