二人
不思議とショックは小さかった。
厚木さんが宇宙人なのは既知のことだし、既に人間とかけ離れた姿の敵とも戦った。
それに、あの腕と比べたら厚木さんの姿はかなり人間、いや地球人寄りだ。
肌の色や胸の宝石などは、むしろ美しいとすら感じる。触覚も、虫のそれのように細く長いが、特段気にならない。
それは俺が異世界で人外の化け物と戦い続け、獣人や竜人などの亜人族とも接していたから、そう感じるのかもしれない。
多少の差異は、異世界では普通のことだったのだ。そう、異世界で言えばサキュバスなどの淫魔族に近い。魔族の仲間と見なされていた時期もあるが、知性のある亜人族の仲間だ。
「私、本当はこんな姿なんだ」
厚木さんが、香川を真っすぐ見据える。
二人の付き合いの長さは知らない。だがここ数日の様子から、二人は本当に仲が良くいつも一緒にいることを知っている。
真実を伝えることは、厚木さんにとって辛い決断だっただろう。これまで通り、地球人として変わらず過ごしたかったに違いない。いや、憂いなく変わらず過ごすために、正体を明かすのか。
俺はその勇気を称賛したい。
香川は目を逸らさない。
曇りのない大きな瞳に、厚木さんの目を、顔を、胸元をしっかりと映す。
変わり果てた、宇宙人の姿を。
「気持ち悪いよね。関わりたくないよね」
空白の時間を恐れるように、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。話せば話すほど、感情が溢れていく。声は歪み、雫が頬を伝った。
どれだけ時間が経っただろうか。
香川がスカートの裾を押さえながら、ゆっくり立ち上がった。
厚木さんの顔が絶望に染まる。
「香川」
俺は静止しようと手を伸ばしかけて、止めた。その必要はなかった。
香川はテーブルを迂回して厚木さんの横に膝をつくと、両手を広げて思い切り飛びついた。
力の抜けていた厚木さんとともに、床に倒れこむ。
「なっちゃん」
「サキ、話してくれてありがとう」
俺が来た意味はあまりなかったようだな。
厚木さんからすれば、二人きりで宇宙人の姿を見せるのは怖かったのだろう。俺がいたとして何かをしてやれるわけではないが、心の拠り所としてもう一人欲しかった。
「私、宇宙人なんだよ?」
「うん」
「肌も紫だし」
「うん」
「触手だって生えてる」
「大丈夫」
厚木さんの杞憂だったようだ。
香川は、そんなに弱い奴じゃない。一度目の襲撃もそうだし、二度目だって襲われた記憶はあるのに何もなかったかのように学校に来ていた。
空元気かもしれないし、忘れようとしているのかもしれない。けど香川は香川なりに、自分で乗り越えてきた。
もともと宇宙人と会敵しているという、理解のための土壌はあるのだ。
あとは厚木さんを受け入れさえすればいい。
「さすがに、ちょっとびっくりしたけど」
香川が屈託なく笑う。
「もし宇宙人でも、サキはサキだよ」
「なっちゃん……」
「いつも私のバカに付き合ってくれて、勉強も教えてくれる。いつも早起きして可愛いお弁当作ってくるけど、寝坊した時のおかずは一品だけ。授業は真面目で先生に気に入られてるけど、実はこっそりうとうとしてるし、完璧なように見えて、結構抜けてる」
俺が知っている厚木さんなんて、ほんの一部だった。
そりゃそうだ。教室の隅から眺めていただけの俺と、ずっと一緒に過ごしてきた香川。厚木さんのことをより知っているのは、香川の方だ。
【鑑定】を使えるとか、宇宙人である真実を知っているとか、そんなことは些細なことで。
真に大切なのは、もっと本質的な部分。
「誰にでも優しくて、目立たない子のこともちゃんと見てる。多田ちゃん、サキにすごい感謝してるんだよ?」
抱き合ったまま、俺のことは意識の埒外に追いやる二人。なんとなく気まずくて、頬を掻いた。
「ちょっとくらい姿が違ってたって、いままでのサキがいなくなるわけじゃない。あたしの友達で、クラスの憧れ。笑顔が素敵で、こうやって友達のために涙を流せる。そこの変人男より、よっぽど人間だよ、サキは」
「おい香川、そこでなんで俺を引き合いに出す」
俺も人間だぞ。ちょっと世界を救った経験があるだけだ。
「いひひ」
白い歯が眩しい。楽しそうで何よりだよ。
厚木さんは嗚咽を漏らすだけで、何も言わない。
香川のまっすぐな気持ちをぶつけられて、感情の整理がついていないのだろう。
「それにね、この姿も結構かわいいよ!」
香川が優しく頭を撫でる。
厚木さんは顔を上げて、泣きながら笑った。
こうなれば、俺の存在は無粋だろう。静かにバッグを持って、立ち上がる。
「ありがとう」
背中に声が投げかけられる。おう、とだけ答えると、部屋を後にした。