宇宙人
理由はいくつか考えられる。
その1。【鑑定】スキルがバグった。
もともと異世界のスキルだ。
ここ地球ではうまく作用しなかったのかもしれない。
その2。見間違い。
残念ながら、俺の見間違いという線はない。
スキルで得た情報は脳に直接刻まれる。認識を誤る可能性はない。
その3。地球人のことをイコラッカ星人と呼ぶ。
その説は、すぐに否定された。
さっきの頭空っぽギャルを鑑定したところ、
【鑑定結果】
名前:香川菜月
種族:地球人
年齢:16
と出たからだ。
異世界では人間は人族と表記されていた。
人族以外の種族である亜人なども生息していたため、区別するためだろう。
わざわざ地球人と表記されているところを見ると、区別する対象がいるということの証左になってしますのだが……信じたくはない。
だって、厚木さんだぞ?
あんなに素晴らしい人物が、宇宙人だったなんて……
そもそも宇宙人なんて存在するのか。
ファンタジーは異世界だけでお腹いっぱいなのだが、案外この世もファンタジーなのかもしれない。
一年間も非日常にいて、感覚がマヒしてしまっている。
すんなり受け入れてしまいそうな自分がいた。
よし、忘れよう。
俺は平穏に、普通の日常を過ごそうと決めたんだ!
もう非日常はこりごりなんだよ。
勇者業は引退済みです。ついでにストーカーもやめて、引きこもりに永久就職しよう。
厚木さんのことは忘れる。
考えない。それで決まり!
「ということで、俺は何も見なかったことにして、日常に戻ることを決意したわけだ」
「たった今、私の日常が一人の陰キャに侵されていることについてはどう思うの?」
俺は昼休みに入るや否や、三年生の教室まで出向きヤチを呼び出していた、
いやー先輩の視線が怖かった。
でも仕方ないじゃん。
気になって午前中の授業にまったく集中できなかったんだから。
俺たちは、ヤチが手配した空き教室で向かい合って座っていた。
生徒会って教室自由に使えるのずるくない?
俺も休み時間、どっかの教室で一人になりたいんだけど。
「ていうかさ、私に関わるなって言わなかったっけ? あんたと私じゃ立場が違うの。私はみんなの憧れ超美少女生徒会長。あんたは友達0人のぼっち。あんたに構ってる暇なんてないんだから」
「みんなにこいつの本性を教えてやりたいぜ」
なんだかんだ相手してくれる優しさは認めてやる。
「あらどうぞ? 誰が信じるのかしらね」
「こんの性悪女め……」
「フンっ」
ヤチのアッパーが俺のみぞおちにめり込んだ。
こいつ、ただでさえスポーツ万能なのに神様にステータス少し上げてもらってるから、とてつもない威力だ。
「ぐはっ、俺じゃなきゃ死んでるぞ」
「あんたにしかやらないわよ」
まあね。
俺も同様に強化されてるし、インパクトの瞬間、みぞおちに腹筋寄せたからダメージはない。
「私は優雅でおしとやかで通ってるんだから」
「実態は乱暴で性悪だけどな」
もう一発こぶしが飛んできたので、今度は回避する。
「で? 話がそれだけなら私は教室に戻るけど。ケイみたいに暇じゃないのよ」
「待って待って、悪かったって」
こんなこと話せる相手なんかヤチしかいないので、慌てて引き止める。
そもそも会話できる友達いないけどね!
「宇宙人だぞ? もしやばい奴だったらどうすんだよ!」
「宇宙人なんていないわ。あんたの勘違いよ」
「【鑑定】の効果はヤチも知ってるだろ?」
「てか、女の子に【鑑定】使うとか、普通にキモいんだけど」
ヤチが自分の体を抱えて、身を縮こませた。
ぐうの音もでないが、心配しなくてもあんたには使わねぇよ。
「そ、それは今いいだろ!」
「もし本当に宇宙人だったとして、どうするの? 私たち、もう勇者じゃないのよ。できることなんてないし、義理もないわ」
「そりゃそうだけどよ」
数時間過ごして分かったが、身体能力は大幅に下がっている。
転移前より向上しているのは間違いなさそうだが、異世界でモンスターや魔族と戦っていた時のような戦闘力はない。
宇宙人が地球を侵略してきたとして、俺に出来ることは限られる。
「それにあんたの話だと、その厚木さんっていう子はとても優しい子なんでしょ?」
「ああ、どっかの暴力女の違ってな」
「死にたいらしいわね」
「あれ? 誰もあなたなんて言ってませんけど?」
ヤチから本物の殺気が飛んでくる。
やべ、あんまり調子乗るとマジで殺される。
数多あるヤチの二つ名の中に【冷徹な虐殺者】があるのは、伊達ではない。味方からこの二つ名付けられるってどんだけだよ。
「ともかく、普通に人間として生活しているのなら、宇宙人だとしても人間よ。【鑑定】結果じゃなくて、今までのその子の行動を評価してあげたら?」
たしかに、厚木さんはそこらの奴より何倍も優しく、良い子だ。
基本人に嫌われる俺が言うんだから、間違いない。
「お前、良い事言うじゃんか」
「生徒会長だからね。じゃあ、これで話は終わり。もう二度と私のところに来ないでよ」
手をパンと叩き、教室のドアに手を掛けた。
「俺だって会いたいわけじゃない」
憎まれ口を叩きながら、俺も立ち上がる。
教室から出ようとしたところで、ヤチが振り返ってこちらを見た。
「あ、それと私を呼び出した理由は、生徒会長に学校生活について相談していたってことにしなさい。おかげで悩みが解消された、と」
「好感度上げに余念がないようで」
「あら、別に告白して玉砕したっていう筋書きでもいいのだけれど」
「相談に乗っていただきありがとうございますッ!」
勢いよく腰を90度に曲げ、頭を下げる。
そんな噂を回された日には、クラス中から非難されることだろう。身の程を知れ、とか。
「それでいいのよ。私は目立たない生徒もきちんと気に掛ける優しい生徒会長なのよ」
「へいへい」
ちょうど、昼休み終了10分前の予鈴が鳴った。
クラスに戻って急いで昼食を取らなくては。
俺たちは何事もなかったかのように空き教室を出て、別れた。