第7話 猫族
液溜りに器が崩れ落ちる。
空になれば後は糧になるけれど、捕れる数は時を経るにつれ、少しずつ減っている。
数日間しか保たない、貴重な資源。
感情的にも、先程まで彼と体温を分かち合っていただけあって少し切ない。
混ざり合った温度が、火照った身体をより焦がして収まらない。
他の娘の所で混ぜてもらおうかしら。
「っぁ」
強烈な肉欲に耐え切れず周囲に目を向けるも、最中だった娘が、残念そうな声を漏らすと共に、またひとつ、大袈裟に音を立てて床に崩れ落ちる。
コレで何体目かな。
殆ど肉塊と変わらない器は、食用か儀式の贄になる。肉塊は置いていても臭くなるだけだから。
さてと。
幾度と繰り返したけれど、この光景は毎度違う。
雄に同じ個体等いないから当たり前だけれど。
自分を鼓舞して暗い気持ちを振り払ってから、新しく届けられたばかりの資源(?)へと目を向ける。
覚醒はしているのに。
しかしかなりおとなしい。
普段であれば、捕まえてきた雄は暴れ、暴言を吐き逃れようと懸命にある。
この個体に限ってはそうじゃない。
項垂れ(うなだれ)、周囲を伺っている。
「ふふっ」
その様子が可笑しくて愛おしい。
他の娘も気になっているのか、彼に熱い視線を送っている。
皆、いまにも飛びつきそうな、限界を寸の辺りで留めている。彼は不思議と美味しそうな薫りがする。
みんなの気持ちは私も同じだから理解できる。
でも、あと少し、もう少しの辛抱。
美味しく頂くための調理。
彼と私の雫が静かに床を濡らす。
ひとつ、ふたつは全に呑まれひとつになる。
嗚呼、早くひとつになりたい。
邪魔者を片付ければ丁度良いかしら。
いや、彼らも混ぜてあげましょう。
きっとそのためにここまで来たのだから。
件のアレ、大木の幹の上方を中心として、楽園、もとい、木上の小屋はある。小屋の大きさは龍の頭程はあり、角のトンガリが取れた、ほぼ丸い正方形。
繋ぎ目が無く、綺麗な木目と温もりを感じさせる見事な外装は、大金を積んで欲する貴族がいたそうだ。結果は考えるまでもない。また、小屋を遠目から見れば気付くだろうが、床が少々傾いており、その先は大黒柱、幹に向かっている。
というのも、長年の調査で得た知識で、その小屋は捕まえた種を閉じ込め、(猫種にとって)美味しくなるように加工する為の部屋であり、原理は判らないが自我を破壊、喪失する。他には行為をした際に出た分泌物を吸収する役目を担う。
有難い事に、ここら周辺の木々の太さは統一され、小屋の数もまた限られており、中に餌が入っていれば、その幹は他の幹より太い。
ここから導き出された仮定は、大木が密集するこの森林が、猫種との共存関係にあることだ。
というのも、この小屋には出入り口が存在しない。
我々が知らないだけかも知れないが、認知していない。幹が認めて入れるのか、固有の個体しか入れない結界が張ってあるのか。
何にせよ厄介である。
「行くか?」
「待て」
幹の小屋の近く、他の木の枝数箇所の上に20名程潜伏しつつ、機会を伺う。
「偵察頼めるか?」
「任せてくれ」
村で最も隠密に長けている同胞に声を掛ける。
二つ返事で了承した彼とは長年の付き合いだ。
生きて帰ってきてくれ。
気配を消し、敵を伺いに消えた彼を想う。