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短編集 ひとさじの塩  作者: 水玉カエル
1/6

1さじめ

「オートロックの扉」


 オートロックの扉に鞄を食われてから早三日。今日も取り返せずにいる。

 泣いてもわめいても拝んでも奉っても、オートロックの扉は鞄を返してくれない。


 しかし、俺もばかじゃない。今日こそ取り戻すため、秘密兵器を持ってきたのだ。

 うなれ、俺の工具箱。


 ここまではよかった。


 まさか工具箱もストを起こすとは。


 オートロックの扉に鞄を食われてから早四日。工具箱にストライキを起こされてから早一日。

 俺はまだ威厳を取り戻せずに居る。




「悪い魔法使い」


 昨日の晩、俺の部屋に自称悪い魔法使いが来た。


 悪い魔法使いっていうからには、それっぽいローブとか帽子とか被ってると思いきや、GUで1980円のスウェットを着てやがる。


 しかも上下の色が違う。灰色と黒。


「裏起毛で暖けえんだな、これが」と、男にしては少し高い声で自称悪い魔法使いは笑う。


 知ってるさ、だって俺もそれを持ってるんだから。


 俺が呆然としていると、悪い魔法使いはヘラヘラしながら話し始めた。


「おれは悪い魔法使いだから、特に意味も無くお前に目星をつけた。そして、お前を困らせようと思う」


「そりゃあご苦労。不法侵入された時点で俺は困っているぞ」


「そのくらいじゃつまらないだろ。おれが」


「今のはちょっと悪者くさいな」


「だからおれ、悪い魔法使いって最初から言ってるじゃないか」


 悪い魔法使いは呆れた顔をしてため息をつくと、ズボンからお玉を取り出した。

 コイツ、味噌汁でも作る気なんだろうか。


「お前の足音、いただくぞ」


 悪い魔法使いはお玉をブンブン振り回して、何かブツブツ唱えたあと、「ヘブシッ」とクシャミをして部屋から消えた。


 その瞬間から俺の足音は一切しなくなった。


 いつもベタベタと気怠げな音を出していたから、静かになって気持ちが良い。


 そしてこれはこれで便利だった。跳んでも跳ねても音がしない。賃貸の部屋で暴れ放題だ。


 だが、しばらくしてから困るようになった。

 足音がしないせいでそこに居ることに気づいて貰えない。


「うおっ、お前居たのかよ!?」と、ビックリされることが増えた。

 気味悪がられることも増えた。


 俺は、「ニンゲンの存在感って、足音なのか……?」と思い悩みはじめた。


 昨日は見知らぬ人に幽霊と間違えられて逃げられた。

 さすがにあれは堪えた。「ひええ」じゃねえよ。こちとらバッチリ生きてるっての。


 今日はついに本物の幽霊が話しかけてきた。


「お前、新入りか? 最初はビビられるのつらいよな……元は同じニンゲンなのにな……」


 俺はまだ生きてるよ!!


 俺はいつもより低い声で「人違いです」と言って幽霊に塩を投げた。

 幽霊は「ひええ」と言って逃げていった。


 生きてても死んでても言うことは同じかよ……。俺はため息も出なかった。


 夜、俺が部屋でタラコパスタを食べていると、悪い魔法使いが突然現れた。

 つい反射で塩をまいてしまった。そういえばコイツは生きてるんだったな。


「あまり嬉しくないお出迎えだなあ」


 悪い魔法使いは身体の塩を振り落としながら苦笑いした。


「で、どう? 生者でも死者でも無い気分って」


 悪い魔法使いがニタァと気味悪く笑うのを見て、俺はようやくコイツはイカレた悪い魔法使いなんだということがわかった。



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