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正体

「どうぞ上がって」


 ギシギシと鳴る階段を上がり、厚木さんの後ろから部屋に入る。

 狭い玄関で香川と押し合いながらなんとか靴を揃えて、恐る恐る足を踏み出した。


 初めて女性の部屋に入る。

 あれ、靴下はどうしたら……臭い靴下で部屋を歩くのも裸足を見せつけるのもアウトな気がする。万事休すかっ。


「なんか気持ち悪いこと考えてない?」


 立ち止まる俺を、香川が不信な目で見る。


「いや、そんなことない」


 極めて平静な顔で首を振り、靴下は脱がずに上がらせてもらうことにした。香川も脱いでないしな。


 アパートは一人暮らし用なようで、キッチンと6畳ほどの部屋一つの1Kだった。

 広めのキッチンには壁に調理器具はたくさんぶら下がっていて、普段から自炊をしている印象を受ける。いや、俺は料理なんてできないから、想像だけど。


 キッチンと部屋を隔てる扉を抜けると、整理整頓された清潔な部屋だった。

 言ってはなんだが、女性らしさはあまりない。可愛らしい部屋というよりは、物が少なく必要最低限だ。


 ベッドと学習机、真ん中には小さ目のテーブルが置いてある。あとはテレビがあるくらいで、それ以外は壁の収納にあるのだろう。何かを期待していたわけではないが、少し残念である。


「座って座って」


 厚木さんに促され、テーブルを囲んで床に座る。

 そこに三人分のお茶を注いできた厚木さんが対面に座った。


「突然呼んでごめんね。何もないけど、ゆっくりしてってね」

「う、うん。でもなんでこいつまで呼んだの?」


 香川が横目でチラリと俺を伺う。

 相変わらず失礼な奴だが、意見はごもっともだ。家にお呼ばれするほど、親しくはない。


「うーん、やっぱり、二人にはちゃんと話しておこうと思って」

「話す?」

「うん。この前のこと」


 この前、という言い方をしたが、それはテェテェ星人の襲撃事件のことだろう。

 香川もそれを察したのか、テーブルの下で拳を握りしめた。


 香川は被害者だ。二度襲撃され、身を危険に晒された。

 厚木さんが関わっていることは知らないはずだが……厚木さんは真実を知らせるべきと判断したのだろうか。


「えっと、ね。なんて言うべきか分からないんだけど」

「ゆっくりでいいぞ」


 厚木さんが何を話そうとしているのかさして興味のない俺は、そう促した。

 彼女が危険な宇宙人でないことは確信している。であれば、秘密を探るような真似はするつもりはなかった。


「ありがとう。でもね、なっちゃんにはきちんと知っておいて欲しいの。今回、巻き込んじゃったから」

「それってこの前へんな奴に襲われて、起きたら病院にいたときのことだよね? たしか、桂木が助けてくれたところまでは覚えてるんだけど」


 香川が顎に手を当てて、天井を見る。

 そこまで鮮明に覚えていて、よく平静でいられるな。


 その前の人工生命体の件もあったのに、香川はなかなかの強心臓である。

 特に何も考えていないだけかもしれない。なにせ頭空っぽギャルだ。


 香川とは違い思慮深い厚木さんが、慎重に言葉を発する。


「うん、実はね。……あの男は宇宙人だったのです!」


 訂正。いきなりぶっこんできた。

 衝撃の真実! みたいな表情で厚木さんがぶっちゃける。


「そして、私も」

「サキも?」


 驚いて、香川の声が裏返る。危うく、手に持つコップをひっくり返しそうになった。


「うん。黙っててごめんね」

「宇宙人って、どういうこと? だって、サキは普通に人間じゃない」


 分かるぞ香川。俺も最初は鑑定結果を信じられなかった。

 あの男が宇宙人だというのは、さほど疑っていないようだ。その前に明らかに普通ではない軟体生物に襲われているし、男の動きも普通ではなかった。


 だが厚木さんは別である。

 これまで一緒に過ごしてきたのだ。普通の人間として。友達として。

 それが、宇宙人だったなど、にわかには信じられないだろう。


「見せた方が早いかな」


 そう言って、厚木さんは制服のリボンを外した。そのまま、ブラウスのボタンを一つ、二つ、と外していく。


「お、おい」


 まさか、服を脱ぐのか?


 俺の心配(期待とも言う)をよそに、三つほど外したところでその手は止まった。

 そして、喉元に手を当てたかと思うと、ぐっと力を入れた。


「サキ!?」


 まるで自ら首を絞めているかのような動作に、香川が慌てる。しかし、まもなく訪れた変化に絶句した。

 最初の変化は、肌だった。額の一部が薄紫色に変色したかと思うと、それは瞬く間の全身に広がっていった。やがて開かれた首元もしっかり染まり、それは指先に至るまで広がった。


 次の変化は、肉体的な変化。頭からは触覚のようなものが生え、宇宙人然とした風貌へと変わる。ブラウスの隙間から覗くのは、ルビーのように真っ赤な宝石だ。いや、水晶体と言った方が正しいかもしれない。それが、肌に埋め込まれていた。


 瞬時に現実離れした姿に変わった厚木さんを前に、俺と香川は言葉を失った。


「これが私の本当の姿です。どう? やっぱり気持ち悪いかな?」


 触覚が生えたことと肌の色を除けば、いつもの厚木さんが困ったように首を傾げた。


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