第2話 異世界
「父さん、母さんいってくるよ」
「いってらっしゃい!まーくん」
「ああ、気を付けるんだぞ」
車で駅まで送ってくれた両親。
スーツケースと背負ったバックには旅行用品が詰まっている。
4泊5日の修学旅行だ。
「友達とは仲良くするのよ~」
母が無邪気に手を振る。
父も、元気な母に困ったような顔をしながらも、こちらに手を振る。
高校生になった俺の。
俺の両親。
仲睦まじい理想的な父と母だった。
近所でも少し有名な、誇らしい両親だった。
「父さん、母さん」
おかしい
「なんで」
持たされた携帯を掛けても留守番電話。
3コールまでには聞こえる母の声。
それがけたまましく鳴る電子音だけである。
おかしい。
そう感じて、足早に帰った家。
土産はどこに置いたか。
震える手で合鍵を使い、玄関を開ける。
特に何も変わらない廊下。
だけど。
早鐘を打つこの音はなんだ。
寝室を過ぎて、リビングへ向かう。
嗅ぎ慣れない匂いが漂って来るが、意識にいれない。
家族が集まって、団欒とする場所へ。
きっとそこでお茶でも飲んで喋りこんでいるのだろう。
お土産の話や旅行の話で笑っているに違いない。
あの父のことだ、豪快に腹を揺らしている、期待する。
きっと、普段と何も変わらない。
酩酊する視界の端は色がない。
定まらない視点で見る先の世界は薔薇が咲いたように綺麗で。
でもその綺麗さの中には異様さがあって。
考えるより先に胃が激しく痙攣して中身を床に零す。
怒られる、また。
叱責されて、僕が、消える。
*
「み」
・・・なんだ?
「きみ」
「-きーいーーー」
「でー、ーーーさ」
誰かが近くで会話をしている。
誰だ?
「あ、起きた」
「ほんとだ」
「やっぱり!私の言うとおりでしょっ」
「たまたまたまたま~」
「そんなことないし!」
ぼんやりとした頭のまま、瞼を開く。
なにやら言い争っているが、ここは。
「ここは?」
脳が混乱する。
それもそうだ、みたことのない光景なのだから。
澄み切った空に、まぶしい太陽。
顔に影が掛かっており、伺いしれないが、騒がしい二人組み。
そして取り囲み、包み込むように果てしなく広がる緑と青の風景。
人類の科学が未熟だった頃、この景色を見られたことだろう。
俺が自然愛護団体職員であれば涙していたに違いない。
木や草が生い茂り、天を遮る物は何も無く、適度な雲と眩しい閃光。
天蓋がないとはこのことか。
まさに超自然の塊。
「きみきみ、種族は何かな?どこから来たのかな?」
「武器は、無いぞ?おっかしいなァ、丸腰な訳ないでしょうに」
脳裏を痺れさせるような甘い声に、柔らかい肌。
身体のちらこちらをまさぐられ、くすぐったい。
矢継ぎ早に投げかけられるが、答える余裕などない。
何者なんだ。
女性2名という組み合わせは少々奇怪だ。
買い物の途中、あの暗い道で、扉に触れ―--
俺は、扉を勝手に開け不法侵入?
ここは屋外のはずだ、室内ではない。
状況説明に足りない情報が多すぎる。
「まだぼんやりしてるね」
「寝ぼけてんの?」
「こんなとこで寝てたら危ないよ?」
「質問に答えなさい、貴方ァ」
ちぐはぐな女性二人(通行人?)。
見知らぬ土地。
思考が混乱する。
奇怪だ。
なんだこれは。
悪い夢か?
「もう!私を誰だと思ってるの!?無視もいい加減になさいよ!?」
「お姉ちゃん抑えて」
「うっさい、あんたは黙ってなさい」
姉妹?
にしても元気な。
目がなれて視野が開ける。
パニックが流れ込んで思考が追いつかない。
「(なんだこれは)」
三角の耳ハロウィンの仮装?
やけにリアルな尻尾に際どい服装。
それらは時折何かを示すように動く。
目のやり場に困るほど、ほとんど見えかけている。
その、上とか下とか。
肌寒い季節によくできたものだ。
最近の若者は元気がすぎる。
この姉妹?は歳が離れているのか。
姉?の容姿は20代前後、妹?は中学生ぐらいか?
手は人同様、というか人間そのもの。
いうなら尻尾が意思を持って動いてる様に見える点のみ。
輝く白い二の腕、太ももは健全そのもの。
胸なんて綺麗なお椀型、実に風紀を乱す素晴らしさ。
しかし、なんともいえぬこの雰囲気。
なんの冗談だ?
人じゃない、ぞ、恐らく。いや違いない。
「先に聞いたのは私よ!答えなさい」
「すまない時間を」
「十分あったでしょ?」
「なかったよお姉ちゃん」
くれないらしい。
まぁ、でもわかった。
ここは、たぶん、異世界だ。
信じたくは無いが現状、一番答えに近いものだ。
視界の端っこに浮かんでいる謎のアイコンがそれを物語っている。
俺自身、ゲームには詳しくないが友人にMMORPGの廃人がいた。
奴はHPやらMPが語っていたのを横で腐るほど聞いていたのである程度分かる。
恐らくステータスバーと呼ばれるモノが右端上に浮かんでいる。
Lv表記もあるな。
「1」
おいおいおいおい。1だと?俺1か?嘘だろ?
人生歩んできて20年。それがLV1?
驚きの視線を例の姉妹へ向ける。
ステータスバーがあるであろうあたりを目を凝らすと。
メチLV9 ケミLV5
HPとMPには数字が見えないから仕様か?
にしても、絶望的だなこれは。
逃げることも戦うことも叶わない。敵いもしない。
どういう基準でLv表記が成されているのかがわからないが、駆け出し冒険者もいいところだ。