第8話 救出
娘たちに見張りを任せ外へ赴く。
我慢できる歳ごろ、でも肉欲のほうが上かもしれない。
少し疑ってしまったけれど、娘たちならきっと大丈夫。
母である私、頭である私、みんなの姉である私。
泣かない、縋らない、負けない私。
理想の、大人。
私こそが象徴。
だから、気付いた。
呪文は既に出来上がっている。
狙いを定めて、打つ。
鋭い空気が幾つも重なって束になる。
空間に溶け込んだ刃が、何もないはずの空を斬る。
時間にして瞬き程度。
一瞬だった。
木の幹に無数の引っかき傷が刻まれ、遅れて液が迸る。
汁の詰まった果物が外部衝撃で破裂する様に。
綺麗な赤を周囲に滴らせた。
敵陣地だというのに甘い。
詰めが甘い。
息も絶え絶えになっているそれに近づく。
秋のそよ風を思わせるような息遣い。
肺に穴でも開いたか。
貴重な資源なのに。
どうしてだろう。
分からない。
気付いているけれど、気付かないふり。
いつからかわからない。
でも、大人に、彼女たちを背負って生きていく為に。
奴を仰向けにする。
見た事のある顔だ。
血走った目で、こちらを睨んでいる。
これを若くした男を私は知っている。
その男をこいつも知っている。
何かを言っているようだ。
酸欠の魚のみたく口を動かして。
弱弱しくも、明確な憎しみを持って。
彼が死んだのは彼が弱かったから。
実に非力だった。
弱かった。
でも、身体の相性は最高だった。
鞘に剣が収まるように、唯一にして無二だった。
頬を撫でる。
顔を覗き込む。
焦点が合わない。
見えているのか怪しい。
流れ出る液が止まらない。
懐かしい。
肋骨に近い傷口を撫でる。
綺麗な紅。
健康的で堕落など無縁の生活を送っていた証。
まだ温かい。
もっと。
水音を立てて中に入り込む。
指先で遊びながら、目的地を目指す。
時には感触を楽しむ。
臓腑を、生命を感じて、進む。
溢れ出る液の根源に辿り着く。
彼の息が荒い。
可愛い。
表情を観察しながら、それに触れる。
生きている。
力強く、瀕死なのに役割を果たさんとする。
愛おしい。
力を入れる、苦悶の表情で喘ぐ。
思わず笑みがこぼれる。
可愛くて愛おしくて、そして。
生きているからー壊す。
果実をもぐ様に。
正しい場所からスルりと取り出す。
液で身体が濡れる。
構わない。
彼が手の中にいる。
私と一つになりたがっている。
鼓動がそういっている。
どうするべきか。
決まっている。
はしたなく下品に口を開ける。
舌を出す。
先が触れる温かい。
唇が触れる柔らかい。
膜が膜に触れる水水しい。
頬が張るおいしい。
喉を鳴らして、嚥下する。
彼を感じる。
一つになれた。
魂は違えど、子の親なら間違いない。
一つに成り損ねた憂いも晴れた。
大人になれた。
身体の痙攣も止めた彼。
瞼を下ろして頭を撫でる。
抜け殻に用はない。
呪文を構築して木々に命令を出す。
少しずつ沈んで行く彼だったもの。
私の中で生き続けるの。
捕らえて離さない。
だいすきだよ。