相棒
「私が来る頃にはいつもボロボロね、ケイ」
頼もしい声とともに、ヤチがゆっくりとした歩調で現れる。
「俺がピンチになるまで待ってんじゃねえの?」
「確かに、あなたが無様に転げまわる姿は魅力的だけれど……これでも急いで来たのよ。ケイみたいにバカげた速度は出せないから。【再生】」
ヤチから放たれた白い光が、俺の折れた腕を包み込んだ。ヤチのスキルだ。
骨折によってパンパンに腫れた左腕が、瞬く間に回復していく。すぐに、元通りになった。
やっぱりこのスキルを選んだか。
「サンキュー」
毎回俺が先走るだけで、わざわざケガするまで待っているわけではないらしい。
こうして直してくれるから、俺も安心して先走れるしな。
「私は外傷よりも、精神的に痛み付けたいタイプだもの」
「さようで……」
俺の中で上がりかけていた株が、一気に暴落した。
やっぱ悪魔じゃねえか。
「生徒会長……?」
厚木さんが困惑している。
香川が気絶していなかったら、もっと大騒ぎだっただろう。
説明は後だ。
俺とヤチの関係について話すと長い。
「馬鹿な……培養細胞? いや、だとしても触れずに治す技術力など地球人には」
完全に折れた腕をぶらぶらと振り感触を確かめている俺を見て、テェテェが慌てる。
科学じゃなくてスキルなんだよな。ファンタジー世界の能力だ。
「しかし、腕が治り地球人が一人増えたところで、何も変わりませんよ」
「それはどうかな」
なにせ、俺たちは魔王を倒した勇者だ。
世界一つ救ってるんだ。女の子数人くらい、簡単に助けてやるよ。
「行くぞ」
俺は【加速】しながら敵に肉薄する。
先ほどの高速回転は脅威だ。間合いを広めに取りつつ、ヒットアンドアウェイで攻める。
基本は一度目の攻撃と同じ、【加速】を用いた後出しじゃんけん。
相手の動きに合わせて、ナイフの軌道を途中で変える。
白い腕は、尋常じゃない筋力で俺の動きに追随した。胴体の方も若干振り回されている感じはあるが、バランスを崩すほどじゃない。
通常、腕を振るうには全身の筋肉を使うものだが、その様子はない。
体は使わず、腕力だけで戦っている印象を受ける。まるで、腕だけが発達しているように。
そんな蟹がいたな、と思いながら都合4度目の軌道変更で、ついに敵に隙が出来た。
バランスの悪い相手と戦う時は、最初に足を狙うのが定石だ。
俺は重力に身を任せしゃがみ込み、足を切りつける。
「――っと」
だが頭上から腕が降ってきたので、すぐに身を引いた。回避しながら攻撃したので、敵の傷は浅い。
相変わらず出鱈目な反応速度だ。
だが、初めて傷を付けることができた。
「届いたな」
「この未開惑星人がッ」
テェテェが初めて感情を露わにした。
今回は完全に俺が勝っていたからな。もうあの腕は見切った。攻撃が届くかはともかく、俺が被弾することはない。
俺は一旦ヤチの横に下がり、服のすそでナイフに付い血を拭った。
「ヤチ、何か分かったか?」
「ええ」
俺は突っ込んでその場しのぎの対応をするのは得意だが、如何せん分析力に欠ける。
そこを補ってくれるのがヤチだ。小手調べの攻撃を俺が仕掛けている間、ヤチが観察する。
「あの腕、おそらく自動迎撃ね」
「やっぱそうか? 視覚から攻撃しても反応してくるんだよな」
回転攻撃によって俺の腕を折った時も、俺は背後から攻撃していたはずだった。
視界から消えたから適当に腕を振った可能性もあったが、タイミングも位置も完璧だったからな。
「それと、奴の足を見て」
「足? ……あ」
浅いが、一筋の切り傷が浮かぶテェテェの足。
そこには、うっすらと赤い血が流れていた。
「宇宙人も血は赤いんだな」
「そうね。腕には緑の血が流れているのに」
「たしかに」
「おそらく、強力なのは腕一本だけね。ナイフを通さない皮膚を持っているはずなのに、胴体を守り続けていることからも」
そうだ。
変身していないだけで、全身白緑の巨大な化け物だと思っていた。
だが、それなら体を必死に防御する必要はない。
腕以外は脆く、ナイフで簡単に傷がついてしまう。下がりながら薙いだ攻撃で、血を流すくらいに。
「オッケー。大体わかったわ。好きに攻撃しなさい」
「あいよ」
この言葉を貰ったら、恐れることは何もない。
ヤチが分析完了し、サポートに回るということだ。そうなれば、あとは倒すだけ。
俺は油断なく構えるテェテェに向かって、再度突撃した。
「私の力がこれだけだとでも?」
ナイフを迎撃しようと腕が迫る中、奴はもう一方の手をポケットに入れ、何かを取り出した。そして、それを宙に放った。
爆弾の類か。それなら、俺が対処するまでもない。
「【再生】」
ヤチの使ったスキルが、投擲物を捉えた。そしてそれは、ゆっくりと弧を描いてヤチの手の中に収まる。
「なにかの薬品かしら。宇宙人が持ってる薬品なんて、怪しさ満点ね」
「なぜ起動しない! 私がスイッチを押し忘れるなど!」
「喋ってる場合か?」
その間も、俺の剣戟は止まらない。幾度となく腕に止められながらも、次第に俺の速度の方が勝ってくる。
こうなれば、奴はまた大振りで俺を一度引かせるしかなくなる。【加速】を全力で使用し、視覚から刃を滑り込ませた。
「舐めるなああああ」
来た。回転攻撃だ。
「【再生】」
再び、ヤチの声が響く。今度の対象は……今まさに俺を殴ろうとしている奴の腕だ。
白緑の腕は、まるで水の中で振ったかのように遅くなる。
テェテェは信じられないといった表情で、自らの腕をにらんだ。
ヤチの【再生】は、傷を癒すだけのスキルではない。
俺の【加速】と対をなす、最強クラスのスキルである。
その効果は、局所的な時間の逆行。
患部に使えば傷が癒え、物質に使えば状態を戻したり修理したりできる。
また生物の動きに使えば、動きを抑制できる。
さすがに今攻撃せんとする腕の時間を巻き戻すまでには至らないが、【物体の動き】を少しでも逆転させることで、結果的に速度が落ちるのだ。
俺の腕に使ったような傷を治す使い道だと、俺が完全にスキルを受け入れたから効き目が強い。しかし抵抗の意思を持つ生物相手だと、効果が弱くなるのだ。
意思を持たない物質であれば、先ほどの薬品が入った瓶のように、確実に時間を戻せる。この場合は状態を元に戻し、起動前の状態にしてキャッチした。
「終わりだ」
時間を早く進める【加速】と時間を巻き戻す【再生】という汎用性が高く強力なスキルを、俺たちは好んで使っていた。あまり派手な攻撃すると地形が壊れるからな……。
だから、このコンビネーションに打ち合わせはいらない。
【加速】と【再生】で時間を支配した俺たちに、敵う相手はいないのだ。