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黙示の賢者  作者: トトロン
第1部 邪神と女神 編
19/23

賢者と思案

 朝のお祈りを終えた帰り道。

 太陽は地平に顔を出すか出さないかといった頃。


 うっそうと生い茂る森の中、人が1人2人通れる程度の小さな空間。

 余人には道なき森の中、その数少ない通り道。

 道と呼ぶには、余りに小さな隙間。

 賢者の住処から続いているその道を。

 いつもと同じ道を、いつもより少し足早に歩いていく。


 いつもと違うのは、心の中。

 いつもなら無感情に、なにも考えずに歩く道。

 その道中で、こんなにも色々なことに心を巡らす日が来るとは思っていなかった。

 

 帰ったら、まずは何から始めようか?

 僕の頭の中は、そのアイデアをひねり出すことでいっぱいだった。


 朝ご飯はどうしようか?

 昨日の野菜スープを少し多めに作ったとはいえ、それだけでは食卓として少し寂しい。

 何か、もう一品、二品、品数を増やしたいところだ。

 消化の良い野菜を使ったサラダなんかどうだろうか?

 うん、悪くない。

 ただ、それだけだと栄養が少し偏るかもしれないな。

 そうだ、今度はデザートとして桃をカットしてあげよう。

 少々、肉や魚といったタンパク源が足りない気もしたが、まずは彼女の調子を見てからだ。

 もしも朝食の時点で、彼女の胃や腸の調子が良さそうならば、昼食の時には肉か魚を少しだけ取り入れてみるのもいいかもしれない。

   

 彼女の衣服に関しては?

 僕が昔に着ていた古着は寝室のタンスの中にしまってあるはずだ。

 だが、それを使うにしても問題点がいくつもある。


 まず一つは、僕と少女で性別が違う。

 彼女がそれを喜んでくれるかどうか、受け入れてくれるかどうかは分からない。

 まぁ、男性が女物の服を着るのに比べれば、女性が男物の服を着るなんて可愛いものだと思うが。

 ちなみに僕は、もう二度と、金輪際、生きている間は、フリッフリのワンピースだとかそういった女物の服は身に着けないと心に決めている。

 絶対にだ。


 次に二つ目。

 僕と彼女で服のサイズがきちんと合うのかどうかということ。

 流石に、服を着れないなんて事はないと思うが、サイズが合わなかったら少女が可哀想だ。

 彼女が人からもらったものに文句を言わない子のように見えるからこそ、こちらでそういったことには充分に気を遣ってあげたいのだ。

 僕が彼女に気を遣うことで、彼女が僕に気を遣う回数をなるべくなら減らしてあげたい。

 無論、彼女には気づかれないように。


 最後に三つ目。

 これはどちらかというと物理的な問題というよりかは、僕の気持ち的な問題なのだが。

 彼女に僕の古着をあまり着せたくないのだ。

 僕の古着を誰かにあげたくないとか、そういう訳ではもちろんない。

 そう長くはない間とはいえ、少女を預かる身になるのだ。

 彼女には、誰かのお下がりではなく、誰かの代わりではなく、キチンとしたものを身に着けてほしい。


 1人の「人間」として、……いや「ハーフエルフ」か。

 まぁ、どっちだろうと、僕には問題ない。

 僕はもう()()()のだから。


 「彼女」を「彼女」として、世話をしてあげたいのだ。

 「人間」だから助けるのではない。

 「ハーフエルフ」だから助けるのではない。

 そこに打算的な理由なんてなくて、あるのは賢者としては唾棄すべき感情論だけで。

 だが、そんな事は彼女を抱きかかえた時点で、助けると決めた時点で、分かっていたことだ。


 だからこそ、「彼女」という存在を。

 ありのままの「彼女」を受け入れてあげたいのだ。


 僕の古着を着せたくないのは、そういう気持ちの表れだ。

 無論これらの問題は、いま現在進行形で彼女が身に着けているボロ切れ一枚に比べれば、些細な問題なのかもしれない。


 だが、僕は思うのだ。

 衣服とは、決して雨風を凌ぐだけのものではないと。

 衣服とは、「人間」という存在が身に着けている「尊厳」、その最も外側の層なのだと。


 立派な恰好をしていれば、素晴らしい衣服を身に着けていれば、その人物は自然と自信に満ち溢れ、世界が素晴らしいもののように感じるだろう。

 だが逆に、今の少女のように、「人」を「人」とも思わない恰好を続けていれば、その外装はやがて魂をも蝕み、いずれこう思わせるに足るだろう。  

 私は「人」以下の存在なんだ。

 私にはこの生活が、身分が、扱いが、相応しいのだ、と。

 彼女と初めて顔を合わせた時に震えていたのが、その証拠だ。


 書物で読んだが、人々は学校という学びの場に通うのに、皆揃って同じ衣服を身に着けるのだという。

 それはなぜか。

 決して、それぞれの「立場」に応じて、必要にかられて「衣服」を身に着けているわけではない。

 その「衣服」を身に着けることによって、自身の「立場」を、その胸に、心に、刻んでいるのだ。

 自身という「存在の根源」を忘れない為に、衣服を身に着けるのだ。

 もちろん、人によって認識の大小、意識無意識はあるだろうが。


 中には「衣服」などといった些事に、魂の在り方を問われない者もいるだろう。

 外装に、物事の表面的な部分に囚われずに、自身の本質を、精神を貫く事ができる高潔な人物もいるのだろう。

 だが、それはごく限られた人間だ。

 強い人間だ。

 そして、この世界に住む者がみな等しくそう在れるわけではない。

 みながみな、強く在れるわけではないのだ。


 だからこそ、彼女を縛る「固定概念」、彼女にとっての「常識」を打ち破るための第一歩として、「人間らしい」衣服を着てもらいたいのだ。

 もう誰に怯える必要もない、もう何に震える必要もない、と。 

 それが、彼女が「彼女らしく」生きる為の初めの第一歩だと、僕は思うのだ。


 そうして、歩みと思考を続けるうちに、木々の隙間から一際強い光が漏れだす。

 見えてきた、我が家だ。

 目を覚ました少女がお腹を空かせて待っているかもしれない、急ごうか---!!










 だが、帰ってきた賢者を、僕を待っていたのは、空腹の小さくて愛らしい少女などではなく……。

 ()()()()()となった小屋だった。 

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