テンプレ悪役令嬢、婚約破棄の為に○○する
リハビリ投稿です。御手柔らかにお願いします。
Q,この世界は、何ですか?
A,キミに雪ぐ初恋(R18)の世界です。
Q,私は誰ですか?
A,追放やら毒殺やら素敵なバッドエンドがある、テンプレ悪役令嬢です。
Q,バッドエンド回避は順調ですか?
A,現在、王子の婚約者候補でありヒロインの虐めの首謀者として睨まれ、断罪される模様です。なお、ヒロインはビッち……じゃなかった逆ハールートを爆進中。
そう、ヒロインはあろう事か逆ハーレムエンドをご所望。そんな中、私はヒロインの恋愛()に刺激を与える為に存在する、悪役の令嬢として生まれた。悪役令嬢セリーナ・ヴィスコンティなのである。
セリーナ・ヴィスコンティ。
ヴィスコンティ公爵家の一人娘。
闇夜に融ける濡れ羽色の髪、傷一つなく白く滑らかな肌。瞬けば音を立てそうな程長く重い睫毛に、大きな紫水晶の瞳。月の女神と称される美しい少女……。
いや、自分でこんな風に言うのも恥ずかしい話なのだが、お世辞抜きでセリーナは美人だ。それに15歳にしてスタイルも良い。出るとこはでてるし、そのくせ腰は、細く引き締まっている。顔よし、スタイルよし、家柄よし。それなのに人生負け組なのだから、乙女ゲームってものは、世知辛い。
一ヶ月後に控える卒業パーティ。そこで私は、王子やその他のイケメンに(やってもいない)ヒロインに対する陰湿な虐めを糺弾され、その罪を断罪される。わざわざおめでたい席で、来賓もいる中公開処刑とか、そこまでする必要はないと思うのだけれど、それがテンプレなので仕方ない。
ちなみに、五歳の時義兄と出会い覚せ……こほん。前世の記憶が蘇った。乙女ゲームやら悪役令嬢物の小説が好きな、日本のアラサーOLだった気がする。その辺はうろ覚えだが、テンプレなので気にしない。
婚約者候補から外れるのは構わない。むしろ大歓迎。バッチコーイだ。もともと王子に興味は無いし、王妃になりたいとミジンコ程も思っていない。王子の婚約者など恐れ多い!辞退させてくれと再三に渡って王子本人にも、家族にも訴えたのだが全く聞き入れて貰えなかった。宰相である父なんて「お前は黙って静観していろ。くれぐれも馬鹿な行動にでるんじゃないぞ」っと底冷えする冷気を纏いながら私に告げた。
──ヤバイ
卒業パーティは、すぐそこだというのに……。
昨日耳にしたのだ。リチャード王子と義兄の会話を。
****
「レイズ、私は決めたよ。卒業パーティの日、私は彼女に正式に婚約を申し込む」
「なっ、承諾は得たのか!? あの子が同意したとは俺は信じられない」
「……同意は得ていない。だが、王命を持って婚約を迫れば誰も拒めないだろ? これで、漸く彼女は私のモノになる」
「……俺を、父を敵に回す気か」
「それでも、彼女が欲しいんだ。長く待った。何に変えても欲しい。ならば是が非でも手に入れる。真実の愛に私は目覚めたのだから」
学園の端にあるガゼボ。その側にあるベンチで、執事のクラウスを連れて読書をしていた所、偶偶耳に入ってきたレイズ(義兄)とリチャード王子の会話。そこで悟ったのだ。
ああ、王子はヒロインとの真実の愛に目覚めたらしい。
卒業パーティで彼女に婚約を申し込む。そこで邪魔な私を断罪する。
私を断罪すれば、宰相である父やヴィスコンティ家の養子である兄は無傷ではすまないだろう。だから義兄は
【敵にまわす気か】
低く唸りながら、苦々しくそう吐いたのだ。
****
だから、私は今夜決行する。
父は政務で今夜は帰宅しない。義兄は学園の寮に入っているので屋敷に帰るのは希だ。
ドキドキと高まる胸を落ち着かせ、そっと鏡台を見つめる。
この日の為に街で購入した、ネグリジェ。スケスケのレースのそれは、大切な場所を隠すという本来の下着の意味を成していない。無駄に大きく育った私の双丘。それをそっと持ち上げながら、深いため息を吐く。
「この姿でいけば、少しは色気がでるかしら。とても、誘惑できるとは思えないけど……」
『お嬢様は、お子様ですね』そう呟くクラウスの声が頭を過ぎる。愛を囁く度、ため息とともに吐きだされるクラウスの口癖に、私は何度も傷ついた。出会ってから3年間、彼に寄せる片想い。
断罪されれば、私はヴィスコンティ家に泥を塗ったとして追放かはたまた修道院行き。二度とクラウスには会えなくなる。ならせめて……
「夜這いしてやる」
夜這いして、襲って、処女を貰って貰おう。性に緩くなったとはいえ、王族との婚姻となるとそうはいかない。処女でなくなれば、その時点で婚約者候補から外れるだろう。そうなれば、わざわざ断罪される可能性も低くなる……はず。
手には(違法手段で作った)合鍵。
ガウンの下には厭らしい下着。
おっぱいだってある。うん。大丈夫。大丈夫。クラウスが男色でない限り、据え膳をいただいてもらえる筈だ!
高鳴る胸を抑え、ひっひっふぅーと深呼吸を整える。
イザゆかん!進めや夜這い!目指すはクラウスの寝室!
覚悟を胸に自室のドアノブに手をかける
ーカチリ
「ナニをなさるおつもりで?お嬢様」
低音の凄くいい声が、頭上から降りてくる。
「く……クラウス……御機嫌よう。ちょっと喉が乾いたから、キッチンへいこうかと……」
扉をあけると仁王立ちする、美形が。なんてこった。優秀なクラウスは、何かを感じ取り私の行動を監視していたらしい。彼から放たれるどす黒い怒りのオーラに身震いし、おほほほと私は慌てて取り繕う。
ヤバイ。
なんか、すっごい怒ってる。
般若顔のスタンドが見えるわ!
ゴゴゴゴゴゴゴとかいう効果音の幻聴まで!
「……このような時間に、そのような格好で?」
そう言って、翡翠の瞳で私の姿を下から上へとじろりと見遣る。
痛い。
刺すような視線が物凄く痛い!
いや、これ刺さってる!この人視線で私を殺す気だ!
「その手に持つモノはなんですか?」
「あっ、いや、これはその。なんでも……」
「貸して下さい」
「あっ!」
左手で隠し持っていた合鍵を、クラウスに奪われる。その合鍵に気づき、クラウスの銀縁のモノクルが鈍く光った。
「お嬢様……コレは?」
「あっあはははははははー。えっとそのあの、偶偶庭で拾ったのよ。返してあげないとほら、その困るかなぁっと思って届けようかと……」
──おっふ。我ながら苦しい言い訳だ。
「合鍵ですね」
─ギクッ。
「そのガウンの下は、淑女にあるまじきお姿なのでは?」
──ビクッ。
「……よもや、夜這いなど軽率低脳極まりない行為になど……淑女の鏡である貴女が、致すありませんよね?セリーナお嬢様」
───ビビクゥッ!
「……」
「……」
「…………」
「…………」
しんと静まりかえった屋敷。沈黙が重く重くのしかかる。やだ。お部屋にカエリタイ……
クラウスの視線が、絶対零度突破したぁあああ!!
いやぁああ!怖いっ!怖いよぉ!
凍てつく波動で、私の精神がガリガリと削られてくぅぅう!
「だっ……だって仕方ないじゃない!こうでもしないと、私、卒業パーティで」
断罪され、この家に入れなくなるもの。
「会えなくなるなんて……辛いわ」
貴方に二度と会えなくなる。そんなのいや。
ここが例え乙女ゲームの世界だとしても、私が恋したのは貴方。その柔らかなアイスブルーの髪に、翡翠の瞳。一見冷たく無関心に見えて、木漏れ日に揺れる若葉のような優しい色を宿す瞳。きつい言葉や態度を取るけれど、そのどれもが私を案ずる気持ちや暖かさを感じる。
「処女でなくなれば、婚約者候補から外れるわ。王族に嫁ぐのでない限り、そこに拘る家は少ないもの……私は、婚約者になんてなりたくない。だから」
「だから、夜這いなどという愚かな真似を?」
─ズキン
胸に鈍い痛みが走る。クラウスから発せられた言葉の冷たさに、これまでにない棘と怒りと侮蔑を感じ、目尻にじわりと涙がたまる。
「……」
言葉が見つからない。馬鹿だ。馬鹿だ私。こんな風に見つめられるくらいなら、大人しく断罪され、離れればよかった。嫌われるくらいなら、こんな目で見つめられるくらいなら、夜這いなんてしなきゃ良かった。
「そこまで……好きなのですか?」
吐き出すように、クラウスが呟いた。
「そうよ。ずっと、ずっと好きだったの!初恋なのよ!?初めてを貰って欲しいと思ったの、ねぇ、それが悪い事?この家から離れたくない!」
貴方と離れたくないの!だから、お願い。
「一夜限りでいいの……抱いて……欲しい」
クラウスの袖を掴み、しまい込んでいた想いを吐露する。ねぇ、男の人って愛が無くても抱けるんでしょう?
「お願いよ。クラウス……」
懇願し見上げると、クラウスの翡翠の瞳とかち合った。それは今まで見た事もない色を湛えていて、その目を見るだけで、胸が締め付けられ、息が上手くできなくて
「……お嬢様。そこまでレイズ様の事を?」
クラウスの口から苦しげに零れた名前。
は?
なんだって?
「そこまで想われていらっしゃるなら、夜這いなどかけずとも、想いを告げれば宜しいのです。お二人に血の繋がりはありませんし、家人も旦那様もお喜びになるでしょう」
「いや、ちょっと待って。クラウス。何故ここでお義兄様の名前が?夜這いって、誰が誰に?」
いやーまさかねー。まさかだけど、クラウス……何か思い違いしてる?
「セリーナ様が、レイズ様に夜這いをかけようとされているんですよね? 家人としても、それは承知致しかねます。そういう事はきちんと段階を踏んで「クラーうす!!」はい?」
「貴方、勘違いしてるわ! 何故、そうなるの!? 何故、私がお義兄様に夜這いをかけなくてはいけないの!?」
「え? いつもレイズ様を目で追っていらっしゃるではありませんか」
「それは、お義兄様が怖いからよ!」
攻略対象であるお義兄様の属性は、ドS鬼畜腹黒!ヒロインの天敵である義妹を快く思ってなくて、お義兄様エンドでは私、拘束幽閉呂辱の末に精神を壊し廃人エンドになるのだわ!
いつなん時お義兄様の気分を害してしまわないかと、ビクビク様子を伺っているのよ!
「私、いつも言ってるわよね! 貴方が好きだって!」
「それは、家人としてですよね。メイドのハンナや料理長、庭師のトムにもよく仰られてるじゃないですか」
のぁあああ!まったく伝わってなかったぁあ!
ハンナは同性だし、料理長はおじさんだし、トムに至ってはお爺さんよ!妙齢の異性で好きだと告げたのは貴方だけなのに!!
あー恨むべきかな、八方美人な我が態度!
「いい加減、私を隠れ蓑にされるのはお辞め下さい。旦那様の留守中、レイズ様のご帰宅を狙って行動に起こされた……それが何よりの証拠ではありませんか」
「へ? お義兄様帰宅なさってるの!?」
嘘!お義兄様いらっしゃるの!?こんなに騒いで、見つかったらヤバイわ!うわああ!殆ど帰らないから、油断してた!
「そもそも、その鍵、レイズ様のお部屋の物ではありませんか。勝手に複製を作成されるなど……」
「は?」
「ですから、レイズ様の部屋鍵を勝手に複製されてはいけませんと言っているのですが」
「え? それ、お義兄様の部屋の鍵(の複製)なの?」
「はい。この飾り模様はレイズ様のお部屋の物ですが」
「え? 貴方の部屋の物じゃないの?」
「はい。違います。私の部屋鍵はこちらです」
そう言って見せられたクラウスの部屋鍵。うん。違う。鍵の模様云々。形状がまったく違うわ。
……トムぅううううう!あんた、『よっしゃ、そういうことならワシに任せておけ。ワシがキューピットとやらになってやろう。はっはっは』って豪快に笑ってたわよね!?よりにも寄ってお義兄様の部屋鍵と間違えるなんて!
「ちがっ! 違うのクラウス! 私が夜這いしたかったのは、クラウスで、私の初恋はクラウスなの! 好きで好きで仕方なくて、伝えても伝わらないし、このままじゃ断罪されて家も離れなくちゃいけないから、それなら最期にクラウスに抱いて欲しいって……その襲ってしまえばなんとかなるかなってそれで」
信じて!私、お義兄様と致したいなんて一度も思った事ない!緊張して震えながらも、夜這いしてまで抱かれたいと思ったのは貴方だけ。
「好きなの。貴方が私の事、なんとも思ってないのは知ってる。子どもだと相手にされてないのも。でも、今日だけ。今夜だけでいいから、貴方の腕に抱かれたい」
そう言ってしがみついて気づいた。
……私、ナニを口走ってるの?
夜這いが失敗した時点で、なんとか誤魔化して有耶無耶にすればよかったんじゃない?こんな事してここまで告げちゃったら……
明日からクラウスと普通に接する事できないじゃない!
「……ってなーんちゃってぇ。おほほほほほ。その、あれよ。クラウス。アレなのよ。うん。そうね」
「……」
「……」
流れる沈黙。クラウスの反応がない。どうやらただの能面執事のようだ。
「というわけで、おやすみ!」
退散!退散!勇気ある撤退!寝て起きればきっとあれやこれやは夢だったって事で片付いてる!うん!むしろ夢よ!これは夢!よぉおっし、寝るぞー!
ーってやだ。扉がびくともしないわ。クラウス。その引っ掛けた片足と扉にかけた手を外して下さらない?
え?
何?何かしら?
クラウスの様子がおかしい……。
「お嬢様」
「はい!」
「お嬢様は、本気で私の事を?」
「……えっええ。まぁ、そうね。そう言っていたわね。たぶん」
「今夜、私に夜這いをかけようとされてた?」
「……あー。それはあれよ。うん。若気の至りという奴で、その反省してるわ。だから、そのもうしません。ごめんなさい。なかった事にしていただけると……」
嬉しいなぁ。欲を言えば記憶から消去希望。
「それは、できかねますね」
デスヨネー。はい。明日お父様にこっぴどく叱られるの確定。申し訳ありません。天国のお母様。不出来な娘セリーナは、執事に夜這いをかけるというはしたない行いの末、お父様に勘当され屋敷を追い出されます。
「……お嬢様は、そんなに私に抱かれたかったのですか?」
くっ、やけにクラウスがねちっこい。だからなんだというのだ!好きな男に抱かれたい、処女を散らすなら貴方がいいというのがそんなに悪い事!?
そう思い顔をあげると、そこにはいつもの能面顔でなく、色気と切なさを孕んだクラウスの顔が。
─えっと。クラウス?
「俺に抱かれたくて、こんな夜更けにわざわざ危険をおかしてまでこんな愚かな行動を?」
吐息のかかる距離でそう呟かれ、ごくりと喉がなる。
熱っぽく揺れる翡翠の瞳に、私の身体がきゅんと疼く。
「馬鹿ですね。お嬢様。こんな危ない真似をして。こんな事が他の者の目に……レイズ様の目に触れでもしたら、貴女がどんな目に遭うかまるでわかっていらっしゃらない」
そう呟き、体を引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられる。
「本当に……貴女は馬鹿な女だ」
苦しくなるほど抱きしめられたかと思うと、そっと優しく離される。
「クラウス?」
えっと、クラウスは怒っているのよね?何故抱きしめてきたの?馬鹿だと叱るその声が、甘く感じるのは何故?
「セリーナ様。私は、貴女をお慕い申し上げています。それは、執事としてでなく、ただの一人の男として。ただ、今はまだ貴女の気持ちに応える事ができない。だから、待っていただけますか?」
そう言って私の髪をひと房とると、クラウスはそっとキスを落とした。その仕草と瞳に、胸がどうしようもなく締め付けられ、私はこくりと頷く。
「よかった。では、私は貴女の執事を辞めさせていただきます」
「え?」
待って、クラウス。辞めるってナニを!?
「すぐ、迎えにきますから。ちゃんと待っていて下さいね」
「く……クラウス?」
わけがわからず狼狽える私。クラウスはその額にそっと口付けを落とす。その柔らかな感触と触れられた熱に頭がぽーっとのぼせてしまう。目の前では、愛しいクラウスがダダ漏れな色気を全開に私に微笑んでいる。
「……この愚行へのお仕置きも、その時きちんとして差し上げますから」
ぶっ!ぼひゅん!グッはぁ!!殺された!私、今、かんっっっぜんに息の根を止められたぁあああ!!むむむ無理!なんなの、この御色気殺戮マシーン!能面装備が標準じゃなかったのおぉおお!?
耳に手に頭に指先に、熱が籠りクラクラする。
断罪で追放される前に、クラウスの色気に殺されるぅう!!!
グルグル回る視界。遠のく意識の端で、クラウスの囁きが密かに聞こえたような気がした。
「 」
****
意識を取り戻した翌日、クラウスの姿はなくて、それなのに家人もお父様も特になにも言う事もなく、ただ変わらぬ日々が過ぎていく。
ただ、クラウスがいない日々。三年前と同じなのに、私はそれが受け入れられなくて、クラウスがいない。その事が、私の心を影らせた。
それから、一月の時間が流れた。変わらずクラウスからの便りはない。夕食を終えた後、部屋に戻る。なにもする気力も起きず、ふと窓辺から外を見る。差し込む月の灯りに気付き、バルコニーへとそっと身を出す。
明日は、お義兄様とリチャード王子の卒業パーティだ。正直、できる事なら……
「行きたくないなぁ……」
心の声が漏れる。
クラウスは、私に待ってくれといった。そう言って消えた。でも、私は彼を待ってあげる事ができそうにない。だって、明日は卒業パーティで、私はその場所で断罪され追放される。
「……いつになったら迎えにくるの?」
不安と寂しさから、ぽろぽろと零れる。
「……あいたいよ。ねぇ。私を迎えにきて。さらってよ……クラウス」
鼻先がツンと痺れる。熱くなっていく目頭を慌てて擦る。
「待たせてしまって、すみません」
聞き慣れた、心地良い声に、胸がざわめく。声の主を探して、期待して、願いを込めて、その姿を目にとめる。
バルコニーの下。庭園の噴水の前に立つ一人の青年。その姿を目にし、息が止まる。
「攫いにきましたよ。お嬢様」
私を見上げにっこりと微笑むクラウス。いつもの執事服ではなく、何処の貴族のような出で立ちに、ハッと息を呑む。
「お嬢様」
「……」
「おいで」
そう囁き広げられた両腕に、私はめいいっぱい飛び込んだ。
しっかりと抱きとめられ、ぎゅっと抱きしめられクラウスを感じる。
「クラウス?」
「はい」
「クラウス」
「はい」
「クラウスクラウスクラウス」
「なんですか?お嬢様」
「本物なのね」
「ええ」
「何処にも行かない?」
「はい」
「ずっと傍にいてくれる?」
「貴女が嫌と仰っても……その為にこの一ヶ月奔走してきましたからね」
そう言って笑うクラウス。
「ヴィスコンティ公爵のお許しも頂いています。今から貴女は私の……いや、俺の婚約者です。婚約破棄なんて、させませんからね」
にっこり笑って私のおでこに口付けするクラウス。
「え? あれ? お父様のお許し? ん? 婚約者? 待ってクラウス……口調や雰囲気がかわって……」
何やらおかしなワードや気になる違和感を追求しようとしたところ
「んっ。ンンッ……あっ」
クラウスにいきなり口付けられた。
ってきっ……キキキ……キスぅううううう!?
「ふふふ。漸く貴女に触れられた。こうして、本当の姿で貴女と向き合え、俺は幸せでどうにかなりそうです」
「んっ。んむっ。はっ……あっふぅ」
重ねらた唇。角度をかえ、強弱をかえ、何度も何度も啄まれる。
「く……くりゃうふ……むっ無理……ちょっ……ちょっとまっれ、ねぇ……おねらい」
その熱量と激しさに、クラクラと目が回る。酸欠でぼぅっとする頭。砕けた腰をクラウスに支えられながら、必死に懇願するとクラウスの動きがピタリと止まった。
「クラウス?」
どうしたのだろうと見つめると、クラウスは唐突に顔を片手で覆い低く唸った。
「ク……クラウス?」
小首を傾げ見上げると、顔を真っ赤に染め上げたクラウスがそこに居て
「……可愛すぎます……貴女は俺を殺す気ですか」
「え?」
「まぁ、このお返しはきっちりさせていただきますから。それに……」
「それに?」
なんだろう。すごく……すごーく不穏な空気をクラウスから感じる……。
「言ったでしょう? 夜這いのお仕置きが保留になったままですからね。それを先にして差し上げますので、楽しみにしていて下さい」
微笑を湛え、うっとりするような声色で耳元で囁くクラウス。
「え? は? クラウス? ちょっと待って、くらーうす!」
抱き抱えられ、屋敷へと出戻りさせられる私。
その後、クラウスは実は母(北方のスノーフィリア王国の元公爵令嬢)方の血縁者で第五王子であった事。内乱から身を守る為、血縁であった父を頼り身分を偽り執事として当家に身を隠していた事。
国が落ち着き、戻ってこいそろそろ嫁をとれ、とスノーフィリアの国王(クラウスの兄)に言われていた事をクラウスもといクラリヒティ・スイフト・リーゼンベルグ王子に告げられた。
婚約を期に、あれやこれやクラウスにされたり
何故か義兄やリチャード王子に、結婚の妨害や告白?のようなものを受けたりするのだけれど、それはまた別のお話。
「セリーナ」
「なあに? クラウス」
「貴女は俺と貴方が出会った日を覚えていますか?」
「それはもちろん!貴方が執事として、我が家にきたあの日よ! あの日、貴方の眼を見て私は恋に落ちたのだから」
そう、冷たく揺れる翡翠の瞳。私はこの眼が、本当は木漏れ日のように暖かく優しい事を知っていたのだから
「……実は貴女と俺は、もっと前に出会っているのですよ?」
「え?」
「……貴女は覚えていないでしょうけど……その時から、私は貴女に惹かれていたのです」
そう言ってクラウスは、私を抱きしめ旋毛にキスを落とす。
「俺の可愛いセリーナ。俺の初恋の全てを君に雪ぎます。だから、俺と融けて……ひとつになって」
クラウス:北の大国スノーフィリアの第五王子。セリーナの母の血縁者。乙女ゲームでの立ち位置は隠れキャラ。セリーナの母が亡くなった際、出会っている。人前では涙を堪え、人知れず泣く幼いセリーナの姿に、守ってあげたい。その涙を受け止めてあげたいと強く思った。国の内乱でヴィスコンティ家に身を寄せてからは、セリーナと一線を引きつつも一番近くで、護り見守ってきた。
リチャード王子:セリーナ達の住むスプリスフィールド国の第一王子。幼き頃薔薇の茶会でセリーナに一目惚れするが、色々と後手後手に回り婚約者候補どまりに。嫌われたくないと強気にでれずもたもたしているところをクラウスにカッ攫われる。ヘタレ。
レイズ:セリーナの義兄。分家より養子として入る。出会ってすぐ、セリーナの愛らしさに心奪われ、妹ラブから一人の女性として慕うように。だが、何故かセリーナに避けられまくりで酷く落ち込んでいる。その鬱憤を周りで発散している為それを目撃したセリーナに更に怯えられ悪循環に……
という裏設定
ヒロインとのあれこれ、義兄やリチャードとのあれそれは、長くなりすぎた為カットしました。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。