帰還
「いやー、君たちには感謝してもしきれないよ」
「けっ。白々しい」
「まさかこんなに早く魔王を倒してくれるなんて、驚いちゃったよ」
こいつと会うのは二回目だ。
一回目は、忘れもしない。
勝手に俺たちを呼び出したあげく、異世界に行って魔王を倒して来いと言ってきた、1年前だ。
この真っ白で何もない空間も、二度目となると居心地が良いくらいだった。
「ヤチは納得してんのかよ? こいつのせいで、俺たちが何度死にかけたのか、忘れたわけじゃないだろ?」
「私は結構楽しかったけどね。王子様はイケメンだし!」
籾山夜千は、うっとりと手を合わせる。
けっ。あのいけ好かない王子のことがそんなに好みか。
目の前にしたらきょどって喋れなかったくせに。
「ケイ、なにかしら?」
「なんもねえよ」
ヤチの感の良さには助けられたことも多かったが、こういう時は困る。
「で? 神様がいまさら何の用だ? 俺たちはあんたの希望通り、魔王を倒してやったぞ」
「そうよ! 魔王を倒したら王子様と結婚する約束なんだから、早く返してよね」
そんな約束してたの?
驚いてヤチの顔を見ると、どや顔で見返された。ちくしょう。
男女二人で転移して一年も旅をしたのに、よく小説であるような過ちは一度もなかった。
顔はめちゃくちゃ美人だしスタイルも抜群だけど、お互い馬が合わな過ぎてそんな雰囲気には一度もならなかったのだ。
なんで俺ら二人をチョイスしたのか小一時間問い詰めたい。
「いやそれがね、魔王がいなくなった世界に勇者がいつまでもいたら、パワーバランスが悪くなっちゃうんだよ。だから、君らには地球に帰ってもらうよ」
「え、そんなの聞いてないわ」
「俺は願ったり叶ったりだけどな」
あんな不便で陰気な世界など、いつまでもいたくない。
それに、特に親しい人物もいないしな。
日本にもいないけど。
「勝手に呼び出しといて、用がなくなったら戻れって?」
「そういうことになるね。いやー申し訳ない」
「イケメン王子との結婚は? 優雅なお妃様ライフは?」
「残念ながら」
「そんな……」
ヤチががっくりとうなだれる。
そんなに結婚したかったのか。
俺はスマホもなければアニメもない世界はうんざりだった。
そりゃ、最初はラノベで見たやつだ! って喜んださ。
ゲームみたいな世界観にもわくわくした。
蓋を開けてみれば、敵と戦えば命の危険があるし、汚れるし、相方は性格悪いしで、良い事はなかった。あと飯がまずい。
「分かったから、早く帰してくれ」
「理解が早くて助かるよ。代わりといっちゃなんだけど、君たちを転移させた日時に戻すようにするから」
「あ? ……そりゃそうか。一年後行方不明になって戻って来たんじゃ、神隠しか浦島太郎かって話になっちゃうもんな」
「あと、ステータスも地球人レベルまで落とさせてもらうよ。スキルも没収」
「ぜひそうしてくれ。うっかり素手で家を壊しでもしたら、生活が脅かされる」
俺は毎日ゆっくり過ごしたいんだ。
マスコミや警察に追われる生活はまっぴらごめんである。
一年間働いた分、戻ったら一年くらい休みたい。
確か転移した時は高校二年生の春休み明けだったような……休めないじゃん。
「ちょっと待って、何勝手に話進めてんのよ」
「ヤチだって、家族に会いたいだろ?」
「まあ、うん」
転移したばかりのころ、いや、最近もか。家族のことを思い出して泣いていたことを、俺は知っている。
合わないと言っても、魔王を倒すためになんだかんだいつも一緒にいたからな。
「じゃあいいだろ。早く帰ろうぜ」
「でも、全部無駄になるんだったら、何のために頑張ったのか分からないじゃない」
「それもそうだ。おい、なんか報酬よこせ。一生遊んで暮らせる金でいいぞ」
「イケメン王子様でいいわ」
報酬で人間要求すんのってどうなの?
「一理あるね。じゃあ、スキルを二つまで持ち帰らせてあげるよ。異世界でも使ってたスキルが、地球に帰っても使えるよ。リソースの関係で、スキルレベルはリセットさせてもらうけどね。あと、ステータスも地球人のトップクラスくらいには上げておく」
「いらねえ……」
現代日本で金以上に必要なものなんてねえよ。
学校との往復と、家でパソコンいじるだけの生活のどこに、高ステータスとスキルが必要なんだ。
俺はオタクだが、自分で体験したいわけでは決してないことに、この一年間で気が付いた。
「それ、結構すごくないかしら」
どれにしよっかなーと言いながら、ヤチがステータスを開いて選んでいる。
俺もそれにならい、スキル一覧を開いた。
日本で使えるスキルか。
攻撃スキルは論外。何かお金稼ぎに使えるスキルがいいよな。
これなんかいいんじゃ……いやこれも。
ゲーマーの性なのか、気が付けば俺もしっかり吟味していた。
「じゃあ、決まったようだし、転移した瞬間の地球に帰ってもらうね。重ねて言うけど、二人とも本当にありがとう。おかげで世界が一つ平和になったよ」
「おい神、お前が異世界でたまにしてきた嫌がらせ、絶対忘れないからな」
「あれ? 僕の仕業だってばれてた?」
「あんた以外に、誰が俺の黒歴史ノートのありかを知ってるんだ」
「あはは、良い思い出になったでしょ?」
恥ずかしさで死にそうだったわ。
異世界の住民はそれを見て勇者が作った魔導書とか言い出すし、ヤチは爆笑してるしよ。
「じゃあ、ヤチ。行くか」
「は? あんた学校では私の後輩だから、敬語使いなさいよ」
「はいはい。籾山先輩」
ヤチは高校三年生で、一つ年上だ。
「それでいいのよ。桂木佳くん。ていうか、接点なんてなかったんだから、私に関わってこないでよ。あんたなんかと知り合いだと思われたくないわ」
「ひでぇ言い方だが、二度と関わりたくないのは同意だ」
「敬語」
「話さないんじゃなかったんですか?」
「フンっ」
嫌味っぽく返すと、ヤチはそっぽ向いてしまった。
神様が髭をさすって禿げ頭を撫でると、俺たちを空から降り注いだ青い光が包んだ。
異世界に行くときもそうだったけど、その発動の仕方クセ強いな。
「感動の別れも済んだところで、転移しちゃうよ」
「あんたも、二度と顔出してくんじゃねえぞ。俺は平穏に過ごすんだ」
「もちろんだよ」
フリじゃないからな。
破邪の鎧から、懐かしい学生服へと装いが変わった。
なぜか赤く染まっていた髪も、元の黒に。
ヤチの方をチラ見すると、同じような変化が訪れていた。
こうして、異世界を救った勇者たる俺たちは、無事元の世界に帰還したのだった。
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