賢者と帰宅
どうもトトロンです。
今回も少しだけ長くなったので、二つに分けました。
前半(今ここ)は少し短く、後半(次話)は少し長いです。
では、黙示の賢者をひき続きお楽しみください。
目の前のボロボロの少女を抱き上げる。
時間的猶予はない。
少女の命は今にも失われそうで。
両手で持った体はまるで綿のように軽くて。
手足の先は木の枝のように細くて。
こんなにもボロボロで小さくて傷だらけなのに。
その体から少女らしい柔らかさと滑らかさが失われていないのが、逆に不思議なくらいだった。
まるで、それは精巧にできた人形のようだった。
だが、温かい。
少女の体は冷え切っているが、その体の奥に宿っているのは、間違いなく生物としての温かさだった。
逆説的にも言える、こんなにも冷たくなることができるからこその人間なのだ、と。
正確ではなかったか。
先ほど髪からチラリと見えた耳を思い出す。
話だけはきいたことがある。
実際に、遭遇することになるとはまるで思ってなかったが。
でも、そんなことはどうでもいい。
彼女を見つけて、体が勝手に動いていたのだ。
なら、それ以上の理由はいらない。
僕は彼女を助けると決めたのだ。
両手で彼女を抱えながら、僕は器用に右手の人差し指だけを動かし、虚空に文字を描く。
術式を宙に描き、魔法の効果を発動させる。
属性は風、描く文字の意味は旅。
術式を中心に、風の魔素が集まってくる感覚。
その魔素を、術式を介して、自分の中に取り込む。
いつも練習していることだ。
その動きには一つの無駄もなく、一点の迷いもない。
時間にして、わずかゼロコンマ数秒。
いや、それ以下か。
もはや僕の術式起動速度を評価する人は、文句を言ってくる人は、いない。
<加速>
心の中で、魔法の名前を呟く。
その身に風の動きを宿すとともに、一歩踏み出す。
二歩、三歩と力強く地面を蹴る。
視界の両端で、木々が凄い速さで流れていく。
その速さに、本来は力強く真っすぐに立っている木々が揺らいで見えるほどだ。
まるで風のように、僕は森の中を駆けていく。
この少女を救うために、僕は帰るべき場所へと急いだ。
家が見えてくる。
これほど全力でスピードを出したのはいつ以来か。
だが加速した僕は、その速度を緩めることはしない。
時間がないのだ、一秒でも時間が惜しい。
家の入口、木製の古いドアが近づいてくる。
今の僕はあいにくと両手がふさがっている。
そして、一瞬でも早く家に帰りたい。
ならば、自ずと自分のやるべきことは見えてくる。
僕は、そのまま---。
思いっきり---。
愛しの我が家のドアを蹴破った!!
結果として、ドアは豪快に室内に吹っ飛んでいった。
元より立てつけが悪くなってて、音がギィギィなるようなドアだ。
この際、いい機会だと思って、ひと段落着いたら直せば良いだろう。
そんな風にポジティブに思いながらも、僕はその動きを止めない。
まずは、先ほど描いた術式と同じ形をなぞる。
流石に、室内で加速はできないので、魔法の効果を解除する。
そして、入ってすぐ右の部屋、寝室へと彼女を連れていく。
もちろん両手がふさがったままなので、このドアにも思いっきり蹴りを入れる。
だが、入口の時と違い、スピードが乗ってなかったおかげか、凄い勢いで開いたもののドアはかろうじてしがみついてくれていた。
ラッキー、と思いながらも室内へと入る足は止めない。
今にも死んでしまいそうな彼女を割れ物を扱うようにゆっくりとベッドに降ろす。
さて、どうするか。
どうするか、というのは何をすべきかを迷ったがための言葉ではない。
何からすべきかと迷ったための言葉だ。
曲りなりにも、僕は賢者だ。
専門家には及ばないが、それでもそれなりの医療知識はこの身に叩き込んである。
まずは、彼女の容体の確認からだ。
すぐにそう結論づけた僕は、彼女の手を、正確には彼女の手首をとる。
親指を手の付け根にあて、彼女の鼓動を調べる。
……、マズイ、かなり脈が弱い!!
彼女の状態をより正確に把握した僕は、寝室を飛び出したのだった---!!




