”勇者”
「間一髪ってところか」
カッコつけて登場した俺だが、服の下は冷や汗が滝のように流れている。
人間離れした(事実地球人ではない)速度で学校からここまで走った厚木さんに負けないよう、【加速】を駆使して追走してきた。だが、最初香川は見つからなかった。
昨日も来た駅で、もし香川が真っすぐ帰宅していたのなら既に到着している時間だ。
青ざめる厚木さんを尻目に、俺は【鑑定】を超広範囲に発動させた。
あまりの情報量に脳が焼ききれそうな痛みを覚えたが、鑑定対象を香川の捜索だけに絞ったおかげで、こうして発見できた。
にしても、ザ、エイリアンって感じの腕だな。
授業参観日の母親でも、ここまで真っ白に塗らない。さらに血液の色なのか蛍光色の緑が浮き上がった血管に流れていて、気味が悪い。
「厚木さん、香川と一緒に下がっててくれ」
「う、うん」
髪は乱れ、転んだのかあちこち擦りむいている香川を、厚木さんが抱きかかえるように引っ張っていく。安心したのか眠るように気絶しているが、命に別状はないだろう。
「ふむ。どなたか存じませんが、無関係な地球人であっても、邪魔をするのなら容赦はしませんよ」
俺の登場に呆気に取られていたスーツの男が腕を降ろして一歩下がった。
先手必勝!
サバイバルナイフを指先で回し、刃を男に突き立てる。
「せっかちですね」
しかし、ゾウの足かってくらい太い白緑の腕が、見た目に似合わない素早さでナイフを受け止めた。
「それにしても、すごいスピードですね。私のペットを退けたのもあなたですか?」
「昨日のやつか?」
「ええ。あの子は私が作った人工生命体でして。丸腰の地球人に負けるような、やわな設計はしていないのですが」
「丸腰ではなかったな」
ただの木刀だけど。
確かに、あいつの腕を振るう速度は人間の反応速度を超えていた。
俺とて【加速】がなければ対応できなかっただろう。
しかし、アレを厚木さんだと思い込んで【鑑定】しなかったのはミスだ。敵と出会ったらまず【鑑定】というのは、異世界にいた時には常識だったのに。
スキルレベルが下がり戦闘に有益な情報を得られなくなったから、必要ないと思ってしまった。
もし【鑑定】していれば、イコラッカ星人ではなく人工生命体であることが分かったのに。
「【鑑定】」
教訓を生かして、目の前の男を【鑑定】した。
【鑑定結果】
名前:テェテェマステェリア
種族;テェテェ星人
年齢:79
「テェテェ星人か」
「ほう、驚いた。私の母星を知っているとは」
「はっ、ずいぶん間抜けな発音じゃねえか」
「母星の言葉では荘厳で偉大な単語ですよ」
軽く挑発するも、テェテェは感情を荒立てることはせず油断なく腕を構えている。
こういう手合いが一番やりづらい。能力があり、冷静。
昨日の人工生命体みたいに、単調な攻撃をしてくる方が対処は簡単だ。
「厚木さん、こいつを知ってるか?」
「うん……私を狙ってるの。誘拐屋だよ」
「そうか」
それだけ聞ければ十分。
俺のアイドルを狙い、さらに疑わせた罪は重いぞ。後者は俺の思い込みだけど。
さらには無関係なクラスメイトまで危険に晒した。
どんな性質を持ってるか分からないが、戦うしかない。
「桂木くん、巻き込んでごめんね。でも本人が出てくるなんて」
「依頼主が痺れを切らしましてね。早く連れてこないと滅ぼす、なんて言われては動かざるを得ないのですよ」
「だからって、なんで私の友達まで」
「あなたは随分と地球人を大切にしている様子でしたからね」
つまり、人質か。
香川は、そしておそらくは先日行方不明になったクラスメイトも、厚木さんを誘拐するための人質だったわけだ。
腸が煮えくり返る思いだが、感情的になるのは良くない。
冷静に分析すれば、見えてくることがある。
「随分と情けねぇな。女の子一人誘拐するのに、人質が必要か」
「ええ。慎重な性格でして」
「人質がいなきゃ、厚木さんを捕まえられないってことだろ?」
そう、わざわざ人質を用意する理由。
それは正面からでは敵わないからだ。イコラッカ星人に。
「ええ、彼女と違って私は頭脳派ですから」
「昨日の奴は連れてこなくていいのか?」
「あんなおもちゃよりは、私の方が幾分か腕が立ちます」
コキコキと男は腕を鳴らす。
巨大な腕だ。今は片腕以外地球人と同じ姿をしているが、他の部分も相応のサイズなのだろう。
質量というのは、それだけで力を持つ。
ゾウに踏みつぶされれば、無事で済む人間などいないのだ。
さらに、先の攻防から俺のナイフを防御できるだけのスピードがあることが分かった。
サバイバルナイフごときでは傷がつかないことも。
「死にたくなければ、後ろのイコラッカ星人を渡しなさい。そうすれば見逃してあげます」
「嫌だね。【加速】」
正面から突っ込み、ナイフを振るう。奴の右腕が防御に動くのを確認してから、ナイフを左手に持ち替え、下から切り上げた。
男はそれに気が付き、強引に腕を下げて対応しようとする。面積が広いから、少し動かしただけで射線が切れる。
俺は即座にまた腕を止め、地を蹴って背後に回り込んだ。
腕のせいで俺の動きは見えていないだろう。
「もらった――」
首筋めがけて、ナイフを薙いだ。腕を完全に体の前に出しているこのタイミングは防げまい。
一方的な後出しじゃんけん。
それが【加速】を使った戦闘の真骨頂だ。
【加速】は使用者の時間の時間の流れを操作する。ただ体のスピードが上がるだけではない。
相手の行動を見てから、こちらの動きを変えることができるのだ。反射神経だけでは説明がつかない、変幻自在の攻撃を繰り出すことができる。
テェテェは身体能力と反射神経で2手まで反応して見せたが、こちらは何度でも手を変えることができる。
フェイントではない。全ての攻撃が実際に当てにいってる。
だから、予測も不可能だ。
確実に命中する、そう思った矢先。
「はああああああああっ」
男が呻き声を上げながら、右腕を後ろに振りぬいた。
高速で回転するように、体を支点に背後を攻撃する。
ありえない初速と攻撃範囲だ。
直前まで止まっていたというのに、【加速】込みでも完全に回避することはできず、裏拳をもろに食らってしまう。
「ぐはっ」
辛うじて左腕でのガードが間に合ったが、俺はそのまま後方に吹っ飛ばされた。痛みで【加速】が解除される。
空中で体を回転させ、なんとか着地した。
「桂木くん!」
「ちっ、腕一本持ってかれた」
明後日の方向に曲がった腕を、右手で無理やり直す。
もうナイフを握るのは無理だな。
「地球人にしてはなかなか戦えるようですね。おかしな動きをする方だ」
「あんたこそ、よく回るじゃねえか。ハンマー投げとか向いてると思うぞ」
「強がりを。さして親しくもない女子生徒数人、見捨てれば良いではないですか」
厚木さん一人誘拐するために周囲を人質にする奴だ。
当然、交友関係も調査済みってことか。
しかし、こんだけの膂力を持っていて直接狙わないって、厚木さん何者?
さっきのマラソンで身体能力が高いことは分かったが。
「桂木くん、もう大丈夫! なっちゃんを連れて逃げて!」
「それはできないな」
「なんで? 君が強いのは分かったけど、私のためにそこまでする理由はないでしょ? それに、私も強いよ」
そうだろう。
だが、みすみす誘拐犯とターゲットを接触させるのは愚かだ。それに、俺は女の子に戦わせて自分だけ逃げるなんてことはできない。
あ、ヤチは戦わせるよ。あいつは女の子なんて可愛い存在じゃないので!
「私が、宇宙人なのに地球にいるのが悪いの。みんなと一緒に学校に通って、普通の地球人と同じように生活して、友達作って。それが許されると思ってた。でも、もう終わりみたい」
厚木さんが感情を堪えるように目を伏せる。
彼女は危険な宇宙人などではなかった。皆が思う、心優しい少女だったのだ。ただ幸せに生きたいだけの。
それを信じ切れなかった自分が情けない。
昨日香川を尾行していたのも、多田さんの行方不明からテェテェ星人の接近を察し、守るためだったのだろう。
自分の身近な友人が標的にされていると予測して。
優しさにつけこみ、外堀から攻める方法を取った奴の狡猾さに、怒りが湧き上がる。
「地球は未開惑星ですからね。こちらも見つけ出すのは苦労しましたよ」
「私が大人しくついていけば、皆には手出さないでね」
「ええ。約束しますよ」
「あと、多田ちゃんも返して」
「ふふふ」
男は意味深に笑うと、右腕を持ち上げた。白い腕に亀裂が入ったかと思うと、緑の血液をまき散らしながら二つに割れた。
気色の悪い光景に思わず顔を歪めたが、中にあるものを見て絶句した。
そこにいたのはうちの制服を着た少女だ。おそらく件の多田さんだろう。
「ここにいますよ。ええ、生きていますとも」
「便利な体だね」
「この腕のおかげで、商売が成り立ってますからね」
厚木さんが立ち上がり、そっと香川を地面に寝かせ歩き出した。
俺はそれを静止すべく、全力で駆けよった。
「桂木くん、ケガさせてごめんね。最初からこうすればよかった」
「させねえよ」
厚木さんを守るように、二人の間に両手を広げて立つ。
「桂木くん、どいて」
「それはできない相談だな」
「なんでそんなにケガをしてまで、助けてくれるの? 私なんて、あなたへのイジメを見て見ぬフリしてきたのに」
一年生の時。異世界にいた記憶が強すぎて、もはやあまり覚えていないが、俺は軽くいじめられていた。
周りを恨んだこともあった。人生に絶望したこともあった。
あやうく、終わりを選びそうになったことも。
しかし、そんな俺に唯一優しくしてくれたのが、厚木さんだ。
仲良くしたこともない、愛想も悪い俺に、普通に接してくれた。優しく笑いかけてくれたのだ。
その普通が、なにより嬉しかった。
「なぜ助けるのか。それは俺が」
テェテェ星人が再び腕を閉じ、多田さんを収納する。そのまま、その腕を大きく振りかぶった。
「勇者だからだ」
即座に【加速】を発動。厚木さんを抱え、飛びのいた。
腕はコンクリートの地面に大きなクレーターを作る。
「厚木さんだけじゃない。あの子も助けるぞ――ヤチ」
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