短話3 奔放なパーカッショニスト達(一)
副題は「シュナーゼンと愉快な仲間達」で……(震える小声)
創立八百年は下らない、由緒正しきレガティア芸術学院音楽部。
ここでは主に、オーケストラで使用する楽器をみずからの希望・適性に合わせて二つまで専攻できる。
弦楽器。管楽器。打楽器。
少し変わり種では大道芸や市井の酒場などでも使い勝手のよい竪琴も。
めずらしい異国の楽器も、学ぼうと思えば学べる。身一つで奏でられる声楽は言うまでもない。男声女声、各音域ごとにきっちり細分化されている。
――しかし、なかでも個性派揃いと噂されるのが打楽器専攻だ。
「ね、本当に来るの? 例の歌姫」
「!」
ぎょっとする面々。またか、と舌打ちする青年。
ぼやくように呟いたマリンバ奏者の少女に、絨毯の床に胡座をかいてマレットの整理をしていたティンパニ奏者は、ぎろりと視線を流した。
* * *
この国では、学生であっても実力を認められれば栄えある皇国楽士として就職できる。いわば公職持ちとなる。
『一切の貴賤は問わない』とする学則どおり、厳密な審査を経て選ばれたかれらは、真のプロフェッショナルとして他の学院生から尊崇のまなざしを注がれていた。
外国の、一地方出身の貧しい少女だろうが。
自国の貴族、皇族だろうが関係ない。待遇は等しく、そういった意味ではとてもシビアな実力社会だった。
学院の西棟三階。
ずらりと並ぶ専門室。その一つに、打楽器奏者らの集う中規模合奏室がある。
他パートにも一つずつ与えられている、分奏およびアンサンブルのための部屋だ。一階の個人用練習室とは違う。広い。
ティンパニ、マリンバ、ヴィヴラフォン、シロフォン、グロッケンシュピール、大太鼓、各種中太鼓に小太鼓。
……以下略、と付けたくなるほどの打楽器の群れ。それらが不思議な等間隔を空けて置かれている。奏者はそれぞれ一名ずつ。
元々、手持ち無沙汰だからと楽士団の持ち曲の分奏をしていた。
休憩の合間、ふと、本来の集合の理由となった令嬢について悪感情をひけらかしたマリンバ奏者に、和んでいた場が凍りつく。
皆の反応にきょとん、とする少女。
可哀想なものを見つめる面々の、苦く残念そうな顔。
ティンパニ奏者に至っては、あまり優しくない。どころか厳しい。
かれは、端的ではあるが嗜めるように。噛んで含ませるように、吟味した言葉を並べたてた。
「口を慎めよイオラ。いくら、第一皇子殿下の伝で外国から中途編入した特待生だからって、不敬は許されない。
……いいか? 次代の“歌長”なんだぞ?」
正味、故郷の寒村から南方のレガートに来てまだ一ヶ月。
さほど付き合いの深くない先輩のお小言に対し、紫がかった栗色の髪のイオラは、いらっと眉をひそめた。立ったままマリンバに両肘をつき、頬杖をつく。呆れたように言い捨てた。
「それよ。なんで? 現歌長の一人娘だから? バード楽士伯家の嫡子だからってこと? そんな大事な歌い手が世襲制ってのも理解不能。わかんないわ。なんで?」
「『なんで』、て」
……はぁぁ……と。
ティンパニ奏者の青年は盛大に、何度めかの溜め息をこぼした。
“たのむ。誰か、教えてやってくれよ”
と、無言で周囲の面々に協力を仰ぐも笑顔の黙殺。清々しいほどに孤立無援。
――なるほど、合奏以外では全員独奏者を自認するパーカッショニスト達らしい。実に、らしい態度だった。
(くっそ、覚えとけよ)
明るい茶色の瞳、金茶の髪、童顔の自分はこういうとき、ひたすら自分の外見的人懐っこさを呪う。
一応四学年。最上級生なのだ。なのに、この扱いはどうかと思う。
なお、この場にはいない打楽器パートの超新星・輝ける第三皇子殿下は、かれらに輪をかけて唯我独尊だった。
第三皇子――シュナーゼンは今、件の楽士伯令嬢を迎えに行っている。
銀の髪きらきらしい、紅眼のレガート皇室秘蔵っ子が打楽器狂いになったのは、かなり幼い頃だという。
その、かれをして『好きなんだ。打楽器か彼女かなんて、選べるわけがない』と、堂々と言わしめる歌うたいの姫君を。
彼女が、将来楽士団の“顔”として担うことになるだろう重責の数々を。
(どう、説明すりゃいいんだ……?)
重々しい再度の吐息。
楽士団の打楽器パートにおける、学生部リーダーの奏者ユージィンは、痛み始めた頭を文字どおり抱え込んだ。