戦闘
ヨーヨーの原理で伸縮する、鞭のような腕。
遠心力で勢いが増し、木刀で弾くだけで精一杯だ。
立て続けに防がれ怒ったのか、連続で攻撃してくる。俺はそれを、冷静に防御していく。
【加速】は必要ない。もう目は慣れた。
単純な軌道、それも両腕の二本だけなので、さほど問題じゃない。普通の地球人だったら脅威だが、ふざけた性能のモンスターと戦ってきた俺の敵じゃない。
そもそも、地球人でも武装していれば勝てるだろう。
他の星から地球まで来れる科学力を持っているのに、やることは単調な攻撃か。
左右から同時に飛来する、黒い鞭。
俺は一歩右に移動し、木刀で絡め取るようにして、二本とも左に弾く。
「【加速】」
しびれを切らして二本とも攻撃に使ってくれる時を待ってたぜ。
攻撃したあと、体まで戻って再度攻撃に使用するまで、タイムラグがある。
つまり、両腕が帰っている途中である今は、敵は無防備だ。
もっとも、縮むスピードは攻撃時より速い。【加速】がなければ、返り討ちにされて終わりだ。
腕が戻るより早く、地を蹴って肉薄する。
その勢いのまま、木刀を前に突き出して懐に飛び込んだ。
「堅ぇな」
加速を維持したまま香川の前までバックステップ。解除した。
木刀が敵を貫くことはおろか、傷を付けることすらできなかった。流動体にも見える黒い肉体は、かなり頑丈にできているらしい。
だが少なからずダメージはあったようで、攻撃の手が止んだ。
「まだやるか? 続けても俺には勝てないぞ」
かといって倒しきることもできないので、ここは手を引いてくれると助かる。
木刀も、そろそろ折れそうだ。感覚的に、内側に小さなヒビが入っている。
超科学のレーザーとか打ってくる宇宙人じゃなくてよかった。
物理的な攻撃だったら、なんとか対抗できる。
欲を言えば、この場で始末したい。
だが、俺の火力不足と準備不足によって、少々難しい。
それに香川が後ろにいる。敵を倒すよりも、香川を守ることの方が優先だ。
俺の願いが届いたのか、敵は背を向けて逃走を選んだ。
どうやって地球人の姿に変身するのかは分からないが、ひとまず去ってくれたようだ。
追撃はしない。たまたま人影がないところだったからいいが、通行人まで狙われたら、さすがに守り切れない。
「大丈夫か?」
「う、うん」
香川に向き直り、声を掛ける。
腰が抜けて座り込んでいるので、手を差し伸べる。その体勢だとスカートの中見えるぞ。
「ありがとう」
香川は素直に礼を言って、立ち上がった。
「なんなの、アレ」
「さあな」
イコラッカ星人。俺はその存在について最近知ったばかりだし、その問いに対する明確な答えを持っていない。
「忘れた方が良い」
「無理」
「だよな」
突然異形の宇宙人に襲われたのだ。気にするなというのは無理がある。
「あーあれだ。着ぐるみなんだよ、アレ。俺と遊んでたんだ」
苦し紛れに、そう言ってみる。
「ふーん。まあ、あんたずいぶんカッコつけてたし、ね」
「そうなんだよ。こういうの、一回やってみたくてな」
「そのために、うちをここまで連れてきたんだ」
「そうそう、助かったぜ」
あまりに無理のある話だが、人は信じたくない現実からは、容易く目を背ける。
どれだけ荒唐無稽でも、理解できる理由付けが必要なのだ。
「またあいつが襲ってくるかもしれないから、なるべく家から出ないようにな。あと、人のいないところに行かないように」
「あんたが連れてきたんでしょ!」
「たしかに」
なんでか、厚木さんは香川をすぐには襲わず尾行していた。
おそらく、人目に付くのは避けたいはずだ。香川が人通りの少ないところに行くまで待っていたのだろう。
「誰にも話さないでくれよ。恥ずかしいからさ」
特に厚木さんには、と付け加える。
「なに、やっぱサキのこと好きなんじゃん」
「ちげーよ」
「ていうか、あんたの名前すら知らないんだけど」
「桂木佳だよ」
一度も呼んで来ないなと思っていたが、やはり知らなかったか。
しかし、すぐに恋愛に結び付けてくるな、こいつ。
「まあ、話しても信じてもらえないだろうし、話さないよ」
「そうしてくれ」
「あたし自信、現実味なさすぎて信じられないし」
あ、さっきの言い訳はノってくれただけでやっぱり納得していなかったか。
「家まで送るよ」
「は? キモい」
「ごめん……」
ストレートな言葉が一番心に響くんだよ。
今日中にまた襲撃してくるとは考えにくいが、可能性がないでもない。
帰宅しようとする香川の横に並んだら本気で嫌がられたので、仕方なくまたストーキングすることにする。
香川が無事自宅にたどり着いたのを確認して、俺もようやく帰るのだった。
明日、直接厚木さんを呼び出そう。
武器も用意し、ヤチにも協力を頼んで万全の状態にし、きちんと始末をつける。人を襲うことを確認した以上、放っておくことはできない。
俺の平穏な日常は、まだまだ遠いようだ。