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襲撃

 駅前は商店街のようになっていて、小さなお店が軒を連ねていた。

 昨今は大手スーパーとの競争に負けシャッター街になってしまう商店街も多いが、ここは比較的繁盛しているようで、人通りは多い。


 香川はふらっと雑貨屋に立ち寄り、店内を眺めていた。

 時折小物を手に取り、ニヤニヤと楽しそうだ。


 厚木さんは少し離れた店舗の、外に展示された商品を見るフリをして、香川が出てくるのを待っていた。俺も似たような目的で本屋に立ち寄り、空き時間を目立たずにやり過ごす。


 お、この漫画懐かしい。転移前ハマってたやつだ。

 ロクに娯楽もない異世界より、やっぱ日本最高だな!


 入口が見える位置からは離れず、周囲から怪しまれないように、店内を巡った。

 香川は見えないが、厚木さんからは、目を離さない。


 いつもにこやかで可愛らしい厚木さんは、口を堅く結び切羽詰まったような表情をしている。

 自分のストーカースキルがぐんぐん上がっていくのを感じる。


 厚木さんは、まだ動く気配はない。だが、顔の向きが変わり始めた。


 視線が徐々に移動し、やがて俺の方へ向かってくる。


「やべ」


 気取られたか?

 慌てて本棚の裏に身を隠す。


「あれ、さっきぶりじゃん」

「香川……」


 違う。香川が本屋に来たから厚木さんもこっちを見たんだ。


「なんでそんな焦った顔してんの? もしかしてエロ本でも見てた?」


 香川がいたずらっぽく笑う。


 その可能性を考えていなかった。まさか香川が戻ってくるとは。

 本屋に用事を思い出したのか、ただの気まぐれか。この偶然が、今の俺には命取りだった。


 恐る恐る本棚の陰から外を見やると、目を見開いた厚木さんと目が合った。


「香川!」

「は、はい」

「えっと、あの」

「なに?」

「ちょっと来い」


 逃げないと。

 香川と接触する予定はなかったが、こうなってしまったものは仕方ない。


 香川を守る。まだイコラッカ星人の情報は皆無に等しいが、俺の存在に気づかれ、ターゲットと接触してしまったのだから、連れて逃げるしかない。


「ちょっと!」


 俺は香川の手を引いて、本屋から飛び出した。

 香川はたまらず抗議の声を上げる。悪いが今は聞いている場合じゃない。


 勢いよく角を曲がり、またすぐ曲がる。道行く人から訝しげに見られるが、それも無視。


 それほど大きな商店街ではないため、すぐ抜けて住宅街に入った。裏路地の小道に入る。

 抜けると、少し開けた場所に出た。


「ちょっと待ちなさいってば!」


 香川が耐え切れなくなったのか、思い切り手を振り払った。

 強引すぎたかもしれない。だが、ついてきてくれて良かった。


 後ろを振り向くと、厚木さんの姿はない。うまく撒けたようだ。


「なんなのよ。こんな人影のないところに連れてきて」


 と、数歩後ずさった。


「いや、悪い。襲おうとかそんなつもりじゃなくて」

「それとも、本当にエロ本だったの?」

「違うわ!」


 食い気味で否定する。

 一応助けるつもりだったのだが、正直に言うわけにはいかない。


 香川は口を半開きにして、驚愕の表情を浮かべた。


「おいおい、そんなに信用ないか、俺」


 あるわけないか。新しくクラスメイトになったばかりの、よく知らぬ同級生のことなんて。


 香川からの返事はない。

 いや、そもそも俺のことを見ていなかった。

 目線の先は、俺を通り越して、まるで後ろに誰かいるような。


「しまっ――」


 俺は振り向き様にカバンに手を突っ込み、木刀を右手で握る。

 鞭のようにしなる何かが迫っていたので、香川を抱きかかえ、横に跳んだ。


 くそ、体が重い。やっぱりステータス下がってるな。

 それに、背後の敵にも気が付かないなんて、油断しすぎだ。完全に撒けたと勘違いしていた。

 戦闘になる可能性も考慮していたのに、この体たらく。日本に帰ってきて、かなり気が緩んでいる。


「香川、俺の後ろに」


 と、香川をそっと降ろし、背でかばうように立ちふさがった。


「う、うん」


 状況を呑み込めていないのか、いつも騒がしさも鳴りを潜めている。


 かくいう俺も、把握できていない。

 襲ってきた相手は、人間の姿をしていなかった。


「追いつかれたか」


 逃げきれなかったようだ。


「これがイコラッカ星人……」


 かろうじて、人型をしているように思う。しかし皮膚は半透明で黒ずみ、顔のパーツは一つも確認できない。

 さらに手足の指もなく、代わりに両足がさらに二股に分かれ、合計4本の脚で地面に立っていた。腕左右の腕は間接がなく、ぐにゃぐにゃと揺れ動いている。


 身長は俺と同じくらいだ。


 彼我の距離は5メートルほど。この距離で攻撃されたことを考えると、あの腕は伸びるのだろう。


「多田もあんたがやったのか?」


 問いかけるが、返事はない。声帯があるのかも怪しい。


 返事のつもりなのか敵は右腕をふるった。

 鞭のようにしなるそれは勢いよく伸び、俺の胴体に迫る。


「ちっ」


 木刀を両手で握り、腕をはじいた。


 やりづらい。威力はさほどでもないが、間合いが掴めないのは剣士にとって不都合だ。


 攻撃手段は今のところ伸縮自在で柔らかい腕。

 木刀で弾く、あるいは受け流すことは可能、と。


「こちとら、散々巨大モンスターと戦ってきたんでな」


 人に近い姿をしているだけでも、良心的ってもんよ。


 敵は、木刀に叩かれた腕を軽くさすった。へえ、痛みはあるのか。

 戦いにくい相手であることは間違いないが、こいつ一人くらいなら叩ける。

 香川が後ろにいることを考えると前に出て距離を詰めるわけにもいかないが、腕二本くらい、防ぎきってやるよ。


 敵は再度、右腕を上段から振り下ろした。振り始めは短いが、ヨーヨーのように勢いに合わせて伸びてくる。


 そして、俺に到達するころには、ちょうど先端が体を薙ぐ長さになった。


 俺は木刀を下から振り上げるようにして、弾く。すると、腕は戻っていき、すぐに元の長さに戻った。


「なるほどな」


 長い状態を維持することはできない、と。


「あいつ、なに? エイリアン?」

「お、正解」


 正体が厚木さんだってことは、言わない方がいいよな。


 今度は左腕だ。いつか野球で見たサイドスローのように、今度は横向きに薙いでくる。

 木刀の両端を持って、立てることでそれを受け止めた。


 するとすぐさま、時間差で右腕の上段切りが飛んできた。


「【加速】」


 一瞬だけ、スキルを発動させる。

 振り下ろされた腕が、ゆっくりに見える。避けるわけにはいかない。俺は左腕が攻撃し終わるのをギリギリまで待ち、勢いがなくなった瞬間、頭上まで迫っていた右腕に木刀を合わせた。


 時間の流れが元に戻る。

 間一髪右腕も弾き、木刀を構え一息ついた。


 【加速】は自らの時間の流れを早くするスキルだ。

 思考は早くなり、周囲よりも早く動ける。


 単純な効果だが汎用性が高く、強力なスキルだ。

 戦闘面での活躍だけじゃなく、普段の生活にも応用できる。


 今は自分を少し加速するだけに留まっているが、極めれば疑似的に時間を停止したり、自分以外も対象にできるようになる。

 俺がメインで運用していたスキルだった。


 金策にも使える【鑑定】と、使い慣れていて日常生活を便利にする【加速】の二つが、地球に持ち帰るスキルとして選んだものだった。どちらも汎用性が高く、使い勝手がいい。


「さて、と」


 腕が戻りきったのを確認して、口を開いた。


「こんなもんか?」


 木刀を片手で持ち、切っ先を相手に向けて挑発する。

 敵は、若干イライラしたように、両腕を強張らせた。


 エイリアンの感情なんてわかんないけどな。


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