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弁当

 教室に戻った俺は、静かに昼食を済ませる。


 完全に忘れていたが、俺は弁当を持ってきていたのだった。

 異世界に飛ばされた時にカバンに入っていて、異世界で初めてとった食事でもあった。


 山の中に転移させられたから、本当に助かった記憶がある。

 ヤチは手ぶらの時に飛ばされたため、二人で分け合ったっけな。


 俺は少し楽しみにしながら、弁当箱の蓋を開けた。

 シンプルなデザインの二段弁当で、下の段にご飯、上の段におかずが敷き詰められている。


 野菜に卵焼き、ミートボールなど定番中の定番で、転移前の俺はうんざりしていた。


「うまい」


 一口、卵焼きを口にすると、思わず言葉が零れた。


 ああ、これだ。

 懐かしすぎて、涙が出そうになる。


 かつては飽きたと言ってなんの感動もなかったこの弁当。

 慣れない土地で食べ物を得られない中、なんとか生き永らえた立役者。

 そして今は、なにより日常の証明だ。


 箸を持つ手が止まらない。

 異世界の、ロクに味付けされていない料理とは大違いだ。あと、米がうますぎる。


 この瞬間だけは厚木さんのことについて忘れられた。


 だから、話しかけてくる存在がいることに、すぐには気が付かなかった。


「ちょっと、籾山先輩に何の用だったのって聞いてるの!」

「ん? ああ、悪い」


 熱心に弁当を頬張る俺の前には、頭空っぽギャルがいた。

 名前は、香川菜月か。一度鑑定したから、まだ覚えている。


 スカート丈は当然のように短く、トイレットペーパーを巻いた方が隠せるんじゃないかってレベル。

 春休み明けだからか髪が少し明るい。


「まさか、告白でもしたんじゃないでしょうね?」

「誰がするか」

「じゃあなによ」


 俺の周りに性格キツイ女子多くない?

 もっと厚木さんみたいな柔和な女性と関わりたいところだ。


 にしても、香川さんはヤチのファンだったのか。

 ほんと人気あるよなあ。猫被ったヤチ。

 俺が呼び出したという情報だけで、本人に突撃してくるなんて、並みじゃない。


 でも、クラスメイトから視線が集まるからやめて欲しい。


「生徒会長に学校生活について相談してただけなんだよ。先生には少し話づらいし、ほら、生徒会長って信頼できるだろ?」


 変な噂が立っても困るので、はっきりと否定する。

 さりげなくヤチの株を上げておくのも忘れない。自分の敬愛する人が良く言われて、悪く思う人は少ないだろう。


「ま、まあね」


 まんざらでもない表情で胸を張る香川さん。


「でもそんなこと言って、あわよくばお近づきになろうなんて気じゃないでしょうね?」

「そんなわけないだろ。俺なんか相手にしてもらえないよ」

「そうよ! 籾山先輩はあんたなんかと釣り合わないんだから!」


 本人に言われたよ。


「で、その相談はどうだったの?」

「ああ。綺麗さっぱり、悩みはなくなったよ」

「さすが籾山先輩ね」


 うんうんと、したり顔で頷いた。

 事前にヤチが指定してきた言い訳は完璧なようだ。こんな早く使用することになるとは思わなかったが。


「香川さんは生徒会長のことが本当に好きなんだな」


 香川さんは、私の名前知ってたんだ。と小さく呟いてから、言葉を続ける。


「もちろんよ! 生徒会の一員として、尊敬しているわ」

「生徒会? だれが?」

「うちが。生徒会会計」

「まじ?」


 大丈夫か、この学校。

 こんなチャラチャラしたミーハー女子が生徒会なんて。


 まあ生徒会選挙は立候補が少なすぎて基本信任投票だし、誰が生徒会になるかなんて皆興味がないからな。

 ヤチのことが好きすぎて生徒会にまでなっちゃったのか。


「ちゃんと計算できるのか?」

「なに、馬鹿にしてんの? 会計なんてお飾りで、財務関係は全部先生方と事務員さんの仕事だから大丈夫よ」

「なるほど」


 そりゃそうか。

 生徒に公立高校の予算をどうこうできる権利が与えられるわけがない。


「とりあえず、籾山先輩にあんまり近づかないでよね!」


 それも本人に言われたよ!


「ああ。分かったよ」

「そう。ならいいわ。あんた、イメージよりちゃんと話せるじゃない。サキの言う通りね」


 昨日までの俺とは違うからな。具体的に言うと一年分くらい。


 って、厚木さん?


「そういえば、厚木さんに最近なにかおかしいところはないか?」


 つい気になって、聞いてしまう。

 見なかったことにしようと思ってたのに。


「籾山先輩の次はサキ? 美人なら誰でも良いってわけね」


 眉間にしわを寄せた香川さんが、不快感を全面に押し出してにらんでくる。


「いや、ちがくて」

「キモイからサキにも近づいちゃだめよ!」


 君、厚木さんのことも大好きだね?

 香川さんこそ、綺麗な人に憧れて好きになっちゃうタイプじゃないか。


 しかし、迂闊に質問するのはまずかったか。

 少し柔和した香川さんの態度が、完全に敵を前にしたそれに戻ってしまった。


「わかった」

「まったく」


 そう言い捨てて、香川さんは自席に戻っていった。


 授業開始のチャイムが鳴り始めたので、俺は慌てて残りの弁当を書き込み、弁当箱をしまった。


 少しクラスメイトと会話できたからと言って調子に乗りすぎた。

 宇宙人である厚木さんについて、少しは情報が得られると思ったのだが。



 帰還後初めての学校は、色々問題が多い。


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