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 リュートが拾ってきた少女は、医師の診断で疲労と栄養失調だと診断された。

 おそらく飲まず食わずで歩き回っていたのだろうと、リュートは宇根をよせ聞きき、ヴィルリアは同じ年頃の過酷な状況下に少女に同情した。

 それから二日目に少女は目が覚め、かなり混乱した様子を見せたが一日おいて落ち着きを取り戻した。

 その間に、ガリー伯爵家では少女の身元を調べたが、彼女のことを知る者は一人も見つからなかった。

 それでも彼女と「とある人物」との類似点に、放り出すことも出来ず、また体調も戻っていないことを考え屋敷に匿っている。

 今は身元が分からないので、どうすることも出来ない現状に頭を抱えている現状だ。

 原因は少女が何を言っているのか分からないことに起因している。聞いたことのない発音。

 文字をかけることからある程度教育はされているようだが、これもまた見たことのない文字でお手上げ状態になっていた。

 

「おはようございます。あら、今日も起きていられますのね。お加減はよろしいのかしら?」

「※……※※※※………」

「ごめんなさい、やはり言葉がわかりませんわ。これは大丈夫ということかしら」


 困った表情で後ろに控える侍女に聞くと、侍女は頷き返した。


「おそらくは。文字や言葉は分かりませんが、身振りでなんとか通じているといった所です」

「そう……。それでもまだ本調子ではないのだし、無理はさせられませんわね」


 向き直りしょんぼりと肩を落としている少女を、ヴィルリアは数秒見つめると優しく目元を和らげた。


「そう肩を落とさないでくださいな。まずは……そうですわね。自己紹介をいたしましょう」

「※?……※、※※?」

「あらためて、わたくしはヴィルリアと申しますわ。あなたの名前は?」

「……※※?」

「わたくしはヴィルリア。あなたは?」


 右手を胸元に持っていき自分の名前を言うと、今度は少女に問うように手を振る。

 白く滑らかな手が自身に振られた少女は、一瞬ビクリとすると首を傾げた。

 それを気にすることなく、ヴィルリアは再度聞くと今度は通じたのか「サヤカ」という名を教えてくれた。

 次に歳を聞くが、それは分からないのかまた首を傾げてくる。

 ヴィルリアはそんなやり取りを数回繰り返し、少女をできるだけ不安にさせないよう心掛け何とか彼女の情報を集めた。

 名前はサヤカ。ファミリーネームらしき名前も言ったが、聞き取りづらくファーストネームだけに留めた。

 歳はなんと17歳。ヴィルリアより一つ年上と判明したが、どう見ても14、5歳にしか見えない。

 顔立ちが幼いこともさることながら、体つきも華奢だからなのだろう。

 あの時、リュートが抱きかかえている人物を、ヴィルリアは十代前半の子供だと思っていたくらいだ。

 聞き出せたのはその二つのみ。身振りだけで意思の疎通をはかったために、サヤカは疲れて早々に寝てしまったからだった。


(これは早急に言葉を覚えさせなければなりませんわね)


 身振りだけでのやり取りはお互い疲れるので急務になる。

 文字もまったく異なるので、文字も覚えさせる必要があるがそれは後々でもいいだろう。

 ヴィルリアはここまでのやり取りを思い出し、ざわりと鳥肌を立てた。

 あのとき感じた嫌な予感はこれのことだったのだろうか。彼女がこれからこの家に何かをもたらすのか。


(お兄様もお父様もが何か知っているようですけれど、詳しくは教えてくれませんでしたし考えても仕方ないことですけれど……)


 それでもどうしても気になってしまい、胸騒ぎを落ち着かせるために深く息を吐き出した。









 その日の午後、貴族の屋敷らしく美しく整えられている広間に呼び出されたヴィルリアは、両親と兄が揃っていることにことの重大さを理解し静かに椅子に腰かけた。


「ヴィルリア、あの少女の様子はどうだい?」

「だいぶ体力を取り戻してきましたわ。今は部屋を歩けるまで回復しました。

侍女の手を借りれば、屋敷の中も歩けそうですわね」

「それは良かった」

「ええ。それでお父さま、お城にいるはずのお兄様がこちらにいらしてるのは、例の件のことがわかったからです?」


 ヴィルリアの言葉に、プロクスは重々しく頷き返した。

 ガリー兄妹は母親と同じ鉄色の髪をしているが、父であるプロクスは金色の髪をしている。その黄金色の髪が日の光で輝いているが、プロクスの表情は反対に曇っていた。


「そう。あの少女……サヤカ嬢といったか。結論を言えば、彼女は天泣の巫女と同じと言える存在なのかもしれない」

「え……?」


 あまりの言葉にヴィルリアは絶句する。

 天泣の巫女は伝説上の人物で、今回の召喚も成功する確率は低いといわれていたが何とか成功したと聞いている。

 現に巫女は王家に匿わわれ、こちらの世界のことを勉強する傍ら、気候を操る神の技――『天泣』を磨くべく神官から講義を受けているらしい。

 以上が、友人との手紙のやり取りで得た情報だ。

 こんな重大内容を知る友人が怖すぎる。彼女は王宮に伝手を持っていると言っていたが、彼女の交友関係は謎が多すぎた。


「じつはまだ私も詳しくは聞いていなくてな、リュート」

「はい。……まずは召喚の儀は私も含め見ていたので、確かに一人でした。

その巫女、名をアカリ様といいますが、彼女は召喚時サヤカと似た服装をしていました」


 召喚された巫女はサヤカと同じく黒目と黒髪の少女。

 服装だけではなく、字や言葉の違いもサヤカと似ているという。


「お兄様、その巫女様も言葉が通じなかったのでわよね?でしたら、今、意思の疎通は大丈夫なのでしょうか?」

「問題ない。実際、召喚の時に何を言ってるのか分からなかったが、教会が用意したものを飲んでこちらの言葉をはなせるようになった」

「まあ!教会にはそのようなものがあるのですか!」

「あるんだろうな。たしかにアカリ様が口にしたものは神官が渡したものだったし、それを飲んだ瞬間にはこちらの言葉を理解し話せていた」

「でしたらサヤカにも同じものを頂ければ、彼女も言葉に困ることはありませんわね!

言葉がわかれば、巫女様と同じか分かりますし、事によっては王家か神殿に守ってもらえますわ!」


 それはいいことを聞いた。

 ヴィルリアはこれまで見てきたサヤカの様子を思い出しす。

 困った顔や泣きそうな顔しか出てこないが、兄の話通りならば教会にサヤカのことを話せばそれを用意してくれるだろう。

 そう心を弾ませていたヴィルリアに、プロクスは苦々しく首を振る。


「ヴィルリア……そうしてあげたいが、そうも言っていられないのだ。

事の重大さゆえに、サヤカのことは王家以下信のおける貴族に報告した。もちろん教会にもな。

……国の出した見解は『召喚された巫女はたった一人』ということになった」

「え……?」

「主要貴族もいた召喚の儀で現れたのは巫女一人だったこと。

すでに国中に『一人の天泣の巫女』が召喚されたことが広まっている現状、巫女と思われるもう一人の少女がいると知られては混乱を招く……それが理由だ」

「そ、そんな……っ」

「だがもう一人の少女を放逐できるはずもない。

かといって、すでに王家には巫女がいる上で、さらにもう一人を擁護するのは王家にとって歓迎できない。

神殿も王家同様、召喚の儀で呼び出された少女を『唯一』の巫女と正式に発表した手前、囲うことは危険と判断したのだ」


 もう一人の巫女かもしれない少女を守るべき王家と神殿が、保護しないなどあってはならないはずなのに、それをできないとプロクスは言う。

 ではあの少女はこれからどうなる。

 言葉も分からず、字も分からず、守てくれるべき国にも見放されて。

 そこまで考えてヴィルリアは、ハッと顔を上げた。召喚された少女は神官から渡されたもので言葉を理解したと言っていた。

ならば、それだけでも手に入れば多少だが、状況は変わっていくる。

 あまりのことに言葉もでず絶句するヴィルリアに、プロクスが眉尻を下げてさらに追い打ちをかけた。


「せめて言葉だけでもわかればいいんだがな、あれは特殊なものだったらしくアカリ様に使われたのだけだったらしい。

よくは理解できなかったが、召喚の際、ヘーリオス神の像の目から流れ落ちた滴を飲ませると、言葉がわかるようになるという一文が召喚本に載っていたとかなんとか」


 プロクスが神官に聞いた話では、召喚のことが載っていた本に女神ヘーリオスが、巫女のために涙を流し、それを飲ませることで言葉を理解すると書いてあったことから少女に飲ませることにした。

 そして少女は理解し話すことが出来るようになったが、その滴は数滴だった上、すべて召喚された巫女が飲んでしまったので、もうどこにもないとのことだった。

 絶望だ。サヤカが不憫すぎる。

 まだ三日、正確には彼女が目を覚まして二日。しかも数回しか顔を合わせていないが、ヴィルリアはあの少女を気に入り始めていた。

 見た目が小柄で華奢なことで、小動物を見ているような感じになるのだ。それに拍車をかけるように、彼女の態度。

 どうしようと不安そうな顔は、造りが整っていることも相まって庇護欲をそそる。

 弟妹もいないので、妹がいたならばこんな感じだろうと思わずにはいられなかった。一歳差という現実はこのさい考えない。

 とにかく、ヴィルリアにとってサヤカは大切な存在になりつつあった。そんな彼女のこれからを思うと、ぎゅっと胸が痛んだ。


「……まあ、二人とも。それ以上はヴィルリアが倒れてしまいますわ。脅すのはそのくらいにしたらどうです?」

「え?あのお母様?」


 同じ部屋にいるというのに、先ほどまで言葉を発しなかった母に、ヴィルリアは目を瞬かせた。

 脅すとは聞き捨てならないことを言っていなかっただろうか。

 いや、それよりも母はどうしてこんなに冷静なのだろう。

 困惑しているヴィルリアに、母――スティーリアはニコリと微笑んだ。


「お母様は何かご存じですの?」

「いいえ。ただこんなに重大なお話を、わたくし達に聞かせるのならば何かお考えがあると思ったのよ。

旦那様は国の中枢に関わることを、おいそれと話すかたではありませんもの」


 ねえ?とプロクスに微笑むと、プロクスはきまり悪げに咳払いで答えた。


「スティーリア、いつから気がついていたんだい」

「うふふ。始めからでしてよ。わたくしとヴィルリアを呼んだというのに、話すことはわたくし達が聞いてよいものではありませんでしたもの」

「まったく本当に君には驚かされることが多いな」


 微笑みを絶やさない母と、がくりとしながらも同じく笑う父との間に甘い空気が流れ始める。

 それを察知したリュートが、「ここまでが王家と神殿の建前だ」と話を戻した。


「それはどこからどこまでの話ですか……」

「王家と神殿が擁護しないのは本当だ。女神像の滴の話もだな。

ただし王家や神殿もそのまま放置するとは言っていない。国中に巫女は一人と言っている手前、もう一人を人知れず囲うことは難しい。王家の秘密は国の秘密。他国に付け入る隙を与えることになる。

だから、守れない以上信のおける者に託し匿うことになった。それが我がガリー伯爵家」

「え?」


 急展開な話にヴィルリアが再度絶句する中、リュートの言葉を引き継いだプロクスは苦笑と共に言った。


「我が家は歴史はあるが、どうも出世はどうでもいいと考える者が多い一族だからなぁ。

伯爵家で家柄は申し分なし。王家の信が厚いが、出世など眼中になし。

しかも拾って面倒を見ているから、面識もある。これ以上の適任者はいないということになった」


 つまり、このままガリー伯爵家で面倒を見るよう王命を受けたということらしい。

 確かに一族の顔を頭に思い浮かべ、さらには歴代当主たちも思い出しても、出世に興味を持たない者ばかり思い出される。

 武官、文官、学者、演劇、音楽、絵画、果ては冒険者までいた。

 当主になる者も、領民第一、王家第一な者が選ばれるのか父を始め、祖父や曾祖父も似た人種だ。次期当主の兄も、王家に忠誠を誓い、領民を守るため頑張っている。ヴィルリア自身も似たようなものだ。


「それではサヤカは親族として迎えると?」

「いや言葉が通じない以上、親族として迎えるのは危ない。

他国から出稼ぎに来たが言葉も通じなく、行き倒れの所を拾い雇った新しい侍女ということになった。

年の近いお前付きの侍女として傍におき、読み書きや言葉を覚えさせていく。その合間に神殿から遣わされた神官に力の講義を受けてもらう。

万が一、あの少女も巫女だとすれば力を使うこともある。それでなくとも、力の制御は必要だろうしな」

「……わかりましたわ」


 プロクスの言葉にヴィルリアは短い返事の身で答えた。

 いろいろ考えたいことはあるが、とりあえずサヤカが放り出される心配がなくなったことに安堵し胸をなでおろした。




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