招待
ひとまずは平和な日常が戻って来た。
香川も多田さんも、週明けには元気に登校してきた。
行方不明の生徒が無事見つかって担任の先生は安堵し、生徒たちの間で色々な噂が飛び交ったがそれもすぐに鎮火する。他人への興味など、所詮その程度である。
多田さん本人に捕らわれている間の記憶はないらしく、気が付いたら病院にいたらしい。あの怪しげな医者がそれっぽいことを吹き込んで、納得させた。
香川はあの事件をどう受け止めているのかは分からないが、今もいつも通り厚木さんと一緒にいる。見たところ変わった様子もないし、意外とメンタルが強いのかもしれない。
「んんー」
窓から差し込む日差しを全身に受け、大きく伸びをした。
何もない日というのは素晴らしい。一仕事終えた後だと、格別だ。
あれから【鑑定】は使っていない。
うっかり宇宙人を発見してしまっては困る。そこら中にいるとは考えたくないが、もし発見したら気になって接触してしまうからな、俺は。
もう山を割るようなチートスキルは持っていないんだ。日本を救うのはどっかのヒーローに任せて、俺は惰眠を貪るとしよう。
特に歴史の授業は一段と眠くなる。一日の最後の授業となると、その睡魔はたとえ歴戦の勇者であっても打倒することは不可能だ。
俺は腕を枕に、意識を机に沈みこませていくのであった。
「桂木くん」
突然名前を呼ばれ、肩がびくんと震える。
教師に叩き起こされたかと慌てて顔を上げると、目に飛び込んできたのは可愛らしく小首を傾げのぞき込む厚木さんの姿だった。
「もう授業、終わっちゃったよ?」
「なんだと……」
授業時間全て睡眠に使ってしまったとは。非常に有意義だったが、より一層理解できなくなるのは間違いない。
「ありがとな。助かった」
「ううん、もう遅いし……」
教室の生徒はまばらで、多くが既に帰路についたようだ。
残っている生徒も仲間内で盛り上がっている。
あくびを一つ吐いて、荷物をまとめる。机の中に突っ込んだ教科書をカバンに詰めていると、厚木さんがもじもじしながら俺をじっと見ていた。
「えっと、どうかしたか?」
まさか、また何か問題が起きたのか?
俺と厚木さんに関係することなんて、宇宙人関連しか思い浮かばない。悲しいことに。
いや、人付き合いが苦手な俺が、クラスのアイドルと接点を持てたことを喜ぶべきか。
「あのね、桂木くん」
「お、おう」
意を決したように、口を堅く結んだ。そして俺の机に片手をついてぐっと身を寄せてくる。
「今日うち、来ない?」
「は?」
うちとは、家ということでしょうか。
俺は今、憧れの女の子から、お家に誘われているのでしょうか。
少し照れたように笑う厚木さんの吐息が耳に当たってくすぐったい。
「嫌なら、いいんだけど」
「行く! 行きます!」
気が付けば、俺は勢いよく頷いていた。
僅かなチャンスも見逃さない、それが剣聖だ!
「なんでお前もいんだよ」
「は? こっちのセリフなんですけど」
厚木さんに先導される俺たちは横目でにらみ合った。
どうせこんなことだろうと思ったよ。
厚木さんと二人で楽しくお家デートとしゃれこむつもりが、余計な奴もついてきた。
「もう、ケンカしないの」
「サキ、こんな奴を家に呼ぶって何考えてるの? 危ないよ」
「なっちゃん、桂木くんは良い人だよ」
おい香川、危ないとはなんだ。
むしろ、俺ほど人畜無害な男はいないと断言できる。なぜなら、女の子に乱暴しようものなら悪の生徒会長様に消されるからだ。物理的に抹消される。
ただ厚木さんさえ良ければ、やぶさかでない。
「せっかく、初めてサキが家に誘ってくれたのにさー」
「ごめんごめん。あ、もうすぐ着くよ」
香川の家がある駅から数駅、そこからバスで移動したところが、厚木さんの自宅だった。
後ろ手にカバンを持つ厚木さんが、くるりと振り返る。
「ここです!」
どうだ、と言わんばかりの得意げな表情を浮かべた厚木さんが指さした建物を見やる。
「で、でかい」
「さすがサキ!」
大豪邸、と言って差し支えない立派な家だ。
柵に覆われた庭は、手入れが行き届いていて綺麗だ。家の外装も白を基調とした洋風の造りで、芸能人の別荘と言われても納得できる。
「こんなところに一人で住んでるのか?」
目を丸くしたまま恐る恐る尋ねる。
持て余すなんてもんじゃないぞ。
「ふふ、嘘です。本当はこっち」
厚木さんは舌を少し出して、駆け足で道路を挟んだ向かいの建物に入っていった。
こじんまりとした普通のアパートだ。
「どう? がっかりした?」
「いや、妥当なサイズだ」
「サキってこういうとこあるよね」
苦笑する香川とともに、厚木さんの後を追うのであった。