短話3 奔放なパーカッショニスト達(二)
「わかった。……あなた、人たらしね」
「はい?」
「「「!!!!」」」
瞬間。
もう、お前は口をひらいてくれるなという空気が中規模合奏室に充満した。
* * *
『やっほう皆、お待たせ!』
バターンッ
(――……!)
勢いよく扉が開けられたのは、あのあと割とすぐだった。
周囲の不自然な沈黙を全く意に介さず、第三皇子は堂々と入室する。面々は一気に表情を緩ませた。
『もー、皇子。遅いっすよ~』
大太鼓奏者がわざとのんびり野次を飛ばす。ごめんごめーん、と悪びれず、にこにことするシュナーゼン。
一同はほんわかとした。
全員もれなく強心臓の持ち主だが、明らかにホッとしている。
そんな中、イオラだけはむっつりと口をつぐんでいた。流石に皇族相手に不敬を働く気はないらしい。
――と。
さほど高身長というわけでない皇子の後ろ、ひときわ低い位置から、鈴を振るう可憐な声が聴こえた。
『失礼します、打楽器の皆さん。このたびは私の事情で皆さんにご協力を仰ぐ形となり、申し訳ありません』
『いえ……! どどど、どうぞ! お好きな楽器をお試しください。各奏者も控えておりますので!』
ぼんやりとティンパニの隙間から見つめてしまったユージィンは、慌てて立ち上がった。
くすくすと柔らかく笑うエウルナリアに全員の視線が集中する。『では早速』と、優雅な歩調で無駄なく、花を渡る蝶のように少しずつ。令嬢は手近な楽器から見て回り始めた。
ほぼ全員、何らかの面識はある。行く先々で歓談の輪が広がる。
事情とは。
彼女の第二専攻である打楽器の課題を、どれで行うか? と、いうことだった。
やがて、最後にマリンバにたどり着いたエウルナリアは穏やかに首を傾げた。
イオラは、若干険しい瞳で令嬢を眺めた。
優しげで深い青の瞳。柔らかな光輝をまとう白磁の肌。薄桃の頬、珊瑚色の唇は愛らしくみずみずしい。眉の下で切り揃えられた前髪は凛として。肩と背を波打ち、流れる黒髪は絹糸の滝のように。
――つまり、とびきりの美少女。
目の前のすべてをひっくるめて尚、それ以外の形容を浮かべられなかったイオラは故のない罪悪感に駆られた。直後、すさまじい勢いでむかむかとする。
(なんで。なんで、こんな子がいるの……!??)
叫ぶのは心の中だけ。こればかりは聞かせられない、と、きりりと眉を吊り上げた。
* * *
ここよりずっと北。
白夜は豊かな大国といえども、生まれたセツキ村は、ぱっとしない寒村だった。
白雪山脈を挟んで南側に位置する湖の国レガート。
その第一皇子が白夜に留学しているため、季節ごとに山越えの街道を往き来する。その道すがらにぽつん、とあるだけの場所。
去年の春の祭と、皇子一行の滞在。
日程が重なったのは偶然だった。
あのまま、あの村で。
ずっと、セツキ琴と呼ばれる古い楽器の奏法を受け継ぐ者として、一生を終えるのだと思っていた。
細縄で連ねられた音板が上下に二段。
地べたに置いた専用の木枠の上にそれらを並べ、胡座をかいて打ち鳴らす。
羊毛を先端に巻いた、細くしなる四本の棒はマレットそっくりだが、音階は独特でドレミファソラシド、と少し違う。反響のための共鳴管も何もない。が、素朴な木の乾いた音色、溶けるような響きを、自分は酔いしれるほど好んでいた。
――――なのに。
(死に物狂いだったのよ……、あれから。レガートの皇国楽士になれるならって、家族総出で盛り上がるもんだから!!)
レガティア芸術学院は、楽器が巧みなら誰でも即事編入可、というわけではない。
言葉遣いに教養、立ち居振舞い、全学業。地元の学校で最低限の勉学を修めただけの自分には、万事流れる水のような優雅さを湛えるレガートは異郷過ぎた。
――それでも。見いだしてもらえたのは、ひどく嬉しかったから。
『よかったら、レガートで学ばない? きみは、いい奏者になれる気がする。…………とっても華やかな音色で、惹き付けられたから』
不思議な琥珀のまなざし。今や打楽器仲間となったシュナーゼン皇子よりも柔らかい、白銀のさらさらとした短い髪。四つ年上の第一皇子、ノエル・フィン・レガート。
結局は、初めて見る異国の綺麗な皇子にほだされた。
心のどこかで、また会えないだろうかと願っている。
もっと上手くなれば。
もっと、楽士としての能力を認められれば、再び声をかけてもらえるのではないか。
そんな願いを、ずっと抱えていた。
単なる妬み。
それくらい、わかっている。
それでも目の前の少女は、生まれながらに全てを手にしているように見えた。
美貌も魅力も運も、おそらくは才も何もかも。
「――わたし、あなたが嫌いよ。歌姫エウルナリア・バード」
考えるより先に、言葉は滑り出した。
なんてこと。イオラさんが暴走しました。
(名前がよくなかったのか)
イオナズ○までは至らないはず……いえ、何でも。