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 月明りも遮る森の中を少女は歩き続けた。スカートから除く白い足は泥で汚れ、細かな傷がついていた。

 風でこすれる木々の葉の音。自身が踏みしめる草の音。時折聞こえる動物の声。そのどれもが少女を不安へと誘う。

 どうして森の中をさまよっているのか分からず、少女はただひたすら歩き続けた。

 どれくらい歩き続けたのかわからない。ただ二回夜が訪れたことで今が三日目の夜だとはわかっている。

 疲れたしお腹もすいた。この三日間ろくに睡眠をとらず食事もしていない。もう限界だった。


「はぁ……、はぁ…」


 ふらふらと歩いていると、ふいに目の前の視界があけた。霞む目に舗装されていない道が現れ、少女は泣きそうな気分になった。

 道があるということは、ここを通る人がいるということだ。誰か通れば自分を助けてくれるかもしれない。

 この三日間誰とも会わなかったのがとても寂しかった。誰でもいい、誰でもいいから人と話たい。話して安心したい。

 そしてここがどこなのかも、なぜ自分が森にいるのかも知りたい。

 舗装されていない道は田舎に行けばよく見かけるものだ。農道といわれる道。

 しかし、この道はその農道ともどこか違った。

 普段の少女ならばその違和感に、その違いに気づくはずだが、三日間彷徨い疲れた彼女の精神は限界に近かいゆえに気づかない。

 彼女は霞む視界に飛び込んできた道にでると、安堵の吐息をだしそのまま意識を失った。





 数分後、少女が気絶した道に一台の馬車が通りかかった。

 一見簡素な外観に反し、造りは丈夫でよく見れば繊細な彫刻がされている馬車だった。

 市民が使う馬車とは違うその馬車は、貴族が使うものだ。

 そこから鉄色の髪をした人物がおりたち、倒れ伏した少女をしばらく見下ろすと、なにも言わずそっと抱き上げ馬車に乗せる。

 そして、馬車は何事もなくまた道を進んでいったのだった。











 ヴィルリア・ガリーは手にしていた刺繍をサイドテーブルに置くと、物憂げに窓の外を見た。

 鉄色の髪を一房無造作に掴み、無意識に指に絡めて放してはため息を繰り返す。

 同色の長い睫毛の陰に隠れる琥珀色の瞳は陰りを見せ、彼女がため息をするたびに揺れ動いていた。

 きつめの目元のせいで気の強い令嬢と見られているが、今の憂い顔はそんな強さとはかけ離れた儚さだった。

 自身の仕えている令嬢の儚い姿に、侍女はほうと感嘆のため息をする。

 そしてその憂いの元を考え、なにも心当たりがないことに首を傾げた。


「ヴィルリア様、どこかお加減でも悪いのですか?」

「……いいえ」

「それならば、なにか心の負担になることでも」

「……ないですわ。たぶん」

「たぶん……ですか?」


 それはなにかあると言っているも同然では。

 そうは思ったが、侍女は仕えている主人の気分を害すると思い、口をつぐむとそっと令嬢の前に紅茶を差し出した。

 ヴィルリアは遊んでいた髪から指を離し、紅茶に口をつける。

 ほどよい温度とほのかな香りと味に、表情を和らげ遊んでいた髪を放した。


「なんだか胸騒ぎがするのです。嫌な予感とも言うべきかしら」

「まあ、それは大変ですわ!お嬢様の予感は当たりますから!」

「大げさですわ。きっと気のせいです。三日前に召喚された巫女様がいらっしゃるのですもの。ここの所続いた日照りも心配ないでしょう」


 それにこの胸騒ぎは国規模ではなく、身近な所で起こる気がしてならない。

 そう、例えば兄に気に入っていた花を枯らされたとき。普段仲睦まじい両親が、壮大なケンカをしたとき。

 そんなときに限って、自分の感がよく当たることをヴィルリア自身分かっている。

 この特殊能力に近い感覚は幼いころからあるが、それでも今感じているこの嫌な予感はなにかが違って思える。

 首を傾げつつこれ以上考えても仕方ないと、彼女は僅かなため息とともに瞼を伏せた。結局は『こと』が起こらなければ、なにもわからないからだ。

 両親に関することか。それとも兄に関することか。もしかしたら、まだ顔も知らない婚約者のことかもしれない。

 最近決まった婚約者。父の友人だという伯爵家の嫡男。ガリー伯爵家と家柄だけは同格だが、近年の没落ぶりは噂として知っていた。

 その打開策に持参金を持ってヴィルリアは嫁ぐ予定なのだ。そして時期伯爵となる嫡男の手助けを期待されている。

 内政のことはあまり分からないヴィルリアだが、その美貌や教養により社交界から一目置かれる存在であったこと。

 彼女自身の直感が優れ、的を得た発言をすることが度々あったことも理由の一因なのだが、ヴィルリア自身それは知らない事だった。


「……そういえば、お兄様お帰りが遅いですわね」


 近衛騎士として王宮勤めの兄は、通常自邸から王宮に通っている。それが三日前に行われた『天泣の巫女てんきゅうのみこ召喚の儀』で、王宮に詰めていた。

 伝説として伝わっていた召喚なだけに、王宮としても不測の事態が起こらないようにしたかったのだろう。召喚は見事に成功したと聞いている。

 そして今日、ようやく帰宅することが出来そうだと連絡を受けていたので、いささか気落ちしてしまう。

 別に兄が大好きで会いたくてたまらないという理由ではない。兄妹仲はいたって普通だ。男女の兄妹である以上、合わないこともある。ケンカだってたまにする仲だ。

 そんな兄をヴィルリアが待ち遠しくしている理由はただ一つ。

 召喚された『天泣の巫女』のことを知りたいに尽きた。

 巫女というからには、神殿の巫女のように女性だろうか。歳は若いのか。容姿はどうなのだろうか。

 もし歳が近いのなら、可能であれば話してみたい。

 過去に一度、伝説として語られている巫女。そんな伝説の人物を直接、あるいは間接的に見てるはずの兄の帰りを待ちわびるのは当然のこと。

 ヴィルリアは空になったティーカップをソーサーに戻し、また視線を窓に戻した。

 月明りばかりで頼りない庭は、普段通りの静けさを纏っている。

 ふとその視界に、キラリと何かが輝いた。か細い光は不規則に光っては消えていく。

 やがてそれは見慣れた伯爵家の馬車の装飾品だと気が付くと、ヴィルリアは口元に手を当て慌てて立ちあたる。

 

「お兄様がお帰りになられたましたわ!」

「さようでございますか。ご無事の帰宅ようございました」

「ええ!さあ、お出迎えしなければ」


 ヴィルリアは普段の優美な動きとは真逆の、慌ただしい動きで部屋で部屋を出た。

 就寝には早いが、普段ならば夜着に着替えている時間。

今日だけは普段着のままでいてよかったと、ヴィルリア付きの侍女はほっと息をつき主人の後について行った。


 

 


まかさその兄が、見慣れない少女を抱きかかえ帰宅するとは夢にも思わずに。



 

 

 

 

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