尾行
授業が終了する合図とともに、俺は作戦を開始した。
先日連絡先を入手しておいたヤチに要点だけまとめたメッセージを送り、荷物をまとめて立ち上がる。
今日の作戦は、厚木さんの尾行だ。一日使って考えたが、現状唯一の手掛かりである厚木さんを尾行するのが良いと思う。帰還してから授業にまったく集中してないな。
やっぱり俺の職業はストーカーなのかもしれないと思いながら、下校する厚木さんの後を追う。
ヤチが来てくれるかはあいつの気分次第だ。
勇者時代ならともかく、もし戦闘になった場合、俺一人だとちょっと不安なので来てくれると嬉しいなあ!
後でどんな要求をされるのか、今から不安である。
「サキ、今からカフェ行かない? 春の新作まだ飲んでないんだよねー」
「なっちゃんごめんね。今日はちょっと予定があって」
「そうなんだ。今度行こうね!」
「うん、いこいこ」
相変わらずやかましい香川さん……香川が、厚木さんの横にならんだ。
厚木さんは帰宅部だ。何かの拍子に香川が大声で話していたので、知った。ちなみに香川は生徒会と茶道部らしい。だから似合わん。
厚木さんを観察していると、いつも一緒にいる香川のことまで詳しくなってしまう。
今日はどちらにも参加せず、厚木さんと一緒に帰るらしい。
「多田ちゃん、今どうしてるんだろーね」
香川が、少し声を落として言った。
生徒が一斉に下校するこの時間帯、駅に向かうこの道は非常に混む。
すぐ後ろ、間に生徒一人を挟んだだけの距離についていなければ、聞こえなかっただろう。いや、まじでなにやってんだ俺。
これも勇者の定め、と自分を慰めつつ二人の会話に耳を傾ける。
「心配だね」
「心配だよ! この前会った時、特におかしいところとかなかったよね?」
「うーん」
厚木さんは、少し歯切れが悪い。といっても、俺が疑っているからそう感じるだけかもしれない。
イコラッカ星人。
香川さんの種族として表示されたそれは、どのような生態を持っているのだろう。
【鑑定】のスキルレベルがリセットされていることが悔やまれる。
もしスキルレベルが高ければ、詳細まで見ることができたのに。
【鑑定】のスキルレベルはレア度の高いアイテムやレベルの高い敵を【鑑定】すると比較的上がりやすいが、スキルの中では成長がかなり遅い部類だ。
今から急いでも間に合わないので、レベリングは今度暇なときにでもしよう。
鑑定できない以上、イコラッカ星人が地球人に仇なす存在かどうか、俺の目で確かめる必要がある。
多田さん失踪の原因が厚木さんで、最悪殺されていた場合。
俺は厚木さんを手に掛けなければならないだろう。気乗りしないが、やる。
今後も被害者が出る可能性があるからだ。
それはまたクラスメイトかもしれないし、全然違う誰かかもしれない。
散々、人類のためと魔族を始末してきたんだ。
地球でも同じことをするだけじゃないか。
「おし」
俺は気合を入れなおして、電車に乗り込んだ二人と一緒に人混みの中に滑り込んだ。
同じ車両の、違うドアから入った。
電車の場合、あまり近すぎると気付かれる可能性がある。
厚木さんの姿を見失わないように視界の端に捉えながら、電車に揺られること、4駅。
香川が厚木さんに手を振って、電車を降りていった。「ばいばい!」という香川の声が響き渡る。声でけえ。
厚木さんは香川を見送って、ドア横の手すりを掴んだ。そして一歩、ドアよりに立ち位置を変える。
「はっ?」
次の瞬間、自分の目を疑った。
香川が降り、小走りで走り去ったところで突然、厚木さんも電車を降りたのだ。
「すみません! 降ります」
俺も慌てて、下車する。
どういうことだ?
厚木さんの最寄り駅もここなのか。ならなぜ、別々に降りる必要がある?
厚木さんはこの駅の近くに用事があって、それを香川に知られたくなかった、という可能性もある。
しかし。
「尾行、してるよな、アレ」
厚木さんは、少し離れたところから、香川を尾行しているように見えた。
その厚木さんを、俺は追っている。二重ストーカーだ。
追われている側は、自分が尾行されているとは気づいていない。
厚木さんは、一定の間隔を空けながら歩き続ける。
香川は先ほど別れたはずの厚木さんが後ろにいるとは思いもせず、軽い足取りで帰路についている
これは、まさか、そういうことなのか?
俺は、一つの疑念が思い浮かんでいた。
すなわち、厚木さんの次のターゲットが香川である、という疑念が。
俺は、すぐにヤチにメッセージを送った。
降りた駅の名前と、現在の状況。
打っている間も、厚木さんから目を離さない。
ヤチからの返信は先ほどもなかったが、見てくれていると信じる。
イコラッカ星人である厚木さんが、友達の女子生徒を尾行している。
しかも、別のクラスメイトが行方不明になったすぐ後に。
悪い予感も、ここまで来ると確信に近い。
「誘拐か、餌にするのか……」
自分で口にしといて、胸糞悪くなった。
最悪の想像が頭をよぎる。
俺の妄想、とは言い切れない。異世界では、魔族によるそれらの被害が多く出ていた。
この案件、本当に手出して大丈夫なやつか……?
いまさらながら不安になり、バッグの中に隠した木刀の感触を確かめる。
中学校の時、修学旅行の時に買った別名黒歴史ブレードだ。
なんとなく剣を持ってないと不安になり、というと完全に犯罪者予備軍だが、昨日から持ち歩いている。
聖剣と比べると木の枝みたいなものだが、何も得物がないよりはマシだろう。
幸い、剣なら死ぬほど振ってきた。
圧倒的な勇者ステータスと攻撃スキルは失ったが、いざとなれば戦おう。
この木刀と、選択したもう一つの引継ぎスキル【加速】を使って。